第2話~それぞれの過去~

 あの後、荷物を取りに行ったワタルくんの部屋が中々決まらず、結局私の隣の部屋に落ち着いた。そのあとも、ケッタの一族集団についておじ様がレクチャーしたり、この家の説明だったりで自分の部屋に戻ったのが12時だった。

 その日からもう一週間が経つ。あれから、ケッタの一族と言う人達から何かあったわけでもない。いたって平和な日々が続いていた。

 なのに私はあの日から、寝付けない日が続いた。どうしても、あの日の悪夢がループしてしまって、目が覚めてしまっていた。


「大丈夫か?」


 ある日、いきなりそういわれてふと顔を上げればおじ様が心配そうにこちらを見ていた。隣には、ワタルくんも座っていて、私をみてる。テーブルの上の食事とおじ様の格好をみて、今が朝食の時間なのだと思い出される。

「何やらボーっとしているようだが・・・昨日はよく眠れたのか?」

「はい、大丈夫です。」

 笑顔でそう言うと、おじ様は少し心配そうな顔で言った。

「そうか?ならいいが、最近様子が少し変だ。何かあったらワタルでもいいからすぐに言うんだぞ。」

「分かりました。」

 おじ様の言葉に、少しだけ安心した。

 あの日以来、おじ様はワタルくんのことを呼び捨てしている。ワタルくんがそうしてほしいと言っていたからね。

「うむ、じゃあ、私は仕事に行く。ワタル、そらの事をよろしく頼む。」

「はい、分かりました。」

「おじ様、行ってらっしゃいませ。」

「ああ、行ってくる。」

 そういって私達はおじ様を見送った。

 残りの朝食を食べ終わってから、今日はどうするかと言う話になった。

「あ、あの、ワタルくん、今日行きたいところがあるんだけど…」

「ん?どこ?」

「図書館」

「図書館?」

「うん。昨日読み終わった本を返したいんだけど、いいかな?…たぶん、付き合ってもらわないといけないんだけど…」

 あの日、借りてきたばかりだったお話は、眠れない日々を支えてくれた。それが昨日、読み終わったんだ。

「俺は全然いいよ。本好きなの?」

「うん、好き。」

「そっか、じゃあ、行こうか。」

「うん。」

 そう言って、部屋に借りてた本を取りに行った。着替えを済ませ、髪を束ねてから玄関に行くとワタルくんが待ってた。

「ごめんね、待たせちゃって。」

「ううん、大丈夫だよ。」

 そう言って、笑ってワタルくんはごく自然に手を差し出した。

「え?」

「あ、ごめん、俺の世界だと『男が女性の手を引いて歩く』っていうのが普通だから、ついやっちゃった。困らせたね。」

 『異文化』かな?なんかそういうのを知れるのは嬉しいし、それを知るのが私だけなのも嬉しかった。

「ううん、大丈夫。それに、ほかの世界のことが知れるのは、すごくうれしいから。」

「そっか、じゃあ、いろんなこと教えてあげるね!」

「うん、ありがとう!」

