すとらぐる ばんがいへん

浅間 柘榴

とりっくおあとりーと?inルマトーン

「とりっくおあとりーと」

 そんな声と共に

 目の前にいたナユタは両手で器を形作って俺に差し出していた。

 ……はい?


『とりっくおあとりーと』

 もしかしなくても、Trick or Treat……ハロウィンと呼ばれるイベントでお馴染みのあの台詞だろう。

 そうか、そういえば10月だった。

 

 しっかし、なぁ……。


「その行事というか、文化は最早廃れて久しいぞ」

「アラヤは知ってるでしょ?」

 コテリ、と子首をかしげるナユタ。

 いや、知ってるけど……。

「知識だけだし。つか、俺だけ知っててもなぁ……」

 有機生命体どころか大半の動植物が存在しなくなったこの星ですし。そも、【コンクリフト】以外まともな娯楽がないこの町ですよ?

 食だって、ショートブレッドと闇市の麺類しかないこの星ですよ?

「まぁ、ショートブレッドでいいなら贈呈しよう」

 といいつつ俺はナユタの手にショートブレッド(チョコレート味)をそっとのせた。

 乗せた瞬間、めっちゃ嫌な顔された。

 まぁ、わかる。


「ないなら作れば良いじゃない」

 いじけ気味に吐き捨てるナユタ。

 作ればって……おま。

 しかしナユタは自分の言った言葉が妙案に感じたらしい。

 目を輝かせて笑った。

「そうだね。作れば良いんだわ」

 あーあー。

 俺は項垂れて吐息する。

 また、厄介事に巻き込まれるんですね、はい。


 †


 というか。

 巻き込まれたのは俺だけじゃなかったようだ。

 真っ白に燃え付きて、壁に寄りかかって項垂れているユウキと、慰めている澪夢さん。半笑のまま虚空を見上げている議長様、そしてウドンの粉を後生大事に抱き抱えたまま震えが止まってない闇市のおっさん。

 それに壁の隅で小動物のように怯えたシンゴ、リリアンヌちゃんその他愉快な仲間たち。

 総勢20人弱。

 よくもまぁ……集めたものである。

 つか、おっさんを連れ出したのはまじ……偉業じゃなかろうか。

 

「しょっくーん。けーいちょー!」

 脚立の上に乗って拡声器片手に声を張り上げるナユタ。

 長い蒼銀の髪を久々にポニーテールにしている。

 パーカーにカットソー、ホットパンツという服装で、すらりと伸びた足にはニーソックスにコンバットブーツ。アイスブルーの瞳をイベント魂に燃え上がらせた姿は……当事者じゃなければほほえましいだろう。

 当事者なので、あまり微笑ましくない。

 つか、嫌な予感しかしないんですケド。

「この町には【コンクリフト】以外に娯楽がないのは諸君も知ってのとーりだあ! そこでーだあ。ここはひとつ、昔この星に存在していたイベントを再現してみよーじゃないかーと、思った次第でー」

 所々間延びした声がむなしく響いている。

 大部分はげんなりとした顔でナユタを見ていた。

 ……デスヨネー。

 ナユタ以外のこの場所に集まった全員が思っただろう。


『また、厄介事かあ……』


 いや、まぁ……。

 最初の……出会った時のあれは、俺の事故だし、その後の紆余曲折も、言ってしまえばこの星、そしてこの世界の為。

 サイボーグの反乱だって……ナユタが原因じゃないしなぁ……。

 厄介事ではないのだけれども……。

 うーん。

 いろいろ、ナユタがらみで細かいことから大騒動まで網羅したある意味訓練された俺たちである。

 またかぁの感情が否めない。


 ま、拒否権はないので。特に俺は。

 やるしかないんだけどねぇ……。


 思考を埒外にすっ飛ばしていた俺をよそに、ナユタはハロウィンについて説明している。

 10月の末日にするそれは、元々は秋の収穫を祝い、悪霊を追い出す儀式らしい。

 まぁ、ナユタが提唱するそれは魔改造を重ねた結果の……ぶっちゃけ仮装パーティーなのだけれども。

「ということでー、諸君にはー、特別にカボチャというか、ジャック・オー・ランタンを貸与するー。祭り終了後は回収するのでー、なくさないよーにーそしてー、仮装するためのカタログを配布するのでー、そっからひとつ選びなさーい。その後、材料を配布しまーす」

 といってナユタは一人一人にカタログを渡していた。

 紙媒体……また、高価なものを……。

 いや、ナユタのすることだし、今さら驚きはないんだけど……。することなすこと規格外だよなぁ……。

 十数ページにも及ぶそれには、1ページにつき1種類のコスチュームがかかれている。男女の前後をⅠページに納めているので、Ⅰページにつき4つかかれている形だ。

 ミイラ、フランケンシュタイン、人狼、吸血鬼、ゾンビ数種類、堕天使、悪魔数種類、魔法使いと魔女、黒猫、それに……ちょっと形容しがたい冒涜的なコスチューム数点。って、え、これ、まじヴィジュアルだしていいの? 集団SAN値チェックとかしない? アイデア成功しない?

「うぇ……モル様とかいるし……怒られない?」

「イゴーロナク様がいない辺りが……私に『やれ』ってことでしょうか?」

 と、いつのまに移動していたのか、横で澪夢さん首をかしげていた。いや、これは……。

「集団発狂はまじ勘弁……まじでやっちゃダメな仮装だと思います……よ?」

「そうでしょうか? あの方がたも、なかなか紳士な化身だっているんですけど」

 関わる以前に気配を察知した時点で発狂リスクだしなぁ……。

 まぁ、澪夢さんがああいうのだから、いい邪神もいるのだろう。発狂する俺らの脆弱加減が悪いのか?

