第75話『宣戦布告』

ここは世田谷豪徳寺・75(惣一編)


『宣戦布告』




 すっかり冷めたコーヒーを吉本一佐は飲み干した。


「ハハ、猫舌なんでな」


 聞きもしないのに一佐はえびす顔で応える。こたえない人だと、つい苦笑いをしてしまう。


 佐世保に着くと、戦闘詳報を書くように言われ、副長、船務長、砲雷長の三人は艦長室に缶詰めになり、書き上げて基地司令に渡したとたん、艦長は解任され、江田島幹部学校付の辞令を渡され、その足でヘリに載せられて江田島に急行するという慌しさだった。


 艦長……一佐は退官届を出す暇も無かった。随員を一人許可されたので、吉本一佐は、なんとオレを指名してきた。


「すまん。他のもんやと、たかやすの艦内業務に支障が出るんでな。ま、江田島で、わしの将棋の相手でもしてくれや」


 で、今朝も、あてがわれた二人部屋の教官室で、へぼ将棋の真っ最中。


 ここへ来て五局目の将棋だが、へぼ将棋が謙遜ではないことが、よく分かった。あの佐世保沖での艦隊指揮がうそのようだった。


「佐倉君は強いなあ……」


「はあ、将棋なんて、所詮は戦闘シミレーションですから。実戦は別物です。校長が差し入れてくれた羊羹が、まだ残っています。切ってきます」


 教官用の給湯室に向かう。行き交う教官たちが、畏敬のこもった敬礼をしてくれる。大概の教官が自分よりも年齢も階級も上なので閉口した。


 羊羹と茶を盆に乗せて戻ってみると、吉本一佐は窓から海を見ていた。


「わしは、ハンモックナンバーもドンケツのほうでなあ。平穏無事に一佐で退官するはずやったんやけどな……」


 そこまでいうと、さっそく羊羹を一切れ口に放り込み、正直においしそうな顔になった。


「退官したら、日本中の甘いもん屋渡り歩くつもりや……て、どこかでしゃべったんやろな。教頭さんが、これで甘いもん屋の検索でもしてください言うてパソコン持ってきてくれた」


『甘い政府の見通し』というタイトルが目に入った。


「甘いもん屋で検索したら、そんなんが出てきた」



 A新聞のウェブ記事だった。今回の海戦について、政府は個別的自衛権の行使であり、基本的には吉本艦隊に瑕疵はない。しかし、個々の戦闘については分析中であり、論評を控えたとあり、A新聞は軽々と戦闘を引き起こしてしまった吉本元艦長を非難していた。


「誰かが責任とらんと収まらん。わしの首では軽すぎるかもしれへんなあ」


 そう言いながら、吉本一佐は一発かました。鼻がもげそうだったが、ポーカーフェイスでキーを叩いた。


 予想はしていたが、国論は二分していた。


 吉本一佐の決断と行動は主権国家としての護衛艦の艦長、艦隊司令としては賞賛されるべきことである。という論と、それをアナクロとして退け、C国における日本の経済活動の息の根を止める軽率な行動で、国際世論も許さないだろうとC国、K国の論説を取り上げ、それが国際世論であるかのように主張していた。で、それを裏付けるかのようにC国に生産拠点を持っていたり、市場を持っている企業の株は大幅に下がり始めていた。


 ただ、欧米や他のアジアの国々は日本海海戦の再来であると賞賛。無謀な領海侵犯を図ったC国を非難していた。


 残念ながら、日本人の頭の中で外国というとC国とK国が大半を占め、正確な世界地図が無かったことである。やれやれ、我々の幽閉は、まだしばらく続きそうであった。


 もう一度本来の『甘いもん屋』にもどそうとしたら、パソコンの上の方に地震警報のようなものが出てきた。


 そこには「C国、日本に宣戦布告」と、あった……。

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