 そんな約束をしてから、佐藤さんに「いってきます。」と言って家を出た。

 あの日以来、外に出るのが怖くて、外に出ても家の庭に留まっていたから、風がとても気持ちよく感じる。

「あ、ここ、あの時の…。」

 ワタルくんはそう呟いて、私を見た。図書館に行くにはこの公園を通らないと行けない。

「…大丈夫だよ、いつも通ってるし、怖がってても仕方ないし…。」

「…。」

 公園は家のすぐ近くだから、怖がっていたらどこにも行けない。そんな意味も込めて、強がったけど、ワタルくんは心配そうに私を見ている。

「心配しないで、ほら、早く行こ?」

 無理に笑顔を作ってワタルくんに言うと、やっぱり心配そうに「うん」と頷いてくれた。


 図書館に着いて、まず返却受付に行った。

「あ、三波さん、こんにちは。その本面白かった?」

「はい、とっても。」

 図書館の職員さんとは仲良くしてもらっていてカウンターではよく話す。

「良かったわ、また素敵な本を借りていってね。」

「はい。」

 いつもの短い会話が終わって本棚に向かう。ワタルくんは、物珍しそうに周りを見ていた。

「そらは、よくここに来るの?」

 不意にそう聞かれた。

「うん、ここはすごく静かで、ゆっくりできるんだ。ワタルくんの世界にはこういう場所はないの?」

「うん、買うところはあるんだけどね〜」

「え!?そ、そんな!!」

 そんな世界が存在するなんて、ありえない!私はそのせかいじゃ生きていけないんじゃないかな…。

「だから、なんかこういう所新鮮。それに、素敵な場所だね。俺の世界にもあったらいいのに。」

 その言葉はとても寂しそうで、思わず言ってしまった。

「じゃあ、一緒に本借りようよ!おすすめの本教えるから!」

「ほんと!?嬉しいな。」

 そうして、ワタルくんにお勧めの本を探した。私が読むのはほとんど恋愛小説だけど、異世界物とかならワタルくんにもいいと思って勧めてみた。気に入ってくれるといいな。

「ありがとう!読むのすごく楽しかったよ!そうだ、そらの借りる本はどれなの?」

「あ、そうだ、えっとこっち!」

 そう言って私達が向かったのは一番奥の本棚。ここに、私の一番好きな本がある。

 …あるんだけど。

「と、届かない…。」

 その本は、一番上にあった。前の時はもっと下の、手が届くところにあったのに。ど、どうしよう…。背伸びしても、届かないよね…。

「どの本?」

 そう聞かれ、私は迷わず一番上の本を指さす。

「あの本、久しぶりに読みたくて…。」

「好きな本なの?」

「うん。」

 その本は主人公の女の子が理不尽な現実を突きつけられながらも、一生懸命に笑って、最後には大切な人と結ばれる。そんな本だった。私はよく、落ち込んだりするとこの本を読んで元気をもらっていた。でも、古い本なのか、中々本屋さんに置いてなくて、事あるごとに私はこの本を借りていた。

「はい」

 そんなことを考えながら、本に向かって必死に手を伸ばしていると、急に隣から大きな手が伸びてきて、その本を取ってくれた。

「あ、ありがとう。」

「ううん、いいよ。これくらいお安い御用!」

 そう言ってワタルくんは笑った。

 一緒にカウンターで本を借りて図書館を出ると、ちょうどお昼のチャイムが鳴った。

「わあ、もうお昼だ。家、帰ろっか。」

「そうだね。」

 そう言って、私たちは来た道を戻った。道すがらお互いの好きな本について話し合う。

「俺はね、ファンタジー小説を多く読むかな。」

「へー、私は主に恋愛系かな?でも、ファンタジーは好きだよ。」

「そうなんだ…。恋愛系かあ。そっちはあんま読まないかな。ほら、男が読んでると気持ち悪がられるし。」

「え、そうなの?私はあんまり気にしないから、読みたければ言って、おすすめの本紹介するから。」

「やった!じゃあ、俺もいつか紹介するね!」

「うん!」

 そんな話をしながら公園を通り過ぎようとした時だった。


「あ、やっぱり来たね、そら姫。」


 公園の中から聞いたことのある声で呼ばれた。そっちを見ると、あの日の男の人がベンチに座ってこっちを見ていた。

「あなたは、あの時の…。」

 そう呟くと、ワタルくんが私の前に出てきた。

「あれ?護衛役にでもなったのかな?」

「まあ、そんなところです。あなたはなぜここに?」

「え、言ったでしょ?『また会おう』って。」

 そう言いながらバドさんは剣を出してくる。それが冷たく光るのを見て、思わずワタルくんに縋りつく。ワタルくんは、私を見て優しく微笑んで言った。

「大丈夫、すぐ終わらせるから。待ってて。」

「…うん。」

 その声に小さく頷くと、ワタルくんは私の手をやさしく離してから剣を握った。

ワタルくんがそうすると、バドさんは笑いながら言った。


「ワタル・リッター、18歳。MAEには5年前より在籍。」


 そう言われた途端、ワタルくんの動きが止まった。

「なんで、それを…?」

 そう言ったワタルくんの声は、震えていた。

「興味があってね、この一週間ほど調べたんだ。君、なかなか大変な子なんだね。」


「うるさい。」


 その低い声に一瞬ワタルくんだと気付かなかった。なのに、それ以上に信じられない言葉が聞こえた。


「君の両親、まだ見つかってないんでしょ?」


「え?」

 驚いてワタルくんを見る。でも、私を守るように立っているから、顔が見えない。

「それ以上、言うな。」

 でも、今まで聞いたことのないワタルくんの口調で、怖くなってしまう。

「ワタル、くん?」

「まだまだあるよ、そのあと君は…。」

「黙れ!」

 そう言って、ワタルくんは我慢できないように飛び出した。

「おおっと。」

 でも、バドさんはいとも簡単によけてしまう。

「気が短いね。まあいい、今日は戦いに来たわけじゃないから。また会おう!」

「待て!!」

 ワタルくんが追いかけようとしたけど、バドさんは煙に紛れてどこかへ行ってしまった。

「…くそ。」

「ワタルくん…。」

 今までと違うワタルくんに私は不安を覚えて、ワタルくんを呼ぶ。それに気づいたワタルくんは、哀しそうに笑った。

「さっきあいつが言ったこと、本当なんだ、全部。」

「…何があったの?私でよければ話して。」

 守ってばかりなのも嫌だったから、何か守れるなら守りたい。だから、この話もワタルくんに話してほしい。

「…そうだね、話さないとわかってもらえない事もあるもんね。」

 そう言って優しく笑った。

「でも、まずは帰ってお昼だね。早く帰らないと佐藤さんが心配するよ?」

「…うん。」

 そうして私たちはまた歩き始めた。その間ワタルくんは何も言わないかった。家に帰ると佐藤さんがすでに準備を済ませていた。

「お帰りなさいませ、お嬢様、ワタル様。お食事の準備は済んでいます。」

「ありがとう、佐藤さん。」

「いただきます。」


 お昼ご飯を二人で食べてから私に部屋に。

「昔の話だからね?」

 そう言ってから、ワタルくんは話し始めた。

「俺、小さいころ、MAEが運営してる託児所に預けられたんだ。」

「託児所に?」

「うん。親が行方不明になったんだ。匿名で通報があったみたいで、MAEに保護されたんだ。その後、その時の職員さんが調べてくれて、両親が何かの犯罪に関わってることが分かった。」

「・・・」

 正直、ワタルくんはいつもニコニコしてて、そんな大変なことがあったなんて思ってもなかった。

「それから、事件のほとぼりも冷めて、俺も心の整理がつき始めた頃にうちの艦長に正式な職員になることを勧められたんだ。それが5年くらい前。」

 そう言うワタルくんは本当に穏やかな顔していた。艦長さんの事ほんとに好きなんだ。

「あの、ご両親は見つかったの?」

 どうしても気になってワタルくんにそう聞くと寂しそうに笑って、首を振った。

「そっか…。」

 まさかこんなことがあるなんて。何て言ったらいいか分からなくて、黙ってしまった。

「・・・」

「ごめんね、こんな話して。」

「ううん、そんなことないよ。話してっていたのは私なんだから。」

「そっか、ありがとう、聞いてくれて。」

 そう言ってワタルくんは優しく笑う。

 もしかしたら私の父と何か関係があるのかもしれない。話してみたら。もしかして…。でも、そんなことを聞いても仕方ない。だから、このことは私の胸に閉まっておこう。そう思ってこの話は終わった。

 その後は特に何もなく、おじ様が帰ってきて今日あったことを話してから、私たちは眠ることにした。


 ここは、どこだろう?目が覚めると真っ暗ない部屋に一人で立ってた。

 ドサッ!

