第115話

 ジェシー・アンソワーズはごく一般的な家庭に生まれた少女だ。しかしながら彼女の類希なる才能は、彼女を起動従士訓練学校の入学へと導いた。


「……大会のメンバーに選ばれるかもしれないの」


 だから、その発言を彼女の口から聞いたときは彼女の両親は驚いたに違いない。だって大会に出ることが出来るのは名誉なのだから。栄誉なことなのだから。大会に参加出来る人間は数少ない。だから自ずと優秀な人間に限られる。

 大会に出ることができるということは、その学校で優秀な人間であることが認められた――ということに等しい。だから彼女の両親は喜んでいるのだ。彼女が『選ばれた』という事実に。


「でもね……、私悩んでいるの。ほんとうに出ていいのかどうか」

「何を言うんだ。出たほうがいい。ジェシー、お前は頭がいいんだから」

「でも、周りにいる人間はみんな……私よりももっと頭がいいのよ」

「ジェシー」


 ジェシーの父親は彼女に語りかけた。


「ジェシーは頭がいい。そして、人と比べて劣っているところがあるかもしれないし、それは仕方ないことかもしれない。でも、ジェシー、君は君だ。それ以外の何者でもない。だから、君が嫌だというのならそれでも構わない。大会に参加しなくても構わないだろう。……でも、いつか後悔する。あの時出ていればよかったなんて思っても、もう遅い。人生は一度きりだ。リセットもできなければセーブもできないし、もちろんそのセーブデータを使ってやり直しめいたことも出来ない。その意味が……僕の言いたい意味が解るかい? 人生は一度きりだ。だから精一杯楽しんで精一杯苦しんで精一杯喜んで精一杯笑って……悔いのないように生きて欲しいんだ。悔いのないように生きて、悔いなく死んでいく。それが一番の理想だと思うし一番の生き方だと思うんだよ。僕はそういう生き方をしてきたかと言われれば、残念ながらはっきりと『そうだ』と言えない。だからジェシー、君にはそういう生き方をして欲しくないんだ」


 ジェシーの父親は、ジェシーの肩を撫でながら、非常に丁寧な語り口でそう言った。


「……私、ずっと言わなかったけど夢があるの。リリーファーに関われる仕事。あのかっこいい……ロボットに携わる仕事に就きたかった。そしてそれは今、叶おうとしている。だからこそ、不安なの」

「不安と思うその気持ちは誰にだってある。仕方無いことだろう。それでも、今ここで逃げ出してしまえば凡てが勿体無いよ。……そうとは思わないかい?」

「でも私にはそれを出来る意志がない。想いがない。力がない」

「意志は君が思っている以上に強いものを持っているさ。想いだって熱い想いが君の心の中にたぎっていることを、僕は知っているよ。そうでなかったら君はあの学校に入学出来てはいないだろう。それに力がないから……といって大会メンバーにはなれないのかい? それは違うだろうよ、力がないのなら、別の業を鍛えればいい。テクニックというやつだ。トリッキーに攻めていく……そういう起動従士はごまんといるはずだ。ジェシーはそういう起動従士になってみたいとは思わないのかい?」


 ジェシーは父親からの的確なその言葉を理解して、何度も心の中で反芻した。

 彼女は起動従士になりたかった。起動従士になってリリーファーを操って、困っている人を助けたい。彼女はそんな想いを抱いていた。

 感情論だけで乗りきれる世界ではないことを、彼女は重々承知していた。だからこそ、拒んだのだ。だからこそ、困ったのだ。


「わたし……」


 ここで迷っていていいのか? ここで諦めていいのか? 想いは募っていく。

 想いは募っていくほどに、彼女の心の中にある決意が浮かび上がった。

 リリーファーに乗りたい。自分もリリーファーに乗ってみんなを救えるような、立派な起動従士になりたい。

 決意に満ちた目を、彼女の父親は見ていた。そして頷くと、笑みを浮かべる。


「……決まったようだね。別に僕たちはそれについて拒むことはしないし、強制することはしないよ。君の道を、君の生きる道を歩めばいい。ただし、これだけはしてはいけない。道を歩んで歩み続けて、最終的に後悔しないで欲しい。後悔するのならば、その道を諦めて、自分が行きたい道に進む。最終的に自分が満足できれば……それでいいんだ」


