八日目 発掘

 プラスでネジを外して、マイナスでこじ開ける。使えそうな部品を取り出して、残りを放る。

 周囲にはそうして中身をくり抜かれた機械たちが壁のようにうず高く積まれている。決して僕が片づけの出来ない人間ということではなく、これは外から僕の体を隠す為にあえて放っているものだ。

 今は魔素捕集装置の改修を行っている。というのも、解決しておかなければならない問題がいくつかあるからだ。しかし、それを説明するためには、まずこの体の燃費について知ってもらわなければならない。

 以前の彼の体で一時間動いて、その燃費を十としたなら、彼女の体は百だ。なんと十倍だ。いや、それに関してはいいのだ。彼女は体も大きいし、積んでいる機器も高級だ。むしろ十倍で済んでよかったと喜ぶべきだろう。

 が、しかし、しかしだ。


――いらない機能が多すぎる!


 体温保持機能。内臓蠕動機能。鼓動の再現etc……

 いるか? これ?

 ……いや、その、うん。わかってる。

 彼女がどういう目的で作られたのかは分かっているから、多分必要だったのだろう。

 設定としてオフに出来ればよかったのだが、今日び、物理ボタンで個別に設定を変えられる機種の方が珍しい。メインパネルには主電源のオンオフと、魔素充填用のコネクタだけ。細かい設定のほとんどはリモコン操作で、というところだろうか。

 この設定を変えられない以上、僕が取れる選択肢は『出来るだけ機能が働かないようにする』しかない。

 中でも問題は体温保持機能だ。これは読んで字の通り、皮膚表面を人肌程度の温度に維持する機能で、起動してからずっと働き続けている。通常時であれば、問題ない。少し魔素の減りが早いような気がするが、維持するだけならばそれほどのエネルギーは必要としない。

 これが海中となると話は変わってくる。常に冷やされ続ける体を温めるため、この体は熱源をフル稼働させるだろう。そんなことをすればあっという間に魔素が尽きる。

 解決しなければならない問題とは、つまり防寒だった。


――よし……出来た。


 問題の再確認が終わると同時に、動かしていた手を止める。捕集装置の改修が終わった。

 何か特別なことをしたわけではない。今までバラバラだった捕集装置に、新たに見つけた物も一つにまとめて、さらに分解しやすくしただけだ。流石に海面から補修装置だけ出しておくわけにもいかない。船にくっついている間は分解して携帯するのだ。地上で安全を確保次第、組み立てて充填すればいい。

 早速首の後ろに接続して体を横にする。薄いビニールを束ねたものを体に巻いて、とりあえずの防寒具にする。別に体を動かさなければどんな体制でもいいのだが、どうにも人間の時の癖が抜けない。それに、こうしていると眠っているみたいで、少しだけリラックスできるのだ。


 ――ちょっと毛布が薄すぎるけど。


 日はもう落ち始めている。黄昏時の空には雲一つなく、水平線までなにも遮るものがないこの島からは、絶景と言ってもいいような景色が見える。

 これから夜まで少し時間がある。残りの問題について考えよう。

 魔素を充填する容器について。これはまだ、僕が彼の体を使っていた時からの問題で、目下一番大きな問題だ。

 彼女の体は独立駆動スタンドアロンが前提ということもあって、かなりの魔素を充填できるようだった。目いっぱい体を稼働させたとして、十二時間分というところだろうか。

 海に潜って、いくつか実験をした。この体に魔素を満タンに詰め込んだとして、それがゼロになるのは、だいたい一週間後。航行日程はわからないのだが、念を入れて、取り敢えず二週間分は確保したいところだ。

 つまり、あと一週間分。彼女の内臓タンクと同じ要領の魔素タンクを見つけなければならない。

 これは魔包やその辺の機器から全部引っ張り出しても到底及ばない量だ。加えて言えば、海中でプラグを抜き差しするのは危険すぎるので、一つにまとまった物がいい。

 そんなものあるのかなぁとは思うが……流石に緯度経度不明の洋上で、確実に一週間以内で陸地にたどり着けるなんて思えるほど楽観的な人間でもない。

 ため息をついて綺麗な手を見つめる。

 思えば、この体を手に入れられたことすらとてつもない偶然だったのだ。あの船が来なければ、あのコンテナが開かなければ、僕はもう消えていたかもしれない。


 コンテナ……コンテナ……コンテナ……?


 ゴミ溜めから起き上がる。慌ただしくビニールを払って走り出す。目指すは海岸のコンテナの山。


 そうだよ、何で気付かなかったんだ! 彼女が居たんだ! なら、もう一つくらい綺麗な魔人が居たっておかしくない!


