第132話

 こうして、ティパモール内乱は静かに終結した。そのとき、彼らには余韻も何も与えられなかった。ただ、上司から紙切れで通知があっただけに過ぎなかった。


「終わったのか……やっと」


 ティズは溜息を吐きながら、ソファに腰掛けて終戦宣言を聞いていた。

 やっと帰れる。やっと帰ることが出来る。それだけを考えるととても嬉しかった。帰れるということ。家があるということ。その幸福を噛み締めることができるのだから。

 近くにいる兵士は様々な言葉を交わしている。


「ほんとうに終わっちまったのか……なあ、すぐ帰れるのか?」

「知らねえよ、あくまでも上司からそういう通知がきたまでに過ぎねえ。正式な通知を待ったほうがいいだろうが、まあ、確実だろうな」

「マジかよ。お土産とかどうすっかな」

「お土産、って……。そんなもんティパモールに売ってるわけねえだろ。もう人もいねえし建物も破壊された。残っているのは小動物くらいだろうよ。小動物でも狩ってくるか?」

「よせやい。適当な場所で買うとするさ。お前んとこはそういうの買わないわけ? 手土産とか買っとかないと怒っちまうからよ、俺のフィアンセが」

「あーあー。結婚出来る人間がいるやつはいいねえ。噂だと今回は彼女がいるやつはあまり死なないようにしたと聞いたがどうなのかね」

「それはねえな。だって結婚したばかりのジョンが散弾銃をくらって全身穴ボコだらけになっていたからな。きっとそれは妄想に過ぎねえぜ。ま、お前もはやくいい相手を見つけろって話だ」

「式には呼べよ。最高にかっこいい祝辞を読んでやろうじゃねえか」


 ……と、まあ、もう祝賀会のような雰囲気が漂っている基地であった。




 基地の外にある瓦礫の山、その脇にある小さながれきにロスは腰掛けていた。


「どうぞ」


 差し出されたマグカップを受け取るロス。


「済まないな、持ってきてもらって」

「その様子だと覚えていないようですね」

「覚えていない?」


 ええ、と男は頷きながらロスが持つマグカップにウイスキーを注いだ。

 会釈してから、ロスはそれを一口飲む。


「俺はあなたと同じ隊の人間ですよ、ロス隊長」


 ロスはそれを聞いて思い出す。最後のクロウザ陥落時、ロスは前線の隊長を務めたということを。


「……そうか、君はそうだったな」

「俺だけじゃありません」


 そう言ったと同時に褐色の肌をした男がやってきた。髪をピンで止めるかわりにタオルをまいている。


「ルノスっていいます。ヘイズさん、俺も一杯飲みますよ」


 ヘイズと呼ばれた男はルノスの言葉を聞いて、彼が持つマグカップにも酒を注ぐ。

 リリーファーが戦争の中心となった世界になって久しいが、それでも人間の兵士の存在は欠かせない。人数が少なくなってしまったのもあり、今では一つの隊に五名程度しか置くことができない。しかしながら、その五人というのはよく言う『少数精鋭』となっており、チームメイト皆が個々に高い能力であることが求められるのである。


「俺は……君たちのことを覚えていなかった」

「仕方ありませんよ。あなたが俺たちの隊を任せられたのはつい数日前のことだ。あなたがそれを嘆く必要はないです」


 ロスはヘイズの言葉を聞いてそのままウイスキーを飲み干した。喉が焼けるように熱い。アルコールが高いことを意味しているようだ。


「どちらにしろ、助けられなかった兵士がいたかもしれない。けれどそれはあなたのせいではないです。結果として、あなたのおかげで作戦終了までに生き残ることができたんです、それについては誇りを持ってください」

「誇り、か……」


 ヘイズの言葉にロスは俯き、空のマグカップを見つめた。

 烏が一羽、虚しく鳴いていた。




 ――戦争は終わった。国はこれを内乱と位置づけていたが兵力は戦争そのものであることを疑う人間など誰ひとりとしていない。



 ――救われた、生き残ったと言った。でも考えてみろ、お前はもっと多くの人間を救えたんじゃないのか! 自分の命を守ることに精一杯だったじゃないか!



「でもよ、ロス。お前はそんな落ち込むことなんてねえよ。お前は言ったじゃないか。善と偽善はどちらが正しいのか。今なら言えるよ、偽善のほうが間違っているかもしれないが、しかし善はやらない限り何も起きない。やることによってどちらも良いと思えてくるんじゃねえかな、って」

「そうかもしれないな」


 ラグストリアルが乗り込む馬車を見送りながらティズとロスは話をしていた。主にロスが言った言葉に対してティズが意見を述べているだけに過ぎないのだが、それでも彼にとっては良かった。話を聞いてくれるだけではなく、客観的に意見を述べてくれるティズが、とても彼にとって支えとなっていたのだろう。


