第104話
白の部屋ではテレビでその光景を眺めていた。
「……帽子屋ってこんなもの好きだったっけ?」
「うん?」
テレビに集中していた帽子屋に、一つ溜息を吐いてハンプティ・ダンプティは訊ねる。
帽子屋は笑みを浮かべながら振り返り、ハンプティ・ダンプティに言った。
「別に僕はこんな幼稚でくだらない行事なんか好きで見ているわけじゃないさ。作戦に関係なかったら早送りしたいレベルだよ。さっさと次の段階に進めたいくらいさ」
「……君のその口ぶりからすると『二代目』が目覚めるのか?」
その言葉に帽子屋は頷く。
「なんというかね、二代目が目覚めるんだけど、その行動がひどく人間臭くて面白い。彼女がずっと思っていた、不満が大きく弾けるんだよ。面白いとは思わないかい?」
「それじゃ、まだ行動に移していないのかい?」
「いいや、移すよ。絶対に今日ね。なぜならもう彼女はもうあのシミュレートセンターに侵入している。面白いね。あんなにセキュリティーをがちがちにしているのに簡単に入れるんだから。さすがは軍人といったところかなあ」
帽子屋はそう言ってテーブルに置かれていたミルクティーを飲んだ。
そして彼らは再びテレビの画面に集中した。
外部端末――というよりも使われていないシミュレートマシンがこのシミュレートセンターには幾つか存在している。その殆どは電源を抜いているから動くことはないが動くやつもある。
それは最新型のシミュレートマシン……実験型だった。実験のために置かれていたそれだったが、彼女にはそれが都合良かった。
彼女はケーブルを通してパソコンをつなぎ、そこにUSBスティックを挿す。そしてUSBに入っていたデータがパソコンを通してシミュレートマシンへ入っていく。
結果は直ぐに解った。パソコンの画面に、こう書かれていたからだ。
――プログラム・スサノオ。インストール完了
それを見て彼女は笑みを浮かべる。これで彼女の作戦が実行出来る。これで彼女が彼女の野望を叶えることが出来る。それがとても嬉しかった。それが楽しみで仕方なかった。
そして。
彼女はシミュレートマシンに乗り込み、電源を入れて――仮想空間へと飛び込んだ。
異変に一番最初に気がついたのはクラスメートの一人だった。彼はもう岩山エリアに突入しており、ほかのクラスメートを速さで圧倒していた。
彼はチームを嫌っていた。一番早くいくのがいい……そう思っていたのだ。そして彼はそれを有言実行しようとしていた。
「俺の勝利はこれで揺らぐことはない……!」
そう呟きながら、山を登っていた。
その時だった。
岩山の向こうから一機のリリーファーが見えた。
それは彼ら学生が乗るような量産型リリーファーではない。黒いカラーリングで赤い目を持つリリーファーだった。
最初、彼はそれがリリーファーではなく何かの獣ではないかと錯覚した。
しかし、そんなちんけな考えは直ぐに払拭されることになる。
――彼の目の前にいるリリーファーが、姿を消したのだ。
彼は驚いた。どこへいったのか、あたりを見渡した。
だが、彼がそう思ったときには遅かった。
彼の乗るリリーファーが上半身と下半身に分断させられていた。
上半身は地面に倒れ、下半身はそのままのポーズを固持していた。彼は何が起きたのか解らず、リリーファーコントローラをただ弄っていた。
しかし。敵はそんな甘くなかった。
そのリリーファーはゼロ距離でレーザーガンを彼の乗るリリーファーに撃ち放った。
そしてそのリリーファーの上半身は、地面を抉り取って霧散した。
その被害を初めに知ったのはコントロールルームにいたメリアだった。メリアはワークステーションを何度も見て、言った。
「こんな強力な武器を持ったリリーファーをプログラミングした覚えはないわよ……。というか、デバッグしたときにもこんなリリーファーは居なかった……」
「外部からデータが入れられた可能性は?」
「ここのネットワークはここだけで閉じたものになっているのよ。勿論、防衛上の都合からね」
「ならネットワークは無理か……。いい考えではあると思ったが、そもそもこんなところのネットワークをオープンにする利点が全く見当たらないもんなぁ……」
