第126話
その頃、グレイシアは独りで町を歩いていた。町並みが変わっていくことに彼女は気づいていたが、それでも足を止めようとは思わなかった。
彼女は逃げたかった。雑踏の中でも内乱のことを得意気に話す人間から逃れたかった。
しかしそれは同時に現実から逃避する意味を持っている。それに逃げようとしても子供には限界というものがあった。
彼女はある場所へと向かっていた。それは昔グレイシアたちが住んでいた場所。両親が生きていた頃に暮らしていた、場所だった。
「あら、グレイシアちゃんじゃないの!」
その時だった。
彼女にとって聞き覚えのある、とても安らぎのある声が聞こえた。
そしてその声を聞いて、彼女は上を向いた。
そこに立っていたのはひとりの女性だった。大柄だが髪は短く、深みがかった青い服を着ている女性だった。
エプロンをつけた女性は笑みを浮かべている。
グレイシアは感極まって、その女性を抱き寄せた。泣いているグレイシアを見て女性はそれを受け入れる。そっとグレイシアを抱き寄せた。
「どうしたんだい、グレイシア。何か辛いことでもあったのかい?」
グレイシアは答えない。
グレイシアはただ泣くばかりだった。
女性は小さく溜息を吐くと、グレイシアを彼女の身体から離した。
「解った。とりあえずもう夕方だから食事にしましょう? 話はそれからゆっくりと聞いてあげる。それでいいかな?」
グレイシアは泣きながら、頷く。
そして女性はグレイシアを自らの家へと招いた。
アンリ・ユースベルクはグレイシアを自らの家に招いて、ソファに座らせた。隣にはグレイシアと同じくらいの背格好をした少年が座っていた。黒髪だったが、分け目の部分がワンポイント赤く染まっているという非常に変わった髪だった。遺伝によるものではなく、突然的に誕生したものと言える。
「私はご飯を作るから……レオンと一緒に遊んでいてもらえる?」
グレイシアは頷く。
アンリはレオンの方を向いた。
「レオン。彼女は私の友達の子供だから、一緒に遊んであげてね? 積み木遊びでもしていてくれれば、直ぐにご飯が出来るはずだから。今日はシチューよ」
「ほんと?」
レオンは首を傾げる。
アンリは笑みを浮かべ頷く。
それを見たレオンはグレイシアの手を取り、
「それじゃ遊ぼ、えーと……」
「グレイシア。グレイシア・ヘーナブル」
「そっか、宜しくね。グレイシア」
レオンの言葉にグレイシアは頷く。するとレオンはグレイシアの手を取ったまま、誘導するように、彼女を自分の部屋へと連れて行った。
それをアンリは楽しそうに見送った。しかしながら、彼らの姿が見えなくなったら、大きく溜息を吐いた。その落胆ぶりは先程とは別人に見えるくらいだった。
アンリとグレイシアの母はとても仲良しだった。グレイシアの両親がまだこの辺に住んでいた頃、彼女とは家ぐるみで付き合いを続けており、良く遊んでいたのだ。
レオンとグレイシアがそれを知っていたのかは解らない。なぜなら、アンリがグレイシアの家に来たことはあるが、その逆は無かったのだから。
だからレオンとグレイシアは今日初めて出会ったのだ。しかし、その割にはとても仲睦まじく見える。まるで今までずっと遊んできた、友達のように。
「さて、一人分増えたし、シチューの仕上げに入りましょうか!」
アンリはそう言って被っていたバンダナにある結び目を、きつく縛った。
グレイシアとレオンは二人で遊んでいた。と言っても子供が室内で遊ぶ手段などたかが知れている。絵本を読んだり積み木で遊んだりくらいだ。
その片方、彼女たちは積み木で遊んでいた。立方体の積み木を組み合わせて家を作ったりしている。
「ねえ、ここにどうして来たの?」
レオンは訊ねる。
グレイシアはそれを聞いて積み木の一ピースを握ったまま、答える。
「……現実から逃げてきたの」
グレイシアの答えは冷たかった。
グレイシアの話は続く。
「兄弟はずっと……この内乱を続けるべきだ、って言うのよ。けれど私はそんなことつまらないと思っているの。そんなことしてはいけないと思っている。だってそうでしょう? 人が自分の身体を傷つけてまで……それはすることなの?」
「意味無く傷つけることは、無駄な行為だよ。きっと、その人たちも理解しているんだと思う。自分の身体を傷つけてまで戦うのだから、それなりの結果を得なくてはならない……って」
