県立越谷中央高校・教室

第一六話「全力でキャンプの準備をする。でも、目的を忘れていた」

「それでキャンプからの帰りは、【道の駅・ちちぶ】に寄ってきたんだけど、そこの中にある秩父食堂がなかなか大きくてね。ええっと……ここね」



【道の駅・ちちぶ】

http://www.michinoeki-network.jp/chichibu/index.html



 泊はスマートフォンで、晶と遙に画面を見せる。


「あら。建物がかわいいわねー」


 泊の前の席に横座りしていた遙が上から覗きこんだ。

 確かにピンクの壁でかわいいのだが、その映像が遙のカールした髪の毛のせいで見えなくなる。


「んで? そこではなに食べたんだ?」


 横の席から椅子を勝手に引っぱりだし、大股を開いて背もたれを前に座っている晶がニヤニヤとしながら尋ねてきた。

 教室の窓際隅だから男子生徒から覗かれないが、泊からは制服のスカートがめくれて下着が丸見えである。

 ただ、それはいつものことなので、今さら面倒だから注意しない。


「うまいもの食えたか?」


「その前に……なんでわたしが、なにか食べたことが確定しているんだ?」


「んじゃあ、食べなかったのかよ?」


「…………」


「…………」


「……食べたよ、悪かったな!」


「やっぱりな。おまえが食べないわけがないんだ。んで?」


「ほむ。なんか悔しい……。食べたのは、わらじかつ丼と、味噌ポテト。わらじカツは丼ぶりからはみ出ていたよ。うまうまでした。でも、どうせなら豚みそ丼にすればよかったかも。味噌ポテトは串に刺さっていて、味噌がちょっと甘かった。好みの問題だが、両神の方が好き」


「へぇー。ってか、その体でよくそれだけはいるな。太らないのか?」


「うっ……多少、影響はあるので運動はしている」


「とまとまはー、少しプニプニなのがいいと思うのー」


「プニプニ言うな……」


「なら、モコモコー」


「毛だらけみたいじゃないか」


「まあ、とまりんのスタイル、オレもそんなに気にするほどでもないと思うけどな。普通じゃん」


「きみら二人に言われても……微妙」


 毎度のことだが、この二人にスタイルのことを言われると、泊としては何ともモヤモヤとした気持ちになる。


 晶の運動して引き締ったボディはかっこよい。

 本人は女らしくないと言うが、その褐色の健康的な見た目は、ひそかに男子の間で人気があることはよく知っている。

 しかも、意外に家庭的なところがあるギャップが男子にはたまらないらしい。

 ちなみに一〇〇メートル走、四〇〇メートル走の関東大会で優勝していて、そのかっこよさと男っぽさから一部の女子からも人気がある。


 一方で高校生とは思えない長身とバストを活かした遙のスタイルは、食事から運動までしっかりと管理され魅力的で魅惑的。

 海外ブランドの服も着こなし、雑誌で水着姿が掲載されれば即座に売り切れるほどだ。

 男子には手管を弄し、女子には手練をふるい、こちらも男女ともにファンが多い。

 女子の方が好きなくせに、しっかりと男子も牛耳っているところがさすがと言わざるをえない。


 そんな二人に対して、泊はごく普通の体形をしていた。

 太ってはいないし、さほどスタイルが悪いわけでもない。

 あくまでごく普通のありふれた体形。


 ちなみに泊は、コンタクトをしているにもかかわらず、学校では黒いダテメガネをかけ、長髪も三つ編みにして、地味に見せる努力をしていた。

 元来、目立つのは好きではないからだ。


 それなのに、この二人の親友をやっているせいでどうしても目立ってしまう。

 どこにいても、注目の的となる。

 晶とは中学のころからの付き合いで慣れていたが、高校から遙まで加わると注目度が何倍にも膨れ上がった。


(まあ、それだけなら、わたしは二人の引き立て役、おまけ的な存在で済んだんだけど……)


