第3話 不安と興奮が入り混じる夜


「ここがしらひめさんのおうち……。とても綺麗な部屋ですね」

「は、ははは。ま、まぁね……」


 男を油断させるために部屋を片付けて、消臭スプレーかけまくってるからな……。そりゃそんな反応になる。ならなきゃ困る。

 ちなみに見られたくないものは、全て台所の床下収納へ。初めてここを使った。


「ご家族の方は?」

「いや、俺──じゃなくて私は一人暮らしだよ。家族は実家。といっても実家は神戸だから近いんだけどね」

「一人暮らしって凄いですね……! 私も一人暮らししたいですが、親が厳しくて……。だから憧れます」

「憧れた生活は何もしてないよ。ご飯はコンビニ弁当ばっかりだし」


 そもそも料理を作れないし、三食きちんと食べてることさえしていない。


「そういうものなんですかね? ──ん? これって……カメラ……?」

「へ?」

「いや、あそこにカメラみたいなものが……」


 緊張からか、部屋をキョロキョロしていたセツナは一台のカメラを見つける。そう、証拠をおさえるためのあのカメラ。


(い、いきなりバレた⁉︎ 何とか言い訳を考えないと、セツナに不審がられてしまう!)


「いや、えっとそれは……まぁ、カメラですよね」


 別のものと勘違いしてるんじゃないか説は出来なかった。

 何故ならもう既にセツナはガッツリとカメラを触っているから。


「録画になってる……」

「いや、だからその……」

「もしかして防犯カメラですか?」

「……ん?」

「女の子で一人暮らしですもんね。泥棒とかストーカーとか、しらひめさん可愛いから狙われちゃうかもしれないですし……」

「……うん、そうだよ」


 セツナは勝手に勘違いしてくれた。

 女の子が自身を守るための室内防犯カメラ。そういえば、最近はアプリとかで現在の様子を見られるものがある。科学技術の発展に感謝だ。

 防犯カメラの用途は同じだが、目的は違うものとして俺は扱っているが。


 セツナは今、ちょこんと部屋の真ん中に正座している。カメラを戻すと、落ち着きを取り戻したのか大人しくなる。

 恐らくだが、人の家にあがることがないのだろう。少しテンションが上がっていたようだった。


「えっと、とりあえずどうしようか?」

「あ、そうですね……ど、どうしたらいいのでしょうか……?」


 ここでリア充やパリピ共は、有無を言わせず女の子を押し倒して最後まで行くのだろう。絶対にそうに決まっている。

 しかし俺にそんな勇気はない。なにより今は自分の格好は女の子だ。

 俺の頭は落ちるとこまで落ちたオタク脳。女の子と二人きりの状況からはこんなアダルティな考えしか思いつかない。

 いや、待てよ。ここには大量のオタクグッズがあるではないか。

 そして買いたてホヤホヤのグッズがある。


「あーそうだ。えっと、開封式しますか」

「しましょう」


 あ、食い気味。

 セツナも本当は家に帰って百合本を一人でじっくり楽しみたかったんだろうが、どうやら俺がいたとしても待ち切れなかったみたいだ。

 そもそも百合好き仲間だ。遠慮はいらない。思う存分語り合おう。

 夜はまだ始まったばかりだ。


「よし、じゃあ私お茶かなんか入れるよ」

「あ、お構いなく……!」


 遠慮はしているが、目も手もセツナは百合本に夢中だった。

 俺は冷蔵庫の中にあった2Lペッドボトルのお茶を取り出した。賞味期限はギリギリきれていない。

 二杯分入れてセツナの元に持って行く。が、ここでよくある展開へと持っていってしまった。


「うお!」


 大量に買ってきた荷物。その内の一つに躓いた。

 お茶は俺の手から離れて宙を舞い、セツナの頭へと落ちた。

 当然、セツナは頭から身体までお茶でびしょ濡れになってしまった。


「ご、ごめん! だだだ、だいじょうぶ⁉︎」

「あ、は、はい……! 百合本は何とか無事です」

「いや、そっちじゃなくて」

「あ、私は……大丈夫です。濡れただけですから」

「とりあえず拭くもの持ってくる!」


 俺は急いでタオルを持ってくる。たまたま買い立てである新品のバスタオル。

 セツナに渡し、自分で身体を拭いてもらう。触ったら捕まるから。


「ありがとうございます」

「ほんとにごめんね。でも、どうしよう。服がびしょ濡れに……」

「こ、このままで大丈夫ですよ……!」

「……いや、私着替え出すから、それに着替えよう。濡れたままの服着てたら風邪ひいちゃうし、冷房も付けてるから」


 まだ残暑が残る九月。部屋は冷房で快適な温度になっている。しかし、この温度で濡れた服を着ていたら風邪はひく。

 俺は着替える服を用意する。

 といっても、男物ならバレるだろうから、男女両用のアニメの絵柄がプリントされているTシャツを渡した。


「す、すみません……!」

「いいよ、私が悪いんだ──って何でここで脱ぐの⁉︎」

「へ?」


 セツナはその場で上を脱いだ。そりゃそうだ、今俺は女だと思われてるもの。

 ピンク色のブラジャーはセツナの大きな胸をしっかり支えている。ほんとにデカイ……。


「えっと、しらひめさん……?」

「あ、いや、そうだ、風呂、あ、シャワー浴びてきたら⁉︎ きっと、下着とかまで濡れてるだろうし、今日泊まるなら入った方がいいんじゃない⁉︎」

「そ、そうですね。汚いまま寝るのはしらひめさんに申し訳ないですし、ご厚意に甘えてお風呂使わせていただきますね。タオルはこれを使わせていただきます」

「あ、うん……」


 そして、セツナは自分の着替えと俺が用意した服とタオルを持って風呂場へと入っていった。

 自分の理性は何とか守られた。


「ふぅ、何とか危機は去ったか……。それにしてもホントにセツナは気付いてないようだな。それに、多分少しずつ慣れてきてるな。ちょっとずつ心開いてきてるような気がする……」


 一日中一緒にいて、今夜は共に過ごすことになるわけだ。何よりネット世界で多くの会話を交わしている。


 自分もセツナに慣れてきて、安堵したのも束の間、ピンチはすぐにまたやってきた。

 ピチャピチャと水が滴る音がする。それから、シャワーの音が聞こえてくる。

 そう、俺の部屋で女の子が服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びているのだ。


(俺の理性、もってくれよ……!)


 今夜は不安と興奮が入り混じる夜になりそうだ。



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