「ほんとうにそうなのかしら。私には全然理解出来ないのよ。それでほんとうにティパモールが救われるのか。ティパモールが変わるのか。ティパモールはそのままでいられるのか」
「別に僕達は子供だ。子供がそこまで考えなくてもいいんじゃない? どうせ国でも都市でも地区でもそう。それを統治するのは大人の役目であり責任であり権利だ。それ以上でもそれ以下でもない。ただ、その権利だけを主張しておいて責任だけ放棄する。それは最低な大人だと思うし、そんな大人にはなりたくないかなあって思うよ」
子供の会話にしてはやけに高度な会話を続けていた二人だったが、アンリの魔法の言葉によってそれは中止された。
「もうご飯よー、二人共そろそろ止めなさい」
その言葉を聞いて、二人は頷くと大急ぎでテーブルにあるリビングへと向かった。
ホワイトシチューを食べながら、アンリはグレイシアを見た。グレイシアはとても美味しそうにシチューを頬張っている。シチューには人参、じゃがいも、肉が入っており、とても温かそうだ。
アンリの家はアンリとレオンしか住んでいない。アンリの夫でありレオンの父親であるディーノはティパモール内乱のために戦地へと赴いている。
だから今、いつも居るのはアンリとレオンのみである。だから、レオンが楽しいのも解る。同年代の子供が遊びに来ることなどそうないのだから。
昔はたくさんあったが、内乱が始まってしまってから危険性からそういうことが無くなってしまったのだ。だから子供同士の遊びの範囲が狭くなってしまい、子供が満足に遊べなくなってしまった。もちろんこれは母親が子供のことを思っているからこそなのだが、しかし、子供からすればそんなことはどうでも良かった。子供からすれば子供同士で遊べることが至高であり、それ以上でもそれ以下でも無かった。
「グレイシアちゃん」
アンリはグレイシアに問いかける。
「グレイシアちゃん、ご飯を食べたら私と一緒に戻りましょう? きっとブレイブくんとヴァルトくん、二人とも心配していると思うわ」
しかし、アンリの言葉にへそを曲げるグレイシア。
「あの二人と私は離れたほうがいいんです。意見も違うし思想も違う。一番の問題に性別が違います。男と女の意見なんて所詮理解し合えないものなんです」
「そうかなあ? 離れている意見を持っているからこそ、自分をコントロール出来なくなった時にコントロールしてくれる誰かがいる、っていう安心感があるんだと私は思うけれどね。まあ、凡て戯言に過ぎないのだけれど」
「戯言、ですか」
「そうよ。私はまだそんな長く生きていないから、ほんとうの長生きからすれば深くもなにもない言葉に過ぎないのよ。ただの戯言。ただの嘘。そうしか考えてくれない。でも、それを嘘だの戯言だの『疑う』ことをしない子供はそれを素直に理解してしまう。そうして子供は歪んだ常識を正しい常識だと理解してしまうの。その歪んだ常識はほかから見れば正しくないものだけれど、正しくないことを証明することは誰にも出来ないでしょう? まさに悪魔の証明、ってやつね。悪魔の証明だからこそ正しいかどうか理解出来なくなる。それで違和を感じ、気がつけば誰が正しいことを言っていて、誰が間違っていることを言っているのかが解らなくなってしまう……そういうこと」
アンリの言葉を理解するには時間が足りなかった。
ただ、その言葉の節々は理解することが出来た。
「要するに抑止力があればいい、ってことですか」
アンリは頷く。
「そう。そのとおり。抑止力があればひとがどんな失敗をしたって、しようとしたって、それを止めることが出来るでしょう?」
「でも……私にあの二人を止められるかどうか……」
「止められるか止められないか、じゃないの。止める覚悟さえあればいい。もしかしたらあなたの存在があの子達に悪い影響を及ぼすかもしれない。でも、その逆に良い影響を|齎≪もたら≫すかもしれない。それは私にも、あなたにも、誰にも解らない」
アンリは水を一口飲み、話を続ける。
「でも、あなたがいて、ブレイブくんがいて、ヴァルトくんがいて、はじめてあなたたちは兄弟として、家族としているのよ。それを忘れないでね」
グレイシアは食事を終えて片付けをしたときのことだった。アンリの家の玄関をノックする音が聞こえた。それから一瞬遅れて中に誰かが入ってくる。
