第151話

「レシピエン・システムリブート。起動従士(パイロット)の精神状態、安定」


 次にコルネリアに案内されたのは、コントロールルームと呼ばれる場所であった。コルネリアの後を追うように自動ドアからその部屋に入ると、一同、コルネリアのほうを向いて敬礼した。

 そして何事も無かったかのように、作業を再開する。


「ここは……?」


 コルネリアは崇人の言葉に頷く。


「ここはコントロールルーム。リリーファー及び起動従士の確認を行う施設。はっきり言って、|ハリー=ティパモール共和国≪あそこ≫とは違うだろう?」

 とは言われたものの、そもそも崇人は一度も見ていないのでよく理解できない。

 しかしながら、十年前に比べると施設そのものが……その技術が落ちたように思える。


「十年前の災害は、それ程すごかったということだよ」


 コルネリアはコントロールルームを一望できる高台の椅子に腰掛ける。

 崇人は取り敢えずコルネリアの後ろに立っていたが、すぐにコルネリアは気付き、後ろにあった椅子を指した。


「別にここは、あそこと違って奴隷のような待遇をしないつもりだよ。ただ、気を付けてくれ。さっきも言ったかもしれないが、あの災害を引き起こしたのは君だと思っている人が大半だ。いや、実際インフィニティに乗っていたのは君だから、君以外の誰がやったのだという話になるが……いや、それは今語るべきことではないだろう。まあ、とにかく先ずは腰掛けて」


 その言葉に従って、彼は腰掛ける。

 コルネリアはテーブルにいつの間にか置かれていたコーヒーを一口啜る。そして中空を見上げる。何か考え事をしているようにも思えた。


「ここ十年でリリーファーのシステムが変化したことについて、語る必要があるだろう。ただし私は科学者ではない。表面的にしか語ることが出来ないからそのつもりで」

「表面的、ねえ……。まあ、そこまで詳しく語らなくてもいい。でも、普通にコントローラを使って操作するんじゃないのか?」

「それはあくまでも、ハリー=ティパモール共和国……俗にいう『旧式』のリリーファーはそうなっている。私たちが使っているリリーファーはそれとは違う、『新式』と名付ければいいでしょうね、そういうリリーファーはコントローラを使う必要性が無いのよ。まったく新しいシステムと言っても過言では無いくらいにね」

「……何だと?」

「レシピエン・システム。どこかの言葉で『器』を意味するそうだよ。起動従士がリリーファーに乗り込むと、精神と肉体を分離させる。さらに精神から『魂』を取り出し、それを器の中に収納する。それにより、リリーファーは魂を得ることが出来る……。はっきり言って、私にはこれしか言いようがないな。これが間違っているのかどうかは解らない。ただ、開発をした人間が言った説明を……十年間眠っていた君に解説するにはこういう言い方でないと出来ないというのが現状だ」

「器? 魂? ……つまり、魂をリリーファーに定着させるということか?」

「そういうことになるな。ただ、そのためにはちょいと必要なものもあるが」


 そう言ってコルネリアは自らの頭をとんとんと叩いた。


「どういうことだ?」

「条件として――『Q波』がニューロン上に出現する必要がある。そしてこのQ波は……成熟した大人にはあまり出ないらしい。あまり、というよりも確実に出ない。出る可能性もあるらしいが、どちらにせよ、旧式を使った私にはQ波は出ないという結論がいたっている」

「旧式を使った人間と、大人には、Q波が出ない……となると、まさか……」


 そのまさかだよ、とコルネリアは言った。


「Q波が出現する、即ち新式リリーファーを使用することが出来るのは八歳から十三歳までの子供だけ。それ以上はQ波が出現しても、魂が器に定着しないとのことだ」

「リーダー、起動従士エイムス・リーバテッドのシンクロテスト、終了しました」


 オペレーターからの言葉を聞いて、コルネリアが身を乗り上げる。


「了解。指数は?」

「四十七パーセントです。……はっきり言って、まだまだかと」


 シンクロテストとか指数とか、よく解らない単語が並んでいて理解できなかった崇人だが、取り敢えずその会話があまりいいものではないことだけは解った。

 コルネリアが再び腰掛ける。それを見計らって崇人が質問をした。


「ということは……新式をつくるために多数の人間が必要だったのではないか? 研究者、技工、それに起動従士。それはどうやって集めたんだ?」

「研究者はただ一人で充分だった。イーサン・レポルト。後で君にも会わせてあげるよ。彼は興奮していたからね……。最強のリリーファー、それを操縦する起動従士とあることが出来ると」

