第6話 ひかり葛藤!正義の心は優しさの気持ち!
『高濃度アビス粒子反応。危険です、シャインヴィーナス』
ひかりの通信機に、アーシャからの忠告が入る。
『この反応は、恐らく「エクリプス個体」。非常に危険です。貴女ひとりで敵う相手じゃない』
ひかりは、彩の背後でうずくまる少年を見る。まだ完全に覚醒していない。今ならまだ、倒せる。
「これはチャンスよ。今、このふたりを叩くわ」
そう判断し、光線銃をふたりへ向けた。
「……!させない!」
彩は必死に両手を広げる。エクリプスはまだ覚醒しきっていない。ここで失う訳にはいかない。
「……今までスタアライト以上に表に出てこなかったあなたが、そうまでして庇う必要があるの?」
ひかりは威嚇射撃に、彩の足元に光線を撃ち込んだ。
「っ!……当たり前じゃん!仲間なんだから!」
「……ぐっ!」
彩は震えながら叫ぶ。少年はまだ頭を抑えている。
今、撃ち込めば良かったのだ。ひかりは。
問答無用で、彩もろとも少年を。
撃ち殺せば良かったのだ。そもそも、無防備な敵に対し攻撃を仕掛けないのは、戦いではあり得ない。あまつさえ奴等は地球を侵略しようとする明確な害敵である。今ふたりを殺せば厄介なクラッカーと厄介になりそうな敵を生まずに済む。めぼしい敵はハルカだけとなり、随分動きやすくなる。ひかりは勿論それを理解している。
だが、ここで撃てないのが、長谷川ひかりという『正義』であった。
「……!」
『無防備な敵に対し一方的に攻撃する』ことは、彼女の正義感から離れたものだった。そして、その正義感こそ、アーシャが認めた戦士の条件だった。
「……さっさと逃げるなら、逃げなさい!私は引かないわよ!?」
苦し紛れに、ひかりは彩へ問い詰めた。元仲間の妹に対し攻撃することはやはり憚られる。
「逃げないっ!引かないっ!」
「何でよ!?死ぬわよ!?」
彩は泣きながらも、一歩も動こうとしない。照準を定めるひかりの手が震える。
「だって!ひとりぼっちなんだもん!」
「!!」
彩が叫んだ。
「……! 周り全部!80億の敵に囲まれた星で!この子はやっと出会えた仲間なんだもん!おにぃが死んで……ひとりぼっちだったんだもん!」
「!!」
彩に命乞いなどの打算は無かった。しかし、数秒後にしまったと後悔する。
ハルカと連絡が取れないことを知られてしまったからだ。
「……じゃあなんでそんな敵を作ったのよ!アビスの側なんかに付かなければ、あなたも、影士も!こんなことにはならなかったじゃない!」
「そんなの知らない!ずっと昔からアビスだったもん!おにぃと、あたしだけだったもん!」
「!」
ずっと昔から。そうだ、アビス粒子は10年前に飛来したとアーシャは言っていた。どんな風にアビスを受け入れたのかは分からないが、少なくとも影士は、アビスになってからも自分達と仲間でいてくれた。
やはりそれを裏切ったのは、私達の方なのか?
「……だとしても、あなたたちは地球を侵略し破壊する悪者。だから『悪の組織』と言われる。だから、今ここで討つ」
彩は無防備では無くなった。覚悟を持ってひかりに立ち向かった。
ひかりは、光線銃の引き金に力を入れる。
「!!」
だが瞬間、目を逸らしてしまった。
――
ほんの一瞬である。ひかりはすぐに向き直る。友人の妹と、見知らぬ少年の遺体がある筈だ。装備も無しに、地球科学を越えた宇宙科学の光線銃を、避けることも防ぐこともできはしない。
「……えっ!」
だが。
ひかりが迷っている間に。彩と口論している間に。
『間に合った』。
少年は覚醒を終えていた。彩は微塵も期待などしておらず、時間を稼いでいる自覚などこれっぽっちも無かったが。どうあれ。
「…………」
彩と光線銃の間に、その少年は立っていた。いつ移動したのか。どうやって光線を防いだのか。ふたりには何ひとつ分からない。
だが結果的に。
「……くそっ!」
「……ぅえ」
ひかりは飛び退いた。彩は泣きながら、その背中を見ていた。
「……ふぅ。なるほど。うん。分かった。ふむふむ」
「ぅえええええあああぁん」
「おうっ。ちょっ。……はいはいよしよし」
突然現れた頼もしい背中に、つい力の抜けた彩は寄り掛かった。少年は一瞬吃驚して、彩の頭を優しく撫でた。
「僕はエクリプス。よろしくシャインジャー……いや、アークシャイン。聞いているんだろ?」
そしてひかりを見た。警戒するひかりの通信機から、アークシャインが反応する。
『……ついに貴方まで来ましたか、エクリプス』
「いや、大したもんだよ。僕を呼ぶほど君達が手強いなんてね」
エクリプスは人間となった自分の身体を確かめるように、手や足を動かす。
彩は引っ付いたままだが。
「……これから塾だったんだけど、まあ仕方無いな」
「……ひっく。あなた学生?いくつ?」
「15歳の受験生だよ」
「……背、高いね」
「よく言われる。彩ちゃんは?」
「18歳の高校生だよ」
「わ、お姉さん。彩さんだね。……えっと、そろそろ離れてくれると嬉しいんだけど……」
「あ、ごめん」
エクリプスと彩が会話している隙に、アーシャはひかりへ警告する。
『撤退してください。エクリプスが覚醒したら、あなたでは決して止められない』