 ……あ、いや、なんだろう。俺は正気なんだろうか……。

 無言で自身をスキャン、それから疑似再起動をする。

 再び覚醒した後はもう考えないことにした。 

 危なそうだし。

 ある意味ウィルスみたいなもんだろアレ……。

 俺に対する興味が失せたのか、澪夢さんはまたふらふらと何処かへ歩いていく。

 尻尾のようなコードがゆらゆらと揺れていた。

 そういえば、アレはアレで仮装のようなものといってたっけ。

 つーか、そも。俺……澪夢さんの本来の姿みたことないのでは……?

 そう思った俺はイソイソとユウキのいる場所へ歩いていった。

 何故ユウキやナユタは呼び捨てなのに、澪夢さんはさん付けしているかといえば。

 答えは簡単。

 澪夢さんはさん付けしないといけない気がするから。

 あの方はさからっちゃいけない。そう俺の本能が叫んでいる。

 いや、ユウキも、逆らっちゃいけないんだろうけど。つか、ナユタですら。

 あの二人は俺がなに言おうが、そんなことで怒らないしなぁ……。第一雰囲気が。

 澪夢さんは、さん付けさせるだけのオーラがあるってだけで。……あんなちっこい体してんのにな。

 子供型……いや。10にも満たなそうなその成りは、明らかに幼児型といって差し支えない。

 長い黒銀の髪を簪で束ね、鬼火のような彼岸花を散らした黒い浴衣に身を包んだ彼女。

 幼い成りをしているわりに、その深紅の瞳は深い叡知を秘めた色をしている。

 事実、ナユタ以上に長生きらしいから、驚きというか、なんというか。

 えっと……なんだっけ、ダントツで最年長がユウキで? 次点が澪夢さん、それからナユタ、次が俺、議長、僅差でおっちゃん……うわあ……。

 ナユタと俺の間に5万年以上の差があるから、あれなんだけど、さぁ……ちょっと、4位って、俺……以外に古株なのな。器の話だけど。俺の意識事態は100年ちょいだから、おっちゃんの次って話になるな。過去の記憶も、知識もインストールしちゃったからなぁ……違和感がなくなっちゃったから、なんとも……。

 まぁ、それはいいとして。

 すんげぇ話それてた気がする。

「ユウキ」

「んあ? ……ああ、アラヤか。どうした?」

 真っ白に燃え尽きていたユウキが俺の声に反応して意識を戻す。

 長く伸びた蒼銀の髪は癖もなく更々している。柳眉の下。切れ長の目、深く澄んだアイスブルーの瞳の奥には無数の星が瞬いている。

 薄く、形の整った唇、覗く舌は目に焼き付くほど赤い。

 ワイシャツから覗く肌は異様に白い。

 病弱そうな

 はっとするような美形。一見するだけで脳裏にこびりつくような。

 だけど。すべてが台無しだった。

 草臥れた、疲労の濃い顔をしていた。

 もう、かわいそうなほど。

 イケメンとか、遥か後方に捨て置いて、とりあえず心配が前に出るほど悲壮感が出ていた。

 だからというわけではないが、俺は無香料の水を手渡す。

「ほい」

「さんきゅー……」

 素直に受け取ったユウキはそのまま水を呷る。

 口の端から水がこぼれているが気にしてない。

 一気に半分ほど飲み干して一息。

「生き返るわ……で、アラヤ。何?」

 これが用事じゃないんだろう? と水の入った容器を振るユウキ。

 それに苦笑を返してから俺は先程疑問に思ったことを口にした。

「いや、な。俺、澪夢さんの本来の姿、見たことねーなあって。アレも偽装のうちなんだろう?」

「……そんなこといったら、俺もお前に本来の姿見せてねーけど、な。やめとけ、常人が知るべきものじゃない」

 半目でユウキは答える。

 くだらなそうに、心底つまらなそうに。

「邪神の一種かい?」

「近いかもな。触らぬ神に祟りなし、だよ」

「何それ」

「俺の故郷の、諺。事実、下手にさわると祟るのが神だから。変な好奇心は殺しとけ」

 ひどく残念に思ったが、俺は肩を竦めるだけにしておいた。

 ユウキの、そういう忠告は。従った方がいいのだ。

「っていっても、澪夢のそれは、別にひどいもんでもねーけどな。いや、ある意味酷いもんだが」

「どっちだよ」

「……見たい? 餓死寸前の、5才の少女の姿なんて」

「見たくない。できればお風呂で全身きれいにした後たらふく暖かい飯食わせてふかふかの布団で寝かせたい」

「即答でそう言ってくれるお前の感性、まじありがたいわ」

 くくくっと喉の奥で笑い、ユウキは遠く……きっと澪夢を目で追っているのだろう。

「俺は……それが出来なかったから……」

「そうなのか?」

 できなかったって……十分優しく接してると思うんだけどなぁ……?

 澪夢の表情がユウキの前だけ明らかに違うの、ユウキは気付いていないのか?

 ……まぁ、それを指摘するのは野暮ってもんか。

 それよか仮装だ。

「つか、ユウキは仮装するのか?」

「しなかった場合の、仕打ち。想像できないはずないよな?」

「ユウキにしても例外なくなのか……」

「いっそ酷いだろうな」

 諦め染みた笑みを浮かべるユウキ。

 全くご愁傷さまである。

 と、いうか。ユウキとナユタの関係も謎である。

 いや、説明は幾度となくされてるが。

 こう……一言で表しづらい。

 あえて言うなら半身なんだろうけれども。

「仮装かぁ……」

 とユウキはぺらぺらカタログをめくりながら呟く。

「Titanとかさ、結構アバター作ったなぁ……」

「たいたん?」

「俺がかつてはまってたネットゲーム。澪夢もやってた」

「へー……」

「何すっかなぁ……」

 心底悩んでいる。

 ここまで悩んでいるユウキも大変珍しい。

「堕天使とか悪魔とか、吸血鬼とか……?」

「全部やったことあるからなぁ……フォールンとかメインだったし」

「あぁ……斬新さをお望みですか」

「かといって邪神は、なぁ……。本性出すのと同じくらいいかんでしょ」

「そんなに邪悪なのか、あんたの本性」

「人智からかけ離れすぎてるという意味なら、邪神もどっこいだろうさ」

 ケケケッと悪い笑みを浮かべてユウキは言う。

「ま、時間はあるしな。俺やナユタ、澪夢なんかはすぐ作れるから。問題はお前だよなぁ?」

「……」

 まぁ、確かに。

 衣装でも武器でも一瞬で構築できるあんたらのような技能は、俺にはない。

 ので、俺は結構焦らなきゃいけなかったりする訳だが。

 服縫うのなんてはじめてだし?

