第102話

 舞台は変わって、崇人たちの通っている学校でも緊張感がひしひしと伝わってきていた。それも当然だろう。明日の進級試験をクリアしなければ進級要件を満たしていないということになるのだから、事実上の『留年』ということになる。留年は恥ずかしい制度であるから、誰もやりたがらない。しかしながら、例年数人の留年生は輩出(というと少々表現がおかしいのだが)している。


「……明日かあ」


 崇人は食堂でうどんを啜りながら呟く。


「ほんと、それだよね。少し前まではまだ時間あるねーとか思っていたんだけど。というか、転校して二週間で進級試験とか受けて、私受かるかな……」


 リモーナはそう言ってカレーを一口。


「でもリモーナはリリーファーの操縦も上手いし大丈夫でしょ? まあ、今回の試験はシミュレートマシンで行うから実際の機械と違いはあるかもしれないけれど……それでも、リリーファーがあれだけつかえるなら問題ないと思うよ」


 崇人は言った。それに対して賛同するようにヴィエンスも頷く。

 彼もリモーナの才能には疑う余地もなかった。彼女が最初に受けたリリーファーを駆動させる授業において先生のアリシエンスから「これほどまでの技能を発揮出来るとは、驚きです」という高い評価を得たのだ。

 だから彼女は心配するまでもなく進級できるだろう、というのがヴィエンスと崇人の考えだった。とはいえ、『絶対』というのは有り得ない。どんな場合においてもイレギュラーな状態は有り得るのは事実であって、それを考慮せねばならないのだ。だからこそ、慎重にいく必要がある。


「まあ、気を抜いて。落ち着いていった方がいいだろうね……。アリシエンス先生も言ってただろ? そこまで難しい難易度ではない、普通にやっていれば普通にクリア出来るレベルだって」


 崇人は授業中にアリシエンスが言っていた言葉を思い出す。

 それでも、崇人はマーズから聞いたアスレティックコースの内容が不安で仕方なかった。市街地と海。未だ内容がはっきりしていない部分は対策のしようがない。アリシエンスも『アスレティックコースをシミュレートマシンを用いて走破する』とだけしか言っておらず、内容については言及していない。

 それが彼にとって疑問だった。隠す必要はあるのか、ということだ。それについてアリシエンスに訊ねたところ、小さく溜息を吐いて、彼女はこう言った。



 ――戦争も、事前にコンディションがどうなっているのか教えてもらうことはできません。それは神様か何か……ともかく人間とは別の次元を生きる何かの気まぐれによって変えられてしまうのです。ですが、今回の試験はそんなものが関係ないシミュレーション上でのお話。とはいってもあなたたちは将来、例外はもちろんありますが、起動従士になるべくここに来たのです。戦場を、体験しなくてはいけないでしょう。いずれ、やってくるその時のために。



 それは道理だった。いつか彼らはリリーファーに乗って戦場に出向くのだ。そこでのコンディションの把握と戦況の判断は個人で行わなくてはならない。

 そのための予行演習として、今回の試験がある――なるほど、そう言われてしまうと崇人も何も言い返せなかった。


「まあ、要するにアリシエンス先生のほうが一枚上手だったって話だよな……」


 崇人は独りごちる。

 ともかくこれからのことを考えねばならなかった。アリシエンス曰く今回の進級試験は別にチームを組んでも構わない、とのことだった。ただしメンバーは三人までと決定しているため、クラス全員が一つのチームになることは不可能だ。

 そういうわけで崇人はヴィエンスとりモーナの三人でチームを組むこととなった。チームは大抵三の倍数くらいがちょうどいいとされている。三人ならばそのうち二人が一人づつ意見が分かれてしまったとしても、残りの一人がその仲介役に回ることが出来る。六人、九人……と増えていけば多数決の時に大変楽になる。ただし、奇数に限る。そうでないと多数決でハーフ・アンド・ハーフになってしまうからだ。


「アリシエンス先生の話はそれとして、シミュレーションってどこでやるの? 学校?」

「学校じゃないよ。シミュレートセンターっていう場所があるんだよ。そこにシミュレートマシンってのがあって、それから仮想空間にダイブするんじゃないかな」

「詳しいのね、タカトって」

「そりゃ騎士団だからね」


 リモーナも、クラスメイトとおなじく崇人とヴィエンスが騎士団の一員であることは知っていた。

 だから崇人とヴィエンスには尊敬の念を抱いていた。


「……ほんと、すごいよね。タカトとヴィエンスは。こんな、私たちと一緒の年齢から騎士団として活動しているんだから」

「まあ、すごいのは俺じゃなくてこいつ。しかもこいつが操縦するリリーファーのことだがな」

「知ってる。インフィニティ……だっけ? よく新聞でも載ってるよね」


 インフィニティは、もうこの頃にもなれば新聞や各種マスメディアでよく報道されるようになっていた。

 曰く、秘密裏に開発した最強のリリーファー。

 曰く、古代の遺跡から発掘された古代人の遺した異物。

 インフィニティには様々な尾鰭がついた噂が広がり、今やインフィニティをモデルにした映画や小説まで話が広がっているというのだから、その展開について末恐ろしく感じてしまう崇人であった。