「こんばんは、アンリさん。姉貴、居る?」
入ってきたのはブレイブだった。ブレイブは恐らく寺院からここまで歩いてきたのだろう。とても疲れている。
ブレイブを見つけたグレイシアはブレイブの前へ駆け寄った。
「やっぱりここにいたか。ヴァルトが多分ここに居るんじゃないかって言ってたんだよ。俺は多分違うと思っていたんだけれど、やっぱりここにいたのか。まあ、見つかってよかった」
そう言うと、ブレイブはグレイシアを抱きしめた。グレイシアは年上だからこういうのをされるのは慣れていなくて、とても恥ずかしかった。
「……帰ります、私。ご飯ご馳走になっちゃって……」
「いいのよ。いつもレオンと遊ぶ子供が居ないから、レオンも楽しかったみたいだし。ねえ?」
こくり、とレオンは頷く。
それを見てグレイシアは笑みを浮かべた。レオンと遊んだ時間はごく僅かだったが、彼にとってはとても有意義な時間だったというわけだ。
「それじゃ、アンリさんまた今度」
「あ、そうだわ。シチュー持って行く? どうせ未だ夕飯も食べていないんでしょう? たっぷり作っちゃったし、まだまだ余っているから持っていっても構わないけれど」
「……それじゃ、お言葉に甘えて……」
「子供は大人に精一杯甘えなさい。それが一番よ」
そう言ってアンリは笑みを浮かべると、キッチンへと戻っていった。
夜空には星々が輝いていた。
ブレイブとグレイシアはアンリから分けてもらったシチューの入った鍋を持ちながら、帰路へと就いていた。
「こんなにたくさんシチューもらっちゃったな……。食べきれるか解らないぞ」
「兄さん、寺院の食事は?」
「寺院に駆け込んできたヴァルトの話を聞いた師匠がさっさと探しに行けって言ってくれたもんだから、全然食べちゃいないよ。……まぁ、それにしても無事で良かった」
「ごめんなさい……。勝手に何処か行ってしまったりして」
「いいんだよ。過ぎたことだ、もう忘れよう。さ、急いで帰ろう。そして先ずはヴァルトと合流しなくてはならないね」
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
国王、ラグストリアル・リグレーは決断を迫られていた。
「陛下、これ以上の長考は最早どちらにも利益を産み出しません。我が国もティパモールも……そのパトロンであるアースガルドも、戦力を疲弊していくだけに過ぎません」
「うむ……。だがティパモールはリリーファーを投入してもなおびくともせず、寧ろ起動従士の精神が崩壊してしまう程だ。そんな中でさらに戦力を投下することは……」
「陛下、失礼します」
その時だった。臨時の執務室に入る人間が来たのは。
ピンクのカラーリングをしたスーツに身を包んだ『少女』は明らかに異様だった。周りに居る軍人は皆成人男性ばかりだったし、そのような派手な服装は身に付けない。そもそも、こんな戦地に少女が居ること自体おかしな話だった。
少女はラグストリアルの前に立つと、小さく跪いた。
「陛下。起動従士のマーズ・リッペンバーで御座います」
少女の言葉を聞いて、そこに居た人間――ラグストリアル以外、という条件が付くが――は言葉を失った。
先の『大会』によって起動従士が決められたことは知っていた。しかしそれはほんの数か月前に過ぎない。にもかかわらずここまで来ているというのはどういうことなのだろうか? そう思ったに違いない。
「よくぞ参られた、マーズ・リッペンバー起動従士。して、どうなされたか?」
「これから作戦に参加するため、挨拶をすべきだと思いましたもので」
「ほう。……誰がそう言ったのかね?」
「宰相が、そう仰られました」
「ふむ。宰相が、か。解った、しかし今日はもう遅い。明日から作戦に参加すると良いだろう」
それを聞いてマーズは深々と頭を下げる。
「了解しました」
それだけを言って立ち上がり、踵を返す。そしてマーズは執務室を後にした。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
ここで時間は八年後――即ち現代へと引き戻される。
マーズの部屋にてヴィエンスが報告を行った、その直後の事だ。
「……何故私が呼び出されたのかがまったく理解出来ないのだが」
