第179話
とはいえ。
何を話せばいいのだろうか、崇人は思った。
「話す内容と言えば、これといって浮かばない、というのも酷い話だよな……」
崇人は心の中で呟いたつもりだったが、意外にもそういう言葉というのは声に出てしまうものである。
ダイモスとハルが反応したのを見て、漸く自分がその言葉を発言してしまった、ということを理解した。
「あ、いや、別に……。そういうことを思っているわけでは無くて……」
「困惑しているのですよね、しょうがないですよ。気が付けば、自分以外が十年の時を進んでいる。そんなこと、受け入れたくありませんよね。仕方ないことだと思います」
ハルは彼を慰める。
けれど、崇人は俯いたままだった。
「……母さんは、父さんのことを言い出さなかった。最初は、何故かと思った。だから、こちらも聞き出さなかった。きっと言いたくなかったのだろう、と思っていたから。けれど、メリアさんから聞いた話だと、父さんは勇敢な人間だと言っていた。そして、父さんが父さんと聞いたのは、つい此間の話だけれど……。それでも、父さんは父さんと言える。だって、似ているんだもの、俺たちと」
ダイモスの言葉に、思わず彼の目から涙が零れた。
「お、おい……父さん、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だよ。問題ない。別に、お前たちの言葉が胸に刺さったとかそういうわけではない、そういうわけではないぞ……」
それを見たダイモスが思わず噴き出した。
ハルは疑問に思って、彼に訊ねる。
「どうしたの、ダイモス?」
「いや、もしかしたら怖い人なんじゃないか、って思ったのだけれど……そんなこと杞憂だった。考える必要も無かった。最強のリリーファーの起動従士だからって、そんなことは関係ない。父さんは父さんだ。優しくて、強くて、そして暖かい」
「暖かい?」
「うん。そうだよ。まあ、それについて今語る必要性も無いかもしれないけれど。先ずは、レーヴとハリー傭兵団の会議がうまくいけばいいな、ってことだけを考えているよ」
「……そうだな。ハリー傭兵団、かあ。僕が所属していたころに比べれば、考えられない程の未来になってしまったなあ」
ベッドに腰掛けていた崇人はそのままベッドに寝転がる。
天井を見つめながら、彼は呟く。
「エスティ、アーデルハイト、マーズ……みんな死んでしまった。それが僕には信じられない。あの時の仲間が……友人が……家族が……死んでしまった」
「大丈夫ですよ、父さん」
ハルが彼の元に近付く。
そして、彼の手に触れた。
ハルの手はとても暖かく――とても優しかった。まるでマーズのように。
「……ハル……」
「私は、あなたの味方です。だって、あなたの娘なのですから」
ハルは崇人を抱きしめる。
彼は涙を流していた。普通の親子関係ならば、実の娘にこのようなことを見せるのは醜態だろうか? だが、実際に子供が居なかった彼は、そんなことを考えなかった。ただ、泣きたくなったから泣いた。そして、ハルはそれに応じた。ただそれだけのことだった。
「……父さん」
次に言葉を零したのは、ダイモスだった。
「……ダイモス、だったか?」
こくり、と彼は頷く。
その表情はどこか恥ずかしそうだった。
ダイモスはそのまま下を向いたまま立ち尽くしていた。崇人は何も解らず、ずっと彼を見つめていたが、彼の顔が徐々に赤らめていく以外は何も変わることは無かった。
痺れを切らしたハルは小さく溜息を吐いて、
「父さん。兄さんもどうやら私のように甘えたいらしいですよ?」
それを言われたダイモスは超高速の反応をして、ハルに食い掛かる。
「ちょ、お前! そんなことは……」
「そうなのか?」
身体を起こし、訊ねる崇人。
目をそらし、崇人の問いになかなか答えないダイモスだったが――最終的に、ゆっくりと頷いた。
「なら、最初からそう言えば良かったのに。済まなかったな。父親としての自覚が足りなくて……」
「そ、そんなことは無いよ。父さんは立派だ。たとえ、蔑まれようとも……父さんは父さんだよ」
「そう言ってくれると嬉しいよ、ありがとう」
笑みを浮かべる崇人。
それを見たダイモスは、直視できなかったのか、すぐに横を向く。
その光景を、とても微笑ましいと思ったハルもまた、笑みを浮かべた。
◇◇◇
「親子団欒、ってやつだねえ。微笑ましいよ、こうして掴んだのだから」
白の部屋、テレビ画面を見つめながらコーヒーを啜る帽子屋。
「帽子屋、あなたはいったい何を考えているの……?」
「何を考えている、って?」
帽子屋の寝そべっているソファの脇には、一人の女性が縄で拘束されていた。
拘束されているものの、口はふさがれていない。そのため、普通に話すことが出来るのだ。
「そりゃ、当然だよ。この物語を無事に終わらせるために尽力している。まあ、今はこれ通り勝手に動いていてくれるから、監視しているだけに過ぎないけれどね。何かあったら緊急に修正する。それが僕の役割だよ」
「修正、ですって? 呆れる。そんな、自分がカミサマにでもなったつもり? 誰も信じるわけがないでしょう」
「カミサマだよ、僕は。厳密に言えばシリーズという存在全体がカミだった。だが、今は僕とバンダースナッチだけ。そのバンダースナッチも今は現世に降りている。だから、実質は僕だけということだよ」
「バンダースナッチだか、現世だか、詳しいことは解らないけれど、あなたたちの力も落ちているという解釈でいいのかしら?」
「……まあ、間違ってはいないね。シリーズの力は十年前、タカト・オーノがインフィニティに搭乗したときから比べればその力を大きく失った。……だが、計画に差支えは無い。僕たちの計画は、このまま遂行していく」
「どうして私をここに?」
「簡単だよ。傍観者が必要だったからさ。バンダースナッチは現世で監視してもらう。君に見てもらうのは、この世界の終わりだからね」
「この世界の……終わり、ですって?」
帽子屋はマーズの方を見て、答える。その表情は微笑にも、苦笑にも似たものだった。
帽子屋は起き上がり、ソファから離れる。そしてゆっくりと歩きながら、彼女の質問に答えていく。
「先ず、この世界の終わりがそう簡単に訪れるのか? ということについてだが、簡単だ。そのままこの世界の終焉は訪れる。そして静かに崩壊していく。それは間違いない。僕たちが十年前から、いいや、それよりも昔から仕向けていたのだから」
「あなたは……いったい何を考えているの?」
「何を考えている? それは愚問だね。それにさっきも答えた。君には世界の終わりを見てもらう。その証人になってもらうよ。拒否するなんていう選択肢は無いから、そのつもりで」
帽子屋は呟き、コーヒーを啜る。
「とはいえ、未だ時間はある。ここで君に真実を伝えてあげよう。この世界がどうなるのか、そしてそれを知った君はどのように行動しなくてはならないのか――ということについて」
唐突に。
帽子屋はそう言った。
最初、その発言の意味が正しく理解できなかったマーズは――首を傾げる。
「先ずは君が知らない情報をお見せしよう。これだ」
そして、帽子屋はパチン、と指を鳴らした。
たったそれだけのことだった。
テレビの画面は変わり、ある光景を映し出すようになった。
時間は朝。会議室のような部屋で大勢の人間が食事をとっているように見える。
しかし、その人間は全員行動を停止していた。まるで時が止まってしまっているかのように。
その視線の先には――一人の少女が立っていた。
「嘘、そんな、まさか……!」
マーズも知っている、少女だった。
その画面に映っていた少女は、ほかならない、エスティ・パロングだった。
◇◇◇
時は少しだけ前に遡る。
「そういえば、今日は紹介しておきたいことがあったのよ」
朝食の席。殆ど食事も進んでいたところで、コルネリアが唐突にそう呼びかけた。
朝食は特に話をすることも無く(レーヴとハリー傭兵団の人間がお互いに対面している形となっているのだが、交流という形も無い)、静かな時間が流れていた。
なので、コルネリアのその言葉は会議室(現在は朝食を取っているので、食堂となっているが)に居る全員におのずと聞こえることになる。コルネリアの話を聞いて、顔を上げる人間も居るほどだ。
コルネリアの向かいに座っていた崇人は、コルネリアの方に顔を近づけて、訊ねる。
「どういうことだ? そんな話、聞いていないぞ」
「そりゃ、あなたにも内緒にしておこうと思ったから。とんでもないビッグニュースだからね、驚きは最高にしておかなきゃ」
「コルネリア、その話は俺たちにも関係があることなのか?」
訊ねたのはヴィエンスだった。
その言葉に、コルネリアは当然の如く首肯。
「ええ、当たり前よ。だってそのためにこのタイミングで発表するのだから」
コルネリアは言った。
ハリー傭兵団も、はたまたレーヴの中の人間まで疑問符を頭に浮かべる。
コルネリアは笑みを浮かべて、声をかける。
「それじゃ、入っていいわよ!」
ギィ、という音とともに扉が開かれる。
その瞬間――崇人は目を疑った。
中に入ってくるのは、彼が良く知る人間だったからだ。彼の目の前で死に、以後、彼の心の中で、ずっと苛まれている――彼女。
彼女はしゃなりと歩き、コルネリアの隣に立つ。
中には口をあんぐりと開けたままの人間も居る。当然だろう、彼女を知る人間からすれば、これ以上のサプライズは有り得ない。
「一応、知らない人も居るから紹介しておくわね。彼女の名前はエスティ・パロング。かつてハリー傭兵団がハリー騎士団と呼ばれていたころに所属していた、いわば私とヴィエンス、それにタカトの同僚にあたるわね。実は昨日、このレーヴアジトにやってきたのよ。そりゃ、もう、驚いちゃった! まさか、またエスティに会えるなんて思いもしなかったから」
「ありがとう、コルネリア」
エスティは、十年前のあのままの声で――言った。
「はじめましての方が殆どだと思います。ですから、私の自己紹介を軽くしたいと思います。私の名前はエスティ、エスティ・パロングです。親は洋裁店を営んでいます。……この時代ですから、どうなったかは解りません。私は十年前に、確かに『死んだ』はずでした。ですが、今私はここに立って、あなたたちとこうして話をしています。これは理想でも仮想でも夢想でもなく、現実です。紛れも無い、現実なのです。ですから、私はまたリリーファーに乗りたいと考えています。あんなことがあったから……ではなく、あんなことを、もう二度と起こさないようにしたい。それが、私の願いです」
「エスティ……」
崇人はぽつり、気が付けばその言葉を漏らしていた。
十年前、彼の目の前でリリーファーに踏み潰されたエスティ・パロング。
それが、そのままの姿で、彼の前に立っている。
エスティは、その言葉に気付いて、崇人の方を振り向いた。
「……タカトには、随分迷惑かけちゃったね」
首を横に振る崇人。気付けば、彼は涙を流していた。
涙もろいわけではない。
二度と叶わないであろう再会が叶った、その喜びを噛み締めているのだ。
「まさか、こんなことが起こるなんて……思いもしなかった」
「私も、だよ。タカト、あなたにまた出会えて、ほんとうにうれしい」
崇人は立ち上がり、ゆっくりとエスティの方へ向かう。
エスティもまたそれを見て、彼の方に歩き出した。
そして二人は――ゆっくりと抱擁を交わした。
このまま時が止まってしまえばいいのに、彼は思った。
そう思いながらも、心の奥では、マーズが死んだことを心残りに思っていた。
エスティとの再会は嬉しい。だが、それで塗り潰せないくらい、マーズを失ったことは彼にとって大きな出来事であったのも事実である。だからこそ、彼は今その背徳感に蝕まれていたのだ。
「姉さん……」
次に彼女に声をかけたのは、シンシアだった。
シンシア・パロング。彼女はエスティの妹であり、彼女が死んだと思われていた十年間、ずっと姉のことを思っていた。
「姉さん!」