「……いったい、何機のリリーファーがあるんだ?」

「ざっと十機ね。コアが完成していないのを除くと六機かしら」


 国でも無い、一部隊ともいえる存在が、これ程までのリリーファーを所有しているというのか。


「あとで起動従士にも会わせてあげるつもり。あなたはここの戦力になってもらうのだからね」

「……また戦争が起こる、と」

「いつ起きてもおかしくない状況よ。十年前の災害はそれ程迄に混乱を生み出した。人々は死に、泣き叫び、そして惑った。世界はどうなってしまうのかと思った。だけれど、それでも人間ってしぶといものね。十年でここまで回復してしまうのだから。まあ、あなたが起きてしまったことで、少しばかり、情勢が変わりつつあるけれど」

「それって、つまり」

「あなたは最強のリリーファーを操縦する、唯一の人間なのよ? そのリリーファーは今のハリー=ティパモール共和国みたく電源として使うもよし、私たちみたいに戦力として使うもよい。戦力として使った瞬間、その世界の勝者はほぼ決定すると言ってもいい。あなたはそれ程の存在であるということを、まず自覚するところから始めたほうがいいかもしれないわね」


 なぜか後半怒られているような雰囲気になってしまったが、実際問題、理解していないのだから致し方ない。

 そもそも、現時点でこの世界についてあまり説明してくれる人間が居なかった。コルネリアは確かに説明してくれた。マーズよりは、この世界について説明してくれた。しかしそれもほんの僅か。あとは戦力になってほしいという要望に過ぎなかった。

 結局、こうなってしまうのか。崇人は思った。

 そもそもこんなこと、最強のリリーファー――インフィニティの起動従士になった時点から確約されていたことじゃないか。

 何も間違っては無い。何も間違って等いない。

 崇人はそう思った。

 だから今は、コルネリアの指示に従おう――と思うしかない、のであった。




 シンクロテストを終えた起動従士、エイムス・リーバテッドは通路をすたすたと歩いていた。どちらかといえばその調子は軽やか、ではない。厳か、と言ったほうが近いかもしれない。


「聞いたわよぉ、エイムス。シンクロテスト、五割切ったって」


 その言葉を聞いてはっと驚き振り返る。

 そこに居たのは少女だった。ワインレッドのカラーリングをしたパイロットスーツに身を包み、オレンジ色のストレートロングを棚引かせる少女である。

 しかし、ここにいるからもちろんのこと、彼女はただの少女ではない。

 エイミー・ディクスエッジ。

 彼女もまた、エイムス同様起動従士であった。

 エイムスはエイミーの話を聞いて、表情を歪ませる。


「ぐっ……。そもそも、エイミーだって六割を超えたことが無いくせに。僕はたまに、六割を超えることだってあるよ」

「へえ……。じゃあ、超えてみせなさいよ。エリート起動従士サマ?」

「うるさいな。だったら君もシンクロテストを受けてみたらどうだよ。僕はもう疲れたからシャワーでも浴びて一眠りするからさ」


 そう言って手を振って、エイムスは去って行った。

 エイミーはそれを見て踵を返し、エイムスがやってきた方向――コントロールルームへと続く道を歩いていった。


「あら、エイミー。どうしたの、これからシンクロテスト?」


 通路を歩いている最中、コルネリアとすれ違った。コルネリアは誰か一人連れていた様子だった。

 エイミーは取り敢えず一礼。あんな口の利き方をしていたが、上下関係は守る彼女である。


「そういうコルネリアさんこそ、どうしたんですか?」

「彼に施設を案内させているのよ。彼、ここが初めてだから」


 そういわれて、少年は頭を下げる。


「ふうん……。見た感じ私より年下みたいだけれど……起動従士なの?」

「ええ。それも旧式よ」

「旧式!?」


 目を丸くするエイミー。

 当然だ。新式が登場したのはここ二年のことであるから、見た目十歳の少年が旧式を使うには少々時間がおかしい計算になる。旧式を使うなら新式で訓練を積んだほうが容易だという意見もあるくらいなのだから。