 ジェシーの父親はそれだけを言って席を立ち、その場をあとにする。

 残されたジェシーとその母親は何も言うことなく、ただその場に座っているだけだった。


「……父さんがああ言ったけど、私も概ねあのとおりだから」

 ぽつり、と。

 ジェシーの母親はそう呟いた。

 ジェシーの母親は俯きながら、ぽつりぽつりと、しかしはっきりと言葉を紡いでいく。


「あなたが後悔しない生き方をしてくれれば、私は別に大丈夫だから。きっとそれは……さっきの話を聞いた限りだと父さんも一緒だと思う。私も父さんの意見に賛成だし、ジェシーのことを応援したいという気持ちは二人揃って持っていることだと思う。だからこそ、あなたには頑張って欲しい。自分の夢を追い求めて欲しいの」

「私は……私が大会のメンバーになって、大会に出てもいいのかな」

「いいに決まっているじゃない。ダメなわけないでしょう? もし、それでダメだったのならまた来年よ。あなたはまだ一年生じゃない。可能性は無限大に広がっていくというのに、ここで諦めちゃつまらないわ。まだまだこれからよ!」


 そう言って、ジェシーの母親は顔を上げると、小さくウインクする。それを見て彼女はなんだか楽しくなって小さく笑みをこぼすのであった。

 自分は幸せ者だ――ジェシーは思う。こんなふうに自分の立ち位置に立って考えてくれる両親、自分の夢をこうやって全力で応援してくれる両親がこの世界にどれくらいいるのだろうか。ジェシーの両親は少なくとも今ここにいるジェシーの両親だけ、オンリーワンなのだ。彼女の両親という存在は彼女の両親にほかならないのであって、代替は見当たらないし存在しない。

 世の中には両親が要らないだの両親を必要としないだのそういう意見もあるかもしれないが、たとえそうであったとしてもその人の両親はその二人しか存在しない、かけがえのないものなのだ。だから、そう無闇矢鱈に言うのは宜しくない。

 ジェシーもそう思いながら、心の中で小さく決意を固めた。

 起動従士になる、その足がかりとして『大会』に参加することを――。





 次の日、その放課後。

 騎士道部部室、と古い木の看板が立てかけられた、その教室の前に彼女は立っていた。


「というかこの古い木の看板、いつのものだろう……? もしかして、昔ここに騎士道部が存在していたとか……?」


 そんなことを考えながら、彼女はドアをノックする。

 返事はすぐにあった。昨日聞いた、おっとりとした声。恐らくマーズのものである。それを聞いてジェシーは中へ入った。


「あら、ジェシー。また来てくれたのね?」


 いち早くそれに反応したのはやはりシルヴィアだった。シルヴィアはそういう観察力に優れているのか、直ぐに誰が入ってきたのか見分けてしまう。それはすごい能力だ。

 ジェシーはシルヴィアを見て、言った。


「私も騎士道部に入りたいんだけど、……大丈夫?」


 それを聞いてシルヴィアの表情がまるで太陽のように輝いた。


「大丈夫よ! まだ部員は全然足りないからこれから呼び込みでもしたほうがいいのか……なーんてことを先生……えーと、騎士道部の顧問はマーズさんだから、別にマーズさんでもいいんだけど、マーズさんが言っていたの。だから、じゃあ行かなくちゃいけないかなあ……って思っていたところだったのよ!」


 シルヴィアはジェシーの前に立って彼女の腕を掴むとぶんぶんと振っていた。よっぽど彼女が入ったことが嬉しかったのだろう。それを見てジェシーもなんだか嬉しくなっていった。


