夢の中の彼女は

ケンジロウ3代目

短編小説 夢の中の彼女は


ここは私の夢のなか

私は今日も夢をみる


桜舞うあぜ道の真ん中で

特別なにをすることもなく

夢の中の自分は今日もただその場に立つ

たったそれだけ

でも、何だか今日は少し違うみたい


―― あの・・・、すみません・・・?――


後ろから聞こえの無い声が僕を呼んだ

透き通った、きれいな声だ


「はい?僕のことd――


振り向いた瞬間、目の前を花吹雪が舞い落ちる


「うわッ・・・」


一気に花びらが視界を覆い隠し

私は思わず目を閉じる





♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「ッ!!」


ふと目が覚めた

目の前には病院の白い天井

今日の夢はここでおしまいのようだ


「あの・・椎名さん?大丈夫ですか?」


横には様子を見に来た看護師さんがいた


「あ、あぁ・・いえ、ちょっと夢を見ていましてね・・・」


「あぁ、そうでしたか。今日の夢はいかがでしたか?」


「はい、なんだか少し・・・不思議な感じが・・・ね?」



私は現在、病院で入院している

私は不治の病と言われる病気に侵されているらしい

詳しいことは分からないが、この頃身体からもう長くないことを感じるようになっていた

この前は先生に余命2週間と聞かされた


そんな私に、今朝のように話しかけてくれるのは

看護師の椎名 綾女さん

偶然同じ苗字ということで仲良くなり

最近はよく話したりしている


こんな50過ぎの死にかけに

24歳と若い彼女は、一人の人として接してくれているみたい

それがなぜかとても嬉しく感じるのは

どうしてだろうか






♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


今日も私は夢のなか


今いるのは、昨日と全く同じ場所

ただ一つを、除いては



―― また、会えましたね・・・ ――



名も知らないその彼女は

白いワンピースを着ていて

容姿端麗な見た目に

心地よく聞こえるその声


「あぁ、あなたは一体・・・?」


私は彼女に問いかける


すると彼女はただ微笑むだけ



―― ・・・また、会いましょう ――


少しの沈黙の後、彼女はそう言った


彼女はまた花吹雪の中へと消えて行く





♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


目が覚めると、今日も椎名さんが横にいた


「今日はどんな夢でしたか?」


椎名さんは優しい微笑みで今日も尋ねる


「あぁ、今日も少し違った感じで・・・」


「違った感じ・・・ですか?」


「はい、なんだか不思議な感じで・・・」




「なんだか少し懐かしいんです。」







2日のうちに見たあの夢は何なのであろう

死ぬのを待つ退屈な時間の中に、少し疑問が出来た

どうせ死ぬんだったら、夢の正体だけでも分かってからでも


私は夢に興味を持った





今日も夢の世界が訪れる



♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


今日もまた夢を見る



―― 今日も会えましたね ――



あの彼女は、私の目の前にいた


「・・・君はどこからきたの?」


君は誰、なんてもう聞かないよ

でもせめて、どこからきたのかだけは知りたくて

ここは私の夢の空間だから


すると彼女は微笑みながら



―― あなた・・・ですよ ――



そういって私を指さした


「えッ、僕?」


予想外の返答に少し困ったのはこの私

でも、向こうの方も表情が少し変わった


彼女は少し寂しそうで



―― 思い・・出せませんか・・・?――



先程よりか細い声でそう言った


「・・・ごめん、思い出せないよ。」



―― そうですか・・・ ――



彼女はそのまま黙ってしまった


先程思いだせないといった

でもなぜだろうか

この夢の、この桜の香りに、目の前の彼女

私は以前にもこのような・・・



―― あ、あのッ・・・!――



彼女の呼びかけで、その思考は途切れた



―― あの、でしたら・・・いつかの日までには・・・――



「・・・?」



―― その日までに、思い出してください ――



「は、はい・・・」


僕は思わず二言返事

返事をきいて、彼女は再び微笑みを浮かべた

そして彼女は、また花吹雪のなかへと消えて行った


彼女が発した問いかけは一体何だったのだろうか

その疑問が、私を現実の世界へと連れ戻す






♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「・・・」


ゆっくりと目を開ける。

横には・・・やはり椎名さんの姿


「おはようございます、今日は良い夢見られましたか?」


やっぱり微笑みながら夢のことを聞いてきた


「今日は何だか・・・お願いをされました。」



・・・・・



少しの間の沈黙が流れる

自分で言っていて意味が分からないと気づくのに、そこまで時間はかからなかった


「す、すみませんッ、変な事いっちゃって・・・」


慌てて言葉を修正する

あれ、何で慌ててるんだろう


すると、椎名さんは


「・・・そうでしたか。お願い、叶えてあげてくださいね。」


今度もまた微笑みながらそう答えた


私は少し戸惑っていた

なぜだろうか

自分が言ったことは、自分以外の人には分からないというのに

こんな50過ぎの独身が言った意味不明な話なのに

なぜだろうか



「・・・看護師さんは・・私が言ったこと、気にならないのですか?」


「え、気になる・・・ですか?」


「起きた人が急に意味不明なことを言っているのに、”夢の中でお願いされる”・・・なんて・・・」


すると彼女はやっぱり微笑みながら


「何でしょうかね~♪」


少しはぐらかされた感じが残る言い方をされたみたい


「あはは、そう来ましたか。」


私もこれに少し笑ってしまった


彼女は看護師

看護師の仕事は患者と接し、看護するのが仕事

このような会話も看護の一つ・・・ということにしよう




「・・・でも」


彼女は再び口を開く


「・・・?」






「もし『思い出す』ことが出来たら、分かるかもしれませんね。」




「えッ・・」


そういうと、彼女はそのまま振り返り病室を去っていった







『もし「思い出す」ことができたら―――』


彼女の言葉がどうしても頭に引っかかる

彼女の言った言葉

その言葉は、私にとって予想外で


「・・・」


色々考えていると、今までの自分がなぜか一気に浮かび上がってきた




♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


私はごく普通のサラリーマンだった

仕事はあまり出来ずに、ミスも少なくなく

自分の後輩に抜かれた時の悔しさももう慣れていた

妻には20年くらい前に出ていかれ

唯一の癒しであった4歳の娘も同時に離れていった

それからは仕事ばかり

色々なことに疲れていき、最近は娘の名前すらも思い出せない

そんな時に医者から告げられた不治の病宣告

私にとってそれは、現実から解放してくれるものに見えた

今はその時を待つだけ




私は、この世に何か残せただろうか





♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「んんッ・・・」


気づけばあたりはすでに夜を迎えていた

過去の出来事が走馬燈のように頭の中を駆け巡り

そのまま寝てしまったところだろうか


「もうすぐ死ぬのか・・・」


人は死ぬ直前に走馬燈のように思い出が浮かびだすと、どこかで聞いたことがあった

・・・ろくなものじゃなかったな


自虐まじりに、数滴の涙がこぼれおちた

全然悲しくないのに、なぜか涙がこぼれていた




私はそのまま眠りについた






♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


ここは桜舞ういつものあぜ道

そしてやっぱり



―― 思い出せましたか・・・?――



彼女は私の目の前にいた


「・・・ごめん、まだ思い出せないよ。」



―― そうですか・・・ ――



すると彼女は、ワンピースのポケットから何かを取り出した


「それは・・・?」


彼女はそれを私に見せてくれた



―― これは、私の宝物です ―――



彼女が宝物というそれは、中に写真一枚が入る程の首飾りペンダント

外の蓋を開けると中のものが見える、という仕組み



―― これは小さい時にもらったもので・・・ ――



「あれ・・・それって・・・」


私は見覚えがある

彼女が差し出したそのペンダント

たしかそれは20年くらい前の・・・

中身はたしか・・・


「・・・中の写真、見せてくれないか?」


すると彼女はゆっくりとこちらに歩み寄ってきた

ペンダントの写真を見せるためだろう

彼女はペンダントを私の目の前に差し出すと



―― 思い出して ――



ゆっくりと、蓋を開けた




「これッ・・!」


中身を見た瞬間、記憶が急速で蘇る

それはまだ妻がいた時

娘の誕生日で出かけた遊園地で

マスコットキャラクターと一緒に撮った





家族の、写真―――






♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


私はゆっくりと目を開ける


横を見ると、そこには首飾りのペンダントをつけた一人の看護師の姿

ペンダントの写真は、あの夢と同じものだった


「まさか・・・」



「・・・お分かりいただけましたか、お父さん。」




いつもの彼女は、今日だけは呼び方が違っていて

呼び方が違っていて

たったそれだけの事で




涙がなぜか止まらない




「私はあなたの娘、椎名 綾女です。」





20年もの間離れていた自分の娘と

死ぬ直前で会うことができた

かつてとは比べ物にならない程成長していて

私を泣かせる程成長していて


「今もお母さんは元気です。お母さんはあれからもお父さんのことは話さなくなったけど、私はちゃんと覚えています。」



「・・・」



「・・・だから、お父さん・・」







―― 思い出してくれて、ありがとう ――





娘の頬から、光の線が下へ零れ落ちた




視界が薄れていく

起きたばかりなのに

娘とせっかく会えたのに



・・・いや、違うか



いつも会ってたもんな


気づかなくてごめんな


こんなバカなお父さんで、ごめんな


こんなお父さんを覚えていてくれて





「ありがとう、な・・・・――――







そのまま私は、息を引き取った








私がこの世に残せたもの


それは私のたからもの








夢の中の彼女は




大事な娘でありまして









おわり






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