第183話

 世界と時代は変わり。

 エスティは崇人の部屋に居た。朝食での彼女の登場はそこに居た全員を驚かせたものだが、いざそれが終われば皆いつもの仕事に戻る。強いて違う業務をしている人間を挙げるとするならば、コルネリアがハリー傭兵団と今後の方針について話し合っているくらいだろうか。


「タカト……」


 エスティは彼に語り掛ける。

 崇人は彼女に背を向けて、ベッドに横たわっていた。

 別に気分が悪いわけじゃない。

 ただ彼女に会わせる顔がなかっただけだ。


「ねえ、タカト。こっちを向いて」


 エスティの優しい声を聞いて、その言葉を無視するわけにはいかなかった。

 崇人はゆっくりと振り返る。

 そこにはエスティが凛々しい表情で、彼をただ見つめていた。その視線を改めて感じて、彼は委縮してしまう。


「委縮しないで。タカト。私は別にあなたのこと、責めているわけじゃない。寧ろ逆。私のことをあなたが責めるべきだった」

「何を言っているんだ。そんなこと……出来るわけない。だって君のことを殺したのは」

「敵のリリーファーよ。逃げ遅れたのは私。あなたは一切悪くない」


 エスティは自分が死んだ事実を、あっさりと切り捨てる。

 エスティは自らの胸に手を当て、


「それに見てよ、タカト。私はきちんと地面に足を付けて立っている。この意味が解る? 私は生きている、ってこと。私はここにいる、ってこと。それをあなたに解ってほしい」

「生きている……それは解るよ。けれど……」


 崇人は手放しに彼女が生きていたことを喜べなかった。

 当然かもしれない。彼女が死んだ瞬間を、彼女が踏み潰された瞬間を。彼は目の前にして目撃したのだから。疑ってしまうのは当然のことだ。

 だが、だからこそ、目の前に立っているエスティ・パロングが偽物かどうかも疑いたくなかった。

 なぜ彼女がここに居て、今彼の前に立っているのかは不明だったが、彼にとってはそんなことどうでもよかった。

 ずっと死んでいると思われていたクラスメートであり大切な人が――生きていた。ただ、それだけで。それだけで良かった。


「……ねえ、タカト。俯いていないで、前を向いて」


 彼女はそう言って、彼の頬に手を当てる。

 そして彼女はそのまま顔を近づける。

 そして、彼女は崇人にゆっくりと口づけた。

 崇人にとってその瞬間は永遠にも一瞬にも感じられた。その口づけは甘く、時にほろ苦い。切ない香りが微かに彼の鼻腔を擽る。

 エスティが漸く口づけをやめる。ゆっくりと崇人の顔から離れていく。二人の間に繋がっていた蜘蛛の糸のように細く、透明な糸が、ぷつり、と切れた。二人はそれ程長い時間口づけを交わしていたわけでは無かったが、どこか彼女の顔は紅潮していた。少し息遣いも荒く見える。

大丈夫か? ――そう言える状況でも無かった。


「ねえ、タカト」


 エスティが崇人を見上げるように、彼の腹部の近くへとその顔を滑り込ませる。

 崇人はその光景を見て、どこか背徳感を覚えた。

 だが、エスティの行動はこれだけでは終わらない。


「マーズが死んだ。私、そう聞いたのだけれど」


 単刀直入に告げられたその言葉に、彼は息をのんだ。

 そして、崇人はそれを聞いて冷や汗をかいた。背筋が凍った。どうしてそのことを知っているのか――なんて細かいことはこの際どうだってよかった。

 問題は、そのことについて彼女がどう言うのか――それだった。

 エスティは話を続ける。


「私、タカトのことが好きだったのよ。だけれど、あなたとマーズは結ばれて、一つになって、二人も子供が生まれていて……とても幸せそうじゃない。確かにこの状況を見て幸せかどうか、少なくともタカトははっきりと言えないのかもしれない。でも、私に取ってみればこの状況はとても幸せだと思う。だって、愛する人との間に子供を儲けたのだから。それも、二人。その状況が女性にとってどれほど幸せな環境だと思う?」


 崇人は答えない。


「あなたは答えない。いや、答えたくない。それもいいかもしれない。黙秘権を提示するのは悪くない話だよ。けれど、けれどね、それでも私はあなたのことが好き。そしてそれは今も続いている。継続中。だから、すごく不謹慎かもしれないけれど、私、マーズが死んだとき……とても嬉しかった」


 笑みを浮かべるエスティ。

 崇人はそれを見て恐怖を覚える。

 エスティはこんな人間だったのか――自分の記憶を掘り起こしても、そんな記憶は当然無い。

 ということは、彼女は、このような性格であったことを隠していたというのか?