「となると……これで大会メンバーは五人ね。出来ることならあと一人二人くらい補欠で欲しいところだけど……。それはおいおい考えていきましょうか」


 ガラガラ、とドアが開けられたのはその時だった。入ってきたのはファルバート、そしてもうひとりの青年だった。黒い髪の落ち着いた様子を見せている青年だった。少年の面影が残っている、生真面目な感じが体中から滲み出ている、そんな青年だ。その割にはファルバートの隣に立っている彼はとても無造作な感じだったが、奇妙なことに隙が見られなかった。だから、彼の立ち姿を見てマーズはすぐに違和を抱いたのだった。


「なんだかファルバートの隣に立っているあなた……まるで軍人みたいね」


 それを聞いて青年の眉がぴくりと動く。

 そして青年は笑みを浮かべて柔和な表情をマーズたちに示した。


「軍人だなんてそんな……。ただ僕はファルバートの友人なだけですよ。名前はリュート、リュート・ポカマカスです」


 そう言ってリュートは一礼する。

 それを見てマーズは笑みを浮かべる。

 なぜか?

 それは彼女の目から見て、リュート・ポカマカスがとても強い存在に見えたからだろう。起動従士としての才能がある、彼女はそう見たからだ。だから彼女は頷きながら、リュートの肩を叩くと、


「……なるほどね。ザイデルの家の人間が見染めたのだから、その才能は光り輝くものになっているのはもはや当然のことでしょう。ならば、疑うこともありません。即決です。リュート・ポカマカス、あなたを騎士道部に入部することを、正式に許可します」


 その言葉を聞いて再びリュートは深々と頭を下げた。

 これで六名。正規メンバー五名に補欠が一名という計算だ。即ちマーズの言っていた人数が揃ったということになる。

 これが意味するのは。


「……ということはこれで、大会のメンバーが決定したということになるな」


 崇人の言葉に、マーズはそっちを向いて頷いた。





 というわけで。

 メンバーが六人になったことをアリシエンスに報告するため、マーズは教員室へとやってきていた。


「なるほど……。思ったよりも早く集まりましたね。最初はどうなることかと思っていましたが、なんとかモデルケースの威信は保てそうです。あなたのおかげですよ、マーズ・リッペンバー」

「いやはや、そんなことはありませんよアリシエンス先生」


 マーズは謙遜する。


「……いえ、あなたが頑張ってくれたおかげですよ。私は通常の業務と並行して騎士道部の顧問を行うことが出来ません。あなたの時間が空いていて、ほんとうによかった」

「まあ、私がここにいるってことは即ち平和ってことですからね」


 そう言ってマーズは自嘲する。

 マーズとしては彼女の力でここまで行ったとは考えていない。もともと舞台が整っていれば学生が勝手にやると考えていたからだ。だからマーズはあくまでも責任を取る立場だけに居ればいい――そう思っていただけなので、だから、彼女としては実際に何かをしたと実感していないのだ。


「まぁ……あとはリーダー決めくらいでしょうか」


 マーズはアリシエンスから貰ったコーヒーを冷ましながら言った。

 アリシエンスはマーズの言葉を聞き、溜め息を吐く。


「それもそうね……。去年の場合はトントン拍子で決まってしまったというのがあるけれど……今年は?」

「先生の予想通り、ザイデルとゴーファンでその座を争いました」

「やはりそうなったのね……。仕方無いこととはいえ、禍根が息子世代まである事実を目の当たりにすると何とも悲しくなるというか」

「正確にはザイデル側の一方的な恨みにも思えますがね」


 漸く飲める程度に温度が下がったのか、マーズはコーヒーを一口啜った。

 マーズの言ったことは事実にほかならなかった。ザイデルとゴーファンが争うことに結果的にはなってしまったが実際にはザイデルが自らの地位が低いのを逆恨みしたことによるものだ。はっきり言って、まったくゴーファンたちには関係のないことであるし、彼自身がそれなりの順位――それこそ誰も文句を言わないような、高い順位を叩き出せば良かっただけなのだ。


「……まぁ、そのリーダーを決める戦いで凡てが決着付けばいい話ですが……」

「流石にそれくらいはけじめをつけるつもりでいるでしょう。この戦いで負けてから、さらにそれを所望するようなら男じゃありません。ザイデルの名が廃りますから」

「確かに、それもそうですね」


 マーズの言葉にアリシエンスは首肯。このやり取りがもうしばらく続いていた。それを鑑みるに、どうやら完全に騎士道部はマーズに一任するように思えた。いくらなんでもそれはどうなのだろうか――なんてことを思ったが頼まれたからにはやらざるを得ない。それが彼女の理念であったからだ。


