第26話 #


 翌朝


 弥生は一人早く起きた。彗司はまだスヤスヤ寝ている。


(よ、よし……! 今のうちに色々と身の回りの世話をして彗司さんの役に立たなきゃ! まずは……朝ご飯かな)


 弥生は早速、冷蔵庫を開けてみる。


「……何も入ってない」


 空っぽ。飲み物すら入ってない。

 一応非冷蔵の食品として、昨日彗司が買ってきたパンがレジ袋に入っていることと、全く使われていない調味料が置いてあるだけ。親か神菜かが贈ったものだろうか。自炊してくれるだろうという想いは一切届いていないようだが。


 ということなので、弥生はコンビニに行くことにした。

 自慢じゃないが、料理は出来る。いや、上手く出来るようになった方が正しい。

 以前、神菜の手料理を食べてちょっと悔しかったのだ。帰ってすぐに母に弟子入りした。


(食パンを使った料理がいいよね。だとしたら)


「あ、どうも。おはようっす」

「やっぱりフレンチッ!? あ、お、おはよう、ございます……?」


 外に出たタイミングで隣の部屋からも出てきた住民に挨拶された。考え事の最中に突然来たので、つい疑問形で返してしまう。


「ここに住んでるんすか……?」


「あ、いえ、私は泊まりに来たもので」

「そうなんすね。家族っすか?」

「いえ、家族ではないですよ」


(この人、グイグイくる……!?)


「てことは彼女さんですか?」

「え!? いや、違いますよ……」

「なんだ、それも違うんすねー」

「はい。……でも、そうなれたら嬉しいなって、思ったりはします」

「ひゅー! 熱いっすねー!」


 朝なのに、音量デカめで話す隣人。弥生は周りの目を気にするのと自分の発言で顔を赤くする。


「いやー、それなら昨日悪いことしちゃったなー」

「え? 昨日?」

「いえ、こっちの話っす。てか、そろそろ私も行かねば。大好きな女の子のために私も行かないといけないんで! ではでは〜」


 名前も知らない人は去って行った。

 昨日何があったのかはとても気にはなったが、


「まぁ……いっか」


 とりあえずコンビニに食材を購入しに行った。


   ◇ ◇ ◇



「う、うぅん……」

「あ、起きましたか? 彗司さん、おはようございます」

「おはよう……」


 いい匂いがするからと起き、キッチンを見ると弥生がエプロン姿で立っていた。状況から見るに朝ご飯を作ってくれている。


「もうすぐ出来るので、もうちょっとだけ待ってください」


 何これ……新婚?

 男が夢見るシチュエーションランキングベスト3には入ってるであろう場面を俺味わえてんの?

 やはり俺はラッキーボーイだったわけか。昨日のキスは免除だな!


 あ……



「どうしました彗司さん?」

「いや、別に何でも……」


 俺が昨日のことを全部思い出して赤面してたら、出来立ての朝ご飯を持ってきてくれた。


「粗末なものですが……」


 そう言われ、出されたのは美味しそうなフレンチトースト。


「すみません、私は一品だけしか出せなくて……」

「いやいやいやいや! 朝ご飯用意してくれただけで嬉しいって!」


 そして、一口。


 フワッフワ


 美味い!


「どうですか? お味は……?」

「うん、美味い」

「本当ですか!? あ、いや、一番美味しいですか?」

「うん、一番美味しい美味しい」


 一瞬で平らげてしまった。

 弥生も自分のを食べ終わると、俺の皿も持って洗い物を始める。


「それくらい俺がするよ」

「いえ、最後までさせてください」


 と、頑なに断られた。

 弥生もいい嫁になりそうだなー。あんな可愛い嫁とか最高過ぎるだろ。

 神菜も料理美味いし……って、何で神菜出てきた。昨日のことを嫌でも思い出しちまう!

 ……いや、別に嫌じゃないけど。



「彗司さん」

「うお!? なに!?」

「あ、驚かせてすいません。早速ネカマを今日も探しましょう!」

「おお……うん」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫、早速ネカマ探すか!」


 弥生の顔が近くてドキドキしてしまった。色々、この距離感で思い出すこともあったし、それになんといっても弥生はやっぱり可愛くなってる。

 顔を近くで見て、メイクしていたのが分かった。初めて会った時はしてなかったのに、元から可愛い子がメイクしたらここまで綺麗になるのか


 ……恐るべしメイク



 それにしてもネカマを探しても見つかるのか。

 ここ最近、成績があまりよろしくないからなぁ。

 男共なら女の写真あげれば速攻釣れるのに。それこそ今の弥生なんかあげたらホイホイと寄ってくるだろう。


 …………


「それだ!」

「え!? ど、どどどうしたんですか?」

「ツッタカターだよ」

「ツッタカター?」

「ネカマがいるのは別にSMFだけじゃないだろ。むしろ、SNSの方がすぐに釣れるんじゃないか? 写真をあげたらネカマ共はすぐに寄ってくるはずだ!」

「なるほど……それですね!」

「よーし、なら早速アカウント作って写真あげるぞ」


 すると、弥生は自分のことを自撮り始める。


「いやいやいやいや待て待て」

「こういう時こそ私が」

「だからダメだって。簡単にネットに写真あげたら」

「でも……」

「こういうのは俺の仕事だろ? 弥生は俺のサポートしてくれたらいいから」

「はい……」


 積極的になってくれてるのは嬉しいが、何か危なっかしいな。弥生が変に空回りしなければいいんだが。


 とりあえず……



「いつものように女装してきました」

「いつも以上に可愛いです……!」

「よせやい! おだてても何も出ねーぞっ!」


 そして、俺はベッドの上で自撮りを始めた。


「彗司さん……エロいです……」

「うるせぇよ」


 撮った写真を加工しまくって、完全たる女子へと変貌を遂げた俺。うん、この子が告白してきたら即オッケーしちゃうな!

 って、俺に萌えて俺キモいな。


「背景壁で真っ白ですね」

「まぁ、危ないからな。写真から情報読み取られて住所バレしちゃヤベーし。前に目に映った景色から特定されたとかでニュースにもなったからなぁ」

「物騒な世の中ですね……」


 うん、弥生はもうちょっとその辺の意識防御力上げような。俺が悪い奴だったらワンパンで終了ですよ。


「彗司さん、ハッシュタグどうしますか?」

「ハッシュタグ?」

「はい、新垢ですしハッシュタグとか付けないと目に触れられることはなく流されて終わりですから」

「ああ、そうか。ツッタカターは絶対数多い分そういう難しさがあるのか……」


 ハッシュタグ

 #の記号を使うことで、検索する時に見つけやすくする代物。多分「」や!?と同じくらいの頻度で使われる。ツッタカターの繁栄と共に広がったシンデレラストーリーな記号だ。


「やはりヤリチンを捕まえないといけないからな。そうなってくるとハッシュタグは──」


 #裏垢女子

 #オフパコ募集中


「よし」

「彗司さん……こういうの詳しいんですか……」

「ああ。あーいやいやいやいやそうじゃないよ!? ほら、ネカマ探すのに必要な知識を得るためにたまたま調べて出ただけだから! こういうタグって適当な女の写真貼って釣られた童貞を脅して金取るからな!」

「経験が……」

「ねぇよ!?」

「でも、これだと普通に男しか寄らないんじゃ……。私たちはヤリチンを狩るわけでなく、ネカマを狩りたいですし」

「あ、確かに」


 かといって、イケメンの写真あげて#裏垢男子としてあげても、痴女しか寄ってこない。そもそもイケメンの写真が撮れない。

 俺らからこのタグに接近するも、会えるか不明であり、初っ端の相手として手慣れたネカマ上級者がいても困る。


「うーん、この方法は無理かなぁ。いけると思ったんだが……」

「あ、こういうタグはどうでしょう?」


 #百合


「これなら、来るのは男でも女の子のフリをするはずです」

「なるほど……確かにそうだな! よし、これ関連のタグを貼りまくって投稿するぞ!」


 そして、俺はすぐに写真二枚貼り付けて投稿した。


「よし、あとは釣れるのを待つだけ──」


 ピローン


「は!? もう通知!?」


 携帯を机に置いた瞬間に初期設定音が部屋中に鳴り響く。


 ピピピピピピピローン


 それが続いた。


「軽くバズってますね。さすがです!」

「さすがなのか、これ……。ツッタカターって暇人のヤリチン多すぎだろ」


 恐る恐る通知欄を見ると、もう10を超えるいいね!とリプが。

 そして弥生の予想通り、同じ裏垢女子と題したアカウントが百合目的でリプしていた。


「あ、でもこの人普通に男の人ですね。『百合好きなので、百合に僕も混ぜてもらっていいですか?』……って、百合好きじゃないですよこの人!」

「それな! ……ん?」

「どうしました?」

「いや、このアカウント──のトプ画なんだけど、なんか似てるなって」

「誰にですか?」

「妹に」


 俺が気になったアカウントのトプ画には妹と瓜二つの顔が。ヘッダーもそいつをセンターにした女の子が9人並んでる。衣装から見るにアイドル……?


「あ、この子スペース9ナインのセンターの子ですね」

「アイドルか?」

「はい。地下アイドルですけど、今一番人気のグループでメジャーデビューも近いんじゃないかって言われてるんですよ。彗司さん知らないですか?」

「いや、俺はアイドルには一切興味ねぇから」


 でも、こいつ……優衣じゃねぇよな? まぁ、さすがにアイドルやってる訳ないだろうし、そんなこと微塵も聞いたことがない。

 しかし似過ぎだ。他人の空似とは思えない。

 しかも他のメンバーもどこかで見た顔。SNSに流れてきたから見覚えがあるとかではなく、妹が一緒につるんでいた奴らな気がするのだ。


「こいつに会ってみるか」

「あ、はい。分かりました」


 真相を知るべく俺はこのアカウントにDMを送った。


『分かりました! 近々会うこと出来ますか?』って。

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