 下手したら作るだけで1週間、いや2週間コースだろうし。

 むぅ、と口を尖らせてみたがユウキは笑うだけだった。

「まぁ、期待してるぜ?」

「ヒントくらいくれよ」

「ははは、ポリスもいいかもな?」

 そういいつつゆっくりと立ち上がり、その場から離れていくユウキ。

 ポリス……警察官……?

 そういう仮装も、アリなのか……?


 周囲を見れば、あちらこちらで話あっている姿がみれる。

 俺以外も、結構迷っているようだ。

 それに安心しつつも、やっぱどれにしようか悩んでしまう。

 なんせ、初めてなのだから。


 だが、いやな感じはしない。

 どちらかと言えば、ワクワクだろうか?

 厄介事かと思ったが、案外こういうのもいいかも知れないと思った時点で、ナユタには謝らないといけないかもしれない。


 †


 イベントの結構日は月末。

 まぁ、そもそもハロウィンは10月31日にするものなのだから、月末なのは当然だよな。

 ……だよな?

 今日は8日なので、あと20日程度はある。


 ……が、悩んでばっかじゃダメだよなぁ……。

 カタログを穴が開くほど眺めて2日。

 進展はほぼなし。


 ナユタは隣の部屋でなにか作成している。

 先程チラ見してみたら自身の髪と同じ色の獣耳を作っていた。

 なかなか本格的ぃ……。

 長さからしてウサギにしては短いし、狼にしては長いし……はて、アレはなんの動物を模した耳なんだろうか。少し、気になる。

 が、今話しかけるのは、気が引けたので俺は外に出ることにした。

 きっと悩んでいるだろう仲間を探しに出掛けたと言い換えてもいい。


 ユウキと澪夢はどこにいるか不明。

 シンゴと愉快な仲間たちは問題を投げ捨てて【コンクリフト】に勤しんでいた。

 議長閣下は……気軽に会いに行ける場所じゃない。いや、いこうと思えば行けるが。

 なんというか……歓待されるわけでもないし、ね?

 だから、必然的に闇市のおっちゃんへと足は向くわけだけど……。

 なんか、ミスったかなって。


「……」

 なんというか。

 あれだ。

 恋人を差し出せば世界は救えると言われた物語の主人公みたいな顔。

 そんな絶望すら垣間みせる表情でカタログを見ている。

 顔が真っ青だった。

 そこまでのことか? と思うほどには、真剣だった。

「おっちゃん……」

「……坊主、か……」

 まるで自殺を考えてるような顔だった。

 サイボーグの一斉蜂起の時だってここまで悲壮感は漂ってなかったぞ。

「おっさんなぁ……コールドスリープも含めたら5万年以上はこの世界で生きてたがな。それこそ長い間、生きてきていろいろ、本当に色々経験してたんだがなぁ……」

 といって俺にカタログを手渡してくる。

 ……?

 カタログなら俺も持って……持って?


 そのカタログは、見比べるまでもなく異質だった。

 まず、俺のそれより分厚い。

 そして、何より……

 すべて、女性用。

 というか、めっちゃ際どい。

 いわゆるエロ下着、エロコスプレとか言われるジャンルのソレである。

 え、ええーと……?

「おっさん、さすがにこれを外でやるのは……」

 絞り出すようにうめくおっちゃん。

 確かに、これは……拷問にも等しいだろう。

 俺には無理だ。

 ……どういう意図でナユタがこのカタログを渡したのか不明だけど……言っていいかな?

 俺はおっちゃんに俺がもらったカタログを渡す。

「男用、あるぜ……?」

「……え?」

「つか、なんのいやがらせなんかね? こんな露出度の高いコスチューム。誰もこんなカタログ持ってなかったぜ……?」

「は?」

 おっちゃんの目が据わる。

 あ、まず……?

 そう思った時には後の祭りだった。

 俺はその日、おっちゃんに質問攻めにあった。

 カタログはすべて複製され、ホクホク顔のおっちゃんが俺を解放してくれるまで丸1日を要した。

 俺は……自分の行いが正しかったのかついぞわからないまま家に帰ることにした。

 結局俺の悩みは解消されないまま。


 その日の夜。

「アッハッハハハハハハハハハ!」

 ナユタは俺の話を聞き終えた瞬間から腹を抱えて大爆笑していた。

 何となく、ムッとする。

「アハハハハ。いや、ナイスだよアラヤ。ふふっ、あいつ、結構気づくの遅かったな。ふふっ、顔真っ青にして可笑しかったー」

「丸でみてきたかのようだな?」

 咎めるように、片目を閉じたまま問えば、ナユタは当然と、胸を張った。

「管理デバイスなめないでよね。そりゃアビスキューブで監視してるさ。あーおっかし。ずいぶん笑わせてもらったよ」

 ……監視……?

「まさか」

 俺は悟ってしまう。

 俺が悟ったことに気付いたらしいナユタは、それはもう邪悪な。にたり、とした笑みを浮かべた。

 あぁああ!? まっじかよ!?

「みてたのかよ!? じゃぁ助けろよ!!」

 俺が店主に詰問されてた光景もバッチリみていたらしい。

 あああああもう!!!