 その音に振り替えると、血だらけのお母さまが倒れていた。

「お母様!」

 そう叫んでお母様を抱き上げた。今度は背後に人の気配を感じる。振り返ると、今度はお父様が立っていた。

「お父様!お母様が!」


「なぜだ?」


「え?」

 お父様は私を軽蔑するように見下ろしていた。

「そら、なぜ自分の母を殺した!」

「わ、私が、お母様を…?」

 信じられなくて聞き返すとお父様は大きな鈍器を出してきた。

「分からんのか!お前が殺したんだ!よくも、よくも!!!」

 そう言って鈍器が振り下ろされる…。


「いやああああああああ!」

 飛び起きるとそこは見慣れた自分の部屋だった。

「あ…れ…?ゆめ…?」

 そうだ、夢だ。昔の夢を見たんだ。

 そう認識して、小さく息を吐くと急にドアが叩かれる。体をこわばらせてドアのほうを見ると、声が聞こえた。

「そら?何かあったの?返事して!」

 その声に安心してドアを開けた。その先にいた人に抱き付く。

「ワタルくん…。」

「え、そら?ど、どうしたの?怪我はないみたいだけど、大丈夫?」

「あ、あの、怖くて、助けて?お願い、殺されちゃう…。」

 自分でも何が言いたいのか分からないけど、とにかく誰かに助けてほしかった。そのことが分かったのかワタルくんはすぐ頷いた。

「うん、分かった。何があったか、教えてもらえる?」

「…うん。」

 とりあえず、ワタルくんには部屋に入ってもらった。幸い、ワタルくんにしか聞こえなかったみたいで、他の人が来ることはなかった。

 中々泣き止まない私の頭を、ワタルくんは優しく撫で続けてくれた。

「昔の夢を、見たの。」

 私がそう切り出すと、ワタルくんは手を放した。

「昔の?」

「うん、お母様が、死んだときの夢。」

「お母様が…。」

「うん。」

 そうして、ちゃんと伝わるか不安だけど、私は言葉を紡いだ。


 3年前、私が学校から帰って部屋にいると、突然悲鳴が聞こえた。

「お母様?」

 お母様の部屋に行くと、血だらけで倒れるお母様と、知らない人が立っていた。その手には包丁が握られていた。

「誰!?」

 そう言うとその人は窓から出て行ってしまった。混乱して追い掛けることも出来ず、お母様に駆け寄って服が汚れることも気にせず抱きかかえた。

「お母様!!」

 そう呼び掛けてもお母さまから返事はなかった。そうこうしている間にお父様が入ってきた。

「何があった…。」

 お父様はそれだけ言うと固まってしまった。


「まさか、自分の母を殺したのか!?」


 何を言われたのか分からなかった。周りを見てようやく理解する。お母様は血だらけで倒れているし、私はそのお母様を抱きかかえている。そして、周りには誰もいない。

「待ってください!なぜ私が…」

「だから、聞いている!」

 お父様が怒鳴る。そして私の話も聞かずに棚から昔お父様が取ったトロフィーを持ってきた

「この、人殺しが、待っていろ、今、一思いに…。」


「私が覚えてるのは、ここまでなの…。」

 私はそう言ってため息を吐いた。

「気付いた時には、私は病院にいて、すぐ近くにおじ様がいた。ちょうど私の家に遊びに来る約束してたの。でも、チャイムを押しても誰も出ないし、おかしいと思って入ったら、血だらけのお母様と、頭から血を流してる私が倒れてて通報してくれて、私は事なきを得たの…。」

「・・・」

「今でも、怖いの。次、お父様にあったら、今度こそ、殺される…。きっと私の話なんか、聞いてくれない…。そう思うと、すごく、怖い…。」

 言いながら、また涙があふれてくる。それを一生懸命ぬぐっていると、今まで何も言わず聞いていてくれたワタルくんが急に、私の頭に手をのせた。


「大丈夫、俺が守るよ。」


 そう言って優しく頭を撫でてくれる。

「だから、怖いこと、不安なこと、全部俺に教えてほしいんだ。そうすれば、君のこと守り切ることが出来ると思うんだ。いいかな?」

 ワタルくんのその言葉に何度も頷く。そうしてるうちに、どんどん涙はあふれてきて、私は手で顔を覆った。

「大丈夫、俺は、ここにいるから。」

 そして、ワタルくんは私のことを優しく包んでくれた。

「うん、怖かったね。いいよ、俺でよければ、いつだって頼って。」

 その日は、ワタルくんに縋ってずっと泣いた。

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