 問題はあと一人、泊に関わってくる者が校内にいるということだ。

 そのせいで、晶や遙への橋渡しを男子から頼まれることもないのだが、一部の女子からは激しい嫉妬を向けられてしまっている。

 まさに頭痛の種。


 その頭痛の種が早足で教室に入ってきたとたん、泊の席に近寄ってくる。


「――泊! おまえ、一人でキャンプに行ったんだって?」


 さらさらの髪に飾られた、少し幼さを残しながらも整った顔立ち。

 いつの間にか追い越されていた長身は、サッカー部で鍛えて引き締っている。

 そんな彼は、カラオケで歌えば女子をメロメロにするという、いつもの爽やかな声ではなく、少し険のある声をしていた。


「おばさんに聞いたぞ。僕に声をかけてくれればいいのに……」


「ほむ。なんで、秋葉あきば君に声をかけなくてはならないの」


 たぶん、そう言われるだろうとわかっていた泊は、用意していた返事を平然と言い捨て放つ。


「そ、そんなぁ……泊、冷たいぞ……」


「それに秋葉あきば君、今は女の子同士で話しているので割りこまないで」


「いや、でもさ……」


 幼馴染の【秋葉あきば 杯斗はいと】が、「うぐっ」と息を呑んでから肩を落とす。

 彼と泊は、幼少時から小学生まで、互いに呼び捨てで名前を呼びあう仲だった。

 しかし、中学校の時に秋葉は引っ越しして転校してしまい、友人としての交流はそこで途切れてしまったのだ。


 ところが、高校でまた彼と泊は再会する。

 彼はわざわざ電車通学しなければならない、越谷中央高校に入学してきたのである。


 最初、久々の幼馴染に再会した泊は、やはり懐かしく嬉しかった。

 しかし、しばらく会わない間に彼は大きく変わっていたのだ。


 まず見た目からして違っていた。

 泊よりも小さかった、ちんちくりんだった体は非常に男らしい体つきになっている。

 先日は、「腹筋が割れている」と自慢していたぐらいだ。

 それなのに、美少年顔というところが憎たらしい。

 しかも運動神経抜群の上に、成績優秀ときている。

 高校のテストでは毎回、泊と学年上位三位でしのぎを削っているほどだ。


 ただ、そこまでは何ら問題なかった。

 泊とて「頑張って成長したんだなぁ」と思う程度だっただろう。

 しかし彼が変わったのは、それだけではなかった。


 幼いころはモジモジと人の背に隠れる性格だったのに、今では抜群の対人コミュニケーション能力で校内の人気者である。

 本人いわく、「いろいろと自信がついたおかげ」というがよくわからない。

 ただ女性に優しいところは、そのままだった。

 いや。むしろ接し方は洗練され、他の男子のようにガツガツしたところもなければ、妙にドキマギしたところも見せずスマートに対応する。

 これならモテるのも当たり前だろう。


 ただし、泊だけには違った。

 あからさまに、ガンガンと好意をぶつけてくるのだ。

 はっきりとした愛の告白こそされてはいないが、ほぼ変わらないほど迫ってくるのである。


(幼馴染の友達……じゃダメなのかなぁ……)


 泊は秋葉のことを友達として好きだった。

 しかし、恋人になりたいかと聞かれれば、即座に「いいえ」と答えるだろう。

 なにしろ、そういうことは全く考えたことがないし、そんな気持ちになりもしない。

 それは周囲から「完璧超人」と言われるようになった今の秋葉であっても同じことだった。


「泊、取材でキャンプしたんだろう?」


「――シーッ!」


 慌てて泊は人差し指を眼前に立て、秋葉を睨む。

 目立ちたくない泊は、小説家をしていることを学校では内緒にしている。

 校内で知っているのは親友二人と、泊の母親から話を聞いた秋葉だけだ。

 このことに関して、余計なことを言ったお喋りな母親には恨みしかない。


「あ、すまん」


 申し訳なさそうに頭を軽く下げ合掌しながら、秋葉が話を続ける。


「えーっと。キャンプなら僕、何度か……けっこう経験あるからさ。アウトドア好きだし。また行くなら、企画するよ。みんながいた方がいいよね?」


「遠慮する。わたしは気楽にソロで行きたいんだ」


「え、でも、みんなで行ったら楽しいし……」


「楽しみに行くんじゃなくて、わたしは執筆に行くの。だからソロが――」


「――そ、それなら執筆の時間は一人になればいいじゃない。食事の支度は他のメンバーでやれば執筆時間も……」


「それでは、他の人に小説を書いているのがばれる」


「なら、僕だけでもついて行くよ。一人だと危ないしさ」


「ほむ。残念ながら、わたしはバイクで行って、あちこちバイクで巡りたいの。それには――」


「僕、電車で行って留守番するし!」


「だいたい、男女二人きりで旅行なんて行けるわけないでしょうが」


「それなら一人だけ女子を誘ってさ。入谷さんでも梅島さんでもいいし。それにほら、やっぱキャンプに詳しいのがいた方が便利だろう? ああ、うちにテントもあるよ」


「ほむ。詳しい……ね。なら、もっているテントのメーカーは?」


「メーカーは、『ログ』とかいうメーカーかな?」


「ロゴスじゃないの? サイズは? どんなタイプ? フライシートはついている? 耐水圧は?」


「え? フライ? 水圧って?」


「どんな種類のペグがついていた?」


「しゅ、種類? 鉄とかプラスチックとかそういうこと?」


「一人でテントを立てたことは?」


「お、親の手伝いでなら……」


「ほむ。秋葉君の詳しさはわかった。気持ちだけもらっておくありがとう」


「いや、待って! 今、ちょうど勉強中だか――」


「でもね――」


 言葉を遮って、泊は少しだけ睨むように彼を見る。


「さっきから言っているけど、わたしは『ソロでキャンプがしたい』の。わたしの話・・・・・聞いている・・・・・?」


「き、聞いているよ。だけど――」


 そこに始業のベルが鳴り響く。

 泊としては、助け舟だ。


「ほら、秋葉。もどろーぜ」


 秋葉と同じクラスの晶が、ヤレヤレ顔をしながら彼の襟首を引っぱって行く。


「ちょっ……待ってよ……首が……」


 二人が離れていく姿を見て、泊はまたため息をついてしまう。


(ほむ。悪い、晶……ありがとう)


 危なかった。

 これ以上、話しかけられていたらキレてしまっていたかもしれない。

 そんなことになれば、大ごとだ。

 先ほどから、秋葉のファンクラブメンバーから突き刺さるような視線を感じているというのに。

 もしかしたらあとで、お呼び出しを食らうかもしれない。


「秋葉君もがんばるわねー。……大変ねー、とまとまもー」


 ゆっくりと立ちあがる暢気そうな遙に、泊は「ほむ」とうなずく。


「でもー、とまとまは、まだ恋愛とかに興味ないのー?」


「小説のネタとしてなら大いに興味がある」


「そうじゃなくてー……」


「今、わたしの一番興味あることは、恋愛じゃないことは確か」


「なら今、一番興味あることはなーにー?」


「今、わたしの頭の中は……テントの買い替えをどうするか、必要アイテムを全部そろえるといくらになるのか、それをどうやってバイクに積むか、そして次のキャンプはどこへ行くか決めることでいっぱい。昨日から、その手の情報を調べまくっているから」


「ウフフー。すごいはまりようねー」


「ほむ。今度こそスムーズに過ごして、おいしい物を自分で料理するんだ」


「あらあらー。それが当面の目的なのかしらー?」


「ほむ。そうだけど?」


「とまとま……」


「ほむ?」


「目的は執筆ではなかったのかしらー?」


「――あっ……」


「手段が目的になっている典型的なパターンねー」


「あうっ……なんという本末転倒リバース!!」


「あらあらー。また増えたわね、トマリ語ー」


 頭を抱える泊の横で、遙が楽しそうに笑っていた。




                               第一泊・完



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

http://blog.guym.jp/2018/12/scd001-16.html

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