 俺は頭を抱えて悶絶する羽目になり、ナユタはそんな俺を面白おかしそうに眺めていた。

 ……くそっ。

「いやぁ、アラヤ君大変だったねぇ」

 ニヨニヨと笑いながら子首をかしげるナユタ。

「そもそもお前が諸悪の根元じゃねーか。責任とれよ、もう……」

「結婚でもすればいい?」

「その思考回路はおかしい。絶対壊れてる」

「単なるボケじゃないか。……しかたがないにゃぁ……アビスキューブに本来のカタログを運ばせよう」

 そういいながらナユタは何処からともなくカタログをとりだし、自分の分身……というか自分の一部であるアビスキューブにカタログを持たせる。

 10cm四方の直方体であるアビスキューブは、底面から6つの細い足を伸ばしてカタログをしっかりつかむと、ふよふよと外へ飛んでいった。

 いったいどんな仕組みなんだあいつ。

 人格というか意識はないらしいが、簡単な命令ならプログラムしてやれば遂行できるらしい。

 大小様々だが一番小さいやつはナノ単位らしい。

 あと、五感はあるようで、ナユタは偵察をアビスキューブを放つことで行っている。

 俺を監視してたのもたぶんこいつ。

 全く、ナユタは規格外だなぁ……。その本体であるユウキはもっと規格外というか、常識の埒外だけれども。

 ユウキっていうか、その本体が。

 ……まさか、生産プラントを含む全長200キロオーバーのあれが本体とは……さすがに思わんって。

 最初から言っといてや……。そんなん普通わからんやん……。

 まぁ、それは良いとして。

 現実をみようと思う。

 さて、月末までという限られた時間で、何が用意できるのか、と。

「つか、ナユタ?」

「なーにー?」

 ナユタはソファーに寝そべって雑誌を読んでいた。漫画雑誌。過去の遺物である。

 熱血主人公がハーレムしながら魔王を倒す旅に出るという、まぁ……ありきたりなストーリーだ。

 過去にはそんな漫画が腐るほど量産されたらしい、が。今は最早存在しない技術、そして文化である。

 ……やろうと思えばやれそうなんだけどなぁ……根が戦闘種族だから、戦いに関係ない娯楽って結構早々に廃れるんだよなぁ……。

「で、ナユタ。仮装はいいとして、お菓子はどうするんだ? マジでこの町ショートブレッドしかないぞ? ショートブレッドでお前……満足できねぇだろ」

「できないねえ。っていうか、ショートブレッドだけが正規ってのが許せないし。そのショートブレッドもアレでしょ? 【工場】急かして復旧作業早めるか考えてる」

「【工場】逃げて、早く逃げて!」

 とりあえず危険を感じたので叫んでみたが、俺の警告なんか【工場】は聞きとめないだろうし、そもそも、【工場】は動けないからなぁ……。諦めるしかないか。俺は悪くない。

 そう思いつつ俺は【工場】へ合掌した。

「心配することないよ? お菓子は、当日用意できるから」

「【工場】を酷使するとか……?」

「しないしない。ユウキがそこらへんは協力してくれるって」

「あぁ……」

 ぶっちゃけ、この町の【工場】や環境システム群なんて目じゃない程度の規模があるからなぁ……ユウキ本体の生産プラント。

 そこからちょぱるのかぁ……。

 俺以外にも増えるのか、あのおいしい食べ物を知ってしまう犠牲者が……。

 ほんと、アレ以降配給品では満足できなくなったから……困りもんである。

 お陰でショートブレッドの在庫が捌けない。

 そろそろ賞味期限切れそう。ヤバイ。

 まぁ、仕方がないので、焼却処分かなぁ……なんて考えている。だって食う気にならないし。

 ナユタの言では、植えても肥料にならないそうだし。ますますこいつの原材料がなぞになるな。

 小麦粉、砂糖、水と香料らしいのだが。材料。


「いろいろ考えてるから、安心して仮装にいそしむよーに」

 何て言ってナユタは何処かへ出掛けてしまった。

 今さらとめる気もない。

 目線だけでナユタの背中を追って、すぐに飽きたので再びカタログに目を落とした。

 清掃ユニット3連星が俺の脇を通っていく。


 †


 この星で、ハロウィンなんて祭りを知っているのは片手で数える程度の人物しかいない。

 俺、ナユタ、ユウキ、そしてもしかしたら麺屋のおっちゃんと議長閣下。

 議長閣下は微妙である。最近ポンコツぶりが露呈しまくってるので、過去の文化にたいする記憶もロックされてるかもしれないし。

 環境システム群や【工場】について、アンヘルの正体や役割、ルマトーンの成り立ちから本来の使用法、それに塔についてもか。

 ロックされた情報は両手じゃたりない程度には存在する。……それもすべて議長本人のミスが原因なんだから、ポンコツ呼ばわりだってしたくなる。


 まあ。そんな廃れて久しいイベントを、こうやって新たに復活させようという試みは、なかなかいいことに思える。

 が、ねがわくば……。

「あんまりアレンジっていうか、魔改造しすぎで原型残ってない……なんて状況は、ごめん被りたいなぁ……」

 なんか、そういう雰囲気多大にあるけど。

 っていうか、魔改造の成れの果てになってる予感しかしない。

 そもそも、ハロウィンの仮装やらお菓子云々。

 本来は子供限定じゃなかったか?

 あぁ、もう、この時点で魔改造が始まってるのね……。

 ま、この星のアンドロイドに子供なんてあってないようなもんだけど。

 カレンダーを呼び起こせば、残り20日。

 そろそろ仮装するものを決めて製作を始めるべきなのだろう。

「問題は……俺の心意気、か」

 つまりは、全力で楽しめるか、どうか。

 ……腹をくくるしかないらしい。


 †


 そして、日にちはあっという間に過ぎた。

 30日の夜。

「明日かぁ……」

 数日前にナユタはフラリと戻ってきた。

 どうやらユウキの本体のところで過ごしていたらしい。

 まぁ、あっちの方が居心地いいしね。

 ユウキも朝にこっちへ戻ってきて客室で眠っている。仮装の準備は二人とも万端らしい。

「明日の集合場所は、全員に伝えたからね。逃げたらアビスキューブが容赦しない」

 暗い笑みを浮かべて言ってのけるナユタ。

 顔も怖いが、言ってる内容が怖い。

「ルールは明日発表するにして……大丈夫かなぁ」

 不安げにこぼすナユタ。

 それに俺は疑問を感じた。

「ルール?」

 そんな厳格なルール必要だっけ?