「そう。追って彼の説明はするわ。……そうね、シンクロテストが終わったら集まって。ほかの起動従士にも伝えておくから。それじゃ」


 そしてコルネリアと少年は去って行った。

 それをただエイミーは茫然としたまま見送るだけだった。




 エイミー・ディクスエッジがリリーファー『スメラギ』のコックピットに腰掛ける。

 コックピットはリクライニングシートのような、ゆったりとした空間となっており、それが白いシールドに覆われていた。リクライニングシートの下半分――ちょうど腰付近の部分まではカバーが覆われている。


『スメラギ、レシピエン・システム、リブート』


 コックピット内部に声が伝わる。それはコントロールルームのオペレーターの声であった。


「この面倒なやり取り、カットすることとかって出来ないわけ?」

『何を言っているの。確認こそ、大事なのよ。いつ何が起きてもおかしくないし。それに、あなたたちのためでもあるのよ』


 すぐにオペレーターからの返事。地獄耳なのだろうか。呟く程度のトーンでしか話をしていないはずだったのに。


「はい、解りました。やればいいんでしょー、やれば」


 適当な調子でオペレーターからの話を聞き、エイミーは目を瞑る。



 ――自分の意識が、落ちていくのを実感した。



 否、これは落ちているのではない。リリーファーと同化しているのである。リリーファーと同化することにより、起動従士はリリーファーの性能を引き出す。そうして戦うのが、今のリリーファーのシステムなのであった。


『レシピエン・システム、実行三十パーセント』


 死刑宣告のように冷たい声でオペレーターから告げられる。


「まるで死刑宣告よね……」


 彼女は口を動かすことなく、言った。これは同化がうまくいっている証拠だと言えよう。


『レシピエン・システム、実行五十パーセント』


 徐々に、或いは確実に、システムは実行されていく。

 低い、重い音がコックピット内部に響き渡る。あくまでもこのシステムはダミーであり、仮想空間上に行われるテストだが、実際にシステムは動く。リリーファーは実際に動くのだ。


『レシピエン・システム、実行八十パーセント。進行状況、きわめて良好』

「了解。レシピエン・システム良好」


 オペレーターの声に従い、彼女は言った。

 さらに重い音がコックピット内部に響く。パーセンテージが大きくなるにつれ、その挙動も大きくなるということだ。


『レシピエン・システム――実行百パーセント。完全起動に入ります。以後、シミュレートマシンシステムと連携します――』


 そして、彼女の意識は――その後のシステムに飲み込まれていった。




「シンクロテスト、五十七パーセント……かあ」


 エイミーはシンクロテストを行った後、廊下を歩いていた。

 彼女が言っているのはメリアから言い渡されたシンクロテストの結果であった。はっきり言ってシンクロテストの結果はいいものとは言えなかった。だからこそ、彼女は落ち込んでいたのだ。

 基本、シンクロテストにおいて『実戦でも安定して動作できる』限界が五十五パーセント以上。それを考えると一応安定動作の限界よりは高い数値を示しているが、それでもギリギリである。

 あれ程、エイムスに大きい口をたたいたというのに――これでは示しがつかない。

 エイムスとエイミーはライバル関係にある。とはいえ、別に二人ともお互いにライバルと思っているわけではなく、特にエイミーがエイムスにライバル意識を持っているだけのことである。


「エイムスに……言わなければいい話なのだけれど」


 どうせ言われないのだから隠してしまえばいい。

 彼女はそう思った。

 だから言わないことにしておいた。――それが一番いいと思ったから。


「やあ、エイミー。どうだった、シンクロテストの様子は?」



 ――そう思ったすぐに、どうして目の前にエイムスが表れたのだろうか。そう考えると彼女は溜息を吐くことしかできなかった。



 目の前にエイムスが立っていた。彼の恰好は先ほどのようなパイロット用スーツだった。着替えるものがないわけではないが、いつ何が起きてもおかしくないということで、殆どの時間で起動従士はそのスーツの着用を行っている。義務ではない。あくまでも自主的に行っているのだ。


