夜行

@waruko

第1話 夜の魔物

暗闇には魔物が住んでいる。

学校から家に着く道のりでふとその言葉を思い出す。電車で1時間とバス15分、徒歩10分の通学は苦痛だったが、より苦痛なのは点数の落ちた定期考査の結果を母親に見せることだった。せっかく良い高校に進ませてやっているのに、どうしてあんたは。落ちた結果を見た後の母のイライラをかき消せない顔もしっかりと頭に描かれる。その台詞と表情を見るのが嫌でこんな時間になってしまった。バス停から家までの間をのろのろとした足で進める。

声が後ろから聞こえた。誰かをよぶ声が。

暗闇には魔物が住んでいる。だから、呼ばれても振り向いてはいけない。

私はこれを誰かに聞いた。気がする。田舎の祖母か、オカルト好きの友人か、もしくはただの現実逃避か。母は今回の定期考査をずっと気にしていた。私ではなく母が。こんな簡単な学校のテストでさえこんな点数なの。母の声が聞こえる。どうしてあんたはお母さんの言う通りにやれないの。母の怒声が頭の中に響く。違うこれは思い込みだ。ただの妄想。私の妄想。母の声が魔物に変わる。ほら、魔物だ。これが魔物だ。私の想像の産物。

暗闇には魔物が住んでいる。だから、呼ばれても振り向いてはいけない。振り向いてしまったら。

後ろから、声が聞こえる。誰かを呼ぶ声が。でもこれは、思い込みなのだ。誰かから聞いた魔物の話を家に帰るまでの距離のなかで思い起こしてしまっただけ。声なんてきっと聞こえない。後ろを振り向いてはいけないよ。先生の手伝いなんてするのではなかった。後ろから声がする。誰かを呼ぶ声。後ろを振り向いてはいけない。後ろから声がする。近くに来ている。先生のことなんて無視すればよかった。後ろから声がする。魔物がいる。先生が内申点あげてくれるっていうから。声がよんでいる。名前を呼ぶ声が。近く。こんなに遅くまで残るなんて思いもしなかった。名前を呼ぶ声。暗闇が近づく。振り向いてはいけない。振り向いてはいけない。だって内申点が欲しかったから。お母さんに怒られる。暗闇には魔物が住んでいるから。どんな手段を使っても良い。気づかれてはいけない。気づいてはいけない。魔物に気づかれたら、いっしょくたにされてしまう。成績さえ上がれば。私は。暗闇が私を呼んでいる。魔物が私の名前を呼んでいる。先生の言う通りにすれば成績が上がるって。振り向いてはいけない。これは私の想像の産物。何も聞こえない。聞いていない。これは嘘だ。私が生んだ想像の魔物。私はこれからテスト結果を見せる。それだけだ。違う。きづいてはいけない。音が近い。振り向いて。私は。振り向けば。私は。何もかも嘘。おかあさん。気づいて。きづいて。きづけばいっしょくたにされてしまう。どうして。どうして。私。振り向いてはいけない。振り向いてはいけない。おかあさん。振り向いて。いけない。いっしょくたにされてしまう。よぶ。私をよぶこえ。よぶ。よんでる。声。音。違う。これは妄想で。私の想像の。想像の魔物。振り向いてはいけない。私は。



暗闇には魔物が住んでいる。


だから、これは思い込みではない。


魔物は叫ぶ息をひそめて。

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