「……俺はそんな自分に腹が立っている。もっと多くの命を救えたはずだ。ティパモールの人間だってうまく逃がす方法があればどうにかなったはずだ。いや、それ以前にティパモールの人間との戦いを避けることだって……或いは出来たはずだ」

「そうだろうかね。結果としてティパモール内乱は終わり、ティパモールには人間が『居ない』はずだ。これから残党狩りが待っている部隊も無いことはないが、これで内乱が終わったのは間違いないな」

「だが、人は救えなかった」

「それは人間の技量の問題ではないよ。権力の問題だ。ひとりの人間の力なんてたかが知れている。はっきり言ってゴミだよ」

「ああ、ゴミだ。それくらいは理解しているよ」


 ロスは頷く。


「ただ、ゴミにはゴミなりの矜持があるとは思わないか? 下の者を守ること……それをしていけばいい。そのためには上に立てばいいんだよ」

「ねずみ算かよ、それって」


 ティズはそれを鼻で笑った。

 対してロスはそれに怒ることなどせず、平坦な調子で答える。


「そうかもしれない。もっと言うならば不可能かもしれない。だが、理想を言わないと、理想を考えないと人間の脳は死んでしまうし人間の進化は死んでしまう。終わってしまうんだ」

「お前と戦場でしか話していないけどよ……、ずっとお前は青臭いことしか話さねえな。でもよ、どうするんだ? 最終的に上に上に進むとなると、この国では王制をどうにかするしかないぜ?」

「そうかもしれないな。もしかしたらそれを打破するかもしれないし新しい国をつくるかもしれない。だが……やってやるさ」

「いいじゃねえか、その勢い」


 ティズはロスの肩を叩く。若干強く叩いたためか少々痛みを感じるものだった。ティズはそれを見て、済まんなと一言だけ告げる。


「解った。それに一口乗ってやろうじゃねえか。お前が国を作るのかこの国を変えるのか、それはどっちなのか今の時点じゃ解らねえが、ついて行くぜ。お前がこの世界をどう変えるのか、楽しみになってきたよ」




『主戦は終了した。ご苦労だった、リフィリア・エクシル』


 リフィリアは自らのリリーファー、そのコックピットで言葉を聞いていた。その言葉の主はほかでもない、彼女の上司にあたる人間だった。

 リフィリアは考えていた。俯いていた。だが、何を考えているのか唯一の肉親であるイグネルにも解らなかった。


「違う……」

『ん? どうかしたかね』


 リフィリアは呟く。

 今まで考えていたことを。

 今まで考えていたが、抑えていた、あることを。


「これじゃない……これじゃないんだ……。私はまだ終わっちゃいない……! 終わっていないのよ……。この素晴らしい力を、もう使えない? 戦場以外に使えない? どういうことよ、戦場以外に使えないなんて悲しいことじゃない?」

『リフィリア・エクシル。何を考えている。はやくコックピットから降りろ』


 予想通りの解答。

 だが、リフィリアはそれに従わない。


「嫌よ」


 その言葉を聞いたと同時に司令部にいた人間は何人冷や汗をかいただろうか。何人最悪の事態を想定しただろうか。

 刹那、リフィリアはリリーファーコントローラを握って命令した。

 目の前にある司令部がリリーファーの足で完膚無きまでに破壊されたのは、その直後だった。


『リア、何をするんだ!』


 コックピットから降りていたイグネルが自分の携帯端末から彼女の携帯端末へと電話をかける。

 対してリフィリアは笑っていた。


「だってこの力がもう使えないんですよ……。おかしくないですか、おかしいと思いませんか! 戦場でしかこの力を発揮できないなんておかしいんですよ! ああ、もっと人を殺したい……殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい……!! お兄様なら解ってくれるでしょう? 理解してくれるでしょう? ねえ……私の一番の理解者であり、私の王子様であるお兄様なら……私の思いを理解してくれるでしょう? ねえ……私の唯一の王子様……、王子様はお姫様の願いを何でも聞いてくれる。白馬に乗って助けに来てくれる。お兄様は唯一の私の王子様なの! 絶対の絶対……私は……王子様は……お兄様は……!」

『違う、リア』


 一言、イグネルは言った。

 リフィリアの言葉がそれにより停止する。


『違うんだ、君は僕のことを王子様だとか思っているかもしれないけれど、そんな高尚なものじゃないよ。僕はただの君の兄だ。それだけははっきりと言える。僕は君の唯一の兄。だからこそ、言っているんだ。こんなこと、やめてくれ。僕にとっても、とても辛いことだ』

「お兄……様……」


 イグネルはリリーファーを見て、小さく溜息を吐く。

 リフィリアとの通信を行いながら、どこかに連絡を取っていた。

 そしてその連絡は――今の言葉をもって終了していた。

 リフィリアはコックピットで急激な眠気に襲われていた。どうしてここで眠くなるのか彼女には解らなかった。


『眠いのかい?』


 イグネルは呟く。

 彼は歌うようにそう言った。

 話は続く。


『もう君の行動は僕にとって限界だ。もう無理だと言ってもいい。今まではむちゃくちゃだったけれどきちんと成果を出していたからよかったけれど……もう無理だ。必要以上の死人を出してしまえば、もうおしまいだ』

