1-2 【謎の隣人】
「あ、どうも、こんにちは!いや、こんばんは、か」
にこやかに話しかけて来たのは、ナナの知っているキャバ嬢ではなく、笑顔いっぱいのアホそうな男だった。
…いや、誰?え、アタシの知ってるキャバ嬢は?
突然のことにナナは頭が混乱する。恭はきょとんとした様子で男を見ていた。20歳くらいの子の男は上下スウェットで無造作ヘアにメガネを掛けている。いかにもダメな男、みたいな感じだ。え、この人、横のキャバ嬢の新しい彼氏?趣味悪くない?こんなところまで思考が進んだ。
「あ、俺、横に引っ越して来た
「はぁ…」
これくらいしか言葉がでない。新しい住人か。あのキャバ嬢はいつの間に引っ越したのだろう。にしても、この人、こんなネオン街のマンションにふさわしくないな。ネオンの光に、明らかに浮いている。
じゃあ、というとヘラヘラしながら男はエレベーターに向かっていった。悪い人ではなさそう、だけど…アホそう。それしか思いつかない。ナナはそんなことを思いながら、呆然と杉山千歳の背中を見つめていた。
「お隣さん、変わったんだね」
「うん…まぁいいや、入ろう!」
どこか他人事のように言う恭を他所に、急いで部屋のドアを開けた。
ナナの部屋はよくある1DK。
リビングに着くやいなや、先を歩いていたナナは振り返り、恭に抱きつく。
「ふふっ、なに〜?」
悪戯っぽく恭が微笑う。そんな表情まで美しいからもう困ってしまう。180cm程の彼の身長では、ナナは胸元にすっぽりと収まる。ナナの鼻は恭の甘い香りでいっぱいになる。なんていい匂いなんだ。美味しそうとさえ思える。
「…恭クン、素敵。食べちゃいたいくらい素敵」
「あはは、あんまり美味しくないと思うよ」
笑いながら抱きしめ返してくれる恭に酔いしれながら、不意にさっきの男を思い出した。
「…アタシ、さっきの男、前住んでたキャバ嬢の彼氏かと思っちゃった。趣味悪いって思っちゃった。」
ナナは率直な感想を言う。
「はは、素直だね。でも、おねーさんもだよ?」
「アタシ?」
「だって、男の趣味悪いよ?こんな…高校生相手にして」
恭が着ていた制服のネクタイを緩めながら微笑んだ。
そう、完璧な王子様は、高校生だったのだ。
ナナは現在22歳。恭とは7歳差である。しかし恭はそんな年齢の差も感じられないほど大人っぽかったし、紳士的で、その辺の男よりもよっぽど魅力的だ。磨かれなくても、すでに宝石なのだ。だから、ナナはなんの問題も感じていないし、恭を愛している。そのことを伝えると、恭は照れたように笑い、「ありがとう」と言った。20歳までたった5年だ。中学生と教師の恋愛もあるくらいなのだから、この恋くらい朝飯前だろう。彼がこれからどんな色男に育つもの楽しみだった。
ナナは恭にキスをし、ベッドになだれ込んだ。
***
「恭クンはどうして金髪に染めているの?」
情事が終わった後、ベットの中でナナは恭に尋ねた。ナナと出会ったころから、ずっと恭は金髪だった。
「んー、なんでだろう。」
「なにそれ〜…黒髪にしてみない?金髪も十分かっこいいけど、アタシは黒髪のほうがかっこいいと思うなぁ」
「え、本当?検討しとく」
そしてまたベッドに潜り込む2人。あー、幸せだ。と、ナナは感じだ。高校生ということもあり、中々会えないのだ。もちろん学業に専念してもらいたい。黒髪の恭も高校生らしくてカッコいいのだろうなと、ナナの妄想が膨らむ。
ピンポーーーン
そんなとき、インターフォンが鳴った。
「誰だろう…」
「オレ、でてくるよ」
恭がズボンを穿き、シャツを羽織った状態で玄関の方に向かった。
「あー、どーもどーも!先程は!」
「…」
インターフォンを鳴らした相手は、新しいお隣さんの杉山千歳であった。無表情な恭と反対に、杉山千歳は楽しそうであった。
「これからよろしくってことで、洗剤持ってきました〜!やっぱり引っ越しといえば洗剤だよな」
「ありがとうございます」
恭はにっこり微笑んで、洗剤を受け取る。
「一緒に住んでるんですか?いいっすね〜」
「…」
どこか納得したように話す杉山千歳と、微笑んだまま顔を変えない恭。
「…あの、こういうのこれからはいらないので。」
顔を変えず恭が切り出す。「え?」というようなセリフがつきそうな杉山千歳の顔。恭は続ける。
「だって、これから関わっていくことなんて無いですよ。ただのお隣なのに。無駄です、こんなこと。アンタとオレたちが交わることは一生ない」
スラスラと言葉を紡ぐ恭。この言葉を発するのにためらいなどなかった。恭の本心なのだ。
杉山千歳は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。恭の笑顔は崩れない。少し俯いた杉山千歳は声を紡ぐ。
「…なんで?」
「…?」
「……なんで俺らが交わらないってわかるんだ?」
突然、真っ直ぐな瞳が恭を見つめ、恭の瞳がかすかに揺れた。
「まぁそういうことなんで。じゃあ」
「え、ちょおおおおおお話終わってな」
恭は言葉を最後まで発する前にドアを閉めようとする。慌ててドアを引っ張り返す杉山千歳。
「あ、そういえば」
恭はなにか思い出したのか不意にドアから手を離した。力が一方のみとなったドアは、杉山千歳の方へ勢いよく開き、ガンっと額に衝撃を受けた。「痛え!」と叫ぶ杉山千歳を尻目に恭は淡々と言葉を続ける。
「別にオレたち付き合ってないんで。」
バタン
ドアが閉まる。杉山千歳はただ、呆然とドアを見つめていた。
「…ヘンなやつだなぁ」
杉山千歳は静かに呟いた。
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