 彼の体に長くいたせいで、コンテナは『開けられないもの』というイメージが強かった。今のこの体なら道具が使える。もしかしたら開けられるものもあるかもしれない。

 まだ日は沈んでいないが、周囲に船影はない。誰にも見つかりはしないだろう。

 手近な棒切れを掴んで転がっていたコンテナの一つに狙いを定めた。彼女が入っていたコンテナから鑑みるに、この蓋を留めている錠は中央に一つだけだ。それに向かって勢いよく振り下ろす。

 ガチン、ともコチン、ともとれる軽快な音を鳴らして、棒切れは弾かれた。錠を見てみれば、少しだけ表面が凹んでいる。


 ……イケる!


 ジャンカーとしての勘が告げていた。


 これ、叩き続ければ壊れる奴だ!


 狂ったように叩き続ける。そのたびに錠は少しずつ形を変えていく。

 太陽が完全に隠れ、月がいよいよ輝き始めた頃、錠はついに砕け散った。

 つかえが取れ、自重で蓋が開く。中からは大量の機械が顔を出した。


 ……ハズレかな?


 いやいや、と自分を慰めながら、拾ったライトをつけて中を確認する。中にあるのは古びた機械だった。古びた、という言い方は失礼かもしれない。アンティーク……と言ったほうがいいだろうか。

 型落ち、というより年代物。ギリギリ博物館入りしないくらいの、マニアでなければ存在すら知らないような機器ばかりだ。ごく一部の人間にならとても価値がある物なのだろうが、僕が探しているのは大容量の魔素タンクだ。アンティークにはあまり期待できない。

 そう思いながらも、せっかく手間暇かけて開けたコンテナであるので、一応中身を全て確認してみる。僕もジャンカーとして少しはマシンに詳しい……という自信はあったのだが、それでもいくつかわからない物は残った。

 そして一つ。見るからに他の物とは違う。異彩を放っているものがあった。

 背負い型無線通信装置……である。

 グロイツ、という会社が開発したこのマシン。売り文句は『未来を背負って歩こう』で、その言葉の通り、外出先で移動しながら操作できる優れものである。両腕に備え付けたキーボードとディスプレイ、さらに音声認識による操作で軽快な動作を実現。謎の新技術により、外部リソースなしでも十二時間の稼働が可能。

 何故ここまで詳しいかというと、よくチャットで話していた友人が、この企業の大ファンだったのだ。創業当時の珍品から近代の高性能品まで、全てを愛していると言っていた。勿論、製品についても余すところなく説明された。件の背負い型についても、また、その謎の技術についても。

 ぶっちゃけて言えば、原理についてあまりよく覚えてはいない。特許がどうの、状態変化がどうのと教えられた気がするが、興味のない事だったので頭の中を通り抜けていった。ただ一つ覚えているのは、このタンクは、相応の燃費であるマシンを十二時間もフルで動かせるということだ。




 プラスでネジを外して、マイナスでこじ開ける。

 朝日が昇ってくるころ、背負い型……いや、元背負い型はすっかりスクラップとなっていた。友人がみたら発狂してしまうかもしれないが、こちらも一度発狂済みだ。大目に見てほしい。

 取り出したソレを朝日に照らしてみる。外は黒塗りで中の構造はまったくもって分からない。前腕ほどの大きさもある黒い直方体。これが件の謎技術使用の魔素タンクだ。内蔵されていた変換器らしきものまで一緒に引き抜いたため、少々かさばるが、これさえあればこの体も陸まで持つだろう。

 あとは防寒についてだが……これについても目途が立った。

 思わずにやりと口元を歪めながら、ビニールを被って目を閉じる。

 枕元に置いてあるのは銀色のテープだ。コンテナの中の物にぐるぐる巻きにされていたものを剥ぎ取った。ジャンカーにとって、これほど心強いアイテムもなかった。

 水平線に朝日が浮かんでいる。このゴミ島で目覚めてから、この景色を見るのはこれでちょうど五十回目だ。

 船はまだ見えない。どの陸地に行くかもわからない。そもそも陸地にたどり着けるのかも

分からない。

 いくら道具がそろっても、状況は何一つ変わっていない。だというのに、なぜか大丈夫だと思えてしまうのは、きっと、自分が一人ではないことを知ったからだろう。もし、元の体に戻れたなら、彼女を起こしてあげよう。たくさんお礼を言わなければならない。

 また一つ。やらなければいけないことが増えた。

 体へ戻る決意を新たにしながら、僕は全身の力を抜いた。

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