「ごめんね、コルネリア。申し訳ないけれど、少しだけ昔話に付き合ってくれないかしら。まだ時間はあるでしょう?」
「確かに時間ならありますが……昔話?」
「そう。それもあなたたちも良く知っている、現在まで連なっている昔話、ティパモール内乱について――」
そして時間は再び八年前へと戻される――。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
執務室を後にしたマーズだったが、その足取りは重かった。
ラグストリアルが背後から追いかけてくる。
「やあ、先程は挨拶が遅れてしまって済まなかった。しかし君もここに来ているとは……。宰相のやつめ、報告を怠ったな。いや、そうでなければ話が繋がらん。まったく、こういう戦力の拡充はきちんと報告してもらわねば……」
「陛下。あなたが大会で仰られた言葉を覚えていますか」
「大会……君が優勝し、起動従士になった時の話かね?」
マーズは頷く。
それを見てラグストリアルは答えた。
「……ああ、確かに覚えているよ。『この国の平和のため、そしてこの国の民を守るため、全力を挙げて頑張っていただきたい』……そう言ったはずだ」
「リリーファーは国民を守るべきものなんですよね。どこかの言葉で『救う者』と言われているくらいに」
「……そうだ」
少し言葉を澱ませて、ラグストリアルは答える。
「ならば、なぜ国民を守るためのリリーファーで、国民を殺さなくてはいけないのですか」
ぴくり、とラグストリアルの眉が動いた。
マーズの話は続く。
「どうして殺さなくてはならないのですか。どうして国民を……ティパモールの民に何か落ち度があったのかもしれませんが、そうだとしても、同じ国民だということには変わりありません! どうして、どうして……」
その言葉に、ラグストリアルは彼女が満足できるような答えを出すことは出来なかった。
ラグストリアルはマーズの部屋まで見送り、その後彼女と別れた。誰かがすれ違うたびに、たとえその人間がどんなに忙しそうであっても、敬礼して通過していく。彼はそれを見て毎回頷きで答えていく。
彼がここに居るのは、何もマーズを見送りに来たわけではない。あくまでも目的地が途中まで一緒だったために向かっていた次第だった。
ならば、彼は何処へ向かっているというのだろうか?
答えは単純明快。自身の寝室であった。幾ら自分が最高権力を持つ指揮官であったとしても、睡眠を取らないと冷静な判断が出来なくなってしまう。
そして、今。
ラグストリアルは二十時間ぶりに数時間の仮眠をとることが出来た。とはいえ、奇襲などがあった時は有無を言わずに起こされてしまう。それが起きたのが約二十時間前――ということだ。
こういう緊急事態だからこそ、たとえ僅かでもゆっくり眠ることが出来るというのはいいことなのだろうが――それでも最近は激しさを増していた。
これで他国から何も無いというのが、未だ奇跡的だった。いや、実際にはあるのかもしれないが、『瀬戸際』でどうにか抑え込んでいるのだ。
ティパモール内乱に対するヴァリエイブルの対応については国民にとっても賛否両論であった。かたや平和(或いは秩序)を守るためには致し方ないことだという意見もあり、そうかと思えばやはりティパモールの民も国民なのだから権利を尊重すべきだという意見もある。未だこういう真逆の意見が現実に対立していないが、それも時間の問題といえよう。
「……何とかして早く抑え込まねば……」
そうすることで、同時に国民の関心をそちらにずらすことが出来る。少なくとも国に対する不満を僅かでも逸らすことが出来る。
「ほんとうはそんなことのために人を殺すべきではないのだがな……。『進言された』からには致し方ない」
そう彼は言い訳を呟く。言い訳だ。それ以上でもそれ以下でもない、最低の理由である。
だが、彼には断れない理由があった。それが『進言された』という一言に集約されている。何者かに進言された、しかもその何者かはとても地位が高く逆らうことが出来ないか実力行使で強制的にそれを行った、ということ――それが彼の心を縛り付けていた。
「いったい『あれ』は……あいつは、何のためにティパモールを……」
呪詛めいた呟きをしたが、それが聞こえる人間など誰も居なかった。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
