第6話 一夜明け、もう一日明けた


「──ってさっそく詰んだなー……」


 俺は一人、パソコンの前で唸っていた。

 セツナと誓い合ってから一夜明け、もう一日明けた。


 あの後、俺はすぐさまセツナが前やっていたというゲームでアカウントを作った。

 名前は“アドベンチャーワールド”──これまた名前が安直。

 それもそのはず、この作品は今年10周年を迎える長寿作だ。新規プレイヤーはさすがに少ないが、古参プレイヤーは今でも毎日ログインしているという。熱狂的なファンによって支えられている作品だ。


「相手の名前分かるか?」

「えっと……その……」

「あ、嫌なこと思い出させちゃったな……ごめん」

「大丈夫です……! アカウント名は確か、“ハルピー”です」

「アホそうな名前だな」


 すぐさまその名前で検索をかけると、20人位名前が出てきた。

 ただ、セツナは誰が捜しているハルピーなのか、すぐに分かった。当時と装備等が変わっていないらしい。

 なぜなら、半年前からアカウントが動いていないのだ。


「今は使ってないのか……。使い捨てアカウントだった、ってことか。セツナを騙すためだけに……!」

「結構レベルは高かったです。長いことやっていたみたいですけど……」

「うーん、一応フレンド申請は送っとこう。新規プレイヤーはとりあえずレベル高い奴に送るもんだしな」


 SMFと同じような姿、しらひめの名前でログインしている。もしかしたら、女の子と思い接触してくるかもしれない。

 一日半経った今のところ来てはいないが……。


 ちなみにセツナは朝一で自宅に帰った。そりゃそうだ、女子高生だもの。

 月曜は祝日だったから学校には行かなくて良かったが──いや、そもそも保健室登校らしく、そこまで関係はないか。

 セツナのご両親には心配はかけさせてしまった。

 本当は男の家に泊まっていたなんて知られた日には俺の命はないことだろう。


 しかしまぁ、俺は日曜の夜は眠れなかった。緊張と罪悪感で一睡も出来なかった。

 セツナは少しは心開いてくれたのか、爆睡していたが。

 セツナが帰った後で寝て、起きたら月が昇っていた。昨日は両方の意味で生きた心地がしない。


 そういえばセツナと連絡先を交換したが、未だに何も送っていない。女子高生相手に何て言えば分からない。

 まだ何も成果は得られてないからな。話す口実がない。

 ネットや女装した姿ではあんだけ喋ったが、改めて考えると相手は年頃の女の子。

 よくここまで来れたものだ。やはり皮を被ってると別の自分になれる気がする。

 だが今は素の俺。果たして何て始めようか……。


『ご機嫌いかがですか』──いやいや、違うな。てか、多分セツナの機嫌はよろしくはないだろ。

『そちらの天気はどうですか?』──同じ関西なんだから天気予報みたら分かるよな。

『今日はどういう生活を送るんだ』──束縛強めの彼氏か!


