第34話《覚悟はできていますか!?》
ここは世田谷豪徳寺・34(さくら編)
《覚悟はできていますか!?》
次は映画の撮影だ。
東京郊外の原っぱまで事務所の車はぶっ飛ばした。
「『蒼空のゼロ』って映画。主人公がゼロ戦に載って特攻に行くシーンだ。さくらはヒロインのクラスメートの女学生。飛行場で飛び立つ主人公を見送るモブシーン。さくらはヒロインの横で涙しながら見送るだけ。一応台本もらったから、シーンのとこ読んどけ」
ヒロイン役の等々力あやめ(とどろき あやめ)の横だ。あたしは緊張して台本を読んだ。自分は台詞が無いので、人の台詞とト書きをきっちり読んだ。きっちり過ぎるほどに。
ロケ現場は、R大学が手放した建設予定地。更地の半分に航空隊と滑走路のセット。ダミーのゼロ戦が三機停まっている。ロケバスの前が、エキストラのメイクと衣装のコーナーになっている。
「ああ、君だねオノダプロのサクラさん。バスの中で衣装に着替えてね、出てきたらメイク、簡単にね。言っとくけど、おもタンのプロモのナニで急遽出てもらうことになっただけだから。あんな感じで気持ち作って、見送るだけでいいから。あくまであやめちゃんの引き立て役。そこんとこよろしく」
「あなたがさくらさん? 実際お会いすると普通の女子高生なのにね。あのプロモはすごかったわよ。よろしく」
あやめさんが自分からあいさつにきて声まで掛けてくれた。
大感激! がんばらなくっちゃ!
ロケバスの中でセーラー服のもんぺ姿になり、バスの前のテーブルを前にして座ると、ヘアーメイクのオネエサンが信じられない早さで三つ編みのお下げにし、メイクさんが三分ほどでファンデを塗って、眉を書き足していった。鏡の中には佐倉さくらではなく、ヒロインのクラスメートAが居た。あたしは池島潤子という名前を勝手に付けた。衣装の胸の縫い込みに、その名前が書いてあったから。
最初は、出撃するゼロ戦を見送るシーンから。
ダミーのゼロ戦はワイヤーでトラックに曳かれていく。あとでCG処理で、トラックとワイヤーは消すらしい。
女学生のエキストラは十人ほど。ちょっとショボイけど、これも合成で倍くらいの人数にするんだろう。
ゼロ戦のパイロットは、安全を考えてスタントマンが載っている。
ダミーのエンジンが動き、唸りを上げてプロペラが回り出した。だんだん見送りの気分になってきた。
あたしは、惣一兄ちゃんが初めて護衛艦の乗り組みになって見送りに行ったときのことを思い出した。『しらくも』って、チャッチイ護衛艦。南西諸島方面に行くので心配だった。中国と緊張状態になり始めたころだったから。中学生になったばかりのあたしは、惣一兄ちゃんが、このまま生きて帰らないんじゃないかと、胸に迫るものがあった。
「惣一兄ちゃ~ん!」
涙流しながら、大声で叫んだのを思い出した。兄ちゃんは登舷礼で固い顔をしていたが、一瞬あたしの顔を見た。兄ちゃんも緊張し覚悟をしていた。その姿が頭に浮かんだ。むろん兄貴は無事にかえってきて、互いに、あの緊張感は笑い話になった。でも、あんなに兄妹の絆を感じたことは無かった。
「ヨーイ……スタート!」
監督の声でゼロ戦が走り出す。あたしたちは千切れんばかりに手を振って、助監督の合図で、走るゼロ戦を追いかける。兄ちゃんの初出航と重なって涙がこぼれる。拭おうともせずに追いかける。主役のあやめさんも涙の笑顔で、あたしと抜きつ抜かれつになった。
このシーンは、一発でOKになった。みんなあやめさんの演技に拍手した。あたしも拍手した。
問題は、次のシーンで起こった。
順序が逆なんだけど、パイロットたちがゼロ戦に乗り組む前に見送りの女学生の前を通るシーン。
主役の猪田史郎が、他のパイロットたちと、あたしたちの前に迫ってきた。
――違う―― と、思った。
これでは、せいぜいサッカーの練習試合が始まる程度だ。目の緊張、笑顔が偽物だった。
「……覚悟はできていますか?」
思わず言ってしまった。一瞬芝居が停まってしまった。
すると、猪田史郎の顔が強ばり、赤くなったかと思うと、こう言った。
「もちろん……潤ちゃん」
「坂井さん……!」
あやめさんがアドリブをかます。猪田さんは、そのままの顔で、あやめさんの肩に手を置く。そして猪田さん演ずる坂井少尉は搭乗機へと駆け出した。
「カット!」監督の声がかかる。
監督の周りにスタッフが集まり、真剣な話し合いが始まった。
「すみません、へんなこと言っちゃって(;'∀')」
あたしはへこんだ。
「………」
あやめさんは、返事もしないで監督たちの話し合いを見ていた。
十分ほどして、監督が吾妻プロディユーサーを連れてやってきた。
「覚悟してくれ、君の出番を増やす」
「え……」
あたしは、なんのことだか分からなかった……。
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