第3話 ポンコツ女、愛し合うふたり
こいつは不覚。思わぬ不覚。
追われているかもしれない人間が、「あなたは○○さんですか?」と問われて素直に「ハイ、そうです」なんて答えてくれる訳が無い。
田中・昌樹は、初老の外国人女性が半歩退くのを見逃しはしなかった。
だけど今、優先すべきは。
胸ポケットからもう一枚写真を取り出すと、女性の足元にいる少し薄汚れたボストンテリアとを見比べてみる。
似ているようで、似ていないような…。じっくりと見比べれば見比べるほど何だか遠退いてゆくような気もする。
「!?」
よくよく観れば写真の犬と同じハート模様の首輪をしているではないか!
震えるボストンテリアを抱き上げる。
特に外傷はナシ。病気などしていないかは判断しかねる。けど。
「良し!これで仕事は達成した」
サクスフォンの演奏が終わった。
すると、初老の外国人女性がその場を離れようと向きを変えたところ。
「待って下さい。貴方を捜している人たちがいます」
もう名前は呼ばない。だけど、用件は伝えた。
「何を言っているのかしら?人違いじゃないの?」
女性は向きを変えることなく、目線だけをマサキへと向けた。
この国には長いようで、とても流暢な日本語だ。
マサキはこの時点ようやく彼女が外国人だった事を思い出した。
「特に依頼を受けている訳ではありませんけどね。ただ、あなたの身に危険が及ぶようなら、この国の警察に保護を求める事をお勧めします」
女性がマサキへと向き直った。
「面白い人ね。通りすがりの外国人に警察への保護を勧めるなんて」
あくまでも白を切るつもりだ。
その一方で彼女の言っている通り、本当にただの人違いの可能性も払拭できない。
ここはかつて“証人捜しの昌”と呼ばれた自分自身を信じたい―。
捜査の基本は、まず現場がすべてにおいての出発点となる。
現場での痕跡や写真撮影、計測に始まり、証拠採集や遺留品採集、そして現場付近での聞き込み捜査がある。そして関係者への聞き込み捜査へと…。
これは殺人事件に限らず、すべての事件にて行われる基本捜査だ。
特に聞き込み捜査には“鮮度”というものが存在し、人の記憶が薄れる又はマスコミなどの報道による影響を受けて脳内で対象が空想を現実のものと思い込むなど、真実そのものが損なわれる可能性が生じてくる。
しかし、訊き方次第では深く眠っていた人の記憶を呼び覚まし、新たなる証拠を得る場合もある。
訊き方とは、捜査員が意識したものと、そうでない何気ない会話からもたらされたものがあり、マサキが得てきた情報の約半数は後者が占める。
これは非常に特殊なもので、もはや“神がかり的”と言っても過言ではない。
引き寄せられるようにして出逢う。
彼、田中・昌樹はこれを自身の特殊能力とは認識せずに、毎回の如く奇跡の出逢いに驚いている有様だった。
そんな彼を警察組織はいつしか“証人捜しの昌”と呼ぶようになった。
だが、何故?“
それは、彼自身が凶悪な犯罪者は野放しにできないと思いつつも、やはり被害者サイドの気持ちに立って犯人本人よりも、犯人が逮捕された後に言い逃れできないくらいの確たる証拠を揃えておきたい気持ちが彼の捜査結果に反映しているから。
要はモチベーションである。
さらに、彼が犯罪を立件する検察側の不利になるような証人までも捜してくることから警察組織から疎まれ重宝する人物が少なかったのも、また事実である。
なので、間を取って“証人捜し”の名誉とも不名誉ともとれない、あやふやな異名を持つことになったのである。
「とりあえずは私の連絡先を教えておきます」
言ってマサキは女性に名刺を手渡した。
「これは?」女性は拒否することなく受け取ったが、当然ながら訊ねてきた。
「まあ、営業活動の一環と思って下さい。私の専門は主に人探しと迷いペットたちを探すことです」
「営業活動ね。面白い方法だわ。じゃあ、何かあればお願いするわね」
女性は手にした名刺を肩から下げているトートバッグに投げ入れると、その場から立ち去ってしまった。
マサキは去り行く女性の後ろ姿を目で見送りつつ。
やはり、エグリゴリ氏には連絡しない事にした。
この界隈では比較的古いテナントビル。1階部分は建った当初は携帯電話ショップにはじまりカードショップへ、そして現在は3週回ってまたもや携帯電話ショップに戻っている。当然電話会社は異なるが。
そのビルの3階フロアにあるキャラ喫茶に、かつては検察官で今は刑事裁判で“勝ち知らず”の不名誉な異名を持つ弁護士、
妹キャラ役の店員“くーみん”に休憩を取ってもらい、彼女に依頼主からの用件を伝えていた。
妹キャラだけあって、見た目幼さ色濃く残るくーみんはこの店の人気店員なので、休憩時間以外の時間はあまり長く取れず、結局はお客と店員という立場での接見となった。
娘を家に連れ戻して欲しい。
くーみん(本名は依頼主との守秘義務があるので敢えて伏せておく)の両親の言い分と願いを娘に伝える。
親が電話で説得しても聞き入れなかった娘が、他人が説得して聞き入れてくれる訳が無いのは承知。彼女の両親も、弁護士相手なら娘が折れると踏んでの依頼であった。
本来ならば連れ去りならともかく、これは弁護士の仕事ではない。
法律は便利な“ひみつ道具”ではないのよね。
思いつつ、経験値稼ぎと割り切って引き受けることにした。
パラリーガルにと同行させた、女子短大を卒業したばかりの
コイツは役に立たん!