 ったく、どうすれば……。


「何してんのボッチボーイ」


 ベシッ


「いてっ! はぁ⁉︎ だれ──って何だ神菜かんなか」

「何だとは何よ。ボッチボーイ」

「うるせぇ、ビッチガール」

「ビッチじゃない! どこをどう見てそう思うのよ!」


 パソコンの次にスマホの前で唸っていた俺の頭を叩いた女子。

 彼女の名前は二宮神菜にのみや かんな。俺の幼馴染だ。今は量産型女子大生に成り果てている。


 そう、ここは俺の通っている成須磨なりすま大学の西宮キャンパス内だ。食堂の端っこの席に俺は座っていた。

 秋学期が今日から始まり、今の時間帯は二限の授業中、人は少ない。

 ちなみに俺は一限に授業を入れてるが、火曜二限は空きコマだ。


 神菜は俺の前の席に座ると、携帯を触り出した。


「神菜、お前確かこの時間授業入れてたよな。授業中じゃないのか?」

「教授が初回のくせに風邪で休みだってさ。もう少し早く言って欲しいよねー。寝坊だと思って急いで来たのに」


 携帯の画面で自分の髪型をチェックする。

 寝坊の割には髪型もメイクも整ってる気がするが……。


「ま、二時間勢はキツイよな」

「彗司はいいよねー、下宿してて」

「まぁ、俺は一人でも生きていけるということだよ」

「いや、あんた優衣ちゃんに厄介払いされただけでしょ」

「うるせぇ」


 優衣とは高校二年生の妹のことだ。


「で、何してたの?」

「お前には関係ないことだ」

「いいから。言ってみたら楽になるよぉ」

「尋問されてんの? はぁ……一人の女の子を救う任務の途中だよ。だから邪魔すんな」

「……は? あぁ、またゲームね。彗司、来年から三年生だよ。もうすぐ就職活動しないといけない時期なのにゲームばっかしてていいの?」

「別にどっかに就職しないといけないルールなんてないだろ」

「うっわ、呆れた。てか、そもそも進級出来るかも怪しいもんね。春学期とか後半全然来てなくて単位落としまくりだし」

「神菜には関係ねぇだろ」

「そんなことない。私、幼馴染だし。それに彗司のお母さんから頼まれてるから。『あの子の面倒、面倒だと思うけどしっかり面倒見てあげてね』って。──って今聞いた……? 面倒って三回も出たんですけど」


 神菜は一人自分の言ったことにウケていた。

 こいつは結構よく笑う。お笑い番組とか深夜帯のも全て網羅したり、劇場に足を運んだりする。

 そういや小さい頃、笑い過ぎてお漏らししたこともあったなぁ──


「何考えてんの?」

「……別に」


 考えていたことが読まれたのかと思った。

 とりあえず俺は神菜は無視して、またゲームに戻った。


 ネカマからまだ返事はない。とりあえずレベル上げに勤しむが、このまま行ったらただゲームを遊んでるだけになってしまう。

 しかし、どうやって活動していないネカマとコンタクトを取れば──


「じぃー」

「……え、なに。まだいたのかよ」

「こんな可愛い幼馴染の私を無視するとかありえないんですけど。彗司、女の子の前では緊張しちゃってテンパってたくせに」

「いや、お前は見飽きたし慣れた」

「はぁ⁉︎」


 神菜は急にボリュームを上げ、机を叩いて立ち上がる。


「ちょ、うるせぇよ! 悪目立ちすんだろ!」

「あんたはもう既にボッチで目立ってるでしょうが!」

「目立ってねぇよ! ボッチで目立つって矛盾してるし!」

「あー、うるさいうるさい。もう知らない。どうぞお一人様でゲームとかしててください」

「お前が最初に大声出したんだろうが……」


 とりあえず興奮して立ってしまったから席に座る。

 と思ったら、神菜はまた目の前に座る。


「え、行かねぇの⁉︎」

「だって友達は授業中だし、サークル行くのは面倒だし」

「あぁ、ヤリサーか」

「テ・ニ・ス……! サークルね。うちの大学はちゃんとしてるとこだって前から言ってんじゃん」

「どうかな。運動してる奴は大体性欲がウサギ並みだから」

「彗司ってほんと偏見すごいよね。後、私は年中発情してませんから……!」


 神菜は確実に苛立っている。まぁ、会話したら大体こういう結末になるのだが。


「はぁ……彗司と喋ると、ほんっと疲れる」

「激しく同意」

「あっそう。それ自分自身で疲れさせてるじゃん。──そうだ、彗司はもう昼ご飯食べたの?」

「いや、まだだけど」

「じゃあ、一緒に食べてあげるかぁ。幼馴染だし」

「別にいらねぇよ……いや、神菜に頼むか。後で金払うからなんか美味しそうなのよろしく」


 断ろうと思ったが、合わせてきたかのようにお腹が空いてきた。動くのは面倒だし、目の前の神菜に依頼する。


「え、女の子を働かせるわけ?」

「俺の友達は幼馴染の神菜だけなんだよ。お前にしか頼むやつがいないだろ」

「……まぁ、可哀想な彗司には友達は私一人だけですから? 行ってあげてもいいですけど」

「それに、神菜の分の昼飯もおごってやるよ」

「オッケー、一番高いの買ってくる!」

「って、おい!」


 呼び止めることは出来ず、神菜は行ってしまった。

 ここのメニューは安いものばかりだが、誰が頼むのか分からない3200円の神戸牛のステーキランチがある。美味いんだろうけど。

 さすがに冗談だと思うが、どうだろう。嫌がらせで買ってくるかもしれない。


 それが俺の幼馴染、二宮神菜である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る