二日目 絶叫

 何故君を選んだのかだって?

 決まってるじゃないか。

 君が幸せそうだったからだよ。





 実は僕、遭難したんですよ。

 ええ? そうなんですか?

 ええ、そうなんです。

 ハッハッハ。

 ハッハッハ。


 まさかゴミをあさりながら一人芝居ができるようになるとは思ってもみなかった。

 この体になってから、三つ夜を明かした。

 得られた収穫は以下の通り。

 使い捨ての魔包マナパケ(まだ少し中身が残っているもの)が五個。電池式の切れかけたライト。その他多数の工具類。

 だけ。

 これだけだ。このゴミ山は、想像以上にゴミしか置かれていなかった。

 

 海があるなら海岸に何か流れ着いているのでは?

 いや、なかったんですよ。

 おや、何も?

 いえ、そうではなく……

 ?

 海岸そのものがなかったんです。


 ゴミ山、というのが控えめな表現に感じたのも、これが初めてだった。

 なんとこのゴミ山、いや、ゴミ島とでも呼ぶべきか、このゴミ島は、本当にゴミだけで形作られた島だったのだ。

 もしかすれば、この下に普通の土壌があるのかもしれないが、少なくとも表面上は、島の全てがゴミに覆われていた。まさにゴミ島だ。

 そして、そう。ここは島なのだ。ここまで山のようにゴミが積み重なっているということは、誰かがゴミを捨てに来る事は確かだ。ただ、その経路は船に限られる。そのうえ孤島だから、来る人間も様々。肌の色も話す言語も違う。少なくとも、僕の母国の言葉は一度も聞かなかった。

 だいたいこの島によって来るのは、個人所有らしい小舟だ。捨てていくものも、壊れた魔道具とか、今の僕では使えそうにないものだ。

 日中はこうして、ゴミ山のてっぺんで船が来ないか見張っている。船が来たら、捨てたものを確認して、場所がわかりそうなものがなかったら、また見張りに戻る。その繰り返しだ。これが普通の体だったら、あくびの一つでも出ていただろうが、生憎、機械の体に呼吸は必要なかった。

 四日目の夜だ。大きなエンジン音でぼんやりしていた意識を引き戻されたのは。

 今まで近寄ってきた船よりも格段に大きい船だった。暗いせいか船体には何も書かれていないように見える。もしかしたら塗りつぶしているのかもしれない。

 甲板からクレーンでコンテナが落とされてくる。


 え? まさかコンテナごと捨てるのか?


 クレーンの挙動は荒々しい。それもそうだ。これは違法投棄。立派な犯罪なのだから。誰かに見つかってしまえば通報は免れない。

 その後、巨大な船は甲板上のコンテナ全てをゴミ島に積み上げ、朝日が昇る前に水平線から見えなくなった。

 周りが明るくなったところで、コンテナの近くによって中身を確認してみる。

 

 あー……やっぱりか。


 近づいてわかる。コンテナには厳重に鍵がかけられていて、バールでも無ければこじ開けるのは無理だろう。あったとしても、この体ではどちらにせよ無理だろうが。

 あの船から落とされたコンテナは十数個。それぞれが積み合わさって別の山を形成している。バランスが崩れたのか、コンテナを下敷きにしていた別のコンテナが崩れ落ちた。落ちたコンテナは、角を下にして、横倒しになっていたコンテナへ直撃。ものの見事に鍵を粉砕してくれた。


 おお! 神様ありがとう!


 コンテナの蓋は自重で開き、内容物をさらけ出す。

 中に入っていたのは、だいたい僕の3倍くらいの背丈の布にくるまれた何かだった。

 コンテナのように厳重にしまってあるわけではない。それこそ汚いゴミを包むように、粗雑な布で乱暴にくるまれていた。

 少なくとも、他の民間船が捨てるものよりは状態がいいだろう。そう思って布を剥いでいく。

 この体では布を引っぺがすだけでも重労働だ。指に引っ掛けて、体全体で転がるようにして、少しずつ巻き取っていく。布の中身も、僕と同じように転がりながら、徐々にその形がわかってくる。

 やがて、くるまれていたものの一部が見える。

 多分明るい色の円柱状で、先の方にはジョイントらしきものと、その先には五本のさらに小さいアームがついていて、つまるところ、そう。あくまで僕の知っている物に照らし合わせるとしたら。

 それは人間の腕だった。

 僕は絶叫した。もちろん声は出なかったけど、確かに僕は絶叫した。

 これは不法投棄なんてものではない。死体遺棄だ。もしかして他のコンテナも?

 深呼吸をした。もちろん比喩だが。そして深呼吸をしたあと、またゴミ島のてっぺんに登って、べつの船を待つことにした。

 僕は何も見なかったし、何も触らなかった。あのコンテナが勝手に開いただけで、僕はそのことすら知らなかった。

頭の中で繰り返し呟いていると、四日目の太陽は海の向こうに隠れていった。



 どうやら僕は自己暗示が苦手だったらしい。その日の夜は、コンテナに背を向けることができなかった。

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