マーズは首を傾げる。メリアは会話を続けながらもずっとワークステーションに何かを入力していた。
「とにかく、何か方法は見つからないのか。先ずは全員を強制的にログアウトさせるとか……」
「させませんよ」
マーズの発言を何者かの声が遮った。
そしてカチャリとマーズの耳元で冷たい音が響いた。
そこに立っていたのは黒ずくめの人間だった。顔を覗こうにしても黒い仮面を被っているためか見ることが出来ない。
しかしながら、拳銃を突き付けられているのはマーズだけではない。メリアも、アリシエンスも、その場に居た全員に拳銃が突き付けられていたのだ。
「何者だお前ら……!」
「我々は『ネックス』だ」
マーズの言葉に仮面は答える。
ネックス。聞いたこともない単語だった。最近どこかの母集団から分かれた可能性も考えられる。
「ネックス、ね。また自分のやりたいことを無理矢理に押しつけるためのテロ集団が生まれたのか?」
「無駄口を叩いている余裕があるのか?」
そう言って仮面はマーズの腹を蹴り上げた。どうやってか、仮面が瞬間的にマーズの正面に姿を見せたのだ。
「何が……目的なんだ?」
マーズの言葉に、仮面は笑みを浮かべたように見えた。仮面は表情を変えるはずがないというのに。
「それはきっと……あのお方が言ってくださるはずだ」
そう言って、仮面はマーズたちの視線をモニターに向けさせた。
仮想空間では、崇人たち学生とあのリリーファーが対面していた。
学生数名はリリーファーを何かのミッションだと思ったらしく、立ち向かっていったのだが、見るも無惨な姿になってしまった。
「……あれは強い。ヴィエンス、リモーナ、今は手を出さない方がいいと思う、絶対に」
崇人は戦わずとも感じていた。そのリリーファーが強い、と。
そしてヴィエンスたちはそれを言われなくても理解していた。敵から発せられるオーラがとてつもないものだったのだ。見るものを怯えさせるようなそれだ。
『……私の名前はアリス。この国を統べるべく生まれたのよ』
その声は静かなものだった。凡てを包み込むような暖かいものだった。
アリスと名乗った人間が搭乗しているリリーファーは崇人たちの目の前に立っていた。
「……なんというか厄介な状況であることには変わらないな」
独りごちり、敵の様子を眺めていた。敵は挨拶以降何も行っていない。崇人はそれをミッションだと考え、どうやってこのミッションをクリアするべきか考えた。
別になんでもかんでもミッションにするのはいかがなものかとなるが、崇人としてはそうでもしないとやってられないなと思っていた。
『……君たちは自由を渇望してはいないだろうか』
アリスと自らを名乗った人間は言った。
しかし学生は、それについて言い返すことなど出来なかった。仕様が無かったのだ。
『君たちの未来は、残念ながら国によって拘束されている。呆れてしまうくらいに固められた未来だ。しかし、命令をする人間は国王であって、国王はリリーファーのことをろくに理解していない人間だ。当然、常識的には考えられない命令だってやって来ることだろう。いや、そういう命令ばかりなのだ。現に私はそういうもので傷つき倒れてしまった同胞の存在をよく知っている』
崇人はずっとそれを聞いていた。つまりそこに立っているリリーファーに乗っているアリスの言葉を理解したということになるのだが、しかしアリスの言葉には意味が通じない部分もちらほら見受けられた。
今まで崇人はそんな無理な命令は聞いたこともなかったし受けたこともなかった――ということだ。それについては経験がないから賛同も出来ない。
アリスの話は続いた。
『……さて、起動従士諸君。私はこの起動従士を取り巻く悲しき状況を調整せねばならないとずっと考えてきました。そして私は一つの結論を導いた。……だったら国を作ってしまえばいいんですよ……!』
その考えは飛んでいる考えであることは、まだこの世界にやって来て僅か一年程である崇人にも充分理解出来る。要は上司が使えないから自分たちだけで部署を立ち上げよう――そう考えているのだ。
それは突飛な考えだった。そんな考えが成り立つわけがない、という予測すら立ってしまう程だ。
