身体売り

ミルクティ

1話完結

金槌で殴られたような痛みが頭に走り目が覚める。地面に落ちたスマホを拾い上げ時間を確認する。ふと、違和感に気づく。自分の手が少し太い。そういえばこの自分のスマホは黒いカバーをしているはずである。

すると急にスマホに一通のメールが届く。

「あなたの体は売却されました。」

頭には様々なことが浮かんだ。

自分の父親が残した借金のこと。父親がお金を借りていた団体。先日届いた送り主の書かれていない便箋。突然暴力的になった妹のこと。

なんとなくピンと来た気がした。そして、恐る恐る洗面台と思われるところに足を運んだ。


そこにはお世辞にもカッコイイとも清潔感があるとも言えない太った男が立っていた。僕は恐怖と虚無感からか鏡からそっと目を背けた。

とりあえず、状況を把握するためにこの家の中を見てみることにした。


この体の人間の名前は「刈谷翔」

仕事をしていなく、親の仕送りのみで生活していたらしく、水道もガスも電気も切れてしまっていた。


そして、自分の体での最後の記憶を思い出すことにした。



が、何故か思い出せない。その記憶だけがくり抜かれたかのように記憶がきれていたのだった。


心と体を入れ替えることが出来るのだから、これくらいは容易いだろう。



僕はスマホをもう一度つける。

メールや電話の履歴を確認しようとしたのだ。

しかしそこにはそれらしい情報は何一つ残っていなかった。

そう。自分の体とこの人物の体を入れ替えたことについての手がかりは何一つないのである。


ここまで落ち着いて分析したが、もうそんな余裕などない。

正直自分の体出ないのであるから、真っ直ぐ歩けやしない。

慣れるまで何年かかるのか分からない。


棚の中にあった便箋に手を伸ばした。

俗に言う遺書というものを書くのだ。

もし自分に何かあった時のために持っておくつもりだ。


書き終えたら、髭を剃り、クローゼットの中にあった一番マシな服を着て財布とスマホそしてこの家の鍵を持って家をあとにする。

こんな豚小屋みたいなところにはもう戻ってきたくない。

僕は鍵を閉めた。



電車に乗り、自分が一番聞きなれた駅に着く。

電車の中でも周りの視線が痛い。

平日の昼間に汚い太ったおじさんが電車に乗っていたらやはり目立つのだろうか。


駅からは目的地まではいつもより短く感じた。


ピンポン



チャイムを鳴らす。自分が元々住んでいた家に来たのだ。

「はーい。」

妹の声だ。僕はモニターの死角にたち、すかさず

「天翔くんのクラスメイトです!今日学校に来なかったのでプリントを持ってきました!」

と、この体で出せる1番若々しい言葉で答えた。

「少々お待ちください。」

僕は息をのむ。この時ばかりは生きた心地がしなかった。

ガチャ


扉が開く。


「ありがとう!ごめんな。」

自分の声を客観的に聞くのは少し不思議な感覚になった。

僕は影から扉をおさえ

「身体を返せ。今すぐにだ。」

と言った。少し天翔の顔があおざめる。

そしてこう言う。

「強いものが勝ち弱いものが負ける。そんな世界はおかしいと思わないか?そもそもあんな所に借金したお前の父親が頭おかしいだろ。」

そう言ってドアを勢いよく閉められた。




終わった。



自分の体を取り返すことはもう無理であろう。


生きる希望を失った僕は便箋の中にあったカッターを取り出し家の窓を割る。


侵入してからはすぐであった。


玄関から戻ってきた瞬間に首をひときりであった。


その瞬間自分の首にも強い痛みが走る。


そして僕も倒れた。





END

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身体売り ミルクティ @milktea_

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