「お兄様……いったい、それは……」

『「天災保護法」だ。天災保護法とは「天才」ではあるが、その頭脳に精神が追いついておらず、放っておけば世界を破滅にすら導く「天災」を管理・保護する法案のことを言うんだけれどね……実際はアースガルズのみに出されている法案だが、僕にとってそんなことはどうでもいい。いや……正確には「組織」にとってはどうでもいい』

「組織……」


 リフィリアは眠気をどうにかごまかしながら話を聞いていた。考えていた。

 イグネルの言っていることを整理すると、簡単に一つの結論が導き出される。

 即ち、その結論は。


『もう解ったのかもしれないけれど……僕はもうアースガルズの人間だ。ヴァリエイブルにも在籍しているが、実際にはアースガルズの人間だよ。正確に言えば「ヴンダー」の一員だ。君も知っているだろう、ヴンダーの名前くらい』

「ヴンダー……聞いたことがある……確か『世界を変える』力を求めている、と。新興宗教的な何かだと思っていたけれど……」


 微睡みに落ちそうな意識をどうにか抑えながら、彼女は答える。

 イグネルはそれを鼻で笑った。今まで彼女に優しくしてくれた『お兄様』はもうそこには居なかった。


『流石に知っていたか。ま、それくらい知っていてこそ我が妹だよ。それはさておき、ヴンダーとは「天才」を集めているんだ。世界を変えるためにはそれなりの頭脳がいる、というわけだ。それで君を捕まえようとした。手っ取り早いからね。その時には僕もヴンダーの一員だったし。それにリリーファーを使うことが出来る人間が欲しかった、というのもあるんだろうけれど』

「……」

『というわけで、まあ、ヴンダーが何をするのか解らないけれど、これから君をヴンダーへ移送するよ。あ、ぼくたちの扱いについては心配しなくていいよ。二人共、「残党の兇弾に倒れて死亡」ってことになっているから。代わりももう用意してある。完璧だろう?』

「……」


 イグネルはリフィリアの寝息を電話ごしに聞いて、頷く。



 そしてイグネル・エクシルとリフィリア・エクシルは戦場において『死亡』した――。



 ◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇



 それから、三年の月日が流れた。


「ロス・エイフィル、これから第一軍令部に所属することとなりました。よろしくお願いします」


 敬礼しながら彼は言った。

 そこは軍令部のトップ、大佐クラスの人間がいる場所だった。『司令官室』と書かれた真新しい看板が目に入ったのをロスは覚えていた。

 司令官は窓から外を眺めていた。外にある景色を見つめていた。だからロスには背中しか見えなかった。


「ロス・エイフィルか……。久しぶりだね」


 司令官は踵を返す。

 そして彼の顔が顕になった。


「私は司令官、ティズ・ルボントだ。以後、よろしく頼むよ、ロス」


 ティズは右手を差し出す。

 ロスはそれを見て、彼の右手を握った。



 ◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇



 そして、現在。

 マーズの部屋にて彼女からティパモール内乱のことについて聞かされていたヴィエンスとコルネリアは、話を聞き終わり黙りこくっていた。


「……これが私の知る、ティパモール内乱の凡て」

「罪、は……ティパモールの民を無残に殺してしまったということですか」


 ヴィエンスは自然と敬語になって、マーズに訊ねる。彼女はそれを聞いて頷く。

 ティパモール内乱についてはヴィエンスたちも学校で習うほど重要なことである。結果としてティパモールの行動を批判されたヴァリエイブルはクルガードの独立を補助する名目からアースガルズと戦争を繰り広げることになった。それによって長きに渡る戦争時代が始まったとも言われているために、ティパモール内乱は歴史上重要なターニングポイントであるとも言われている。


「結果として、どうしてこのことを言いたかったのか……それが解らない。罪を償いたかったということか?」

「ええ。私の罪を後世に引き継いでいきたいこと。そして……これから戦う『敵』のことをあなたたちにも知って欲しかったから」

「敵?」


 マーズはポケットから携帯端末を取り出し、あるページを開いてヴィエンスたちに見せた。


「実はあなたたちには早く見せるべきだと思っていたのだけれど……タイミングが悪かったわね」


 そこには写真が写っていた。

 ティパ教の寺院に入るひとりの男の姿が写し出されていた。

 そこに映し出されていたのは、ヴィエンスにもコルネリアにも、もちろんマーズも知っている人間だった。


「こいつは……!」


 ヴィエンスの言葉に、マーズは頷く。

 そしてマーズは告げた。


「そう。彼は『新たなる夜明け』のリーダー、ヴァルト・ヘーナブルよ」

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