「そういえば、アリシエンス先生。ひとつ、騎士道部でやりたいと思っていることがあるんですけど、もしよろしかったら先生もいらっしゃいませんか」

「やりたいこと? ……なんでしょう」

「歓迎会です」


 間髪いれずに彼女は言った。

 歓迎会。それは部活動などのグループで新入りが入った時に行われるパーティめいた集まりのことだ。そういうのをやることでギクシャクしていたメンバーは結束力を高める。別に今回のメンバーが全員一年生ならば問題もなかったが、二年生が何名かいるために歓迎会をして交流を図るべきではないかとマーズは常常考えていたのだ。


「歓迎会、ねえ……。まあ、どちらかといえば一年生と二年生の交流会……そういうことかしら?」

「ええ。そういうことになります。大会では個人の能力のほかに団体の、チームワークも問われることは毎年おなじみです。そして今年は……ルールも変わるらしいですからね」

「今までのトーナメント・システムを撤廃し、競技で執り行う。あなたもさすがに知っているようね」

「ちょっといろんなことに首を突っ込んでいるワーカーホリックが私の知り合いにいるものでね。こういう情報はけっこう知れ渡ってしまうんですよ」


 そう。

 彼女たちが心配しているのはそれだ。

 今年から大会は大きく変わってしまう。それについて、対処できるのかどうか――それが心配だったのだ。

 今まで、少なくとも去年までは団体戦と個人戦でトーナメント・システムを導入していた。だが、それでは面白みに欠けると考えたのか、大会運営側はルールを大きく変更した。そのひとつとなるのが、『競技制』だ。いわゆる学校の運動会のようなシステムだ。それを導入したのだ。今まで仕事を休んでまで見に行っていた観客が、休み過ぎないようにした……というわけではないが少なくともこれによって様々な場面が変更されるのは確かだ。

 現に今年はティパモール近郊にあったスタジアムは使わず、ヴァリス城近郊にある巨大スタジアムへと移転となった。理由は簡単。競技を執り行うために、巨大なスタジアムを自ずと必要になってしまうからだ。


「それで問題になるのはやはり競技ですが……あなたはそれを知っているんですか?」


 アリシエンスは訊ねる。しかし、マーズは首を横に振った。


「さすがにそこまでは聞き出せませんでした。やっぱり箝口令が敷かれているみたいです。アリシエンス先生の方では何か掴んでいたりしていません?」

「それがねえ……今年から大会の運営委員会のシステムががらっと変わってしまって。私が今いるのはどちらかというと選手のサポートの方なのよ。そして競技とかルールとかを制定している部門は別にあって、そこの情報は重要だから秘匿性が高くなっている。だから、そう簡単に教えてもらうことも出来ない。……でも、さすがにこのまま何も知らないままで行くと対策もできないままになるからグダグダになってしまうのは確実。それは運営も望んでいないから、何かルールが提示された……いわゆるルールブックのようなものが届くんだと思います」

「ルールブック……ですか」


 マーズはアリシエンスの話を聴きながらいろいろと展開の遅い運営に怒りを募らせていた。とはいえ、目の前にいるアリシエンスも運営の一人に入っているが、彼女に怒りをぶつけてもまったくの無駄であることは知っている。

 今年は去年と違って五チーム、計二十五名が参加する。もっとも、それは正規メンバーの数だけであり補欠やサポートメンバーなどを加えるとその二倍から三倍くらいに増えてしまうのだが。


「まあ、私は運営の一端を担っているとはいえ、そのために集められた有識者『オプティマス』の一員でしかないことに変わりはありませんし、それも最大で来年までです。来年以降は新たにこの学校の先生が選ばれるかどうかも解らないですし……私がまだ運営として活動できるのもある意味運がいいといえるでしょう」

