僕らの本の、帰巣本能

@taku1531

僕らの本の、帰巣本能

 ある日、僕らの本に帰巣本能が芽生えた。


 僕は本を買っては枕元やら机の上やらに転がしてしまうタイプで、いざあの本が要る! となったときにものすごく困るタイプの人間だった。シリーズの途中が抜けることはしょっちゅうだし、持っていたかどうか把握できずにダブって買ってしまうこともしばしば。


 そんな僕の本棚だが、いつのまにか綺麗に整頓されていた。

 シリーズがきっちり1から順に並んでいるだけではない。著者単位で並べられ、ジャンル別に区切られていた。

 ありえない。酒に酔っ払って部屋の大掃除と朦朧としながら突然はじめたとしても、これだけはありえない。僕がこんなことをするわけはない。


 では誰かがやってくれたのだろうか。真っ先に思い浮かぶのは半月前に大喧嘩して別れた元カノだ。他人の本棚に関してはそれほど興味がなかったか、あるいは僕のものとして尊重してくれていたのかはさておき触ることはあまりなかったけれども、遊びに来ては僕の自堕落さについていくつか指摘した上で片付けを手伝ってくれたこともあった。


 とはいえ、別れて連絡もとっていない彼女がわざわざこっそり入ってきて、しかも本棚だけ整頓する? ちょっとありえないだろう。

 もし几帳面な人間であれば本や本棚を調べたり変化を見るのかもしれないが、自分は適当の極みのような人間で、なんだか不思議だなあ、などと思いながら彼女から借りたまま返しそびれていた本を読み進めることにした。ところが、これが事態の解明につながるのだから世の中というのはわからない。


「あれ?」


 トートバッグに入れておいたはずの文庫本が、なぜか玄関前の廊下に転がっている……

 いや、違う! 廊下を這っているのだ! 本が!

 本を捕まえてみると、明らかに重みというか、自分に逆らう動きのようなものを感じる。なんだこれは。

 他の本は本棚に勝手にしまわれるというのに、こいつだけは逆らって外に行こうとする……

 つまり、持ち主のところに行こうとしているのか?

 まさか、本が帰巣本能を?



  *  *  *



「先日発生しました帰巣騒動により、運営が困難となった自治体の図書館は次々と休館を決めており……」


 帰巣本能を持ったのは僕の本だけではなかった。

 あらゆる本が自らの「巣」に戻ろうとし始めたのだ。

 貸した本が家に戻ってくるぐらいならよいのだが、買い取った本がそのまま飛んでいくようでは中古本屋は商売あがったりだ。

 神保町クラスに立ち並ぶような老舗の中古書店ならともかく、駅前にある類のチェーンの中古本屋なんかは大騒ぎで、多くが一先ず倉庫に本たちを押し込んで休止している。


 僕が借りていた本はいつのまにか這うどころではなくなり、最初はたどたどしく羽ばたき、部屋の中をぐるぐる飛び回った挙げ句に窓から勢いよく飛び立った。天気予報は午後から雨だったから心配だったが、意外とスピードはあったようで雨が降り出す前に無事彼女のもとに戻った……

 なんて言えるのはそれをきっかけに彼女に再度連絡したからで、それをきっかけにいろいろと許しあったりしたりして久々のデートという運びになった。


 本が辺りを飛んでいる光景は珍しくなくなった。すべての本がつつがなく巣に戻れたかというとそうではなくて、例えばまとめて売られた本なんかはそもそも持ち続けることができないという事情があって手放されたものも多い。

 持ち主が亡くなっていたり、あるいは引っ越していたりして帰るべき巣がなくなった彼らは、野生化した。


 野生化した本たちがもっとも激しく縄張り争いしているのはどこかというと――今知ったばかりなのだが、上野のようだ。

 本の中でもサイズ次第でどうもピラミッドのような勢力図が形成されているようなのだが、その中でも特別大型な部類である図録が大量に上野公園の周辺を飛び回っている。

 なにせ、上野公園周辺は美術館や博物館だらけ。各館は一つの展覧会を行うごとに大量に図録を刷る。そして、彼ら本が巣に戻ろうとしたときにはとっくにその展示は終わっていて、帰る場所をなくしてしまう。

 結果として、本の中でも大型で凶暴なやつらが、もともと居たカラスなんかと競り合いながら暴れまわってるわけだ。


 なんでそんなに詳しいかと言うと、デートの待ち合わせ場所として上野公園を選んでしまったからで。少し早めについて待っていた僕はどうも獲物として認識されたらしく大量の本に追いかけ回されたからだ。

 なんとか上野駅方面に場所を移り、屋根があって本がない喫茶店を選んで彼女とは合流することができた。


「……はあ、ひどい目にあったよ。俺、結構本に関しては優しくしてきたつもりなんだけどなあ。まあ、確かに本棚にしまい忘れたりはあったけどポテチ食べながら読んだりはしなかったし。ちゃんとブックカバーかけて読んだりしてたし」

「うーん、それはいいことだと思うけど……むしろ、それが原因なんじゃないの?」

「というと?」

「ほら、あいつらは巣に帰るところなんでしょう? じゃあ、持ち帰る餌として本の虫なんてのは絶好じゃない?」

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