 エスティの話は、なおも続く。


「ねえ、タカト? 私、ずっとあなたのことを愛していたのよ? 初めて見たときから、あなたのことをずっと、ずっと、ずっと。ずっと! ずっと見ていたのに、私が舞台から退場した途端! あの女は私を差し置いてあなたを狙った。普通に考えればそうなのよね、同じ家に住んでいるのだから『間違い』という名目で犯してしまえば何の問題も無い。何の問題も無いのよ! でも、そうだとしても、それは正当化できる理由じゃない。あなたとあいつの子供を身篭る理由にはならない! ねえ、解るでしょう!? あなたなら、私の気持ちを!!」


 正直に言うべきか。彼女のために嘘を吐くべきか。

 彼は悩んでいた。


「……」


 でも、彼は、エスティの気持ちを――今度こそ汲んであげたかった。

 だから彼は、その言葉に、しっかりと力強く頷いた。



 ◇◇◇



「タカト、こんなところに居たのか。探しても見つからないから、てっきり自室に引きこもっていると思ったぞ」


 アジトの共有スペースの一つ――トイレの前にて崇人はコルネリアに声をかけられた。

 崇人はコルネリアに見つかって少し驚いていたようだった。そして、彼女もそれを見逃さなかった。


「どうした、タカト? まるで今の反応だと、私に見つかってほしくなかったように見えるぞ?」

「いや……別に、そういうわけではないが……」

「いやいや、安心してくれ。別に君から聞いた話を面白がってほかの人に話すような性格では無いことは君だって知っているはずだ。……私が予想するに、おそらく、エスティと『した』ね?」

「……なぜそれが?」


 崇人はもう汗をだらだらとかいていた。

 コルネリアは笑いながら、


「そりゃあもう。何となく、だよ。気配というか、そういうものを感じたからね。多分そうなのだろう、的な感じだ。まあ、いいのではないか? もともと、君はエスティのことが好きだったのだろう?」


 コルネリアの言葉を聞いて、崇人は頬を紅潮させながら恥ずかしそうに頷いた。

 コルネリアは崇人の肩を叩く。


「だが、あまりその事実は大っぴらにしないほうがいいぞ。あいつがどう出るかは知らないが、君は一応『妻になるはずだった』人間を失っているのだからな。それから数日しか経過していないにも関わらずほかの女と身体を交えたなどということが流布されてみろ? そうなったら君の評判は地に落ちる。ただでさえ、今は十年前の災害を引き起こした張本人ではないか、とレーヴの中でも思っている人間が居るんだ。そこでそんな噂を流されてしまえばマイナスイメージがさらに纏わりつくことになる。……それは、幾ら君でも解るだろう?」

「解っているよ。本当は僕だってその行為を断りたかった。そんな噂が纏わりつく可能性も、マーズに対する背徳感も凡て理解していた」

「ならどうして」

「あいつが、怖かったんだよ」


 崇人は端的に理由を述べた。

 怖かった? コルネリアは崇人の言った理由、その一部を反芻する。


「そう、怖かった。怖かったんだよ」


 そう言って、彼は先程エスティとの間に交わされた会話について語った。

 その内容は五分近くしていて、ずっと二人はたちっぱなしだった。崇人は話し手に徹し、コルネリアがそれに相槌を打つ――ただそれだけの役割だった。

 その会話がずっと続いて、漸く一区切りを見せたところで、コルネリアは溜息を吐く。


「まさかそんなことになっていたとはね……。迂闊だったわ。だって彼女、学生時代はそんな雰囲気微塵も見せなかったじゃない。もっというならお淑やかな雰囲気しか無かった。私は行ったことないけれど……エスティの母親が洋裁店をやっていたのだっけ? それで友達にも評判は良かったし。優等生、というのが彼女の第一印象、といっても過言では無かった……のに?」


 コルネリアは未だ崇人の言った言葉を信じられずにいた。当然だろう。彼女の中でエスティは優等生でありお淑やかな雰囲気を持っていたお嬢様のような感じだったのだから。そんな彼女が実はヤンデレの気質があったなんて、信じられようがないだろう。


「確かに、疑う気持ちも解る。仮に僕も経験者ではなくて聞き手だったとしたならば……それを信じようとはしなかったよ。彼女のイメージが崩れるからね。それ以上に、話し手が嘘を吐いているのではないか、と逆にそちらを疑うことだってしかねないだろう。けれど、これは真実なんだ。疑いようのない現実なんだ。経験した僕が言うんだ、間違いない」