「運も実力のうち、って言いますよ。アリシエンス先生」


 そう言ってマーズは笑みを浮かべる。

 対してアリシエンスは「それもそうね」とだけ言って、コーヒーを口に運んだ。



 ◇◇◇



「交流、会か。確かにそれもいいかもしれないな」


 崇人はマーズからそれを聞いて小さく頷いた。

 今、彼らがいるのは彼らの住む家のリビングである。部活動は早々に終わったため、現在食事を取りながら話をしているのだった。ちょうどいいタイミングだった――ということもあるのだろう。だから、マーズは今彼にまず意見を聞いているのだ。


「どうかな。そうすればまあ、団結力は高まると思う。はっきり言ってあのメンバーでリモーナは浮いている。だって、彼女だけ二年生だからね。だから、その浮いているものをできるだけ減らしておきたい。それが今回の交流会の目的だ。団体戦でどういう競技が出るか知れたものじゃないからね」

「まだはっきりとしていない、っていうことか」


 そう言って崇人はフォークで綺麗にスパゲッティを絡め取って、それを口に運んだ。


「そうね。まだはっきりしていない……それが現状よ。アリシエンス先生はそう遠くないうちにルールブックめいたものが来るだろう、なんて言っているけどね……。正直先生は楽観的過ぎるわ」

「それがあの先生のいいところなんだよ」


 そう言って崇人は笑みを浮かべる。

 その通りだった。マーズもアリシエンスと何度も会話を交わしているし、そもそもマーズにとって彼女は有名な先輩であるのだ。だが、そうであってもおっとりな性格の持ち主で、決して先輩と後輩の関係だからといって高圧的な態度をとることもない。

 アリシエンスとはそういう存在なのだ。かといってそれに漬け込む人間などいない。いるはずがない。そういう人間が怒ったときは、実は案外一番怖いものなのだ。


「……交流会の話についてだけど、僕は問題ないと思う。というか、寧ろ去年もやって良かったんじゃないかって思うくらいだ」

「去年はみんなメンバーが一年生だったというのもあるからね。案外そういう時ってこちらからそんなことをしなくても仲良くなっちゃうものなのよ」

「そんなもんかねぇ……」


 崇人は小さく溜め息を吐く。しかしながら彼女が言ったことはとんだ的外れな発言だった――というわけでもない。確かに去年のメンバーはそんなことをしなくても徐々に友好を深めていったからだ。

 だから今回もわざわざそんなことをしなくても――なんてことを思ったが、しかし交流会をやるのならばやってみるのも面白い。彼はそう思っていたのだ。


「だとしたら、問題は場所になるが……考えてたりするのか?」

「『サクラ』を見に行くわ」


 それを聞いて崇人は耳を疑った。今、マーズは何と言ったか。

 サクラ。それは音だけなら紛れもない、崇人が前居た世界にあった『桜』にほかならない。


「さ……サクラ? サクラって、あの……?」

「そうよ、それ以外に何かある? ……それとももしかして、タカトが居た世界にもサクラがあったというの?」


 その言葉に崇人は頷く。


「……ふうん。そうだったんだ。やっぱりこの世界と、タカトが元々居た世界って何らかの形で繋がっているのかもしれないわね……」


 神妙な面持ちでいつになく考え込むマーズ。元々崇人は元の世界に帰りたいなどと言っているのだから、探そうと思うのも若干思うことになるだろう。

 しかしながら崇人としてはそのことを考慮していなかったためか、直ぐにそれを言おうとも思わなかった。


「それにしてもサクラかぁ。まさかこの世界でそれが見れるとは思わなかった。やっぱり花はピンクだったりするのか?」

「そうよ。サクラを見てご飯を戴く……。なんて素晴らしい文化なのかしら! ほんと素晴らしいと思うわよ!」

「いや、まあ、そうだな……。で、そのサクラってどこにいけば見ることができるんだ? まさかバーチャル空間じゃないと見ることが出来ないとか……」

「そんなわけはないわ。ちょっと遠くなるんだけどね。ターム湖のほとりにある運動公園、そこにサクラが咲いているのよ」


 ターム湖。

 崇人は覚えているかどうかは不明瞭だが、かつてアーデルハイトとエスティの三人で海水浴に行った場所である。ここから鉄道でそう時間はかからないところにある観光スポット、それがターム湖である。


