第172話 陰キャ同士が乳繰り合ったところで非リアには変わりない

 日曜日。

 市ヶ谷の魔導庁にて。

 今日も今日とで、ケントの使い魔、猫妖怪の霞を鍛えるべく、美冬が相手となって戦っていた。


 今回は、進の魔力制御ありの、本気の戦い。


「シン・陰流、簡易領域、抜刀」


 呪力を半径2.1メートルの円形に展開して、フルオート反射の──


「みふ、呪術廻戦は後でいいから。あとそれ中村悠一じゃないでしょ。赤﨑千夏だから」


 本気の戦い……のはず。

 霞が炎を纏って突進してきたら、一応、美冬自身の反射神経を以って、居合で受け止める。亜鉛合金製の練習用居合刀だ。当たればひとたまりもない。

 その居合は、元ネタ再現よろしく華麗に避けられて、霞はそのままに後方で美冬を制御する進に向かっていく。


 適切な判断だ。魔力の大本を早期に叩くのは良い。だが、美冬に背中を見せたのは、大きな失敗でもあった。


 †


 流石に2対1は酷いとのことで、美冬は追い出された。端っこで、進と猫妖怪が戦っているのを眺めるだけの、拷問のような何か。誰の許可を得て、進とベタベタ触り合っているのか。まずあの小娘からぶち殺してやろうか。


「殺気が漏れてますよ」

 隣には、いつの間にか花燐が立っていた。美冬の従姉に当たる、茶プラの狐だ。

 相変わらず気配を隠すのが異様に上手い。

「ええ。隠しているつもりはないので」

「非リア童貞が苦労するわけですね」

「ご主人様のこと言っているのであれば、美冬という良妻が居るので非リアではありませんよ」

「陰キャ同士が乳繰り合ったところで非リアには変わりないんですよ。現実を受け入れなさい」

「陰キャは否定しませんが……。ご主人様を悪く言うなら、殺しますよ」

「自分で力の制御すら出来ない役立たずが何を言っているのやら」

 花燐は鼻で笑った。

 美冬はぐうの音も出ない。事実、花燐は強い。月岡家の威厳を保っているのが祖母であるなら、その後を継ぐのは間違いなく花燐だ。彼女は、剣術は然ることながら、銃砲も使いこなす。


「で、何しに来てるんですか」

「ケントに手伝いを頼まれて」

 花燐は鞄からベルトを取り出し、直接腰に巻いてバックルを閉じる。

 普通のベルトにしては分厚いし、太いし、緑色で、ポケットみたいなのが色々と付いている。

「手伝いって……?」

「あの猫をいじめ倒す手伝いですよ」

 いつの間にか持っていた拳銃のスライドをパカッと開き、細長く黒い棒──バッテリーを銃に入れて、コードをグチャグチャ入れて、アダプタに取り付ける。

「それは……?」

「電ハンですよ。流石に実銃では過剰ですし弾が高いですので。リポバッテリー入れてるのでレスポンスは十分です」

「リボ払い……?」

「んまあ知らんでも生きてく上でなんの関係も無い単語ですよ」

 割り箸みたいな細長さの弾倉をポーチに突っ込んで、銃はホルスターに押し込む。とりあえず準備は完了らしいが、肝心の霞が終わっていない。


「そもそも何で拳銃なんか?」

 美冬が聞いた。遠距離攻撃したかったら普通に魔法を使っても間に合う。

「拳銃に限らず、銃を使う敵に対する対抗手段ですよ。銃は構えて引き金を引けば撃てますが、魔法となると、やはり溜める時間がかかりますし、有効射程も段違いです」

「ふーん?」

「まあ、妖怪としか戦わないならあまり感じないでしょう。私らは人間を相手にするので。それに、遠距離攻撃なら銃砲魔法の方が効率も良いですから。美冬も相手したことあるでしょ」

「んー?」

 記憶を遡る。人間と戦ったことなんて……

「あ、新宿で」

 USMに襲われたとき、玩具の銃を使っていた者が居た。アレのせいで美冬は随分手こずったし、進もアレに風穴を開けられていた。

 今にして思えば、十分過ぎる脅威だ。

「エアガンに魔法を付与すれば、簡単に殺傷能力が得られます。通販で誰でも簡単に買えちゃいますからね。危ない時代になったものですよ、まったく」

 

 さて、やっと霞と進が組手をやめた。霞はかなり疲れている様子で、息が相当荒い。

「あの様子じゃ、私の出番はまだ先でしょうね」

「いえ、今すぐ殺していいですよあのクソ猫」

「はい?」

 疲れて座り込んでいる霞に対し、進はその隣にしゃがんで、何か親身になって「前より随分動きが良くなったね」とか優しく言っているのだ。霞も霞で「はい!」とか元気よく返事している。

 あれは、アウトでは。限りなくアウトでは。

「あのクソガキ……美冬のご主人様に色目使いやがって……」

「めんどくせえなこのメンヘラ狐」

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