第10話~『昔』と『未来』~
目が覚めると、真っ白な空間にいた。
「あれ?私たしか、ベスト王国にいたんじゃ…。」
ベスト王国にこんな場所はなかったはず…。
「ここは、記憶の間。」
いきなり声をかけられて、驚いて弓を出そうとした。でも、手に指輪がない。どうして…。
「ふふ、そんなに警戒しないで。私はあなたに危害を加えるつもりはないから。」
そう言って歩いて来たのはきれいなドレスを着た女の人。よく見ると、そのドレスは私が着ているものと同じだった。
「あの、あなたは?」
私がそう聞くとその人はフワッと笑って言った。
「あなたの祖先の、サクラ・フルールです。そして、ここでは記憶の案内人。短い時間だけど、よろしくね。」
そう言うご先祖様の指には私の指輪。驚いて声が出ない私を見てもう一度笑うと、近くにあったテーブルとイスを指して「座りましょう?」と言ってくれた。
「それで、私は儀式でのあなたの声を聞いて出てきたんだけど、どのくらい記憶があるの?」
ご先祖様はテーブルの反対側に座るといきなりそう聞いてきた。
「ど、どのくらいってその幼少の頃くらいしか憶えてません…。」
私が戸惑いながらそう答えると、ご先祖様は哀しく笑った。
「そっかそれはそうよね…。なら、案内するね。」
そう言って立ち上がる。慌てて立ち上がって、歩き出した彼女を追った。着いたのは、真っ黒なガラスの前。
「これは…?」
「記憶を映し出す鏡。」
それだけ答えると、ご先祖様は目を伏せて話し始めた。
「ベスト王国は静かで、優しい国だったの。争い事なんてない、そんな国。」
そう言うご先祖様の顔は、とても優しくて、その話が事実なんだってそう思った。
「そんな王国に、ある二つのカップルが誕生したの。一つは王子と侍女のカップル。もう一つは姫とその騎士のカップル。」
え?そんなの、知らない。でも、なんとなく誰なのか分かった。
「…カエデとアスカちゃん。それと、私とフウくん、ですか?」
そう言って「あ!」っと思う。私じゃなくて、ご先祖様の話なのに。そう思ってるとご先祖様は「当たり」と言った。
「確かに私たちは先祖と子孫だけど、そんなのどうでもいいよ。だって、結局同じなんだもん。同じ血が流れてて、同じ記憶を共有してる。時代は違うけど、私たちは同一人物だと思うんだ。」
「…はい、そうですね。」
そう言ってもらえると、ちょっと嬉しいな。だって、こんなにきれいな人と『同じだよ。』って言ってもらえるんだもん。女の子は誰だって嬉しい。
「まあ、とりあえずそんな感じで、その二つは互いに互いを愛し合ったの。」
こっそり喜んでるとご先祖様は話を戻した。
「でも、それは長く続かなかった。王様が認めなかったから。」
そう言うとご先祖様は悲しそうな顔をした。
「カエデたちはまだ許された。侍女と王子だし、カエデは次の王となる人だったから多少のわがままも許された。でもね、私たちは、許してもらえなかった。」
そこまで言うと、鏡にその光景が映る。王様が怒って、騎士の人を殴ってる。その近くにはご先祖様の姿も。
きっと、殴られてるのはフウくんなんだ。
「お父様は、私を他国の王家に嫁がせようとしてたの。そうすれば、その国との関係は良好になるから。」
鏡を見ながらご先祖様は話してくれた。小説によくある、政略結婚。
「そんなの、嫌だった。私は、フウくんと一緒にいたかったの。」
そう言うご先祖様は、まるで恋人と一緒になれなかった悲劇のヒロインみたいだった。悲劇のヒロインって嫌われるけど、私は結構好き。だって、きれいなんだもん。ご先祖様も、きれいだった。
「でも、逆らえなかった。お父様は勝手に結婚の話をつけてたの。」
「そんな!」
ひどい。なんで、そんな事出来るんだろう。そんなに、国が大切なのかな?