リイのポンコツぶりは今に始まった事ではない。
彼女がリイと名前を名乗ったら、ほとんどの人が彼女を東洋系の外国人と勘違いしてしまう。その時点で相手は少し距離を置いた態度を取るようになる。
差別とかではなく、単に話を理解してくれるのか?相手が不安を抱くからで、お互いにとってマイナスにしか作用しない。
「だから、嫌なものはイヤなの!私はター君と一緒に暮らすの!ジャマしないで!」
くーみんがとうとう声を荒げて拒否し始めた。
最初から難しい案件だった。
学生ならまだしも、くーみんは元々独り暮らしをしている社会人だ。
正直、両親を説得したほうが早いのではないか。
心の片隅で思う。
「もう一度考え直してもらえないかしら?あなたと彼は出逢ってから付き合ってどのくらい経つのか?冷静になって考えて」
自分自身でもバカな説得だと認識している。男女の関係なんて、親兄弟よりも確実に付き合っている時間の方が短いのに決まっている。それでも、これはお決まりの定番と言えるくらいに使い古された説得の文句。説得する材料が無ければ引っ張り出してくる他ない。
「アンタもしつこいわね!」
噛み付くように言い放つ。そして勝ち誇ったような笑みを見せて。
「もしかして、お姉さん、私に妬いているの?その変な姿で男にモテないから、愛し合っている私たちを引き裂こうとしているんじゃないの?」
「あ!?」
ついつい怪訝な表情を見せてしまった。
白色銀髪のどこが悪いのよ!ウサギちゃんのような真っ赤なお目目のどこが悪いのよ!?雪のように透き通るような白い肌が羨ましいんじゃないの!?
とにかく言ってやりたい。
しかし、仕事で来ている以上、ここは我慢。
「止めなよ、くーみん。その人、
彼女の彼氏ター君(とにかく彼と別れて暮らしてくれるなら文句は無い!)が後ろからくーみんを制した。
「ったく、もう!ター君ったら優しいんだからッ」
傍で見ていてもこっ恥ずかしくなるバカップルぶり。
「とにかく、アナタからも彼女を説得してくれないかしら。ほら、“通い妻”って言葉もあるでしょう?」
最後の手段!男の説得に取り掛かる。
しかし。
「僕はくーみんの意志を尊重します。彼女が離れたくないと言っているのだから、彼女の思うようにさせてあげたら良いと僕は思います。もう彼女も大人なんだし、男と女が愛し合うという事がどういう事なのか理解しているはずです」
超面倒くさいヤツと顔に出ている事に気付かないシズヤはなおも説得しようと試みる。
「尊重と言えば聞こえは良いけど、それは“丸投げ”とも言う責任逃れなのよ」
本音を言えば、立派な大人がする仕事ではないと思いつつ。
「そろそろお仕事に戻らなきゃ」
くーみんが腕時計を確認しつつシズヤに告げた。
「じゃあ、ター君、またね」
「夕方の6時に迎えに来るよ」
手を振りあう二人にシズヤは「あぁッ!ちょっと待ちなさい!」
なおもくーみんを引き留めて説得に入ろうとした、その矢先。
「これ以上彼女に付きまとわないで下さい!警察を呼びますよ!」
ター君がシズヤの手を掴み上げた。
「ここで騒がれると困るのですが」
わざと他の客にも聞こえるように、隣の席の男性が言った。
こんな昼間から、こんな店に出入りしている、しかも何?この主張の激しいアフロヘアーの男性は!?
シズヤが怪訝そうな眼差しを男性に向ける。
「え?えぇッ!?」
シズヤは思わず男性を二度見した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます