第125話 耳ふにふに

 運転席には誰も乗っていない、自動運転のGS F。その正体は妖怪。

 たとえ最大馬力が477馬力あって、最大トルクが530Nmあろうが、高速道路で周りの車の流れに沿って走っていれば速度は80km/hから100km/hに制限される。

 彼女の本領が発揮されるのは、サーキットと仕事で戦う時だけだ。



「なんか臭くないですか?」

 高速道路を走行中、後部座席に座る美冬が身も蓋もないことを言い始めた。

『え ま?』

「え、そう?」

 アリスと、美冬の隣りに座っている進は気付かない。鼻がいい狐だからこそ気付く異臭。

『自分の匂いじゃないの』

 車の中が臭いとはつまり、アリスの体臭と同等である。淑女がそれを素直に認めるわけがない。

「んなことないですよ」

『進 確認して』

 アリスと美冬の妙な張り合いが始まる。

 進はアリスに言われては断れない。それに、嘘でもなんでもとりあえず「臭くない」と言っておけば済むだろうと「はいはい」と従う。



『思い出した 昼に蒼樹がハンバーガー食べてその後コーヒー飲んでた』

 進が美冬の匂いチェック中にアリスが原因を思い出す。

「じゃあ、それの匂いですか」

 それで美冬も納得。蒼樹のせいなら仕方がない。

「蒼樹さんがアリスに乗るのって珍しいね。いつもはランエボに乗ってるのに」

『ラン子? 彼女は今日は車検と整備行ってる』

「妖怪でも車検とかあるんだ」

『あるよ 税金も払ってる 体中見られるし弄る回されるからあれ嫌い ラン子も騒いでる』

 タブレットの画面が切り替わって、チャットの画面が映し出される。

『ああああ』とか『マジこいつ素人だろ! ざけんな!』『こいつ今ボルト落とした』などなど、ラン子ことランエボの文句が垂れ流されている。



 車の妖怪は色々大変そうだな、と思いながら進は美冬の頭を両手で押さえたあと、匂いを嗅いだ。

 なんだか、いつもの匂いとは確かに違うのだ。車の匂いについては解決しているから、誤魔化さなくても良いかと、美冬に直接聞いてみる。

「みふ、ちょっと汗の匂いする」

『草 いや臭』



「あの、えっと、あの霞さんでしたっけ。あの子の練習付き合ってたので」

 若干羞恥と驚きで目を丸くし、耳をピンと立てたが、素直に原因らしき事を報告する。

「ああ、そっか。何やってたの」

「魔法無しで組手……です」

「え、どっか怪我とかしてないよね。顔面は……見た感じ大丈夫そうだけど」

「美冬だってそんなヤワじゃないですよ」

「相手が霞だからさ……。一回戦ったから今言った意味わかるでしょ」

「ええ、はい……まあ……」

 美冬を信用していないわけではない。相手が相手だけに心配になる。

 霞は、高千穂がヘッドハンティングして来て育てているだけあり、天才で幼くして実力は凄まじい。最近では、鍛錬に付き合っている方が恐れを抱くほどだ。

「手足とか大丈夫?」

 服で隠れて見えない部分はわからない。帰ったら検査する必要がある。

「大丈夫ですけど、頭触ったついでに耳ふにふにするの辞めてもらえませんか」

「それは断るー」

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