第17話.負け確定の女、逃避者
「聞きました?彼、自分の体の中から人が出てきたって言いましたよ」
「う。うん。確かに聞いた。『目からビーム』の次は『体の中から人が出てくる』だもんね…彼の想像力にはまったく驚かされるよ」
静夜と六角は驚きの色を隠せない。さらに二人のやりとりは、まるで世間話をするオバサンたちのよう。
そんな二人の姿に一条は苛立ちを覚えた。
「お、お前ら!俺の言う事を信じていないな。弁護士のくせに被疑者の俺の言う事が信じられねぇのかよ!」
あら、随分と尤もらしい事を仰る事…。二人の眼差しは冷たい。
一条は扉の向こうで監視員が控えているであろう後のドアに一瞥を送ると深呼吸ひとつした。
そして小声で「いいか?見てろよ」。
「何を見ていればいいの?」
「おや?何か手品でも披露くれるのかい?」
全く彼の供述を信用しない二人の対応は様々。
ドン!強化アクリルの仕切に両拳が軽く叩き付けられた。
何をやっているんだ?この男は…。
二人の呆れたと言わんばかりの眼差しは両の拳から一条の顔へと向けられた。
!?
二人の目が大きく見開かれた。
彼は今、両手を小さく上げてホールドアップの姿勢を見せている。
即座に二人の目線は強化アクリルに当てられている両の拳へと向けられた。
「う、ウソでしょ!?」
「何なんだ?キミの体は?」
驚く二人に顔を寄せて一条は小声で伝えた。
「気持ちは分からないでもないが、今はあまり驚かないでくれ。これが事件の真相ってヤツさ」
予想もしなかった#種__タネ__#明かしを披露されて、二人は一条の言葉に素直に従えずにいた。
静夜は思わず両手で口を塞いでしまう始末。
「頼むよ、弁護士先生。俺はどうしてもムショへ行きたいんだ。行かなきゃ、あの女どもに殺されてしまう。だから、この事を世間に伏せたまま俺をムショへブチ込めるように、うまく裁判で負けてくれないか?」
彼の要望は理解した。
だけど。
人が体の中から出てきた事が本当ならば、目からビームを放つ女性も実在する事になる。
静夜は突如目眩に襲われた。
何なのよ、コレ。
非常に厄介な事に、彼、一条・神矢の命を守るために裁判で負けなければならない。
と、同時に、圧倒的勝利が約束されている状況下で負ける事は、自身の弁護士生命に引導を渡す結果となってしまう。
―大変不本意ではあるが、“負け確定”の裁判に挑まなければならない。―
しかし、事実を知ってしまった以上、今更手を退く訳にはいかない。この事実を他の誰かが知ることは決してあってはならない。
こんな化け物じみた連中の存在を、世間に知らしめる訳にはいかない。もしも知れたら彼らが報復行動に出る可能性は十分にあり得る。なんとしてでも隠匿しなければ。
最悪最大の守秘義務とやらを課せられた。
「いいわ。全力でアナタの命を守りましょう」
言ってはみたものの。
こんな化け物たちがこの街にいたなんて…。
すでに“エイジ”という存在に遭遇していながら、エレメンツの出現に嘆く静夜であった。
早速、静夜たちは一条の供述のウラを取るために、彼が言った日付以降に銃創あるいは刺創のある遺体が確認されていないかを京都府警に確認を取った。
間違っても目から発射されたビームによる傷痕の確認だとは言えない。
非常に厄介な捜査だ。
事実を隠しつつ真実を求めるなんて。
しかし、残念な事に、そのような遺体は発見されていなかった。やはりと言おうか、遺体はどこかに処分されたと観て間違いなさそうだ。遺体が出て来なければ事件と認められない。
彼の供述では殺害された男性それに一緒に薬を服用した人物たちとは全く面識が無かったとの事。プールバーで飲んでいたら、外国人男性に声を掛けられてクスリを貰ったと供述している。
『依存症も後遺症も残らない軽い麻薬みたいなものさ』そう言われて飲んだのが自身を含めて8人。疑って飲まなかった者が数名と、酒が回っていたせいか極めてあやふやなものだった。その8人という数字も怪しく思えてしまう。
コイツら、警戒心の欠片も無いの?呆れたものだわ…。
与えられたクスリを服用するなんて、そんな事よりも彼らと薬を配布した外国人とが接触したプールバーへと出向いたのだが…。
そこはすでに店を畳んでいた。周囲へ聞き込みに回ると、店のテナント料を振り込まれなかったので4日前に取り立てに来てみたら、すでにもぬけの殻だったらしい。
しかし、電気は点けっぱなし。不可解極まり無かったとテナント主の話。
これで誰がクスリを服用したのか?足取りは付かなくなってしまった。
一体、店主はどこへ行ってしまったのか?手掛かりすら掴めないこの状況で彼の行方を探す方法は…。
いやいやと静夜は頭を振った。
マッキーこと田中・昌樹に頼るのはいかがなものか?
しかし、人外の存在を伏せたまま捜索を続けるには限界がある。事実パラリーガルの理依には何も伝えていないために、彼女は暇を持て余している。そうでなくとも自ら考えて捜査できる程には経験を積んでいない。
もう、彼の“#神憑__かみがか__#り的”な能力に頼らざるを得ない状況にあるのも事実。
静夜は思い切って昌樹に電話を入れた。
◇ ◇ ◇ ◇
昌樹は衝撃を受けていた。
「エグリゴリが会社名だって!?」
「そだよ」
那須・きなこは軽く答えてくれる。気が利く事にスノーという男性からもらった名刺まで見せてくれた。
「本当だ…。でも、俺だって彼から名刺をもらっているぞ」
改めてエグリゴリ氏からもらった名刺と見比べてみる。
電話番号が違う。
当たり前だが、こんな偶然が有り得るだろうか?
片や人物名、片や企業名共に同じ名前なんて。
これは偶然なんかじゃない。
考えられることは、『どちらも偽物』であるという事。
「キナコ、いいか?君はスノーという男性から何を頼まれたんだ?」
「サンジェルマンとかいう顔のハッキリしない外国人のオバサンか、もしくはアフロヘアーの男性を探してくれたらお小遣いをあげるって。それで後遺症も残らないし依存症にもならないと言ってクスリを貰ったらツェーが出てきてビックリ!」
顔がハッキリしない?昌樹はふとエグリゴリ氏からもらった写真を取り出してキナコに見せた。すると、彼女は「あっ、同じ写真じゃん」と持っていた写真を見せてくれた。
同一人物ではないが、同じ組織の人物たちと見て間違い無さそうだ。
「そう言えば、あの時、『我々』とか言っていたよな…」
昌樹は彼らが組織的に行動しているものと判断した。
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