第36話《Takoumi Reotardとの出会い》

ここは世田谷豪徳寺・36(さつき編)

《Takoumi Reotardとの出会い》



 Takoumi Reotardと書いて、タコウミ レオタードとは読まない。


 後期試験も終わり、ボンヤリしていた。


 このボンヤリには原因がある。世田谷の成人式の様子を見ていて、あたしの中で何かが切れた。サトコちゃんとの抜け殻論も影響している(第27回メタモルフォーゼ)かも。

 そして、わが愚妹のさくらが、どういうわけか、一カ月足らずで女優兼モデルのハシクレになったこと。


 さくらは、女の子を十人集めたら八番目ぐらいの子。けして道行く人たちが、すれ違いざまに振り返るようなミテクレではない。それが渋谷でネーチャンとオッサンのケンカを見ているときのビックリ顔がスカウトの目に止まり、持ち前の「その場しのぎ根性」も幸いして、エキストラながら本番中にかましたアドリブが、主役や監督の目に新鮮に映り、にわかに、それらしくなってしまった。


 ついこないだまでは、佐倉さんちは「やっぱお姉ちゃん!」で、二十歳の、この歳までやってきた。それが、たった三週間あまりで、このありさま。別に女優だからいいとは思わない。あのボーっとして魂のありかが分からないような愚妹の目がキラキラ輝きだしたことが、あたしの姉としてのプライドを……。


 そんなことをポワポワ考えている間に、信号を読み違えた。


 なんと、反対の道路の青信号を、こっちの青信号と見誤って渡ってしまった! 当然の如く、あたしは車に跳ねられた。


 跳ねた車が目の前に見えた。四駆の迷彩車体、バンパーに○○の文字。ああ、よりにもよって自衛隊員の妹が自衛隊の車に跳ねられるとは……。

 すると、車から外人さんが降りてきた。直感で、フランス人と思ったのは、第二外語がフランス語であることや、クレルモン大への留学を考えていたせいかもしれない。だって、ありえない、フランス人の自衛隊員なんて……。


「Vous est-ce qu'un Français est pourquoi? (なんで、フランス人が?)」

「Est-ce qu'il n'y a pas toute blessure? (怪我はしてませんか?)」


 そこで、意識が飛んだ。気が付いたら病院のベッドだった。


「Il est-ce qu'un hôpital français est ici?(ここは、フランスの病院?)」

「C'est un hôpital japonais. (日本の病院)Vous est-ce qu'une personne d'un pays est de cela qui? (君はどこの国の人?)」

「Il est un japonais.(日本人よ)」

「C'est vrai!?  ああ、なんだ、フランス語を喋るアジア系の外国人だと思ってた!」

 と、へんなフランス人が、日本人の表情で言った。


「おい、レオタード、ちょっと」


 三尉の階級章をつけた幹部が、彼を呼んだ。入れ替わりに一尉の幹部の人が入ってきた。


「部下の不始末、申し訳ありません」

「いいえ、あたしが赤信号で飛び出したのがいけないんです。あの人のせいじゃありません」

「いや、どんな場合でも自衛官たるもの即応できなければなりませんから」

 その時、彼が緊張した顔で入ってきた。

「これから現場検証に臨場いたします。お嬢さんには、改めて……」

「あ、あたしもいきます!」

「いけません。貴女は念のため二十四時間安静です!」

「じゃ、せめて名前を」

「……です。じゃ」

 早口で分からなかった、それを察して一尉の幹部の人がメモに書いてくれた。


――Takoumi Leotard ――


「タコウミ レオタール……?」

「あ、タクミと発音します。父がフランス人で、母が日本人です」

「あ、それで。あ、どうぞお楽にしてください。わたし自衛隊のことは理解しています。兄が海上自衛隊なんです」

「あ、そうなんですか」


 緊張は崩さなかったが、明らかに親近感が目に浮かぶのが分かった。


 これが、緊張一尉さんと(なんたって、下の名前言うの忘れてる)一等陸士タクミとの出会いだった。

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