鬼面騎士/ゴブリンナイト~ファンタジーはそっちのけ! なるぜ、《ヒーロー》!~
夜宮鋭次朗
新・異世界ヒーロー序章
アンダーヘイム都市伝説「鬼面のヒーロー」
少女は、どうせ助けなんて来ないと思っていた。
だってここは王子様や勇者様がいる物語ではなく、自分はお姫様ではないから。
だってここは理不尽ばかり蔓延る現実の世界で、自分はただの村娘だから。
誰も助けてなんかくれず、なんの力もない自分はこのまま怪物に食い殺されてしまうのだと。そう思っていた。
実際、白馬の王子様も選ばれし勇者様も現れてはくれなかった。
――でも、『彼』が来てくれた。
「キィィィィック!」
「ギエェェェェ……ッ!」
満月をバックに二つの影が空中で交差し、一方が真っ二つに裂ける。
人間にオオカミとヘビとイカを混ぜたような
「大丈夫か?」
地上に降り立ったもう一つの影が、壁際にへたり込む少女へ歩み寄る。まるで少女が幼い頃に読んだ絵本に出てくる、お姫様を魔王から救い出した王子様のように。
……しかし影の姿は王子様や勇者様には程遠く、人間かどうかさえ怪しかった。
二本角と牙を生やした、《
身を包む革鎧の色は暗闇に溶け込むような漆黒で、そのため鈍い銀色のグローブとブーツ、真紅の三眼だけが浮かび上がる様はまるで幽鬼だ。
――鬼面の騎士。
異質で、異様で、今しがた斃された怪物と大差のない、異形の存在。
しかし不思議なことに、少女の心に恐怖はなかった。
それは月明かりが差し込んで露わになった騎士の全身が、年季の入った古傷だらけで弱々しく感じたせいかもしれない。
それは風にたなびく赤いマフラーをギュッと掴む騎士の仕草が、一人で寒さを堪える幼子のように寂しげだったせいかもしれない。
それは騎士のような存在を、物語として耳にしたことがあったせいかもしれない。
心躍る大冒険と栄光で彩られる、華やかな英雄譚とは違う。
怪しげで恐ろしくも悲しい、気まぐれに囁かれる他愛のない都市伝説。
異形の姿で暗闇に生き、影ながら人々を守る、孤独な鬼面の騎士のお話。
しかしきっと、少女が鬼面の騎士を恐れなかったなによりの理由は。
結晶の眼の奥に、温かい血の通った人間の眼差しを、確かに感じたからだろう。
「っ。待って!」
少女に目立った怪我がないのを確認して満足したか、
尋ねたいことは山ほどあった。しかし、真っ先に言うべきことが一つ。
「あの…………ありがとう!」
「――礼には及ばない。私は《ヒーロー》だからな」
エンジンが嘶き、バイクが走り出す。
タイヤとの摩擦で石畳の地面に焦げ付いた香りを残して。
遠ざかる背中はどうしようもなく哀愁と孤独に満ちていて、それなのに物語のどんな王子や勇者よりも力強かった。
「ヒーロー……」
勇者のような華やかさはない、むしろ怪奇的で不気味でさえある異形の騎士。
しかし風のように現れ、嵐のように戦い、また風のように去っていく彼の背中は。
死の恐怖に震えていたはずの少女を、自らの足でしっかりと立ち上がらせるほどに強く、眩しいものだった。
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