シンシアは人目も憚らず、大粒の涙を零しながら、エスティに走っていく。
エスティはそれを受け入れて、抱擁を交わす。
顔を上げて、エスティの顔を見つめるシンシア。その顔は十年前と変わっていない。そしてそれは彼女が本物のエスティ・パロングであることを位置付ける、シンシアにしか解らない証拠ともいえた。
「姉さぁん……」
「シンシア、ごめんね。ずっと一人ぼっちにさせて」
エスティは涙を流すシンシアの頭を撫でる。
それは十年分の姉としての優しさの象徴ともいえるものだった。
◇◇◇
「いやあ……、それにしてもいつ見ても素晴らしいものだね。親子や姉妹といった絆というのは」
ところ変わって白の部屋では、帽子屋は一人寂しく拍手をしていた。現在白の部屋に居る人間であるマーズは、それを傍観しているだけに過ぎなかった。
帽子屋はマーズの様子に気付き、首を傾げる。
「おや? どうして君はこの感動的場面を見て何もしないんだい? 共感もしないのか? だとすれば感性が涸れてしまった人間だね。母親であるというのに、何も思わないのだから」
「ふざけるなよ、帽子屋。あなたが『母親』という存在を語るなど片腹痛い。言わせてもらうけど、そもそもあなたが人間の感情を代弁すること自体気持ち悪いのよ。先ずはそれを理解するところから始めたらどう?」
マーズの言葉は帽子屋に突き刺さる。
それは文字通りの意味合いでもあった。
「……君は立場を理解した方から始めるべきだろうね。生憎というか、相変わらずというか」
「あなたは私の何を知っているのよ。いい加減にしなさい。さもないと……」
「さもないと?」
帽子屋は一歩前に踏み出す。
マーズと帽子屋の距離が少し近付き、マーズは少しぎょっとする。
「……実現出来ないことは発言しない方がいいよ。何というか、見ていてとても悲しくなる」
「何よ。何が言いたいのよ……!」
「だってそうだろう? 君は問題無いのか知らないけれど、僕は今まで世界を監視してきた。だからこそ知っているのだよ、この世界がどうあるべきで、この人間がどう生きていくべきか」
「戯言よ、そんなもの」
帽子屋の高説をそう評価して、言葉を吐き捨てた。
その発言は何も間違っていないのかもしれない。そもそも人間の行動は『誰か』に決めてもらうものではない、自分自身で切り拓いていくものだ。
帽子屋は『そんなこととっくに解っていた』。解っていたからこそ彼女にそんな質問をして、そしてテンプレートめいた回答をした彼女を嘲笑したのだった。
「残念だ……。ほんとうに残念だよ、マーズ。君ならば少しは解っているのではないかと思ったが……。それは杞憂だったようだ。ならば君の役割をさっさと伝えて、その世界に放り投げてしまった方がいいのかもしれない」
「その世界……? 私たちの世界以外に、別の世界があるというの!?」
その言葉に帽子屋は頷く。
「その通りだよ。ああ、一応言っておくけれど、ここは世界というカテゴリには所属されないよ。あくまでもこの部屋は、君たちが居る世界と若干位相を変えている。要するに同位相の空間ではないが、同世界であるということだ。……まあ、難しい話だから、もしかしたら聞いていてまったく理解出来ないかもしれないが」
その通りだった。
帽子屋が言った言葉の意味を、マーズはちっとも理解出来なかった。
とはいえ、マーズに理解出来ない専門用語ばかりを並べ立てて話していたわけでもない。日常で使うような平易な単語ばかりだったのだが、結果として理解出来ない文章が生まれ、まるでそのセグメント一つが丸々専門用語と成り果てたように見えた。
帽子屋は目を瞑り、少し考え事をする素振りを見せるが――直ぐにそれを止めた。
「君には役割を伝えなければならない。なに、そんな仰々しいものではないよ。シンプルかつアグレッシブな仕事だ。ロールプレイとは言わないが、施設の名前を説明する人間でも無い。君個人の構成要素ではあるが、宇宙全体の構成要素でもある。君が悪いとはいわないが、この役割を無かったことにすれば『世界』はここまでの役割を持つことなく、まさに砂上の楼閣のように崩落していただろう」