「インフィニティは最強のリリーファーだ。なんでも、自分で動くことが出来るんだからな。えーと、なんていうんだっけかそういうの」

「自律型?」

「それな」


 そう言ってヴィエンスはフライドポテトを一つ摘んで頬張る。


「ともかく、その自律型OSがインフィニティには備わっている。だから理論上誰でも操縦は可能なんだ。だが……生憎コックピットに入ることを許されたのはタカトだけ、ってことだ」


 あの時のことを、崇人は今でも詳細に覚えている。インフィニティに声をかけたら、それが一致したとしてコックピットに誘われる。……あの時はまだ彼の外見は会社員のそれだったが、姿かたちが変わっても声紋そのものは変わらない。


「インフィニティには様々な起動従士が……俺たちの先輩にあたる人間だな、起動従士たちが入ろうと試みた。なにせ最強という名前を冠しているんだからな。乗りたいと思う人が多いのも道理だ。俺だってそれは乗りたかったからな」


 ヴィエンスは崇人の方をチラッと見る。

 崇人は照れくさかったので頭を掻いた。


「……俺としてはどうしてこいつがインフィニティに乗れたのかが疑問で仕方ないが、何か細工をしたとは思えないし、やっぱりそういう天啓でもあったんだろう。そのへんは俺だってあきらめがつく。だが、ほかの人間はどうだろう? 今までインフィニティに乗ってやろう、乗って国王からえらい称号を手に入れようなんて、最強のリリーファーを自身の昇格の手土産にしようと考えていた起動従士はどうなると思う? 突然現れたインフィニティの乗り手に困惑するだろう。そしてそれは次第に怒りに変わるに違いない。起動従士になった人間は様々な事情があるからな。優秀な人間でも親に認められることがなかったり、家が貧乏で何とか起動従士になって偉くなってお金をたくさん欲しいと思っていたり……様々な野心を持っている人間ばかりだ。さて、そんな人間たちが、インフィニティの乗り手……つまりタカトに何の攻撃もしてこないあろうか。答えは言わずもがな、ノーだ。そんなことはない。絶対に攻撃をしてくるに決まっている。タカトさえ死んでしまえばインフィニティの乗り手は再び空白、乗り手を探すために様々な選考が再開されるからな」

「……インフィニティって、そんなにすごいリリーファーなんだ」


 ヴィエンスからの言葉を聞いてリモーナは頷く。ヴィエンスの話は長いものであったが、しかしポイントは掴んであるため、とても理解しやすい内容であったのは事実だった。

 ヴィエンスは咳払いを一つ。


「……まあ、結論から言えば、タカトはこれからも狙われる可能性が高い。しかもインフィニティが暴走したというニュースがあってからは尚更だろう。あれは箝口令を敷いたなんて言われているが、人の口に戸は立てられない。いつかはどこかから漏れてくるものだ。だからタカト、お前には力をつけて欲しい。これはインフィニティの起動従士というお前の立場を守るためでもあるし、ハリー騎士団団長という立場を守るためでもある。そしてそれは、ハリー騎士団の興隆のためにも、必要なことだ」


 ヴィエンスはそう言ってフライドポテト最後の一本を口に放りこんだ。


「仰々しい話をしているなあ……ヴィエンス。少し気を抜いたらどうだい?」


 ケイスはその話を聞いて笑みを浮かべる。


「部外者には用はない」


 対して、ヴィエンスの反応は冷たかった。

 それを聞いて、ケイスは頬を膨らませる。


「そう言われると僕もなんだか腹立たしいものを感じるね。第一、今は僕だって会話に参加しているじゃないか。それ以上に何が必要だ? 会話の上では、僕は部外者じゃないぜ?」

「……相変わらず御託が好きだな、ケイス・アキュラ」

「おおっと、君にフルネームを呼ばれるのは随分と久しぶりだねえ」


 ヴィエンスとケイスの話はさておき。


「ともかく、俺たちも俺たちで何か作戦を立てなくちゃいけないと思うんだ。……ヴィエンス、リモーナ、今日どこかで集まれないか? 一番手っ取り早いのは俺の家なんだが……」

「お前にはマーズ・リッペンバーという彼女がいるだろうが」


 そう茶化したのはケイスだった。


「いやいや、そういうわけじゃないから……」

「タカト、マーズと付き合っていたのか」

「えっ? この前のアレで知らなかったの?」

「いや、まったく興味なかったから聞いてなかった。そうか、知らなかった」


 ヴィエンスはニヤニヤと崇人を見ながら笑みを浮かべる。

 まるで『いいオモチャを見つけた』などと思っているようだった。


「……ま、まぁいい。ともかくどうだ? 今日は俺の家でチーム内の作戦会議というのは」


 その言葉にヴィエンスとリモーナは同時に頷いた。

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