 なんて考えていると、ナユタが笑みを向ける。

「や、お菓子ね? 必要でしょ? だから集合時間が午前な訳だし」

「あぁ、作るのか?」

「いや、お菓子をゲットするゲームを考えたから。そこでゲットしてもらおうかと」

 オンラインゲームのハロウィンイベントにありがちなやつ。

 とナユタが言うが。

 すまん、オンラインゲームって概念しらない。

「まぁまぁ。戦闘種族も大満足なルールにといたから」

 満面の笑みで胸をはるナユタ。

 えぇ、大満足なルールって……

 ほんとかなぁ……。


 そんな不安を抱きつつも、俺は寝床に入ることにした。


 †


 当日。

 仮装した状態で集合とのことだったので、俺は仮装してとある空き地に立っていた。

 周りには犠牲者……もとい、参加者たち。

 めいめいに仮装している。

 人狼、フランケンシュタイン、ドラキュラ、ミイラ、黒猫、魔女、魔法使い……うーんどれもこれもクオリティーが高いというか、驚きの出来映え。

 とかいう俺は、死神の装い。

 厚手だが所々ほつれたりボロボロの、黒いフード付ローブに大鎌。それにのっぺりとした白い仮面をつけている。目の部分には赤いガラス玉が嵌め込まれていて、なかなかに不気味。

 視界の妨げになるけれども、まぁ……些末事である。戦闘時はさすがにはずすけど。

 

 なんて己の姿を改めてみつつ思っていると、ユウキが声を掛けてきた。

「様になってるねぇ」

 振り向いた先にいたのは

 ……何て言ったらいいんだろうね?

 光を吸い込むように黒い、厚手のローブは地面を摺るほどに長い。

 死神、と言えばいいんだろうか? 俺と同じく。

 だが、鎌はない。

 代わりに身の丈よりも長い杖を携えている。

 それに、ローブの袖から覗く手が。

 枯れ枝のようなその指は、異様なほど長く、3本しかない。

 そして仮面。

 あれだ。ペストマスク。いや、実際は違うのだろうけど。龍の骨というか、鳥の骨格というか。

 そんな形のその仮面は、全体的に白く、目に当たる部分には青い硝子が嵌め込まれている。

 そして、その仮面の下から覗く顔は……病的なまでに、いや、生気の一切感じない白い肌に異様な模様が刻み込まれた、それで。

「えらく、凝った仮装っすね」

「仮装っていうか、本性だけどな」

「本性」

「あ、もちろん力は抑えてる。そういう意味では仮装だな。まさしく」

 力抑えなかったら、ここにいる全員魂が萎縮するからなぁ。

 なんて朗らかに言ってのけるユウキ。

 え、あの。本性?

「俺の本体は、あれだけど、アレとは別に、もともとの本来の姿があるのね。前いた世界での本性っていうか」

「はぁ」

「創世神だからなぁ、あっちは。神族邪神まみれのあの世界でも規格外だから、さすがに全力はだせねーよ」

「規格外のなかの規格外っすか」

 なんていうか、ユウキらしいっすね。

 そんな感想しか出てこない。

「ホントユウキと仲いいねー。アラヤ」

 ユウキと喋っていると背後から声をかけられた。

 ナユタだった。

 こちらは闇色のイブニングドレスにロンググローブ、そしてウィッチハットに竹箒。

 れっきとした魔女だった。

つか、最初作ってた獣耳はどこ行った?

しっかし……

「おぉー。安心する仮装!」

 ユウキとは大違いだな。とは口が裂けても言えないが。

「ユウキとは大違いでしょ」

 代わりに言われた。

 いいのか、ユウキ。

「おー? Titanの錬金術師コスでもいいんやぞ」

「たいたん? なにそれ」

 そう言ったのは以外にもナユタだった。

 同じ魂でも知識に差があるらしい。

 って、そうか。ナユタはこの世界の知識はあるが前の世界については共有してないんだっけか。

 Titanはユウキが前にいた世界でブームになったゲームだから、しらないのも当然、なのか?

「オンラインゲームだよ。Titan。……タイタンって名前だが北欧はあんまり関係ないんだよなぁ」

 後半は独り言なのかボソボソと言って聞き取りづらかった。

 ホクオウ関係ないのか。知らんが。

「まぁ、仮装ならなんでもいいや」

 いいのか。

 なんてツッコミをいれようとした時には、ナユタはひらりと離れていった後だった。

 そして何処からともなく出した台の上にのり、拡声器片手に声をあげる。

「みなさーん、しゅうごーだとおもいますのでー、さっそくハロウィンイベントをー、始めたいとおもいまーす!」

 うぇーい。

 ほうぼうから気の抜けた掛け声が上がった。

 それに気をよくしたのか、してないのか。

 ナユタは数度頷いてからイベントの概要を説明し始める。

「ではー、本日のイベントは昼と夜で内容がかわりまーす。まずー、昼の部ですがー」

 と説明する内容は、ナユタが用意した専用フィールドで、専用のモンスターを退治してお菓子を集めるというものだった。専用のモンスターが持っているお菓子の種類も、個数もランダムなので、がんばってたくさん集めてほしい、らしい。

 そして夜の部は昼の部で集めたお菓子を交換する……というもの。

 ついでにお菓子を渡すといいものをくれるNPCもいるらしい。こいつのためにもお菓子は大量に集めてほしい、らしい。

 うーん、まぁ、いいんじゃないかなー。

 ハロウィン、らしい……っちゃ、らしい、か?