 崇人はコルネリアに縋りつくように言った。

 コルネリアは溜息を吐いて、一つの結論を導く。


「一度、様子見させてはもらえないかしら?」


 それは結論と言うよりも問題の先延ばし、の方が近いかもしれない。

 それを聞いて崇人は耳を疑った。

 コルネリアの話は続く。


「あなたの話を信じたくない、というわけではない。寧ろあなたの味方になってあげたい程。けれど、けれどね、私はまず彼女の方にも意見を聞いてみたいの。彼女というのは……言わなくても解るよね? エスティのこと。エスティに話を聞いて、それが真実なのかを確かめたい。二人の言い分を先ずは聞いてみないと、公平な判断がつかないでしょう?」

「それは……そうだが……」


 崇人は俯いて、しどろもどろに言葉を紡ぐ。

 コルネリアは彼の頭をぽんぽんと撫でた。


「きっと彼女にも彼女なりの事情があるのだと思う。それを解ってあげてくれないかな? もし、それが調べてみて客観的に酷いものであると判断出来たなら、私は全力であなたを守る。それだけは約束するよ」

「ありがとう。コルネリア」


 暫く考えて崇人はその言葉を言い、そして、ゆっくりと歩き出した。

 コルネリアはそれを見送って――彼が通路の角を曲がり見えなくなったタイミングで、踵を返し、ゆっくりと歩き出した。


(エスティが、そんなことをするとは到底思えないのだけれど……)


 彼女の脳内には専ら先程崇人との話にあがったエスティの行動についての疑問が浮かんでいた。

 もしその行動の記録を他人から聞いていればすぐに否定しただろうし、逆に彼女を貶める存在だとして批判することも考えられただろう。

 だがそれを発言したのはタカト・オーノ……同じ騎士団の出身であり、エスティとは同じクラスメートだった。それに、崇人はエスティのことが好きだったことも何となく情報として入っている。エスティが崇人のことをどう思っていたのかは知らないが、崇人の話を聞いた限りだと、彼女も崇人のことが好きなのだろう。


「だとしても、疑問となるのは――」


 マーズの死を喜んだ点について。

 マーズ・リッペンバーはハリー騎士団時代、良きリーダーであった。解らないところを訊ねてもすぐに教えてくれるし、もし解らなかったら一緒に調べてくれる程である。それに戦いの様子は常にチェックしていて、もし悪い点があればそれについてアドバイスをくれる程。年齢はそう離れていないが、彼女のことを、少なくとも団員全員は尊敬していた。

 だからこそ、エスティがそんな思いを抱いていたとはとても考えにくい。

 マーズ・リッペンバーは当時『女神』と呼ばれていた。それは彼女が出動した戦闘は必ず勝利を収めるためである。勝利の女神、と揶揄されていたのを短くまとめてただ女神と称されている。彼女の戦績を説明するならば、先ず語られるべきエピソードだ。

 だから、国民も彼女のことを尊敬する人間が多い。彼女が出れば必ず勝つ。それは即ちヴァリエイブルに敗北の二文字など無い――そういうことを暗に示していたからである。

 コルネリアも小さい頃、マーズがテレビのインタビューに出ていたときの様子をテレビで見ていた。その時インタビューに答えていた彼女を、とてもかっこいいと思ったものだ。そうして彼女は起動従士の道を歩み始める、と言ってもいい。彼女が起動従士になるための指標となった存在であった。

 そう思って、マーズの姿を見て、起動従士を目指した子供は少なくない。そして学校に入り、同じくマーズを尊敬する学友と出会い、ともに力を競い、そして起動従士となる。それが、マーズ・リッペンバーを尊敬する人間の最高のルートであると言われていた。

 エスティも、きっとそうだったに違いない。マーズの話をするときはとても楽しそうにしていたからだ。ヴァリエイブルで名高い起動従士とともに作戦を実行することが出来るということ、それは彼女にとっての憧れであり、マーズ・リッペンバーを尊敬する人間の憧れでもあったからだ。


「マーズの死を喜ぶなんて、そんなこと彼女に出来るのだろうか?」


 彼女はマーズを尊敬していた。

 だから、だからこそ。

 マーズを侮蔑することを嫌っていたはずだ。

 なのに、どうして? コルネリアはそれが理解できなかった。エスティがどうしてマーズが死んで喜んだのか――。彼女の話からすれば、崇人を奪われたくなかったから、とのことらしいが――。


