第152話
二人が居なくなった部屋で、崇人は頭を抱えていた。
自分が何をしたのか漸く理解できたからこそ解る事実だが、おそらく衝突は避けられないと考えていた。コルネリアもそう言っていたからだ。
だが、まさか急に模擬演習をする羽目になろうとは――思いもしなかった。流石に予想外だったのである。
「……というか、コルネリア。あれは言い過ぎだろ。もし僕が負けてしまったら、どうするつもりだ? それこそその言葉の通り、ここから出ていかないといけなくなる」
「その時はその時よ。奴隷にしてインフィニティを呼び寄せて、ハリー=ティパモール共和国に脅迫してもいいかもしれないね」
「……それ、冗談のつもり?」
「いいや。まったく」
だと思った。
崇人はそう思うと何も言えなかった。確かに――とは言えないが、実際問題、彼女は十年前もこのような性格だったことを覚えているからだ。
だが、だからこそ、彼は安心したともいえる。この世界でみんな、崇人の知っている人間は別人のように変わってしまった。しかしながら、コルネリアは十年前と変わらなかった。それが彼にとって、とても嬉しかった。
「さて、問題は……いつそれをやるか、だね。いつ頃やる?」
「できれば一度ベスパのチェックをしたい。問題は無いのだろうが、確認だけでも」
「まあ、大丈夫だろう。話は通しておくよ」
コルネリアは机上に置かれた電話から受話器を取って、電話をかける。
「もしもし、私。――ええ、タカトがベスパを使いたいとのことだから。私も一緒にそちらへ向かうつもりよ。よろしくどうも」
簡単に用件だけを告げ、コルネリアは受話器を置いた。
それを聞いた崇人は、いったいどうしたんだ? と思った。
「タカト、向かうよ。これからベスパのチェックを許可してもらった。今からならいいと伝えてもらったよ。取り急ぎ向かうぞ」
そう言ってコルネリアは崇人の手を取った。
そして二人は走っていく。
整備場に置かれている黄色いカラーリングのリリーファー。
それがベスパだと一目で解ったのは、ベスパに乗る機会が多かったのと、ベスパを見る機会が多かったからなのだろう。
「まさか、十年経ってもベスパに乗ることになるとはなあ……」
崇人はベスパを見上げながら、そう呟く。
対してコルネリアは冷淡である。十年間、この機体を見ていたからなのかもしれない。
「コルネリア、ところでこの機体……もう完璧なのか?」
「どうかしらね。ちょっと聞いてみようかしら。……おおい、ちょっと。これを整備した整備技師は?」
「私です」
手を挙げた整備技師は女性だった。キャップから薄黄色のポニーテールがはみ出ている。眼鏡をかけているが、その姿には見覚えがあった。
「はじめまして……ではないですね。お久しぶりです。エイルです」
「エイル、さん」
崇人は思い出していた。
十一年前、『大会』の時――初めてベスパと出会い、その担当をしていた整備士。
それが彼女だった。
「……お久しぶりです」
エイルは右手を差し出す。崇人もそれを見て右手を差し出し、握手を交わした。
エイルは十年前と変わっていない様子だった。十年前と今、強いて違う点を挙げるとするならば、若さが衰えたくらい……ということを考えたところで、崇人は考えるのをやめた。これ以上考えていたら、エイルに悪いと思ったからだ。
「私は十年前こそ部下もいいところでしたけれど、今はリーダーを務めているんですよ。まあ、人員が足りないからこそリーダーになっただけなのですけれどね」
「成る程。あの時は、新人みたいな感じだったのになあ」
「ええ、正しく新人でしたよ? どのようなものでも十年、辛抱強く続けているとプロ級になると言いますからね。それは趣味でも変わりないですし。十年前から起動従士を続けてきた人は、十年で漸く一人前……という感じでしょうか」
「聞いたことあるな、それ。でも十年で一人前って何だか手間がかからないか? 中途半端、とは言わないけれど」
崇人はベスパの機体を触る。肌を通して冷たい感触が伝わってくる。
思い返す――十年前の出来事。
「大会の時、使ったなあ……。懐かしい。どうすればいいのか、覚えているかも不明瞭だ」
「十年前とは勝手が違うと思っています?」
その言葉を聞いて崇人はエイルの顔を見た。
「まさか、十年前と――」
「旧式のリリーファーを使う起動従士なんてそうはいないですよ。放置とは言いませんけれど、ほぼ十年前と変わらない状態を維持しています」
それを聞いて崇人は嬉しかった。自分が十年前使っていたリリーファーがそのままの姿で保存されているということ――それがとても嬉しかった。
エイルは手に持っている資料をぱらぱらと捲りながら、話を続ける。
「体長十五メートル、装備はアマトール弾を用いたライフル、巨大スタンガン、あとは……ナイフ、ですか」
それを聞いて崇人は落胆した。それしかないのか、とも思った。
「しょうがないのですよ。十年前と違って主流リリーファーが変わってしまった。使われないリリーファーに装備が伴わないのははっきり言って常識と言ってもいいでしょう」
「……まあ、それは仕方ないよな」
頭を掻きながら崇人は言った。
ベスパとスメラギの模擬演習はその日の夜に行われることとなった。
暗視ゴーグルを身に着けながら、リリーファーの準備が進められている。
「ところで……一つ気になることがあるのだが」
リリーファーコントローラに手を置いて、崇人は訊ねる。
『どうしました?』
「いや……、十年間も動かさなかったリリーファーがまともに動くのかと……」
『ああ、そういうことですか』
そういうことですか、と言われてしまった。
『それくらいなら問題ありませんよ。きちんとメンテナンスは行っていますから』
「そうか……。なら、いいんだが」
それを聞いて崇人は一安心した。
崇人はリリーファーコントローラを再び強く握る。
「まさかまたこれに乗る機会があるとはね……。人生って解らないものだ」
『タカトさん、エイミーのほうが準備整ったみたい。こっちは?』
「エイミー? ……ああ、僕と戦う起動従士か」
『もう、しっかりしてくださいよ。……ああ、でも名乗っていなかったでしたっけ。だったら忘れていてもしょうがないかもしれませんが。そもそも忘れているのではなくて、知らないだけですけれど』
「……十年でおしゃべりになった?」
崇人の言葉にエイルは首を傾げる――モニターに彼女の表情が写っているためだ。
エイルの表情を見て少しだけ崇人は不安になった。十年前にいた彼女と、今の彼女はまったく違っていたからだ。姿は少し成長した程度に留まっているが、その中身――精神的にはさらに成長を遂げているのだろう。
『……準備に入ったようです。そろそろ、出撃準備をすべきかと』
「解っているさ、解っているとも。……だがなあ」
何せ十年ぶりのリリーファーである。慣れるものも慣れるはずがない。寧ろリハビリの時を与えてほしいと思うくらいだった。少なくともはじめ崇人はそう思っていた。
――だが、今考えてみると、それは少々違った。
リリーファーコントローラを握ると、十年前の記憶が蘇るのだった。あの血沸き立つ、戦いの過去を。
だが、それは彼にとって思い出したくない歴史でもあった。思い出したくないものは、人に掘り起こされたくないものでもある。
『――どうですか?』
まるでこの状況になることを解っていたかのように、エイミーは言った。
それを聞いて崇人は微笑む。
「ああ、順調だ」
――そして、戦いの火蓋が切って落とされた。
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