 

 とりあえず俺たちはナユタとユウキによって専用フィールドに転送された。


 ……。

 

 そこは、昼のはずなのに、うすぐらい場所だった。

 いや、ルマトーンも言って地下都市だし年中真っ暗だけど、さ。

 そこからは空が見えた。

 しかしその空は紫というか、黄昏時というか。

 流れる風が茜雲を運んでいく。

 森の木々がざわめいた。カラスが声を撒き散らしながら何処かへ飛んでいく。

 薄暗く、不気味な場所だった。

 眼前には鉄格子、そして門扉の前には番人の如く、カボチャでできたジャック・オー・ランタンがトーテムポールのように積み上げられている。

 あぁ、ハロウィンフィールドっぽーい。

「さて、ジャック・オー・ランタンと武器も支給しようか。武器は申請があれば何でも出せるよー。だけどあんまり規格外なのはよしてね。フィールド壊れると洒落にならないから」

 そういってナユタはアビスキューブを周囲に展開する。

 そいつらは一つ一つがジャック・オー・ランタンを持ってゆらゆらと浮遊している。

 顔もない、蒼銀の直方体だが、何となくかわいく感じるのは、馴染みすぎだろうか?

 周りの面々は得意な獲物を申請して貰っている。

 ジャック・オー・ランタンはひとつひとつ表情が違うらしい。

 不気味なもの、可愛らしいもの、可笑しな顔をしているもの、様々だった。

 それをみながら俺は、思案していた。

 武器、ねぇ……。

 普段【コンクリフト】で愛用しているのはアサルトライフル。M16とか、そこらへん。

 しっかし、俺には今……過去の記憶もあるわけで。俺ではないけど、俺の。言わば前世の記憶みたいなのが。

 俺の本来の用途はセクサロイドだけど、戦闘をしてなかったわけではなく。

 つか、ガンガン戦ってた口で。

 ダガーも捨てがたいんだよなぁ……。

【コンクリフト】じゃないから、刃物おっけーじゃん?

「なぁ、ナユタ」

「なにー?」

「武器って一種じゃないとだめ?」

「いんやぁ? 何種類でもいくつでもだけどー。あんまり多いのは、不利だよ?」

「M16と、あと、ダガーない? サバイバルナイフみたいな。刃がノコギリ状になってるやつ」

「いいの? もっと刃渡り長いやつとか、あるよ?」

 ズルズルと傍らにいたアビスキューブからM16を引きずりだしながら問いかけるナユタ。

「慣れたやつがいいんだよ」

「まぁ、それもそうか。はい」

 と、サバイバルナイフをこれまたアビスキューブから引きずり出して……あ、いや、ちがうな? これ、生成してるな? ということはこれ材質アビスキューブか。何でも変形できるのな……。

 未知の材質。恐るべしアビスキューブってか、ユウキ。そりゃ、軍事利用もされるわ……。

「全員に武器は行き渡ったかなー?」

 俺が武器を受けとるとナユタは大声をあげる。

 そして周りをみて、丸腰のやつはユウキ以外いないことを確認してからまた声を張り上げた。

「武器は実弾が装填されてるけど、使い方はいつも使ってる武器と一緒だよー。弾倉が無限弾倉になってるからねー。気にせずうっちゃってー」

 ……ほんと、軍事利用されるわ……。喉から手が出るほどほしいよそのスキル。

 しみじみと痛感し、ユウキをみると、諦めたような笑みを浮かべていた。

 どうやら俺の考えていたことがわかったらしい。

「ほんと、苦労人だな」

「なりたくてなった訳じゃないんだけどなぁ……」

「ままならんね」

「そう知ってくれるやつがいるってことは、救いかもな」

 肩をすくめてそう呟き、ユウキは歩きだした。

「そろそろ始まるし、一緒に行こうぜ?」

 みれば門扉がゆっくりと開いていく。

 奥にはお菓子を持ったモンスターがわんさか待っているのだろう。

 と、その前に。

「なぁ、ナユタ。仮にモンスターに返り討ちになったらどうなるんだ?」

「アビスキューブが死ぬ前に回収してくれるよ?」

 あぁ、死ぬことはないのね?

「それを聞いて安心した」

 死ななきゃおーるおっけーだからね。


 ジャック・オー・ランタン。

 こいつの役割は雰囲気作りと照明だと思っていたが、違った。

 オレンジ色のカボチャに顔が刻まれたそれは目の部分に鬼火が灯っていて、中身はがらんどう。

 ランタン、か? と聞きたくなるそいつだが。

 真価はお菓子をがらんどうな中にいれることができる、というものだった。

 しかも、どんなにいれても溢れない。

 明らかに要領オーバーなヘクセンハウスも収納可能。やばい。やりよるこいつ。

 

 モンスターは非常に可愛らしいものから不気味なものまで千差万別だった。

 カボチャを頭に被ったスノーマン。

 魔女の姿をした動物たち。

 カボチャ色のスライムは仮装している個体もいた。

 それに鬼や人狼などもいる。

 ゴーレムは頭にジャック・オー・ランタンをのせていたりウィッチハットを被っていた。

 登場するモンスターすべてが何らかハロウィンらしいものを身に付けている。

 

 そしてそんなモンスターたちが落とすお菓子も、なかなか多種多様。

 マシュマロ、チョコレート、まかろん、クッキー、あめ玉、シュークリームにフィナンシェ、マドレーヌ。生チョコ、ガトーショコラなどチョコ菓子、ヘクセンハウスを始めとするこれらの複合体。

 それが、モンスターのはぜた後にラッピングされた状態で現れる。

 それを回収してジャック・オー・ランタンに格納。

 うん。楽しいな?!

