第96話
「シミュレートマシンによるアスレティックコースの走破、ねえ。ほんとうにアリシエンス先生はそう言っのか?」
食堂でのヴィエンスの問答に崇人は頷く。
今、ヴィエンスと崇人、それにケイスは食堂にやってきていた。崇人はいつもの通りたぬきうどんを注文しており、ほかのふたりはなんだかよくわからない何かを注文していた。
「……しっかし、ずーっと変わってなかったんでしょ? 起動従士クラスの進級試験、ってやつは」
ケイスがヴィエンスと崇人の会話に口を挟んできた。しかしながら、崇人はその質問に答えることが出来ない。なぜなら、過去の試験内容など知るはずもないからだ。
「クラスの状況を聞いた限りだと、ここ十年は似たような試験が続いていたらしい。決められた面積の木を伐採するとか、な」
代わりに答えたのはヴィエンスだった。
それは崇人もエスティから聞いたことのある言葉だった。エスティは「そんなこと出来るのかな」だなんて言っていたような記憶が、彼の中に眠っていた。
「それもそれで面倒臭いね」
ケイスはそれを聞いて笑みを浮かべる。
対して、ヴィエンスは失笑した。
「それもそうだ。初めにそれをきいたときは起動従士を舐めているのかなんて思ったが……しかし、タカトから聞いたその内容が本当だとすれば今回の進級試験は少し骨のあるものになりそうだ」
「……何もなければ、本当にただの試験にほかならないんだがな」
そう言って崇人はうどんを啜った。
「ねえ」
声がかかったのはそんな時だった。崇人が振り返るとそこにはリモーナが立っていた。
「ここ、いい?」
崇人の隣は空いていた。しかし、席を詰めるほど今食堂は混んでいないように見える。
だが、彼女の意見を否定するつもりも今の崇人には無かったので、了承する。
それを聞いてリモーナは微笑むと、崇人の隣に腰掛けた。
「見たことないね。もしかして……君が噂の転校生?」
「ええ。リモーナっていうの。よろしくね」
「そうか、リモーナっていうのか。僕はケイスだ。君たちとは違って魔術クラスに通っているけれど……いつも僕たちはここで食事をしていてね。仲もそれなりに良いんだ」
ケイスの言葉に、ふうんと答えるリモーナ。
そこでふと崇人はリモーナが注文した食事を見てみることにした。彼女が注文したのはカレーだった。異世界共通と彼が称したカレーである。そしてそれは、エスティが毎日のように食べていたものでもあった。
「カレー……」
崇人は思わず、それを口に出していた。
「あら。カレーが好きなの? 実は私も大好きなの。毎日食べたくなっちゃうくらいに」
それも、エスティに似ていた。
気が付けば彼は、リモーナをエスティと重ね合わせていたのかもしれない。彼から見れば、その笑顔もエスティによく似ていた。
「……おい、タカト。うどん伸びきっちまうