席替え
池田蕉陽
第1話 本田 俊介
「はい、席替えしまーす」
担任の先生がその言葉を放った瞬間、教室の中で歓喜の舞が起こった。中には、一番後ろの席から離れてしまうという絶望を嘆いている者もいる。また、好きな子と離れてしまうことから思い嘆く者もいるのだろう。
本田
中学一年生の頃は、席替えなんて高校生になってしまえば、どうでもいいと思うようになるんだろうなと考えていたが、違った。俊介は高校二年生、むしろ中学生の時より席替えに込めている思いが強い。なぜなら、俊介には今好きな子がいるからだ。
その子の名は橋本
俊介はそんな芸能人顔の橋本とは、結構話をする間柄だった。それに、橋本と俺を含めた男女何人かで遊びに行ったこともある。最近は、橋本と目が合う頻度が増えている気がする。その時はお互い直ぐに逸らしてしまうが、俊介の気持ちはハートで覆い尽くされていた。
俊介は脈アリだと感じていた。多分橋本も俊介のことが好きで、今お互いが何となくそれを察している状況であり、最高に楽しい時期なのだ。付き合う直前が一番楽しいと言われていることに、俊介は納得出来た。
もっと橋本とそんな楽しい時間を過ごしたい。その願いを叶えるためには、この席替えで橋本と隣同士になるしかない。もし隣同士になったら、次の席替えまでその時間を楽しみ、最後には告白しようと俊介は決めた。
俊介は神様に何度もお願いしますと唱えていると、くじが回ってきた。クラス委員長が袋を持っており、その中からくじを取る仕組みだった。
俊介は最後にお願いしますと強くお願いすると、袋に手を入れ、一つの紙を握りしめた。袋から手を出すと、直ぐには見ず、黒板に書かれている席状況を確認した。
既にくじを引き終えた者達が、番号に書かれたマス(席)に苗字を書いていく。列は全部で6列。右から3番目の一番前の席に橋本の名前があった。その右隣と後ろは埋まっているので、チャンスがあるとしたら左隣の26番だった。好きな子がいなければ、前の席は憂鬱になるのだが、いれば席の場所なんてどうでもいい。好きな子の上下左右の所の席ならば、どこでもいいのだ。
俊介は深呼吸をした。
頼む! 頼む! 頼む! 頼む!
俊介は四つ折りの紙を開いた。
そこに書かれていた数字は……。
37番。
俊介は何度も机を叩いた。
どうしてだよ!!!!!!!
叫び狂いそうになった。既に隣のやつからはおかしな目で見られていそうだが、それを気にする余裕は俊介にはなかった。
もう……どうでもいいや……。
全てにおいてやる気が失ってしまった。勉強の意欲も部活の意欲もなにもかもだ。
俊介はふらふらーと立ち上がり、おぼつかない足で黒板のところに向かい、37番のところに本田と書いた。不幸中の幸いと言うべきか、左から3番目の一番後ろだった。それでも全然喜べなかったが。
橋本の左隣のやつが誰か気になった。右隣と後ろは女子なので許せた。26番の席のやつが男なら、俊介は嫉妬の嵐で崩壊するかもしれなかった。
26番のところに書かれた名前を見る。
今度は黒板をおもいきり叩いてしまった。周りのものがビクッとする。
他の男子ならまだギリギリ許せたかもしれない。でも真部はダメだ。バスケ部で長身のスーパーイケメン。スクールカーストの上にたつ真部にだけは、橋本の隣に来て欲しくはなかった。真部、橋本カップルが出来上がってしまう不安を拭えなかった。
「なんやねん本田。後ろの席がそんな嫌なんか」
「あ、いや」
友達には橋本を好きなことを内緒にしている。ただ普通に恥ずかしいからだ。
俊介は連続で溜息しながら、一番後ろの席に着いた。後ろから、右隣の列の1番前に座る橋本の笑顔が見える。後ろの女子と近くになれて嬉しいようで、はしゃいでいる。可愛い。今、俊介の心を癒してくれるのは橋本の笑顔しかなかった。
そこでふと、隣が誰か気になった。左を見ると喋ったこともない女子。右を見ると、こちらも知らない女子。しかも右の女子に至っては、苗字すら覚えていない。何故だかは分からないが、学校に来る頻度が少ないのだ。
地味で声も聞いたこともないかもしれない。メガネが地味さをさらに引き立たせている。俊介がガン見していたせいで、一瞬目が合ってしまい、慌てて前を向いた。
席替えの余韻はまだ教室に残っていた。
「嘘やん最悪やー! なんで前やねん!」
真部の声に、全員がゲラゲラ笑う。スクールカースト上位のメンバーが前の席に行くと、笑いが起こるのは当然だ。
こっちが最悪やわ、そう心の中で毒づいた瞬間、真部がいった。
「もう嫌やって! 誰か変わってや!」
これだ!
奇跡到来、神様に感謝し、俊介の心は踊っていた。
「お、俺変わったるで!」
俊介は手を挙げた。
「え、うそやろ!? まじで!?」
真部も嬉々とした表情を浮かべている。向こうにしても、俊介の席は一番後ろなので嬉しいに違いないだろう。俊介と真部はウィンウィンの関係にあった。
「俺、目悪いから前の席がいいねん」
「よっしゃぁぁ!! ほな交代しよ!」
「おう!」
未来には希望しかなかった。スキップで前の席まで向かいそうになったが、さすがにやめた。
これで橋本と最高の時期を楽しめる。もしかしたらこのきっかけで、二人だけでデートしようということにもなるかもしれない。そんな妄想を膨らませながら、橋本の隣の席に着いた。
「よ、隣やな」
ニヤケながら橋本に声を掛ける。
「う、うん」
何故か、橋本の顔は不満げだった。
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