 意外に楽しい。予想以上に楽しい。

 敵も強すぎもなく弱すぎもなく。

 若干の個体差はあれどどれも歯応えのある感じ。

 時おりソロでは厳しい中ボスらしい敵がでてくるがユウキとタッグを組めば倒せる。

 広大なフィールドなのか、門扉を一緒に潜った他の参加者はすぐバラバラになり、結構うろちょろしているがあれから一度も遭遇していない。

「ユウキ、どれくらい集まった?」

「結構集めたが……まだまだほしいな」

「うぇ……どんだけ集める気だ?」

「そりゃ、時間が許す限り、だよ」

 パンプキンマフィンを片手に答えるユウキ。

 結構大きいはずなのに、ユウキにつままれるとひどく小さく見える不思議。手が大きすぎるのがいけない。

 淡いオレンジ色のマフィンの上にはカボチャの種が飾り付けられている。透明な袋に包装されたそれは、おいしそうだ。

 こりゃ食べるのが楽しみだ……。

 と涎を垂らしていると、ユウキはおもむろに包装を開けてマフィンを取り出した。

 そしてモシャモシャと咀嚼し始める。

 ……え?

「食べちゃダメって誰も言ってねーだろ」

 あ、まぁ。確かに。

「俺謹製だから、まぁ、味はまあまあだな」

「まあまあ、っすか」

「澪夢謹製と比べると、どうしてもなぁ……」

 といいつつマフィンをひとつくれる。

 包装をとれば甘い香りがする。

 一口。

 柔らかいそれはかぼちゃの自然な甘味が濃い。

 砂糖は控えめで甘すぎないそれは、朝御飯に申し分ない感じの食べごたえ。

 普通にうまい。

 安定してうまい。

 これを「まぁまぁ」と評価できちゃう辺り……いいもんくってるよなぁ、こいつら。

 全アンドロイドが最早想像できない種類の美味なんですが? この時点で。

 うなだれる俺の、その意図がわからなかったらしいユウキが首をかしげる。

「ほんと、いい生活してるよな。ユウキって」

「そうかぁ?」

 ウィッチハットを被ったウサギのモンスターへ銃弾を食らわせながらいってやれば、実感がないのかユウキは不思議そうに首をかしげていた。

 ウサギが落としたお菓子は飴細工だった。

 カラフルな色の飴をデフォルメしたイカの形にしたそれは、インクを撒き散らしたような模様が描かれている。

「いん……? いや、まさか、な」

 ちょっと食べるのがもったいない。

 そういえばあっちも戦闘種族だっけ?

 まぁ、この世界に存在しない種族だし、いいか。

 つか、ナユタやユウキはこの知識、どっから手にいれたんだ……? 俺もホトホトなぞだけど。

 ついでに俺はとある遺跡にあった遺物……というか、漫画からである。

 なかなか面白い設定だよな。

 続けて出てきたモンスター……ウィッチハットを被ったスライムとミイラ男をへち倒し、さらにお菓子をゲット……したが残念ながらインク柄のイカ型飴細工はなかった。

 代わりに王冠型のクッキーがドロップされたので、何でもアリだなぁと関心しておくことにした。


 ……。


 約束の時間まできっちり狩り続け、大量のお菓子を持ち帰った俺とユウキ。

 モンスターが無限ポップで助かった。

 シリアルバーをもそもそと食べつつ戻れば、他の連中もほくほく顔だった。

 まぁ、何度も言うが我らアンドロイドは戦闘種族である。

 この程度じゃ誰もやられんよな。

 

 俺の他にもつまみ食いをしているやつらがちらほらいた。

 まぁ、食べるよなぁ。そりゃ。

 なんとなしに見ていると、その中の一人が見知らぬ菓子を持っていた。

 ……ほぼコンプリートしたとおもったが、まだ新種があったか……。

 なんだろ、あれ。

 小石……というか、砂利のような見た目だった。

 平然と口の中にぽいぽいいれているので砂利ではないだろう。

 いいなぁ、あとで交換してくれないかな?


「みなさーん、お菓子は集まりましたかー?」

 ナユタの声だった。

 いつのまにか台の上に立っている。

「ではー、夜の部に入りたいと思いますがー。ここで交換って言うのも味がないのでー移動したいとおもいまーす」

 うぇーい、と気の抜けた声がちらほら聞こえる。

 俺はユウキを振り替えると、ユウキはにこりと笑みを浮かべていた。

「菓子ばっか食ってたら喉乾くだろ? 飲み物も当然用意してるってこった」

「あぁ、だから移動?」

「NPCをここにつれてこれなかったってのもあるがな」

「へえ?」

 なんでだろ、と考えている間に転送していた。

 一言声かけてほしい。

 ……俺が聞いてなかっただけか。


 †


 フリードリンク。

 と出かでかとかかれた看板があった。

 その隣にずらりと並んだピッチャーが10数個。

 全て内容物は違うらしい。

 そして最初のほうにはバケツにいっぱいの砕かれた氷。

 うわぁあ……アンドロイドが見たら発狂するやつだあ。

 事実発狂したやつが何人かいた。

 そりゃ、香料入じゃない飲料なんて水以外しらないもんな。

 果実水とかそも概念にないわけで。

「お酒もあるけど、出そうか?」

 いつのまに背後に来たのか、ナユタが首をかしげている。

「出さなくていい」

 即答で返すと「そ、残念」とナユタは離れていった。

 酒なんて出されたら至るところで発狂が激化するぞ……。

 つか、牛乳あるし……。

 牛の乳を絞った飲料……牛乳。

 そもそも牛という概念の存在しないアンドロイドに、さらにその乳だと言われても。

 はてなしかうかべれねーよなぁ。俺も説明しづらい。

 牛乳を一口飲んだアンドロイドが奇声をあげた。

 ナユタがそのアンドロイドにさらに追い討ちをかけた。具体的には牛乳を加工してできる食品の数々を入れ知恵したのだろう。

 入れ知恵された本人は目を白黒してフリーズした。

 まぁ、そうなるよな。

 ほんと、食文化は残念なこと限りないからなぁ……現状。

 環境システム群が復旧したら、話は変わるんだろうか。

 それでも海洋資源はどうにもならないよなぁ。

 イカとか、タコとか、シャケとか。

「イクラ食いてえなぁ」

「食べたいの?」

 ユウキが首を出す。

 それに俺は肩をすくめた。

「海産物だけはどうにもならねえよなぁ」

「まぁ、普及は難しいかなぁ」

 ……?

「俺を誰だと思ってる。つか、お前も存在だけは知ってるだろ。俺の本体の下半分、何を積んでるか」

 ……あ。

 海洋プラント、あるのか……。

 ならイカ、タコもいるかぁ……。

「そっかぁ……頼めば食えるかぁ……」

 もはやチートだな。ユウキの存在。

 

 紙コップにめいめい好きな飲料を注いでお菓子を交換したり食べたり。

 和気あいあいと時間は過ぎていく。

 俺は……

 ナユタが言っていた「お菓子といいものと交換してくれるNPC」の前にいた。

「アン……機構天使じゃん」

「はい。ナザリともうします。トリックオアトリート」

 両手を差し出すアンヘル……ナザリ。

 茶色いショートボブの髪に紫のたれ目。

 白い肌に黒いゴスロリワンピース。

 胸元で青い演算核が揺れている。

「……いくつ要るんだ?」

「もらえるだけ、と言っておきましょう」

 さらりと答えるナザリにチョコレートを10個ほど渡す。

 ナザリは傍らにおいていたバスケットへチョコレートをしまうと、俺に向かって手を伸ばした。

 握りこまれた拳は俺の胸元の手前辺りで止まる。

「どうぞ」

 というので彼女の拳の下に手を広げるところりと宝石のような……あ。

「演算核、か?」

 演算核にしては小さいが、見た目はまさしくそれと同質の物体が2つ。

 お菓子5つで1つ分……か?

「いいえ、ただのメモリです演算核ほど性能はよろしくございませんが、過去のデータを内蔵しております」

 ……わあ、俺にとっては垂涎の品ー。

 だが、他のやつらには無用の長物だな。

「全部それと交換なのか?」

「人によって異なるものを、とナユタ様より申しつかっております」

 気配りはできる女だったか。

「交換して得た菓子はどうするんだ?」

 大量になんに使うんだ、と思って問いかけてみれば、ナザリはコクリとひとつ頷いてからさらりと答えた。

「持って帰って食べます」

「一人で?」

 そんなわけあるかとおもいつつ、しかしナユタは結構よく食うからなぁ。エルテとかも。

 否定できないところがなんとも……さすがアンヘル。

「仲間たちとですが」

 これも、抵抗なく普通に返された。

 ですよねー。

 あれはやっぱおかしいのだな。と改めて記憶に刻む。

 まぁ。

 じゃあ、遠慮しなくていいか。

 そう思った俺は一心不乱に交換に勤しむことにした。

 メモリらしい宝石のような小さな粒。

 小袋にいっぱい……100粒以上交換したわけだが。なかなか大漁である。

 これひとつひとつに過去の記録が……

 しばらく仕事……つか趣味が捗るな……。

 ナユタはなかなか粋なことをしてくれる。

 他の面々には何を渡す気なんだろうか。

 と、周りを見るも、交換しようとしている面子は見当たらない。

 ……あ。もしや。

 お菓子自体が珍しいから、交換する気、ない……?

 ……まぁ、いいんだけど、さぁ……

 腐らせる前に消費する気なんだろうか……?


「どうだった? アラヤ。たまには私もいいことするでしょ?」

 ふふん、と鼻をならしてナユタが近寄ってくる。

 相変わらず魔女コスだった。

「まぁ、ずいぶん楽しめたけど、さぁ……」

「けど?」

「こいつら、お菓子の味になれて俺の二の舞にならないことを願いたいね」

 俺ほど稼いでないはずなので、毎食麺類は厳しい面子なのである。

 が、ナユタは気にしてないようだ。

「大丈夫じゃないかなぁ」

「お気楽だな? こっちは結構死活問題だぜ?」

 顎に指を添えて考えるそぶりをとった彼女は、しかしすぐにニヘラと笑む。

「環境システム群もそろそろ復旧するし、ユウキの本体だってあるんだし? ルマトーンくらいならなんとかなるよ?」

「復旧するの?」

 うろんげに眉を潜めて尋ねれば

 ナユタは微かに、したりがおで笑んだ。

「環境は整いつつあるんだし、おいおいね?」

「まぁ、過度な不安は不要ってやつかぁ」

 そういいつつ俺はジャック・オー・ランタンからお菓子をひとつ取り出す。

 包装紙に包まれたチョコレート菓子。

 ドライフルーツと刻んだナッツが混ざったそれは、チョコレートサラミと呼ばれる代物。

 それをおもむろにナユタに渡す。

「ほい」

「ん?」

 ナユタは首を傾げつつも、俺の差し出したお菓子を手に取る。

「月初めの」

 そういうと、意味がわかったらしい。

 ナユタ吹き出した。

「律儀だなぁ、キミ」

「俺が作ったもんじゃないけどな」

 肩を竦めて言えば、ナユタはからからと笑みを深める。

「そんなもんじゃねーの? むしろ手作りなんて、昔だってメジャーじゃなかったとおもうけど、な」

 そう言ってからナユタは包装紙をほどいてチョコサラミをそのままかじり始めた。

 そんなもんか。

「そろそろお開きにしますかー。寝る前は歯を磨いて寝るんだよー!」

 なんてナユタが手を叩きながら声をあげる。

 子供か。

 と思いもするが、まぁ、たまにはそういうのもアリだろう。

「とか言いつつ12月はクリスマス、か。またなんか企画するんじゃねーだろうなぁ……」

 なんて不安を抱きつつ、明日からの予定に……主に戦利品であるメモリの解読作業に対して胸を踊らせるのだった。

                   -完-

 

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すとらぐる ばんがいへん 浅間 柘榴 @asama_zakuro

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