「……長々と御託を話すより、簡潔に物事をまとめる方法を勉強したら?」
「はは、そいつはいいかもしれないな。実に面白い。人間にそんなことを諭されるとは思いもしなかったよ。しかしまあ、それもまた心地良い。人間に批判され非難されたシリーズは僕しかいないだろうからね! これは名誉だと言ってもいい!」
それを見た彼女は流石に引いてしまった。まあ、当然といえば当然のことなのかもしれないが、引くような行為をする帽子屋も帽子屋である。
帽子屋の話は続く。もう彼女も半分呆れ返ってしまったが、取り敢えず最後まで話を聞くこととした。
「僕のことを不安がるのも解る。だがね、でもね? 僕は何も悪いことをしようって思っちゃいない。この世界をより良い方向に変えていくための話をしているだけに過ぎないのだよ。この世界が良くなってほしい。それは誰しも思うことだろう? 僕だって思っているよ。監視していた世界が、どんどん戦争の泥沼に揉まれていく……。それをずっと見てきた僕の気持ちがわかるかい?」
「残念ながら、解らないわね」
マーズは帽子屋の発言を、そう一言で切り捨てた。
「残念だね。まあ、しょうがないか。人間の考えも僕には到底理解できないし。人間がどういう存在なのか解らないだとかそういうわけではないけれど……、とにかく君がこの世界の凡てを知るにはあまりにも恐ろしいほどの時間がかかる。致し方ないことではあるのだけれど、ね」
「そうかもしれないわね。それに関してはあなたの言葉を鵜呑みするしか無い」
「そして君にはこの世界の真の立ち位置というものを知ってもらう。そのために君をある場所へと転送する。その先で君は決断しなくてはならない。タカトという男を、君が本当に愛しているというのなら」
そして。
マーズの頭に手を翳す帽子屋。
「やめろ、何をするつもりだ!」
「何も怖く無いよ、さっきも言っただろう? ただ、ちょっとした任務を君にはやってもらうとね。その場所へ連れていくための魔法を使っているだけに過ぎないよ。だから、怖がることはない。恐れることはない。今はただ、それだけを受け入れて……」
そして、マーズの身体が、光に包まれた。
◇◇◇
突然外に投げ出されたような感覚だった。
階段を転げ落ち、柵に激突したマーズは、溜息を吐きつつもゆっくりと立ち上がった。
「いたた……。まさか転移魔法をつかうとは……。ちょっと嘗めてたわね。まさかあんな魔法を使ってくるとは思いもよらなかったからね」
そこまで言ったところで、マーズは状況を整理する。
ここは外に突き出た階段だった。階段の踊り場に彼女は立っていた。
「滑落した原因は床面の滑り具合……か? どうやら濡れているようだし」
冷静に状況を分析するマーズ。
「しかしながら、派手に滑落したなあ……。おそらく転移魔法で階段の途中に弾き出したのだろうけれど、もし打ち所が悪かったら死んでいたわよ、これ」
ぶつくさ文句を垂れながらマーズは階段を降りていく。
階段がついている建造物は悠に地上十階を超える高さだった。このような建物は彼女も見たことは無かった。
階段の向こうに広がる道は車が走っていた。彼女は車を見たことがないわけではないが、これほど多くの車が走っているのは見たことが無かった。
「……どこよ、ここ……」
彼女は周りを見渡す。しかし、この場所に関する情報はまったく入ってこなかった。
恰好を確認する。恰好は起動従士の恰好となっている。正直、リリーファーに乗る状況でなければこのスーツを着る必要が無い。
「先ずは外に出て、確認してみるしかないかしらね……」
そう言って、マーズは階段を降り始める。
彼女は未だ知らない。
この世界が、かつて崇人が三十五年間の人生を過ごしていた地球という惑星であるということを――。
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