いや、寧ろ確定といえるだろう。起動従士が国を作ってうまくやっていけるのか、と訊ねられて素直に縦に頷く人間は、まあ居ないだろう。
だから、その宣言をモニターを通して見ていたマーズは舌打ちを一つした。それを聞いた仮面が再びマーズの腹を蹴り上げた。
「……勝手な真似をしちゃいけない。そして今君たちが明らかに嫌悪感を示したいのも解る。だがね……我々は本気だ。どんな手段を用いようとも、我々は国を作り上げる。そして我々は、起動従士としての権利を、起動従士としての存在を、次の世代に打ち付ける……これぞ『ネックス』だ」
「狂ってやがる」
「そうだね。自分たちの意見は狂っているかもしれない。だが、自分たち自身からすれば、自分たちはまったくの正常だ。私たちは狂っていない。寧ろ正当だ。正当な意見を主張しているだけに過ぎないのだよ」
仮面は抑揚のない声で告げる。
『――あぁ、そうだ。最後に言わせてもらおう』
モニターからアリスの声が聞こえる。
アリスは続けて言った。
『今私の目の前にいる五十機……四人の「反逆者」を処分したから、実際には四十六機だろうか? その中に入っている学生は、我々がただいまをもって建国を宣言した「自由国ネックス」の国民になってもらう。はじめは抵抗こそあるかもしれないが、直ぐに我々の意見に賛同してくれると期待している。あぁ、因みに私たちの意見に賛同出来ないのであれば今のうちにどうぞ。私が全力をもって排除するから、そのつもりで』
そして、アリスは叫んだ。
『コマンド、アンシールド!』
刹那、学生たちが乗っている四十六機が行動を停止し、強制的に学生たちが外に投げ出された。
学生たちの怒号は先ず勝手に行動を停止したリリーファーへと投げかけられる。しかしリリーファーは動くことはない。
笑みを浮かべながら、アリスは言った。
『無駄ですよ。これはコマンド・アンシールドによって強制的にリリーファーから起動従士を射出し、停止させたものです。まあ、この仮想空間でしか実現出来ないことですが……』
「狂ってる……。おい! メリア、聞こえているんだろう!! 聞こえているのなら、さっさと俺たちをここからログアウトさせろ!!」
崇人は叫ぶも、それはメリアには届かない。メリアはそれを、仮面に押さえつけられながら聞いていた。目の前に解除するためのワークステーションが存在するというのに、それを使うことが出来ない。もどかしさ、というよりも屈辱が彼女を覆い尽くしていく。
「……アンシールド、か。ほんとうに厄介なものを使いやがって……」
メリアは呟く。それを聞いて仮面は銃を再びメリアの蟀谷につきつけてそのまま彼女の身体をテーブルに押し付けた。
しかしそれに構わず、メリアは話を続けた。
「アンシールドというコマンドを使ったことによってリリーファーは機能を停止した。これは即ち、彼らを押さえておく器から彼ら自体が仮想空間に射出された……そういうことだ。それによって、最低限の人命の確保がなされなくなる。場合によっては永遠と起きることが出来なくなる。貴様たちのボスは、それを考慮した上であのコマンドを実行したとでもいうのか?」
「メリア、今言ったことは本当なのか!?」
マーズはメリアが言ったその言葉を、出来ることなら信じたくなかった。嘘だと言って欲しかった。
メリアの言っていることが真実だとするならば、学生たちはコンピュータの中に無防備に魂をさらけ出している――ということになる。厄介事この上ない。
「無駄口を叩いている余裕なんて、未だあったんだな」
そう言われて彼女たちは身体を殴られる。一応マーズは未だ正気を保っていられているが、問題はメリアだ。彼女は科学者であり軍人ではない。よって拷問めいたこの状況を味わうケースが滅多に経験されることなどないに等しい。
だからマーズは崇人たちも勿論のこと、メリアについても心配していた。
このような状況の中、非力で何も出来ない自分が、ただただ腹立たしかった。
――このやろう。
マーズが吐いた文句は誰にも聞こえることはなかった。
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