第29話《メタモルフォーゼ》

ここは世田谷豪徳寺・29(さつき編)

《メタモルフォーゼ》




 来年の成人式には出ないと決心した。


 世田谷区の成人式は大荒れだった。暴走族が早くから集結し、式の最中に舞台に上がってメチャクチャにしたらしい。

 成人式は終戦直後、荒廃した日本の社会に成人として羽ばたいていく若者たちに、せめてものはなむけにと始まったものだ。


 今は、ただ慣例化して行われているルーチンワークのようなセレモニーにすぎない。


「秋元クンは、来年どうするの?」

 バイトの休憩時間に聞いてみた。

「オレ、親父が警察官だから……やっぱ、出るかな」

 補充注文カードを整理しながら呟くように言った。仕事熱心というよりは、この話題には乗りたくないというのが本音のようだ。そういう態度をとられると、ますます絡んでみたくなる。

「へえ、お父さんのメンツで決めるの?」

「オレ、大阪の東成なんだ。なんてのかな、大阪でも、わりと地縁結合が強いところでさ……」

「でもさ、成人式ぐらい、自分の意志で決めてもいいんじゃない?」

「え、ああ、まあ、そうだけど……」


 この生返事で、話の接ぎ穂が無くなってしまった。


 秋元クンというのは、良く言えば順応性が高い。大阪からやってきているのに言葉は最初から標準語だった。仕事の覚えは早かったけど、仕事っぷりは……まあ、ギャラの分だけは働きますというタイプ。何事にも波風を立てたくない性格で、思いを寄せている年下の氷川聡子が吉岡さんという大人と付き合っていることを知ると、ケナゲに諦めようとしている。まあ、そうし向けたのは、あたしなんだから、少なからず罪の意識がある。


 もっとアタックした方がいい。


 サトコちゃんとは、偶然だけど、そういう話になった。


 なぜか、バックヤードの片隅に蝉の抜け殻があったのを店長が発見した。去年の夏に店の中で蝉の抜け殻を入った袋をひっくり返した子がいた。どこか公園で遊んでいて見つけたものだった。店の本で抜け殻の正体を調べていたんだ。ちょっと騒ぎになったけど、その時の抜け殻が一つ空調の風に飛ばされ、人に蹴られして、このバックヤードに残ってしまったんだろう。


「人間も、見えないけど脱皮するんだよ」

 文学部らしい言い方で話し始めた。

「成人になるってことですか?」

 サトコちゃんは、季節にあった返事を返してきた。

「人さまざま。好きになる男のタイプだって、サトコちゃんの年頃って、半年ぐらいで変わったりする」

「ふーん……」


 ちょっと考えた返事をした。


「どうよ?」

 問いかけると、思わぬ返事が返ってきた。

「あたし、一度だけ秋元さんと寝たことがあるんです……あたしも、秋元さんも初体験だったけど……あの時は、そういう必然性があったんです。あれ、脱皮だったと思います。ただ、その後、あたしはチョウチョ、秋元さんはセミみたいに別なものに変態したって感じなんです。チョウチョとセミは一緒には飛びません」


「人間の脱皮って、何度もあるんだよ」


 と言って、その言葉が、そのまま自分に返ってきた。


 あたしは、まだ、最初の脱皮もできていない。


 昨日家に帰ると、ご近所の四ノ宮クンが来ていた。


「アイテ、テテテ……もう少し優しくやってくれる」

「どうしたの、四ノ宮くん!?」

「成人式見にいったら、暴走族とケンカになったんだって」

 さくらが、甲斐甲斐しく手当をしている。

「病院行かなくて大丈夫?」

「救急車満員だったの」

「え、なに、それ?」

「暴走族八人ノシちゃって、擦り傷と打ち身だけだから。警察に呼ばれちゃったのよね。で、駅前で一緒になって連れてきたの」

「すんません。お邪魔しちゃって」


 このカップルもよく分からない。同じ一年生でも大学と高校。それが、まるで同い年のお友だち。いや、さくらの方が上に見える。


 ネットで、わが帝都大のホームページにアクセス。後期試験のことを調べようとしていたんだけど、違うものが目に飛び込んできた。


――フランス、クレルモン大学交換留学生募集――


 わたし自身への脱皮の誘いに見えた。

 

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