五日目 省察
目覚めてから2週間が経った。
目新しいことは特にない。人間そっくりな彼女を見つけた事は刺激的ではあったが、特に脱出の手助けになるようなものではなかった。
あの雨の日の後、彼女の体を隅々まで調べた。結果として、僕が再利用できるようなパーツを、彼女は持ち合わせていなかった。それどころか、一般に広く普及しているようなパーツはほとんど見当たらなかった。僕の体と共通しているのは魔素補充用のコネクタくらいなものだ。
彼女の体はそのほとんどがオーダーメイド、ということになる。それも相当にコストのかかったものだろう。
それに体のつくりが……その……とても詳細に作られているのだ。
顔がいいのはまぁ受付用の魔人によくあることだ。だが、たかが受付用にこんな作り込みはしないだろう。
恐らくは男性向けの……そういう用途に作られたものだろう。こんな誰にも見つからないような場所に捨てるということからも、この想像は間違っていないように思える。
使えるパーツは無いが、内部にまだ魔素が残っているのではないか、と内部を分解しようとしたが、背面のコネクタの蓋を開けるのが精いっぱいなこの指では望むべくもなかった。
残り半月か……
これ以上魔包が見つからないと仮定して、僕の体が動くのはそれくらいだろう。
ここ2週間、特に新しい発見もなく、ここがどこにあるのかいまだに手がかりの一つもつかめていない。
ゴミ島の頂上から見える景色に変化は一つもない。波打ち際から水平線まで船影すら見つけることができない。
今日の太陽が沈んでいく。あと数十分もすれば、僕の視界は暗闇に染まるだろう。
どうして、どうしてこうなった?
目の前が暗くなると、思考にも影響が出てくる。考えても仕方がないとわかっているはずなのに、ため込んでいた鬱屈がグツグツと騒ぎ出す。
そもそも僕は本当に生きているのか? 今のこの状態は、生きているといえるのか?
食事も必要なく、睡眠も要らず、繁殖することもできない。これが知性ある生き物だと、そう呼べるのか? というか、僕はどうやって意識を保っているんだ?
僕のこの腹の中でうごめく魔素に、本当に魂なんてものが宿っているなら、一体誰がそんなことをした?
誰……誰? いや、そもそも人為的に起こったことなのか?
僕が知らないだけで実はごく自然な現象だったりするのだろうか?
この……僕の魂をおもちゃに移す、という行為は誰も救わない。誰のためにもならない。そう断言できる。
例えば僕の知らない超常的な技術を開発した人がいて、それで人の魂を取り出せるようになったとして、それで僕の魂を取り出して、粗大ごみの中のおもちゃに取り付ける……と、そんなことをする意味がわからない。
ならば自然現象なのか、実は僕の体はすでに死んでいて、幽霊になった僕が体を求めてさまよって、そしてこのおもちゃに吸い寄せられたのか。
ばかばかしいな。
そこまで考えてひとりごちる。
魂、なんてものの存在は信じてはいなかった。少なくともこんな状態になるまでは。
しかし現実、ここに僕の思考はある。有機的でない体を電気信号で動かし、ここがどこかを探ろうとしている僕は確かに存在している。これを魂と言わずしてなんと言おう。
ああ、せめて家に帰れたなら、魂は魔素に宿ると論文にでも書いてなにか賞でももらえていたのかもしれない。
ああ、そうだ、家だ。僕には帰る場所がある。
どこに?
自分の頭から出てきた問いに、僕はゆっくりと記憶の引き出しを開け始めた。
視界は既に漆黒だ。灯台の明かりすら見えないのだ。近くに港もないのだろう。
小舟で物を捨てにくるということは、近い範囲に陸地があることは間違いない。ただ、それが帰っていく方向はまちまちなのだ。同一の港から来ているわけではないのかもしれない。だが、記憶にある限り、そんな陸地に囲まれた海は存在しない。
つまり、それぞれの小舟はそれぞれの島に帰っているということだろう。
ならばここは諸島のただなかだ。と断言したいところだが、それならば周囲に一つも島が見えないのはおかしい。山の輪郭ぐらいは見えていそうなものだ。
まぁ……いい。諸島だとしよう。そう仮定しなければ方策も練れない。
実際、思いついてはいるのだ。この島から脱出する方法は。
呼吸のいらないこの体、そしてこの軽さなら、小舟の船底にくっついて一緒に島まで行くのは難しくないだろう。
しかし、その後だ。塩水を浴びた体はすぐに劣化を始めるだろうし、何より、人に会ったところで、僕に魂があることを伝える手段がない。最悪、またこの島に捨てられることになるだろう。それに、諸島ということなら、大陸に行くにはまた別の舟を捕まえなければならない。そしてその航行の間、補給なしでずっと船底にへばりついておかなくてはならないのだ。魔素切れは目に見えている。
要点をまとめよう。脱出する経路はあるのだ。問題がいくつかあるだけで。
まず、耐食性のある体。コーティングするでも何でもいいが、とにかく防水性には気を使わなくてはならない。下手をすれば数日間もずっと海中かもしれないのだ。
次に見た目。少なくとも意志のある機械だと認識してもらわなければお話しにならない。現状のまま人の前に出ても、ゴミ捨て場直行からの島流しは確定的だ。
最後に、十分な量の魔素。これが一番難易度が高く、そして一番重用なものだ。ただ、一筋の希望というか、思い付きのようなものはあって、もしかしたらどうにかなるかもしれない。
視界がだんだんと明るくなっていく。夜が明けたのだ。
ここから先は時間との勝負になる。早速作業に取り掛かろう。
朝焼けの中、ガラクタは動き出す。
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