第7話 捜索の糸口
「──って、本当に一番高い奴買ってきやがったよ!」
「あんたは玉子丼ね」
「くそぅ!」
神菜は3200円の神戸牛ステーキランチ。俺は250円の玉子丼。
マジでやりやがったこいつ。
「ん〜! 美味しい!」
満面の笑みを浮かべ、肉を頬張る神菜。CMに選ばれそうな程いい笑顔してやがる。
値段の高さは伊達じゃない。この肉が放つ匂いで周りにいる人々全員が襲いかかってきそうだ。
「俺にも一切れくらいくれよ」
「やだ」
「いや、玉子ちょっとやるから。あれだぞ、玉子と神戸牛一緒に食ったら美味いぞ〜。だって玉子だからな、何でも合う玉子だからな」
「じゃあ仕方ないなぁ」
神菜は俺のところから玉子をゴッソリ取ると、お返しに肉をくれた。
「いや筋多めのところ!」
「噛めば噛むほど味が出るわよ」
端っこの方の肉。もうちょっと中央よりのをくれよ……。でも噛んだら意外と美味かった。
ほぼ白飯の昼飯は肉の旨味成分と共に一瞬で平らげて、俺はまたゲームに戻る。まだ、ゲーム内の方がいいもの食ってる。
「ちょっと3450円」
「分かってるよ」
財布からピッタリ3450円を出す。キリのいい数字を出して余計分はあげる──なんて俺の財政に余裕はない。
もう今日は端金だけで生きていくしかない。こっちもゲーム内の方が圧倒的にお金を持っている。
「ん〜、ほんと美味しいな〜。彗司、ありがとね」
「ほいほい」
ま、こいつの機嫌が良くなったからいいか。
神菜が美味しそうに食べている途中で、二限の時間が終了した。
すると、授業を終えた生徒達がぞろぞろと食堂に入ってくる。混んできそうだから、そろそろ行かねば。
「ん? もう行くの?」
「あぁ。食堂混みそうだし、三限の授業で一番後ろを席取りしたいしな」
「あっそ。あー、でもちょっと待って。彗司ネットとか詳しいよね? ちょっと聞きたいことあるんだけどさ」
「あ、何?」
「えーとね、ちょっと待って」
人が増えてきたから早くして欲しい。
騒がしいパリピ集団もやってきた。
「あれ? 神菜ちゃんじゃん。美味しそうなもん食ってるねー」
と思ったら話しかけてきやがったよ!
「あ、池先輩たち。こんにちは」
「神戸牛のステーキランチか! 俺まだ食べたことないんだよなー」
「ねぇ〜、私もあれ食べたい〜」
「バイト代入るのもうちょい先だから、今は無理だわ〜」
「ぶー、ケチー」
話しかけて来たグループは、男女三人ずつの六人組である。
リーダー格の男は茶髪に染めた、いけすかない奴。爽やか気取りが腹立たしい。大学の10%以上がこいつみたいので占めてそうなタイプの男。
その男にベッタリくっ付いてる女は、白ギャルと量産型女子大生を混ぜた感じ。多分カップルなんだろうが、よくもまぁ公然の場所でこんなにベタベタ出来るよな。
後はまぁ、超スポーツやってそうな男と、クール気取ってる感じの男。同じくクール系の女と、中学生くらい小さい女だ。
どれもリアリアしてて嫌いだ。
「ん? 神菜ちゃん、こいつ誰?」
「あぁ、只の幼馴染です。腐った縁というやつです」
「え、腐り落ちてんの?」
「そうなんだー。どうも。でさ神菜ちゃん──」
そっからはこっちに見向きもしなくなった。
まぁ、馬鹿にしてくるわけではないから別にいいが、俺としてはなんか腹立たしい。
お前らに相手される値ではないということか。俺もお前らの相手はしたくないが。広いキャンパス内、会うことはないだろう。
しかし、仲良さげに神菜と話すパリピ集団。
話を聞いてると同じテニスサークルの先輩たちらしい。全員三年生。池先輩という奴は部長みたいだ。
今日はサークルが休みになったことと事務連絡をいくつかして、その後はステーキランチを中心に話が弾んでいた。
「ねぇ〜、お腹すいたから早く昼飯行こうよ〜」
「あぁ、わりぃわりぃ。じゃ、行くか」
こうしてパリピ集団は俺と会話することはおろか、視線さえ向けることなく去って行った。
厄介ごとにならなかったからいいか。
「彗司、何拗ねてんの?」
「え、は、はぁ⁉︎ どこがだよ!」
「だってあからさまに不満そうな顔してるもん。私、幼馴染だからそういうの分かるよ。──なに、もしかして私が先輩たちと喋ってるのに嫉妬してんの?」
「ちげぇし!」
「ま、池先輩たちイケメンだからね〜。顔だけじゃなくて中身も」
「ああいう爽やか気取ってる奴らは表だけで、裏ではえげつい事してんだよ」
「まーた偏見か。少しは性格面を見習ったらどう?」
「嫌に決まってんだろ」
神菜は残った最後の一切れを口に入れる。
「で、聞きたいことって何?」
「ふぁー、ほぉほぉ」
「いいから呑み込めよ」
神菜は言われた通り肉を呑み込んで、水もついでに流し込む。
そして喋れる状態になってから携帯を俺に見せた。
「私最近、携帯変えてさー。大体のアプリとかのアカウントは取り戻したんだけど、このショッピングで使うアプリのアカウントだけ取り戻せなくてさ。彗司、こういうの強そうじゃん? なんかいい感じにして、アカウント取り戻せない?」
「いや、無理に決まってんだろ」
「カタカタカタカターってしたら分かるんじゃないの⁉︎」
「ハッカーかよ! そんなこと出来るか!」
神菜は口を膨らませ、携帯を引き下げる。
「つかえねー」
「おい。メモってないお前が悪いんだろうが」
「いや、メモんの面倒じゃん。うーん、おっかしいなぁ、これだけパスワード別にしてたっけなぁー?」
「パスワード使い回しかよ……」
パスワード使い回しは楽ではあるが、セキュリティ面的に不安な要素がある。
まぁ、そんな俺も使い回しにしているが。大体どのゲームにログインする時も、同じ名前でパスワードも……。
「……あれ。もしかして、いやそんなことあるのか……? でも、調べてみる価値はありそうだな……」
「ん? どうしたの?」
俺はSMFに戻って検索した。アカウント名“ハルピー”を。
すると、3件アカウントが見つかった。たったこれだけしか見つからなかった。
「……もしかしてこの中にいるのかもしれない」
「え、何が」
「神菜あざっす! お前のおかげで任務がちょっとだけだが進むかもしんねぇや!」
「お、おぉ。ゲームかな……? まぁ、それは良かったね……」
「じゃ、またな」
「……うん。──え、何だったんだろ」
この三人の中に俺が捜しているネカマがいるかもしれない。もちろん、全員違う可能性もある。
でも手掛かりがない以上、これを頼りにするしかない。別のネカマが出てきたら出てきたで、その時はまた駆逐する。
とにかく、神菜のおかげで一歩進み始めることが出来た。
捜索の糸口を掴んだ俺は、ずっと悩んでいたセツナへの文面に、この状況を伝えることにした。
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