第25話 こんな時にしか
「あ、おう……」
トイレから出て待っていたのは卯堂美月。壁にもたれかかってた卯堂は、俺に気付くと壁から離れて一歩近付く。俺のことをやはり待っていたらしい。
「一つだけ言いたいことがある」
「はい、何でしょう……」
「何でそんなビクついてんの?」
そりゃ、そんなことギャルから宣言されたらビクつくに決まってるだろ!
「ありがとね。色々」
「あ、おお」
「コミュ障か」
思ってもいない言葉。もちろんコミュ障の方ではない、こっちはまぁ合ってるから。
卯堂のような生きている世界線が違う人に感謝されるとは、自慢ではないがそれだけのことをした自覚はある。
ただ、ちゃんと面と向かってお礼を言われるとまでは思ってもなく、むしろ殴られるんじゃないかなと良くない妄想もしたりしていた。
「それだけ」
「あ、おい……!」
「ん?」
立ち去ろうとしていたのに、つい呼び止めてしまった。呼び止めなかったら、あんなことになることも無かったのに。
「まぁ、そのなんだ。元気出せよ」
「はぁ?」
「すぐに次の男見つけるだろ」
リア充共はコロコロ相手を変えるもんだろうな。
「なに? 私がコロコロ相手を変えるリア充だって言いたいわけ?」
「い、いや! そうじゃねぇよ! そうじゃなくて、ただ、ほら、その……なんだ。初めて見かけた時も俺が女装して会った時もさ、彼氏のことになったら凄く嬉しそうに話してただろ。俺、まぁカップルとかそういうの見たら死ねって思うけどよ。でも、きっとそれがお前らの幸せなんだよな。やっぱりどんなやつだって幸せになった方がいいもんな」
「それで?」
「それで!? あぁ、まぁ、可愛い方だし……? 幸せになれるよ、お前なら」
「上から目線。私、先輩ね」
「あ、卯堂先輩」
柄にもないことを偉そうに言ってしまった。
でも、あの時にも思ったように人を好きになるって、幸せなことなんだろうな。メンヘラ──失礼、一途な卯堂を見てそう思った。
「ふーん、そっかそっか」
そして、唇近くの頬に口付けされてしまったのだ。
「──やっぱり、ギャルって平気でキスすんのかな……。酒も入ってただろうけど」
帰り道。の坂道で。
駅から家までにある急勾配の坂を上りながらそんなことを考えていた。
一人でなら歩くスピードも速いが、心ここにあらずで歩いていたので少し時間がかかってしまった。大体30分ぐらい。
気でも紛らわすために、家の隣にあるコンビニでなんか買うか。といっても、お腹いっぱいに食べてきたのであんまり食い物は買わなかった。明日の朝ごパンぐらい。
それよりも、さっきから気になっていることが一つ。俺ずっと駅から誰かに尾けられている気がするんだよな……。
いや、自意識過剰でもなく本当に。
今もレジの後ろに並んでいる。身長は俺より小さくて、まんまると太った体型。丸メガネにチェックのシャツジーパンにinと、昔の秋葉原のオタクみたいな格好をしてやがる。まだ俺の方がマシな格好してるな。
そいつは俺が会計を終わると、俺のことをマジマジと見て自分の会計を始める。
そして、歩いて20秒のアパートにて俺がポストに挟まってるチラシを取り出そうと手間取っていると、そいつは俺の背後に立っていたのだ!
「うぉ!?」
「あ、自分も見たいのでいいですか」
「え!? あ、はい」
「なら隣失礼しますね」
うん、ただの生活行動が一緒の同じアパートの住民だよな。しかもポストから見るにお隣さん。ただ一人でストーカーされてるって盛り上がっただけでした。意外とこういう経験誰しもあって、ここからどう撃退してやろうかと妄想したこともあるよな。
とか、まぁ馬鹿みたいなこと考えて階段のぼってたら、空からそいつが落ちてきたんだけど。
「え」
「わああああ」
最後の段を踏み外したらしく、そのまま後ろを尾けてた俺の上に落ちてきたのだ。
太ったこいつの体重は俺へのダメージが凄まじく、動けなくなってしまった。
「んんん!?」
そして、ダメージは身体的なものだけではない。拍子で見知らぬ奴と俺の唇が綺麗にもクリーンヒットしてしまったのだ。精神的にも来るものが……。
「あ、す、すいませーん!」
そいつは謝ったが、「う、うん大丈夫です……」の言葉しか出なかった。
「いやービックリしましたよー。ちょっと今日のライブで流石に騒ぎ過ぎたかなー。あ、大丈夫なら良かったです。じゃ」
と、言って俺の隣の部屋に入っていった。
「知らねぇ野郎とキスしちまった……」
ぴええええ!!
最新版では神菜のキスだったはずなのに! よくもまぁこんな名前も顔も知らない奴の手によって、いや唇によって書き換えられてしまった。
不幸にも程がある。返せよ俺の唇ぅぅ!
◇ ◇ ◇
「おかえりなさい彗司さん……って、なんか怪我されてません!?」
「おお、ただいま弥生。いや、さっき事故的なものがあってな、色々と阿鼻叫喚……って、何でいんの!?」
「えぇ!? きょ、今日は金曜日なので、またネトゲでネカマを探さないとって思いまして。連絡もしましたよ?」
あ、そうか。なんか色々あって忘れてたけど弥生は毎週来るんだった。鍵はあいも変わらず開けっぱなしだったし、携帯見たらちゃんと連絡は来ていたし。
「あー、ごめん返信すんの忘れてた。今日、食べて帰ってきたや」
「誰とですか?」
「え、神菜と。あとはそいつの先輩らと……」
「そうですか」
うん……なんだ? 普通は何食べたとかじゃなくて?
弥生がグイグイ来る気がする。いや一週間前もこんな感じだったような気もするが、それに比べてもグイグイな気がする。
なんか毎週会うたびに積極的な気がするな。それとなんだか可愛くなってる気も……。
「彗司さん……眠い、ですか?」
「あぁ、まぁ眠いな……。色々あった疲労かな。ちょっと横になるわー」
「では、先にお風呂お借りしますね」
そう言って、律儀に待っていた弥生は着替え一式持って風呂場に、俺はベッドで横になると携帯をいじろうとして──しばらくして寝落ちしたらしい。
なんか最近寝落ちが多いな。特に弥生の前で。
俺が心から勝手に安心してるってことなのか。そんな相棒ができる日が来るとは、俺って案外幸せ者なのかもしれない。さっき不幸だと思っていたことも、これらの反動だと思えば軽いものか。いや、許さんけど。
……まぁ、弥生にはその気はないだろう。本当に心から相棒だと思ってくれてるだけだ。期待を相手にするのは本当に良くない。俺は痛い目に合ってるんだからな。
◇ ◇ ◇
「彗司さん……寝ちゃいましたか?」
弥生が正座する横ではベッドで寝ている彗司。風呂から上がって色々と準備をしている間に寝てしまったようだ。
そして、彼女は一人言を話し始める。
「気付きましたか? 私メイクするようになったんです。動画は時々見てたんですが、メイクした姿で外出たのは初めてでした。他にも服をネットで買い揃えたり、いつそういうことがあってもいいように……下着も、ちょっと大人な物にしてるんですよ。彗司さんはきっと優しいから高校生の私に手を出すことはないんでしょうけど、来年には……ううん、今でも、もし私から誘えば彗司さんは首を縦に振ってくれますか……?」
彗司の寝顔に弥生は覗き込む。もう呼吸がすぐそばで感じ取れる。
「私、これからも頑張ります」
そして、寝ている彼に弥生はキスをした。
「今はここまでしか出来ないですけど……私彗司さんのためなら何だってします。もちろんネカマを狩るために、手助けすることは全力でします」
弥生は部屋の電気を消した。
「こんな寝ている時にしか出来ない自分でごめんなさい」
暗闇の中、謝った弥生はいつも通りに布団を敷いて、彗司のイビキがうるさい中ですやすやと寝出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます