第16話.仕切りを隔てて、中にいる者と外にいる者
追風・静夜と彼女の務めるファーム法律事務所所長の一二三・六角は謎多き被疑者
彼が拘留されている拘置所へ向かう途中―。
パラリーガルでありながら、弁護士先生(静夜)に運転を任せて自身は後部座席で景色を眺めている釘打・理依が訊ねてきた。
「ねぇ先生、私選弁護を依頼されたのに、どうして警察の留置所へ向かわないのですか?」
人にモノを訊ねる時は相手の目を見て…まぁ、こちらは運転している身だし、でも、バックミラーに映る目線くらいは合わせなさいよと静夜は湧き立つ怒りを胸に抑えつつ。
「被疑者が犯行を認めたから拘置所に移されたのよ。それ以外にも被疑者をクロだと裏付ける状況証拠が揃っている。あくまでも状況証拠だけどね」
「ふぅん」窓から目線を移しさえしない。本当に理解してくれたのだろうか?
「警察署の近くだと何故かしら飲食店が充実しているんですよねぇ」
このガキ…遠回しに“拘置所での接見は飽きた”とヌカしてやがる。クソ生意気にも。
実際のところ、警察署近隣に飲食店が多いのは事実。何故だろう?今まで気にも留めなかったわ。
*注意!留置所とは全国1300カ所の警察署内にあります。
被疑者、一条・神矢との接見は静夜と六角が行った。
そして彼女たちの予想は大きく裏切られる事となる…。
てっきり“一事不再理”を悪用した真っ
目の前の一条の目線は絶え間なく動いており非常に落ち着きが無い。
両手をしっかりと握りしめる仕種、それに力の入れ具合は緊張の頂点に達しており、触れた部分が真っ赤に染まっている。
彼は何かに怯えている。
六角が供述書に目を通しながら。
「えーと、キミの名前は一条・神矢、24歳。現在はパチンコ店アトランティスの従業員―」
その最中、一条は小刻みに頷く。
「キミ、スゴイねぇ。高校時代はボクシングの選手で全国大会の決勝に出ているじゃない。で、えーと、この時に相手の選手に2度のダウンを与えているにも関わらずに、判定負けをしているね」驚きを挟み「で、えーと、後々判った事だけど、これは特定の県の選手を勝たせる不正判定だった訳で、その、お気の毒様」
ここで目線を一条へと移す。
本来ならば被疑者は、この時点で嫌な過去を蒸し返されたと挑発されたものと思い込み、目の前に張り巡らされている強化アクリルの仕切に見境なく飛び掛かるはず…なのだが。
しかし、彼にはそういった気概は無い模様。
「もしもーし」
通声穴(強化アクリルの仕切に開けられた無数の穴のコト)に顔を近づけて一条を呼ぶ。
しかし、彼はうつむいてしまった。
しょうがないなと六角は顔を離すと、続きを始めた。
「その後は荒れに荒れてボクシングは辞めて日々ケンカに明け暮れるも無事に高校を卒業。卒業後は色んな職場を転々とした後今のパチンコ店員に2年目と」
一通りの経歴を述べたにも関わらずに、一条は一切怒ることなく、ただ怯えたまま二人とも目線を合わせることさえしなかった。
変ね…。
静夜と六角はお互いを見やって、目線だけで『思っていたのと違う』予想を覆されて困惑した。
今度は静夜が警察から提出された鑑定書を読み上げた。
日時は割愛して。
「アナタは被害者を“素手で”殴殺。科捜研の鑑定では手形、この場合は『拳の形』ね。それがアナタの手のものと断定。しかし、被害者の下顎骨を粉砕、頬骨及び上顎骨を陥没、さらに鼻骨を真正面から陥没させているにも関わらずに、アナタの手の皮膚細胞は採取されなかったばかりか、アナタの手には殴打痕が見受けられなかった」
一度一条に目線を移して。
「手袋などをしていたと考えられるも、やはり被害者の遺体からは繊維片などは採取されておらず、死因と見られる傷跡から計測された威力を考えれば例え手袋をしていたとしても何らかの傷がアナタの手に残るはず。でも、アナタの手には傷跡は一切無かった」
静夜は鑑定書を読み上げながら、自身が何を読み上げているのか?まるで理解できなかった。
何よ、この奇妙な鑑定は…!?彼と同じ拳の形をした人間が他にもいる訳?
そもそも鼻骨なんて横から受ける衝撃では破損可能だが、真正面から破壊されたなど聞いた事もない。しかも素手でなんて。
1?
静夜の中にある閃きが。
通声穴へと顔を近づけて。
「やはり、アナタが真犯人ね」
衝撃の発言に、六角が慌てて静夜の肩を掴んだ。
「な、何をバカの事を言っているんだね、シズヤ君!手に傷跡も残さずに相手を殴殺できるはずが無いじゃないか」
慌てる六角の手を振り解いて。
「いいえ。それが可能なんです」目線を一条へと戻す。
「アナタ、事前に自身の拳の型を取って金属製の“義手”を作っていたのでしょう?」
まさにドヤ顔で詰め寄る静夜の傍ら、六角は唖然と口を開けたまま彼女を見やっていた。
一方の一条は驚いた表情で静夜を凝視。
そして、彼の顔が引きつり出すと、口元を緩めて小さく笑った。
「あ、アンタ、それじゃあ本当に裁判に勝てないワケだ」
一条が初めて声を発した。対する静夜は険しい眼差しで返す。
「それでいいよ。その線で俺を裁判に掛けてくれ」
「何ですって!?」
「それなら、俺は確実に
嬉しそうな表情を浮かべる一条に、二人は困惑の色を隠せない。
「どういうつもりだね、キミは?無罪になりたいんじゃないのかい?」
今度は六角が静夜に肩を寄せるように一条に詰め寄った。
すると、一条は伸びをして。
「無罪放免?冗談じゃねぇ。あんな化け物がうろついているシャバなんかに出歩けるかってんだ」
「化け物?」
静夜が訊ねた。
「ああ、若い外国人の女の子だった。まぁ見た目はな。だけどあの女、目からビームを出して俺と一緒にクスリを貰ったヤツを撃ち抜きやがったんだ」
しばしの沈黙……。
えぇぇ…。コイツ、何を言ってんの?目からビームって、はは…。
思わず口元が緩んでしまった。
「あのね、一条君。目からビームって、今時の特撮番組でもそんなベタな効果は使わないよ」
ふたりして彼の話を空想話として斬り捨てた。
すると静夜は六角に耳打ちして。
「六角さん、彼、いまクスリと言いましたよ。それを摂取して幻覚でも見たんじゃありませんか?」
「そうだね。この様子じゃあ、犯行時の責任能力の有無が裁判の焦点になるね」
「検察も厳しいでしょうね。本人が犯行を認めていても証拠が状況証拠だけでは立証が難しいでしょうし、それに」チラリと一条に目線を送り「麻薬の常習犯なら―」
すると。
「冗談じゃねぇ!俺はクスリとは言ったが
激しく強化アクリルの仕切に拳をぶつけた。
彼の拳が血に染まる。
皮膚薄ぅ…。静夜の驚きのベクトルは一味違う。
一方の六角は驚きのあまり椅子から転げ落ちていた。
「じゃ、じゃあ、どんなクスリを貰ったんだね」
椅子を立て直し座り直しながら六角が訊ねた。
「錠剤だよ。俺と一緒に飲んだ奴が7人いたけど、異常を訴えたのはあの女に殺されたもう一人のヤツと俺だけだった」
「異常を訴えた?何かの中毒症状でも発症したの?」
「いや、俺たちの体の中から、もう一人出て来やがったんだ」
「あぁ!?」
しばらく沈黙が流れた後、二人は驚きの声を上げた。
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