「これはよくある事だったの。相手がね、気を使ってくれて、フウくんも一緒に行けるようにしてくれたの。政略結婚って向こうも分かってたから。」
「それでも、ひどいです。」
私がそう言うと、ご先祖様も頷いた。
「それ、アスカちゃんも、カエデも言った。でも、私たちはそれで充分だったの。だって、形は変わらなくても、一緒にいられるんだよ?嬉しかった。」
ご先祖様はそう言って笑った。本当に、嬉しかったんだ。
「そして、嫁ぐ前日に事件は起きたの。」
そう言った後、ご先祖様は言いにくそうに、していた。いや、言いたくないようだった。
「この先、知りたい?」
「え?」
急にご先祖様はそう聞いてきた。正直、すごく悩む。だって、ご先祖様は言いたくなさそうで、もしかするとかなりショックな事を言われるかもしれない。
『俺は、俺たちは何があっても、サクラの味方だからね。』
その時、フウくんの言葉が聞こえた。
そっか、フウくんはこの先の記憶を持ってる。なら、何があったか知ってる。フウくんを疑いたくなるような記憶かも知れない。
でも、約束したから。フウくんたちのこと、嫌いになんてならないって。
「知りたいです。どんな記憶か、分からないけど、それでも知りたいから、ここに来たんです。」
「そう、分かった。なら、話すね。」
私の決意にご先祖様はフワッと笑って鏡を見た。つられてみるとそこには違う光景が映ってた。
「悲劇の始まりは、私が嫁ぐはずだった王国の滅亡から始まったの。」
「え?」
痛みに堪えるような声で告げられたのは衝撃的な言葉だった。
「前日の夜。その王国は襲撃されたの。私も結婚式の準備があって行ってたんだけど、フウくんと護衛の騎士さんたちが護ってくれたから無事だった。でも、国の人たちは…。」
「…っ!そんな!」
その時、甦った思いは、ただの恐怖だった。その時の出来事を思い出して、ゾッとした。
「…思い出したの?」
「…はい。あの、すごく怖くて、すぐ近くで、騎士の人が亡くなって、結婚相手を殺されて…。」
そう、すごく怖かった。でも、フウくんは護ってくれた。傷だらけになりながら、必死に。
「うん。それで、とにかくその王国を離れようって話になって、敵の隙をついてベスト王国まで逃げた。」
ご先祖様はそう言って深呼吸を一つ。逃げ切った時の安心感も思い出して、ちょっとホッとした。
「その時はすごく安心して、カエデやアスカちゃんにいい子いい子されて、みんなに護られて、もうあんな怖いことは起きないってそう思った。」
ご先祖様は優しくそう言ったけど、顔は笑ってなかった。
「でも、まだあったの。今度狙われたのは、ベスト王国だった。」
そう言われて、ショックだった。なんで、ベスト王国が狙われたのか、分からなかった。ここまで話してくれたおかげで、私の記憶はかなり取り戻してたから、ベスト王国がどんな所か分かってた。
「ううん、違う。狙われたのは、私自身。」
「…なんで?」
どうして、私が、ご先祖様が、狙われるの?
「私は、この身に余るほどの魔力を持ってた。だから、それを手に入れようとした人が争いを起こした。」
「あ…!」
『私の前世に当たる人は、その王国で姫君として、王政を支えておりました。同時に強力な魔導士として働くものでもあったのです。しかし、それはその身に余るほどの強い力で、ある日、その力を弓の形に変え、この指輪に封印したのです。』
もしかして、それって…。
「それが、弓を作って、指輪にしたきっかけ、ですか?」
私かそう聞くと、ご先祖様は静かに頷いた。そうなんだ。
「その争いで、たくさんの血が流れた。だから私たちは、争いを導いた人物を探したの。その時はまだ、分からなかったから。」
とにかく話を聞かなきゃいけない気がした。
「それで、ようやく突き止めたんだけど、それが、この三人。」
そこに映し出された姿を見て、私は信じられなかった。
「え?アスカちゃん?フウくん?」
そう、そこには昔の二人の姿。そして、その二人はベルゼブル・マルベイといつも一緒にいる女の人によく似ていた。
「…彼らは、二人の闇の姿。」
「闇の…?」
「うん。二人の中にあった『闇』を、映ってるもう一人の男が作り出したの。」
「あの人が…。」
鏡にはもう一人、端の方に男の人がいた。
「あいつの名前は、分からないけど、アスカちゃんとフウくんの闇の名前は聞いたの。フウくんの方が、『ベルゼブル・マルベイ』、アスカちゃんの方が『ディーアブル・マルベイ』。」
「この、二人には、今も、狙われてます。」
私は、今の状況を話してみた。ご先祖様は少し悔しそうに私の話を聞いていた。
「どうすれば、いいのでしょうか?どうすれば、あの二人は消えますか?」
私の問い掛けに、ご先祖様は少し悩んでから答えてくれた。
「一番は、あの男を探し出すといいと思う。あと、もう一つ。」
「え?」
ご先祖様はそう言って一枚の紙をくれた。
「この人を頼って。」
そこには『アンジェロ王国』という国名と『ヒンメロ・アンジェロ』という、これは名前?
「あの、この方は?」
「私と一緒に彼らを探してくれた王女様。この人も今は生まれ変わって、今はあなたが入ってる魔導師専門管理局で働いてる。向こうは記憶も何もないけど、アンジェロ王国のことは知ってるから力になってくれると思うの。」
そう言われてもう一度紙を見る。
魔導師専門管理局の中でたった一人を探すのは難しいかもしれない。でも、やるしかない。
「分かりました、やってみます。」
私がそう言うと、ご先祖様は満足そうに頷いた。
「ありがとう。じゃあ、最後にこれを。」
そう言って弓を差し出されて、しっかり受け取るとご先祖様はまたフワッと笑った。
「お手伝い出来ないけど、でも、私の魔法はあなたの中にある。だから、それを存分に使って頑張って。」
「はい、頑張ります。昔は一人だったけど、今はみんながいます。ご先祖様、いや、サクラさんも一緒にいるって思えます!だから、見守っててください!」
「うん、ありがとう!」
最後に『サクラさん』って言ったのはなんとなくご先祖様って言いたくなかったから。
「あ、もう時間ね。」
空からキラキラした光が落ちてきて、サクラさんが消えていく。私の意識も、遠くなる。
「また会おうね。」
「はい!」
そう言ったところで、私の意識は消えた。もっと、話したかったな…。
―さようなら、昔の私。
そう心で言うと、それに応える優しい声。
『さようなら、未来の私。行ってらっしゃい、大好きな人たちを、よろしくね。』
その声を聞きながら、私は目を開けた。
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