Victory For You!!

御船幸村

第1話

あと2ヶ月ほどで、年も変わろうかという小春日和の教室に、その少女はいた。

日本においてはきわめて珍しい銀色の長髪、細身の比較的長身、あどけなさを残しつつも、近い将来に大人として熟すであろう顔立ち。

それ以外は他の同年代の女子と変わった点はないはずだった。今祖父の訃報が飛び込んでくるまでは。


「ああ、今すぐ帰宅しなさい。君のお祖父さんが亡くなられたそうだ。弁護士さんからお話もあると、電話をもらった」

同居する祖父が病床にある事は知っていた。齢80も越えて、本人も弱気ではないものの、自身の経営する会社を後進に委ねる段取りは、あらかた済ませていたように見えた。

ただ、私は一人になる。それでも周囲の人間は特に不穏な者も思い当たらず、祖父からもらった離れで成人まで慎ましく暮らしていくだけ。友人もそれなりにいて、そのうちやりたい事を見つけ、誰か素敵な相手に出会い、生きていくのだろう。漠然とだが、そう決めていた。

正直、祖父に対しては複雑な感情をずっと抱いていた。自分の父とそりが合わず、追い出されるように父は日本を去ったと聞く。あまりに幼い頃の話だったから、記憶も薄いのだけど、自分の銀髪はロシアで生まれ育った父譲りのものだ。どういう人だったのか、5年前に亡くなった母も、あまり語る事はしなかったが、この髪だけが父を感じる唯一のものだったのだ。

他に色々気難しいところもあったが、それでも祖父を心の底から嫌ったり憎んだりという気にもなれなかった。欲したものは大体与えてくれ、かといって過度の贅沢をさせるでもなく、そのおかげでか、周囲からほどほどに好かれるだけの分別も身につけられた。

感謝している。しかし、父がいない本当の理由だけは、最後まで語ってはくれなかった。母も祖父を恨むなと言い遺したが、そこだけは未だにしこりが拭えていない。


帰途に着く電車の中で、色々祖父と両親の記憶に思いを馳せているうちに、自宅の最寄り駅に到着した。少女は一瞬だけ降りるということを忘れて、慌てて閉まりかけのドアを飛び出していく。


駅のロータリーには、祖父の運転手が待機していた。軽く会釈を交わして、車に乗り込む。これに乗る機会は数回ほどあったが、やはり慣れない。祖父とは生きる世界が違うのだと、ずっと感じていた理由が、この車とお抱え運転手である。

少しの息苦しさは、5分ほどで終わりを告げた。自宅の正門を抜け、停車したそこには、祖父の顧問弁護士が立っている。彼は祖父の会社を長年助けてくれていた一人なので、そこそこ顔なじみであった。多忙な祖父との連絡役も務めてくれていたので、幾らか話しやすい相手でもある。


「お待ちしていました、お嬢様。今後の事は四十九日が明けてからと言付かっております」

帰宅した少女を気遣う雰囲気を見せながらも、弁護士は表向きは事務的に切り出す。

「ありがとうございます。私では色々分からない事も多いので、この先もしばらくはご迷惑をおかけすると思います」

気丈に振る舞うというよりは、やはり何処か生きる世界の違う肉親に対する感情からなのかもしれない。少女は淡々と返した。


祖父の会社は、玩具を扱っていた。そのくらいは把握している。しかし、自分が興味を惹かれるものではなかったように思う。顧客は男性…いや男児が多かったはずだ。母がいた頃は、少しだけその商品を手に取った記憶もあるが、何処へやってしまったか。思い出せれば、それを引っ張り出して形見みたいに飾るのも良いかと軽く考えていた。


もう目を開くこともない祖父との対面を済ませ、心の中で哀悼の意を捧げた後、少女は離れの自室にて引き出しを開けていた。目的のものは30分くらいで見つかり、学習机の上にそれを置いて眺めてみる。

「自動車……模型?」

まさしく手のひらに収まる大きさの自動車模型が、祖父の会社の製品だった。ただそれは、全て合成樹脂で構成されているわけではなく、ところどころ金属の部品が取り付けられ、何よりも乾電池を入れるスペースが確保され、起動スイッチが付いていたのだ。

少女は携帯電話の外部電源として持っていたケースから乾電池を取り出し、模型の方に組み込み、そしてスイッチを入れた。模型は独特の駆動音を出しながら、その車輪全てを勢いよく回転させる。

「これが、お祖父様の……」

離れと母屋を結ぶ廊下のフローリングに、スイッチを入れたままそっと置いてみる。

自動車模型は人間が走るよりも速く、母屋側の入口に達して、ドアに動きを阻まれた。

少女はゆっくり追いついた後、それを拾い上げてスイッチを落とす。

「ふふふ……」

まさに男児向けのこの玩具を再び目にして、少女は自然と微笑み、少しだけ涙が零れた。祖父が仕事に熱心だったのは知っていたし、それに否定的な感情もなかった。

何故か母は、この玩具が好きだった。それが今わかった気がする。自分も形見として大切に出来そうだと思えた。


一週間後、祖父の葬儀は大規模に執り行なわれた。そこはやはり、自分にとって別世界と感じながらも、あの夕方に漏れた微笑みと涙を抱いて、彼の遺志を最大限に尊重しよう。少女は固く決意していた。


しかし、人並みの覚悟ではあまりに重過ぎる運命を背負う事になる未来を、この時点で彼女は知る由もなかった。

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