四日目 逢着
10日目だ。
朝日が昇って来るのを確認して、鏡で魔包の状態を確認する。色見はまだ透明にはなっていない。だが明日まで持つかは微妙なところだ。
腹の扉を閉じて、早速動き出す。
白と黒しかないこの視界では、夜に探し物をするのは効率が悪い。動ける時間が有限だとわかった今、無駄な魔素を消費するわけにはいかないのだ。
日中に出来る限りの魔包を見つけ、日が落ちた後は一歩も動かずに朝日を待つ……こういえば簡単に聞こえるかもしれないが、眠ることができないこの体では精神的に相当堪えるものだった。
必死に探した甲斐あって、ゴミ島からはさらに追加で十本ほどの魔包を確保できた。うち数本は向こう側が見えないほど中身が残っていたので、摂生に努めればひと月は持つかもしれない。
しかし同時に不安もある。このゴミ島に物を捨てに来る人間は少ない。日に二隻も船が来ればいい方で、全く来ない日もある。
捨てるものも人によってまちまちだが、わざわざ魔包をこんな島まで捨てに来るものはそう居まい。つまり、僕はこれからこのゴミ島にある魔包だけで、ここがどこなのか突き止めなければならない……加えて、この島から脱出する手段も用意しなければならない……
できるのか?
不安だけが募っていく。
先の見えない暗雲の中、いつか必ず訪れる燃料切れの恐怖と戦いながら、これから一か月。
気付くと腕が小刻みに震えていた。駄目だ。こんな無駄なことにエネルギーを使っては。
恐怖を忘れようと、作業に没頭する。
きっと、忘れる事なんて出来ていなかったのだろう。こんな簡単な危機管理もできないなんて。
コン、と背中を叩かれる。振り返ってみても、もちろん誰もいない。さらに頭をコン、と叩かれる。僕はここでようやく気付いた。
……雨だ!
いつの間に空が曇っていたのか、雨は瞬く間に勢いを増していく。
僕の体には基板がある。
もともとは、子供と話したり、話を聞いたりするための機能を持っていたようだが、僕の体になってからはそう言った機能は必要なくなった。
万が一短絡して壊れたとしても、それで体が動かせなくなる、ということはないかもしれないが、白と黒の視界しかない中で、音は貴重な情報源だ。今耳を失うわけにはいかない。
ゴミ島の斜面に以前発見した冷蔵庫がある。蓋がもげて横倒しになっているもので、雨宿りにはもってこいだと考えていたのだ。
手と足を丸めて、冷蔵庫の中に入る。
雨は先ほどよりもさらに強くなり、この小さい体からすると、嵐とも呼べるほどの激しさとなっていた。
貴重な日中の時間が削られたうえ、この雨の激しさ。海に面したところでは、魔包のような小さいものは波にさらわれてしまうかもしれない。
じれったい時間が過ぎていく。
黒く荒れ狂う波をみて、ふと思い出す。
あの死体も流れていってしまうのだろうか?
死体が海に投げ出された場合、どうなるのだろう。魚に食べられてしまうのだろうか?
想像する。自分の体がコンテナに詰め込まれ、乱暴に捨てられ、誰にも知られないゴミの山の淵で、魚についばまれてぼろぼろに腐敗していく様を。
あの腕の華奢さと、体毛が見えなかったことを合わせると、もしかしたらあの死体は女性なのかもしれない。
僕の身長の5倍ほどしか身長がないとしたら、多分年はそこまで高くない。本来の僕と同じくらいじゃないだろうか。
そんな人が、こんな無残な最期であっていいのか。いや、良い悪いの問題ではないのかもしれないが、でも、それでも。
悩んだのは、数秒だった。
冷蔵庫を飛び出して、コンテナの山へ走る。
コンテナの山が、雨や波をせき止めてくれていたのか、彼女の死体はまだそこにあった。灰色の景色の中、彼女の白い腕だけが異質に見える。
横倒しになったコンテナの中に隠れて、彼女を布ごと引っ張る。
少しづつ動かして、やっと彼女の全身をコンテナの中に横たえることができた。
横倒ししたコンテナの中には、空が曇っていることもあって、光があまり差し込まない。彼女をくるんでいた布は、そのほとんどがはだけてしまっていた。見ようとしても暗くて見えなかったが、一応、大事なところにだけ布をかけなおしてあげた。
そのまま、じっと雨が止むのを待った。
これでいったいどれほどの魔素を無駄にしたのだろう。
僕は誰も助けていない。ただの自己満足のために、彼女の死体をいじくりまわしただけなのではないだろうか。
目の前でピクリとも動かない彼女を、僕もずっと動かずに見つめ続けた。
その雨が止んだのは一晩経ってからだった。
外に出てみても、波の音が聞こえない。やはりマイクがやられてしまったらしい。
差し込んできた朝日で、彼女の体がだんだんと見えてくる。
肌は驚くほど白い。しかし健康的と言われればそう見えるような、その範囲を逸脱しないように誰かが色を付けたみたいだ。
髪は明るい色、としかわからない。少なくとも黒やブラウンではないだろう。腰ほどまで伸びたその髪は、海水にさらされていたにも関わらず、その艶を保っているように見える。
そこまで気付いて、疑問に思う。
彼女の体に、傷が見当たらないのだ。
少なくとも、胸、腹、頭、首などの、致命傷になりそうな箇所には、一切の傷が見つからない。
これはおかしい。そう考えた僕は、少し罪悪感を感じながらも、布で隠されていた彼女の下半身を露わにする。
……そういうことか。
一人、納得する。
コンテナの中の死体……いや、
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