深夜。
ヴァルトは唐突に目を覚ました。ヴァルトたちの寝床は三人で一緒になって寝るようになっている。そのため、誰が居ないのかということが簡単に解ってしまうのだ。いつもブレイブは寺院で僧といつも寝食を共にしているが、今日は久しぶりに三人で眠っている。
彼がちょうど目を覚ましたとき――その隣に眠っていたグレイシアの姿が無かった。
「姉貴……?」
いったい何処へ行ったのか。そう思ったヴァルトは起き上がる。あくまでも、隣に寝ているブレイブを起こさないように、慎重に、慎重に。
ゆっくりと起き上がっていったが、その僅かな時間があまりにも長く感じる。一秒が一分に、一分が一時間に感じてしまう。どれも皆、同じ一秒であるこのはかわりない。
寝床を何とかして出たヴァルトは、外を見て深夜の空気が普段のものとはまったく違うのを感じた。
肌に貼り付くように寒さがヒリヒリと感じる。しかしながら、それほど強い風も吹いていなかった。
ヴァルトたちが住む家は高台にある。ここが一番安い家だったからだ。両親亡き後、ブレイブが僧になり、師匠が提案してくれた家がここだった。だから今でも彼は師匠には頭が上がらないのである。
高台の端に、グレイシアは立っていた。彼女は月を見ていたのだ。月に照らされた彼女の横顔はとても綺麗で、神秘的であった。まるで天から降りてきたような美しさ、と言ってもいい。血の繋がった弟の彼でさえ、彼女の美しさに見惚れてしまったのだから。
「姉貴」
その空間を壊しては不味いと彼も思ったが、しかしなぜ彼女がそこに居るのかという興味がそれを上回った。だから、彼は声をかけた。
「あら、ヴァルト。起こしちゃったのかな?」
グレイシアは振り返り、ヴァルトに訊ねる。
ヴァルトはそれに首を横に振ったことで返答とする。
「……眠れなかったのかな。私もそうだよ、全然寝付けないんだ。なんというか、目が冴えちゃって」
「でも寝ないと明日に堪えるぞ? やっぱり幾らか寝ておかないと……」
「……怖い夢を見たの」
唐突に。
グレイシアはそう言った。
その言葉の意味が解らなかったわけでは無かった。
あまりにも突拍子も無いことだったから理解出来なかった――そういうわけでも無かった。
「……姉貴、それっていったいどういうこと?」
「怖い夢よ。朝日と共に何もかもが破壊される夢……とてもとても、恐ろしい夢だった……!」
「だから、それを紛らすためにここに?」
こくり、と彼女は頷いた。
「大丈夫だよ、姉貴。そんなことは起きない。まだヴァリエイブル軍は此方まで来ちゃいないって言っていたし、そんなことは無いよ」
「でも……」
「大丈夫」
ヴァルトはグレイシアの手を取り、握った。彼女を落ち着かせるためにとった行動だった。
「大丈夫だよ。何の問題も無い。明日も普通にやって来るさ。……だから、ゆっくり眠ろう?」
グレイシアはその言葉に頷いた。
そして二人は、そのまま戻っていった。
◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇
朝方。
ラグストリアルは起床し、予定通り『軍令特務零号』を公布した。これは読んで字の如く、軍令の中でもさらに|特別な命令(スペシャルケース)である『特務』の零号命令である。特務は普段使われるような命令ではなく、今回のような緊急時に用いられるものばかりだ。
そして、その中の『零号』とは――。
――地区殲滅も辞さない、最新世代のリリーファーを投入して完全に事態を収束させること。
要するに『殲滅』を下した命令であった。
それを聞いて軍の中でも緊張が走る。特務零号は滅多に公布されることのない、貴重な命令だ。それが自国内で公布されるというのだから、緊張しないほうがおかしい話だ。
「国王陛下は四時三十七分、軍令特務零号を公布なされた。それの意味は君たちでも良く知っていることだろう。そこで我々は、その命令に従うこととなる。リリーファーは『マーク・ゼロ』と『マーク・ワン』。さらにサラエナの東から『マーク・ツー』、『マーク・スリー』が攻め入ることが予定されている。時刻は五時。五時より『ティパモール殲滅戦』を開始する!!」
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