「……影士より強いの?」
『いえ。単純な戦闘能力ではスタアライトの足元にも及びません』
「じゃあ」
『違うのです。エクリプスの能力は、戦闘ではない』
「なんなの?」
と、『アーシャとひかりが会話している隙に』。
「さて」
エクリプスの周りに、昆虫型の下位アビスが2体現れた。
「!」
咄嗟に構えるひかり。
「取り合えずここから去りたいけど、あの女の人がそうさせてくれなさそうだね」
「シャインヴィーナス。5人のシャインジャーの生き残りよ」
「生き残り?」
「後の4人はおにぃが倒したの」
「へぇ、さすがスタアライト。強くてありがたい」
下位アビスが、さらに2体増えた。
「……こんなところに4体も?」
彩も驚く。
「後で説明してあげるよ」
そう言って、エクリプスは4体の下位アビスをひかりへけしかけた。
「行けっ!」
「ギャギャー!女だァ!」
「……」
「……」
下位アビス達は、嬉々としてひかりへ向かっていった。けしかけておいて、エクリプスは少したじろいだ。
「……『女だァ!』って……」
彩もドン引きである。
「……さすがに駄目だねあれは。アビスはもっと高レベルの知能と文化がある筈なんだけどな」
――
「……!」
けしかけられて、ひかり。率直に言えば絶体絶命のピンチであった。
今まで、少し前までは5人がかりで1体を相手に、それでも毎回かなり消耗していた。
最近はようやく1対1で勝てるようになったが、毎回死闘の末どうにか勝った、というぎりぎりの戦いである。
まして4体1など。完全に想定外。さらには札幌で一戦終えたばかりである。
『アビス』という侵略種族が、いかに強力な戦闘種族なのか。嫌でも分かる光景。
想像はしたが、想定はしていなかった事態。『集団で攻めてくる』という当たり前の戦術。想定していなかったその理由は、これまでの怪人の出現傾向と、アビス粒子の散発的な飛来もあり、複数体現れるのはほぼ無いと判断していたため。
『急いでワープ装置まで逃げてください』
「……!」
ひかりはすぐさま踵を返し、全力で駆け出した。
「遅い!」
だが、シャインヴィーナスは元々サポート能力が主な装備のシャインジャー。単純なパワーとスピードではアビスに勝ち目は無い。
その上エクリプスが戦術的に指示を出して的確に追っている。
「きゃあっ!」
「ギャギャッ!」
ひかりはアビスに簡単に組み伏せられた。
「で、殺すかい」
エクリプスが問うた。彼はまだ、この戦いについて知識を共有されただけだ。実態については、彩の方が詳しい。
先程、圧倒的優位に立っていながら、シャインヴィーナスは自分達を殺さなかった。ならば我々も、命の奪い合いではない方法でこの星を支配するのだろうか?
そういった意味を含めた問いだった。
「当たり前じゃない」
彩は即答した。
我々は今戦争をしている。捕らえた敵兵は情報を吐かない。向こうにはこちら側の捕虜は居ない。交渉の余地も無い。解き放てば厄介な戦力になる。既に大勢の同族が殺されている。ならば殺すのみ。『それ以外はあり得ない』。
彩は至極当然の決断をした。ひかりに対し情や因縁のある無しではない。そんなものは関係ない。そんな個人的なものに左右されて判断を見誤れば、仲間を危険にさらすことにもなりかねない。
「分かった」
「ちょっ……!」
アビスが獰猛な爪を振り上げた。先程ひかりがしていたような躊躇は一切無い。もう1秒も経たずひかりの首は胴体と離れる。ひかりは最後に彩の顔を見たが、彼女は無表情であった。
惜しむらくは、エクリプスが彩に生殺を訊ねたその一瞬だろう。
「!」
憎きシャインジャーを全滅させる機会を逃した原因は。
「間に合った……いややばすぎだろ」
「あなた……!」
4体のアビスは、その全てが絶命していた。4体とも頭に穴が空いている。撃たれたのだと判断できる。
「……新手か」
エクリプスは同族を殺されたことに少し苛立ちながら、その男を睨んだ。
現れたのは黒いヘルメットに全身黒のライダースーツ。世界4ヶ所に現れた怪人を撃滅してきたブラックライダーであった。
「!」
お互いに距離を取った。どこから現れたかは分からないが、『こいつは危険だ』と、エクリプスもブラックライダーも、同時にそう思った。
「……退却戦か?ひかりちゃん」
「……ええ」
膠着状態を破り、ブラックライダーはひかりをバイクへ乗せ、すぐに走り出した。
「追うかい」
エクリプスは再度問うた。このまま逃してこちらも態勢を整えるか、それともここで奴等を討つか。
「当たり前じゃない」
今ここには、奴等の最大勢力が全て揃っている。そして、それが逃げている。
こんなチャンスは無い。こちらにはエクリプスがいる。これまでとは違う。
ここで叩く。奴等を殺せば、もう敵側に戦力は残っていない。
彩は即答した。
――舞台説明⑥――
スタアライトとの対決以降ひかりは基地で暮らしています。
またアーシャはアビス粒子を探知できますが、不活性状態のアビス粒子(未覚醒)は探知できないので、彩やハルカを追うことはできません。
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