天使の血

ひさこ

第1話 六年前の話

 当時のことはよく覚えていない。ただ記憶をなくす前に、使い魔の死骸を見つけていた。家の庭で遊んでいた時に、使い魔で仲良しだった猫のファゼンがうちの柵に"刺さっていた"のだ。鉄製の先端部に尻尾に貫通して、体長30センチにも満たない小さな身体は宙吊りになっていた。出血している様子や尻尾以外の外傷は見当たらなかったが、四肢はだらりとしてピクリとも動かなかった。ファゼンの白い毛皮は、いつものように美しく汚れひとつもなかった。背筋にぞわりと悪寒が走った。


 使い魔として我が家にやってきて6年目だったファゼンと俺は大の仲良しだった。親友のアドエンにも嫉妬されるくらいお互い大好きだった。ファゼンは賢く優秀な猫で、よく父が使い魔にしておくにはもったいないと言っていた。

 そのファゼンが、俺の胸の高さくらいある先の尖った柵の上を乗り越えるのを見たことがなかったし、猫なら棒と棒の間からすり抜けるはずだ。仮に柵を上から乗り越えたとしても、尻尾を引っ掛けてヘマをするような奴ではないと、当時の幼い俺でも思った。


「ファゼン」

 返事が返ってくると思って、声をかけた。反応はない。近づくと腐臭がした。わからなかったわけじゃないが、それでも声をかけた。

「ファゼン」

 ファゼンの尻尾に触ると、みるみるうちに白い毛皮は黒くなり、骨が浮き出るほど痩せ細っていった。

 ─これは呪いだ!

 ファゼンの腐蝕に驚いて離れようとすると、柵の向こう側から黒い手が伸びてきて、俺の腕を引っ張った。

 そこからの記憶はない。


 そのあとはっきりと意識が戻ったのは、教会の祭壇の上で、(まるで生贄の儀式みたいに)身体中を麻縄で縛られたままの状態のときだ。泣きながら妹のハドエに抱きしめられ、親友のアドエンに往復ビンタを食らった。


 俺は悪魔に取り憑かれていたんだと、周りから聞かされた。アドエンを誘拐し、禁忌をおかして、その後失踪。近くの森を彷徨っていた俺をハドエとアドエンが見つけて悪魔祓いをしたそうだ。

 あれから六年経とうとしていた。

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