「……あなたにそれを言う義務でもあるのかしら?」

「あるよ。あれ程自信満々に僕のことを蔑んでいたのだからね。せめて……六割は超えたんだろうね? シンクロパーセンテージを超えて、余裕をもって戦えるのだろうね?」


 それを聞いてエイミーは唇を噛んだ。

 まさかそんなことを言われるなど思ってもみなかったからだ。

 彼の話は続く。


「……まあ、いいや。今回、僕がここにやってきたのは君を呼ぶためだったし」

「私を……呼ぶため?」


 首を傾げるエイミー。

 その言葉にエイムスは小さく頷いた。


「そう。君を呼ぶため。もっとも、僕も呼ばれているのだけれどね。……二人ともコルネリアさんの部屋に来てくれ、とのことだよ。どうしてコルネリアさんがそんなことを言っているのか、僕にははっきりと解らないけれど」




 エイミーとエイムスがコルネリアの部屋にやってきたのはそれから十分後のことだった。

 コルネリアの部屋に来るのはこれが初めてではない。それに、彼女から呼び寄せられたということもまた、初めてではないのである。


「エイミー・ディクスエッジ、エイムス・リーバテッド、入ります」


 ノックをして、コルネリアの部屋へと入る二人。

 そこにはすでに黒いパイロットスーツを着ている女性、コルネリア、そしてエイミーが途中で出会った起動従士が居た。


「……どうやら全員集まったようね。それじゃ、説明を開始するよ。説明、と言っても簡単に言えばこちらにいる起動従士の紹介になるけれど」


 そう言ってコルネリアは起動従士――崇人を指した。崇人は突然のことでどう対応すればいいのか解らなかったが、取り敢えず頭を下げた。


「……タカト・オーノだ」


 その名前が放たれた瞬間――空気が凍り付いたような感覚に陥った。

 当然だろう。彼女たちがその名前を忘れるはずがなかった。


「彼は……まあ、彼のことを知っている人間も少なくないだろう。あの十年前に起きた災害……その元凶とも呼ばれている。だが、彼はそういう存在である前に、起動従士だ。あの最強のリリーファー、インフィニティを使っていた」

「だから、呼び寄せた、と? もしかして政府から奪ってきた重要機密って……」

「そう。彼のことだよ」


 それを聞いたエイミーとエイムスは何も言えなかった。

 彼らにとって戦力が増えることはとてもうれしい。だが、それ以上に、タカト・オーノはこの世界をここまで破壊せしめた張本人であった。だから、彼らには怒りがあった。


「……はっきり言わせてもらって、その元凶と同僚として戦っていけるとでも? いくらコルネリアさんの指示でもそれは……。ねえ、エイムス?」

「え、僕?」

「そうよ。あんたもここに所属している起動従士なのだから。きちんと答えなさいよ」

「僕は……確かに、あんなことにしてしまった犯人が目の前に居るのはとても憎いですけれど……それ以前に戦力を増強する必要があるのは確かです。だって、いくらリリーファーが六機あるとはいえ、まともに動いているのは起動従士が決まっている三機だけです。これだけではいくらなんでも戦うのは難しいでしょう。ハリー=ティパモール共和国が所有しているリリーファーは我々の数倍とも言われていますから。それを考えると……」

「インフィニティの追加は妥当、ってこと!?」


 激昂したのはエイミーだった。彼がまさかそんなことを言い出すとは思いもしなかったのだろう。

 コルネリアの話は続く。


「……解った。そこまで言うのならば、こうしよう。どうだ、エイミー。タカトと模擬演習をやってみないか。タカトは旧式のリリーファー、君は新式リリーファーだ。もちろんタカトがインフィニティを連れ戻しても構わないが……。そんなことをするとここの存在がばれてしまうからなあ……。そういうことだからタカト、取り敢えず今回は旧式のベスパで我慢してくれ」


 ベスパ。

 彼にとってその単語はとても懐かしい響きだった。大会で乗ったことのあるリリーファーだったこともあるし、その後も何度見たことか。

 それを聞いた崇人はゆっくりと頷く。


「……タカトはいいと言っている。これで君が勝てばタカトは戦力に入れない。同時にここからも消えてもらう。だが、タカトが勝った場合……戦力に加える。これでいいな?」

「ええ、いいわ。それで十分でしょう」


 そして――エイミーと崇人の模擬演習、その約束が取り付けられることとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る