「へー……そんなところにサクラが咲いているのか? まさか一本だけとか言わないよな」

「そんなわけないわよ。たくさん咲いているわ。満開になると、運動公園が一面ピンクに染まるくらいにはたくさん」

「それは絶景だろうなあ」


 崇人は呟きながら、その光景を想像する。崇人が昔住んでいたアパートの近辺にも桜がいっぱい咲いている公園があったため、彼はその公園の光景を想像した。


「そういえば桜を見ながら酒を飲んだりしたっけ。昔住んでいたアパートから見えたんだよ、桜が。もちろん完璧に見えるわけじゃなくて、ちょろっとだけどな」

「へえ、すごいじゃない。……一応言っておくけど酒は出ないからね」

「そりゃまあ」


 そう言って崇人は肩をすくめる。内心酒が飲みたかったので溜息を吐いたが、外見からしてそれは仕方ないことであるともいえる。


「……問題はいつやるか、って話。タカトは覚えているかどうか微妙なところだけど、明後日にシミュレートセンターでリーダーを決める戦いを行う。やるのはその前にするかその後にするか、そこが問題なのよね」

「メリアの許可は結局取れたのかよ?」

「花見に一緒に行きましょう、って言ったらOKって」

「軽いなオイ!」


 崇人はマーズに軽いツッコミを入れる。なんだか最近この立ち位置ばかり目立っているような気がするが、崇人が覚えているかどうかははっきり言って彼に聞いてみなくては解らないだろう。

 マーズの話は続く。


「だから、一応それを考えるとメリアの予定も鑑みなくちゃいけないわけ。んで……実はメリアが空いてるのって明後日以外に一番近いの明日なのよね」

「ちけーよ! 驚きだわ!」

「いやいや、だってしょうがないじゃない。私だってなんとかしようと思ったのよ? けど、聞いた話によればメリアは『大会』のコース作成も行っているらしいし」

「メリアが? あいつの専門はあくまでリリーファーのシミュレートとプログラミングだろ? あのアスレティックコースを使うってわけでもなさそうだし……」

「ワークステーションに目が釘付けになってたから新しいコースでも作っているんじゃないかしら、大会用に。可能性はある」

「まあ、無きにしも非ずだ。ただ、そうだとしてもなーんか腑に落ちないよな。隠し事はしゃーないとして、あいつ仕事受け持ちすぎじゃないか? 割と冗談抜きでぶっ倒れるぞ」

「私もいろいろと言ってはいるけどねえ……少し身体を大事にしたら、って。やっぱり身体が資本なのはかわりないし」

「こき使っているおまえがいうのも、正直どうかと思うがな?」


 崇人は言うと、マーズはせせら笑う。それほど彼がおかしなことを言ったのか。いいや、今のは確実に誰が何を見ても常識人めいた発言だったことは明らかだ。

 そんなことより、と言って崇人は話を続ける。


「ともかく明日だとしても、今日中にメールなりなんなりしたほうがいいだろ。そうじゃないと、急にしても予定とか入っていてダメかもしれないし」

「でも私、メールアドレス知らないのよね」

「う……そだろ? おまえそれでも顧問やってるの?」

「あくまで嘱託だからね」

「ちったあやる気出せよ!」


 心の中で小さく舌打ちしながら崇人はスマートフォンを取り出し、メーリングリストを起動する。そこには既に騎士道部全員のアドレスが追加されていた。

 それを眺めたマーズは感嘆の溜息を吐いて、


「ほう。そんなやり方があったとはなあ……。どうも私はこういうのに疎くて困る」

「そうだよ、これくらいきちんとやってほしいものだね。いつまで顧問が続くか知らないが、ずっとこうやっていちゃ笑われちまうぜ」

「そこは私の地位で何とかするさ」

「せめてスマートフォン扱えない方を何とかして欲しいんだけどなあ……」


 崇人は呟くが、それをマーズがきちんと理解することはなかった。


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