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「言語」を支配することにより人の思考を制御しようとしたのは、何処の誰だったか、と思案する。誰、というか、本だっただろうか。許容量がパンクしかけの脳髄は、最近そのあたりの情報を出し渋る。ポンコツが。と、内心毒づきながら、過労気味のそれを使い潰すように手元の本に意識を戻した。
多くの店や人が集まるこの繁華街の一角にある、小さな喫茶店は私の気にいりだった。それなりに繁盛しつつも、コーヒー一杯で長時間本を読むことを許される雰囲気の店は、最近少ない。何より、繁華街の中だけあって、様々な人間が行きかう。そして目にするこの惨状に、我ながら悪趣味だとは思うけれど、中々に惹きつけられるのだ。
言葉は、言霊なのだという。
これは遠い昔から、この国で言われ続けられてきたものだ。言葉には不思議な力があって、口に出した言葉が本当になってしまったりしたそうだ。詳しくは知らないが。
しかし、それはあまりに遠い昔のこと過ぎた。科学という魔法は進歩し続け、その恩恵は古い言い伝えなど置き去りにしてしまった。多くの先人の教訓は廃れ、忘れられ、根絶やしにされていった。
個人的には、これらのことは至極どうでもいいことである。勿論、知識欲はそれなりに持っているつもりなので、簡単には知りえなくなった古き時代のものの捉え方を惜しむ気持ちはあるけれど。まあ、そんなものは瑣事だ。
ところで、「神」の存在を信じる人は、どれ程の数いるのだろう。突拍子もない疑問だが、中々どうして、この「惨状」の説明には必要な言葉だ。
「惨状」。
穏やかな喫茶店らしく緩やかなジャズが店内を彩る中、活気あふれる繁華街では、そこかしこで騒ぎが起こる。
ある者は目玉を落とし。
ある者は歪に歪んだ腕を抱え絶叫し。
ある者は胸を抑えてうずくまり。
またある者は口から飛び出た動脈する塊を手に奇妙な動きを繰り返した。
ふむ。やはりなかなかグロテスクである。横目で見ながら、私は少し冷えたコーヒーに口をつけた。ああ、美味しい。
「ほっぺが溶けてしまいそう」
瞬間。溶解を始めた頬に、私はくすりと喉で笑った。
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