第23話しろがねのエレメンツ、ニオブのエレメンツ

 選択肢は2つ。


 宿主の命か、はこか。


 エイジが選択を迫られている中、昌樹は頭を巡らせた。


 ―この女レイン、まるで壁のように立ちはだかられているこの状況では易々と出口を目指す事などできない。


 ―では、ベランダから飛び降りて脱出を図るか?


「ねぇねぇエイジ君。この間みたいにピカッと光って相手を蹴り壊す技使えないの?」

 まったくの部外者である理依が訊ねた。


 最悪のタイミングでの質問。

「おまっ」

 昌樹は、すかさず理依へと向き直った。


(相手に手の内を明かしてどうするんだよ!)


「あのFeフィーエを一撃で葬ったワザね。技名とかあるの?」

 デカ女が笑みを浮かべて見下ろしながら訊ねていやがる。


白銀しろがねの刃。エレメンツを分子レベルで破壊する」

 呟くように答えた。ってオイ!今度はエイジへと昌樹の顔は向けられた。


「詩的な表現ね。でも、シャープじゃない。それほどの圧倒的攻撃力を誇っているのならズバーとした名前じゃないと釣り合いが取れないわよ。ちなみにナンブの技はディープステッチャー。“深く突き刺す”という意味よ」

 アレはどう見ても、刺すというよりも焼き切る攻撃手段だ。


ビーMAXマックスなんてどうかしら?BはBlade(刃)のB」とフフンと小さく笑って、「白銀ねぇ…アナタ、ひょっとして“銀”のエレメンツ?」


「そうだ。毒を見破り魔物を退ける属性を持つAgのエレメンツだ」


「なるほどね」

 数歩前進してナンブの頭に手を乗せると、彼女の頭を優しく撫でて。


「この子の名前はナンブ。光学素粒子に使われるNbニオブの属性を持つエレメンツ。と言っても貴方のようなオリジナルじゃないけどね」


 彼女たちが会話を交わす間、昌樹の顔は双方を行ったり来たりしていた。


(コイツら大丈夫なのか?よくも、こんなにペラペラと己の手の内の明かし合いができるな)

 それとも、軍事力を誇示することで隣国からの侵略を免れるレベルの話なのだろうか?


「探偵さん」

 ささやき声で理依が話しかけてきた。「何?」同じくささやき声で。


「私、女の子の嗜みとして鏡を持ち歩いているんですけど、コレでさっきのあの光線技を跳ね返せませんかねぇ」

 告げてウエストポーチから名刺サイズの手鏡を取り出した。


 あのな…。

 アイデアとしては申し分無い。が、しかし、あまりにもサイズが小さ過ぎるだろ!


「素晴らしいアイデアね。試してみる?」

 ナンブの頭を撫でながら、不敵な笑みを浮かべる。鏡を出した時点でこちらの頭から頓挫した作戦を察した模様。


 


「さてと、お喋りの時間はこれでお終い。そろそろ答えを聞かせてくれるかな?エイジ君」


「俺の名前はエージーだ」


「そんな事を訊いているんじゃない!!宿主の命か匣か!答えなさい!」

 激高するかのごとくレインは声を荒げた。


 エイジは答えない。ダガーナイフを手に取り、逆手に持ち替えた。


「探偵さん。さっきから言っている“匣”て何ですか?」

 この目が離せない状況で、呑気に理依が訊ねてきた。


「知らん。ただ、あいつ等に渡すと“本物の神がこの世に現れる”のだそうだ」

 目線を動かす事無く答えた。


「現れて何か不都合なコトでもあるんスか?それよりも命を大事にしましょうよ」

 部外者の意見としては妥当だ。

 が、しかし、あの匣にはサンジェルマンの未来が委ねられている。


「エイジ!俺たちの事は考えなくてもいい。匣を守るのがお前の使命だろ。使命を果たせ」

 昌樹の言葉にレインはチッと舌打ちを鳴らし「ナンブ!」


 双方が構えを取る。と、その時。


「御取込み中スミマセン」

 玄関口から男の声が。

 皆の視線が男へと向けられた!


 男とは?


 宅配業者の男性だった。手にはダンボールの箱を抱えている。


(そっかぁ…。今日は通販の荷物が届く日だったんだ…)


「田中・昌樹さんのお宅ですよね。受け取りのサインをお願いします」

 男性の目線からはナイフを手にするエイジの姿は死角になっているようだ。


「まずい!匣が戻って来ちまいやがった!」

 思わぬ失態を昌樹は口にした。


「こ、これが…匣!?」

 レインの視線も宅配の荷物へと向けられた。


「サインは彼に」

 と、中の昌樹を指差して。


「ナンブ!撤収よ!」


 宅配業者の男性から箱を奪い取るようにして荷物を受け取ると、レインたちは急いでこの場から立ち去っていった。




「さて、俺たちも逃げる準備をしよう」

 受け取りのサインをしながらエイジと理依に告げた。


「え?でも匣は奪われちゃったんだし、もうキケンは無いんでしょう?」

 昌樹が利かせた、咄嗟の機転を理解していない理依はきょとんとしている。


「あれの中身はただのウォーキングシューズだよ。あいつ等がそれを知ったら、またここへ押しかけてくるぞ」

 説明をしながら、荷物をまとめる。


「理依。お前は関係無いんだから、さっさと先生の所へ戻れ」


「う、うん。でも…」

 告げられても、一歩も踏み出さない。


「心配してくれるのか。ありがとな」

 笑みを向けるも、理依は照れた様子など一切見せず。


「いやぁ、これを先生に説明しても納得してくんないんスよね。その…。ワケが分からない事だらけだし」

 人の心配よりも、帰ったら大目玉を食らってしまう心配しかしていない。


 コイツらしいと言えばコイツらしいけど。


「じゃあな理依。先生によろしく言っといてくれ」


「探偵さんもお元気で。エイジ君もね」

 ふたりの逃走の旅立ちを、大きく手を振って送り出す理依だった。

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