空想と夢の箱

東京廃墟

脳髄の飛翔

コンクリートの部屋で昼間ケンゾーはソファーに座り前方を直視している。男の視線の先にあるのは巨大な【ウツボカズラ】だ。

それは欲望の象徴だ。

何故欲望は精神的鎖で正常な思考を縛り続けるのか。健康に生きてるというだけでも幸福であるというのに。

僕達人間が文化的な生活を送ることを阻害するウツボカズラは破壊しなくてはならない。

ケンゾーはウツボカズラをナイフで切断して、近くの海辺に捨てた。

しかし、翌日には再生しているのだ。

ケンゾーの部屋には無数のキャンバスがあり、そこには様々な海月が描かれていた。しかし、全ての絵はナイフで切り刻まれていた。

ケンゾーは虚ろな視線をウツボカズラに向ける。

「僕は小説を読むんだ。文化的な生活を送るんだ。」

ケンゾーは自分に言い聞かせる様に呟くと書棚からフィリップ・K・ディック著【アンドロイドは電気羊の夢を見るか?】を手に取り読み始めた。

内容が全く頭に入ってこない。数ページ読むとパタリと本を閉じた。

このウツボカズラは全ての色彩を奪うのだ。脳髄にしっかりと根を張ったウツボカズラは厄介だ。

失われたモノは元には戻らないのだ。今あるモノだけがリアルだ。

嘆いたところでそれは変わらない。

ケンゾーは日課の様にナイフを握るとウツボカズラを165分割になるまで切り刻んだ。

ケンゾーは月の浮かぶ夜の海にウツボカズラの残骸を流すとシャツの胸元からショートピースを取り出し一服した。

「僕は絶対文化的な生活を取り戻すんだ。日常に彩りを取り戻したい。」

静かな波の音だけが聴こえる。

ケンゾーは部屋に戻ると明日の希望を信じて眠りについた。

翌朝。目を開けると、そこにはまたウツボカズラがいた。

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