(タカトとマーズの間に子供が生まれたことについて、恨みを抱いていた? タカトのことが好きだから、タカトに近付くすべての女性が嫌いだった、ということ? たとえそれが、憧れであったとしても……)


 コルネリアはそこまで考えたところで目的の場所に到着する。

 そこは彼女の部屋だ。今までハリー傭兵団とは食事を行う広間にて実施していたため自分の部屋に戻るのは実に数時間ぶりとなる。普段ならばここで作戦の指揮や報告を受けること等をするのである。


「きっと、報告が溜まっているのでしょうね……。一応広間に居るとは伝えたけれど、あまり話の流れを止めたくなかったから報告や相談、それに連絡は急ぎの場合を除いて話し合いが終わってからにして、と伝えていたし」


 溜息を吐き、彼女は扉を開けた。

 そこにあったのは大きな机であった。彼女の部屋はトップの部屋だ。だから、色んな作業を実施できるように大きな机を配置している。机の上は整理整頓されており、ペンや消しゴムがケースの中に格納されている。ケースの前にはメモ用紙があり、いつでもメモを取ることが出来るようになっている。

 そして、机の前にある椅子に――誰かが腰掛けていた。しかし、背をこちらに向けているため誰が座っているのかは解らない。


「誰がその席に座っていいと許可したかしら? 冗談は止して」


 そう言って、彼女は机の前に立った。


「おお!」


 驚きの声が上がった。

 その声は彼女も聞いたことがあった。

 椅子はくるりと回転し、座っていた人間はマーズと対面する。

 椅子に座っていたのは、エスティ・パロングだった。


「エスティ……」

「やあ、コルネリア。久しぶりだね。あなたとは一度、二人で話をしようと思って。ここのアジトの人にコルネリアの部屋の場所を聞いていたんだよ。そしたらここだって話があってね。少し待っていたというわけよ。それにしてもいい椅子だね? これ、あなたの椅子?」


 立ち上がって、椅子を指差すエスティ。

 それを聞いて頷くコルネリア。


「あら。そうだったの。……だとしたら悪かったわね、勝手に座ってしまって」

「いや、別に問題ないわよ? ただ、あなたがここに居たことについて、少し驚いてしまっただけ。それだけだから」


 そう言ってコルネリアは空席となった、彼女本来の席に腰掛ける。

 対してエスティはコルネリアに向かい合うように机に腰掛ける。

 その行為について行儀が悪いなどという人間は居ない。そしてコルネリアでさえもそれについて咎めることはしなかった。


「ところで、どうして私の部屋へ?」

「話がある、って言ったじゃない」

「奇遇ね。私も話があるのよ」


 エスティとコルネリアは、お互いベクトルが違うものの、何か話すべきことがあるようだった。


「どうぞ、先ずはあなたから」


 そう言ってコルネリアは手を差し出す。

 エスティは言われるまま、話を始めた。


「あなたはタカトのことを、どう思う?」


 唐突だった。

 それでいて、彼女にとって滑稽な議題でもあった。エスティがそんなことを話すなど、思いもしなかった――と言えば聞こえがいいかもしれないが、実際には、それ以上に彼女に違和感を抱いていた。


「どう思う、って……普通にいい人だと思うけれど?」

「それだけ? 友人、という感じ?」

「まあ、それが近いかな」


 コルネリアは椅子を回転させ、エスティと向き合う。

 エスティは微笑を浮かべて、コルネリアを見つめる。

 そんな微妙な空気が、室内を包み込んでいた。


「……そう。なら、いいのだけれど。もしあなたもタカトに好意を抱いていたら、どうしようかなあ、って思って」

「どうしようかな、とは?」

「言葉の通りの意味。まあ、別に殺すまではいかないけれど」


 そこまで聞いて確信した。

 エスティは、変わってしまった。

 エスティ・パロングは、彼女の知るエスティ・パロングではなくなってしまったということ。

 それは崇人も知っているのだろうか? 妹は? ハリー傭兵団は? レーヴの人間は?

 ……きっと知っているのは、コルネリアだけなのかもしれない。そう考えた彼女は、冷や汗をかいた。

 そして、次にどうすべきかを考えた。

 ここで行動を誤れば、殺されるかもしれない――そう思っていた。


「ねえ、私はあなたの気持ちが知りたいの」


 エスティはコルネリアの足に、自らの足を絡ませる。

 それに彼女は何も逆らうことなど出来ない。逆らってしまえば、エスティに要らぬ不審を抱かせてしまうだけだからだ。


「私の……気持ち?」


 エスティが自らの足に彼女の足を絡めていくさまを見つめながら、コルネリアの言葉にうんうんと頷く。

 エスティは何が言いたいのか――少なくとも今のコルネリアには解らなかった。そして、解るはずが無かった。

 エスティは、言った。


「あなたはタカトのことを、愛しているのかなって思って」


 その微笑は、まるで悪魔のようだった。



 ◇◇◇



「やっぱりおかしいよ。どうして急にうちのボスはあんなことを言い出したのか、さっぱりわからない!」


 そう言ったのは、エイミーだった。

 その傍らに居るのは、やはりエイムスだった。

 エイミーはエイムスのことを嫌っているわけでは無い。良きライバルとしてともに行動しているだけの事だった。もちろん、それはこのような特殊環境における共同生活を実現するためには、必要不可欠の事なのだが。


「まあまあ、そう言わずに。きっとボス……コルネリアさんも何か考えている事があって、今回の『庇護』を実現させたのだろうから、さ」


 庇護、というのはハリー傭兵団のことである。ティパモールという一つの国に所属していた騎士団が傭兵団になり、そしてレーヴに救いを求めたというのはレーヴ団員にすぐに知れわたり、少なからず彼らに衝撃を走らせるビッグニュースであった。


「何よ、エイムス。あなた、ボスの肩を持つつもり?」


 そう言ってキッ、と睨み付けるエイミー。

 エイムスは身体の前で両手を振って否定する。


「違うよ、エイミー。別にそういうことを言っているのではなくて、このような時代だからこそ、敵だとか味方だとか関係なく、手を取り合う必要があるのではないかな? ってこと。別に今回のことを悪いとも思っていないし良いとも思っていないよ。強いて言えば中立派」

「ちゃらんぽらんな人間が言う発言よ。中立派、ってのは。イエスかノーかで決められないの、 エイムスは」

「別に決められないわけじゃないけれどねえ……。どうしても、イエスを考えた後とノーを考えた後でその続きを考えてしまって、気付けばどちらも決めたくない、って話になるだけのことだよ。中立派の人は、きっとそういう、僕みたいな考えの人も居ると思うよ?」

「そうやって言い訳すればいいと思って……。きっと、ダメに決まっているわ。何か起きるはずよ。もしかしたら世界を滅ぼす程の脅威が訪れるとか……」

「まさか、そんな」


 エイムスはエイミーのそんな考えを一笑に付した。

 レーヴのアジトに備え付けてあるアラームが一斉に鳴り響いたのは、その時だった。

 レーヴのアジトに備え付けられてあるアラームは、全部で三種類存在する。

 一つは来客のアラーム。これは明らかに軍事的装備をしていない来客にのみ反応する。アラームというよりもインターホンに近い。

 一つは軍事的装備を要した来客のアラーム。これが鳴ると起動従士は急いでリリーファーに乗りこんで迎撃態勢を取らなくてはならない。一瞬でも遅れて隙が生まれると、相手にそこを付け込まれてしまうからだ。

 そして、最後の一つ。

 それはめったに鳴動することのないアラームだ。アラームを装備した研究者イーサン・レポルト曰く、


「このアラームは『空間のゆがみ』を感知するアラームさあ! 空間のゆがみ、そして空間にヒビが入るとき、それは世界がヤバイってことさ! 解るだろう? そのような事態を感じ取った時にいち早く鳴動するアラームだよ。ま、こんなこと起きないほうがいいのだけれどねえ!」


 ……当時はこの説明を誰も理解できなかったし理解したくなかった。

 空間にヒビが入る。空間にゆがみが起きる? そんな訳の分からないことをすんなり受け入れるほうがおかしな話だった。だから誰もが話半分に聞くだけだった。

 だが、今、それが鳴動している。

 実装されて以来、初めてとなる三つめのアラーム――これが鳴動した時、空間にゆがみが生じているというそのアラームが――今、鳴動していた。


「エイムス!」

「解っているよ!」


 エイミーとエイムスは走り出していく。

 その先に会ったのは、幸か不幸か彼女たちが今から訓練を行おうとしていた場所――訓練場だった。

 そしてその先にはリリーファーが格納されている倉庫がある。起動従士はそこでリリーファーに乗り込み、出撃する。

 アラームがけたたましく鳴動するなか、彼女たちは廊下を駆けていく。

 目的地へと向かうため。そして、世界のゆがみに立ち向かうために。


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