第40話《現実版 はがない・1》
ここは世田谷豪徳寺・40(さくら編)
《現実版 はがない・1》
あたしは友だちが少ない。
でも隣人部を作ったりはしない。エアー友だちを作ったりもしない。
『春を鷲掴み』で、間所健さんと坂東はるかさんとも『お友だち』になった。でも、二人ともキャリアが違いすぎる。って、あたしのキャリアがなさすぎなんで、お仕事仲間はみんな、大小の違いはあっても先輩だ。とても対等な友だちとは言えない。
でも、はるかさんは、日に何度もメールをくれる。
――おはよう。もう起きた? わたしはこれから寝るところで~す――
――今から○○の収録。××さんは苦手。いってきま~す――
――○○の収録終わり。とりあえず問題なし――
――もう寝た? 今から来月の舞台の打ち合わせ、たぶん午前様で~す――
――おはよう。もう起きた? わたしは、これから爆睡しま~す――
最初は、この五本のメール。
――おはよう。今からお仕事。いってきまーす!――
――聞いて聞いて、今夜の仕事、相手役の急病でオフになっちゃった!――
――肝心なこと忘れてた、よかったら、今夜晩ご飯付き合ってください!――
じつは、この間に十五本もメールが入っていたんだけど、今どこそこにいまーすというようなものばかりなので、このお話の展開に関係あるやつだけ並べました。
あたしは、この五日間入試で学校は休みだった。駆け出しの業界人の仕事は、こないだの『春を鷲掴み』とラジオの生があっただけなので、リアルはがない女子高生のあたしは、数少ない友だちのまくさと恵里奈とカラオケ行った以外は、チュウクンのお相手してるのかされているのか分からない付き合いがあったきり。喜んで、先輩女優のゴチになる。
場所は乃木坂近くのKETAYONAってお店。
一応店のありかは教えてもらっていたけど、スマホの道案内に頼ることもなく着くことができた。
「あのう、はるかさんと待ち合わせている佐倉っていいますけど……」
そこまで言うと「どうぞ」と奥の個室に通された。
「ごめんね呼び出して。お家大丈夫?」
「大丈夫です。はるかさんといっしょだって言ってありますから。はるかさんの信用は、家じゃ一番なんです」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない。ま、とりあえず乾杯で、お料理は任せてね!」
「あたし、未成年ですから」
「大丈夫。わたしアルコールだめだから、ジンジャエールで乾杯」
そして、ノンアルコールで乾杯したあと、ひとしきりお料理をぱくつき、ソロリとお話に入っていった。
「あたし、この店初めてって気がしないんですよね」
「目立たないお店なのにね」
「えと……『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』に出てきませんでした?」
「え、さくらちゃん、あの本読んだの!?」
「はい」
「おお、心の友よ!」
はるかさんはジャイアンのようなことを言ってハグしてきた。ジンジャエールってノンアルコールだったわよね?
「あの本読んでる人って、めったにいないんだよね」
「おもしろいラノベなんですけどね」
「まあ、出版不況だからね」
「あたし、姉妹作の『真田山高校演劇部物語』も読みましたよ」
「え、あれ出版されてないわよ!?」
「ネットで掲載されてるの読みました」
「うーん、ういヤツじゃそなたは。あれ、今度本になるんだよ『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』ってタイトルで、春には出るよ」
「あたし、最初の読者になります!」
「なかなかの心がけよのう(o^―^o)」
「あの話は、実話なんですか?」
「多少の誇張はあるけどね、マンマよ」
「じゃ、小さい頃は成城のお嬢さんだったんですか?」
「まあ、五歳までね。あとは本の通り。お父さんの会社が倒産して……ハハ、オヤジギャグだ」
「南千住の実家に越して、高二で大阪に引っ越して……」
「さくらちゃん、優しいね。親の離婚飛ばしてくれるのね……」
「あ、話端折っただけです」
「いいのよ、そこ抜きにしちゃ、今のわたしにたどり着かないから」
あたしは、とことん付き合う気になっていた。
はるか先輩は、とても行儀が良い。やっぱ成城のお嬢さんの時代に身に付いたものがあるんだろう。
ら抜き言葉を使わないし、一人称も「あたし」じゃなくて「わたし」だ。
「青春て、めくるページの早さが速いじゃない。今いっしょのページに居たかと思うと、次のページには居ないのよね……人間って、みんな一冊ずつ自分の本を持ってるのよね。で、この人生の本と言うのは、部分的に重なったり離れたり。いつも友だちや、身内が同じページに居るとは限らない……今、わたしのページはね、わたし一人きり。人はいるけど、みんな背景に溶け込んじゃって、物言わぬ書き割りみたいなものになっちゃった」
気が付くと、外は再びの雪になっていた。
あたしは、はるかさんのマジの『はがない』に向き合った……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます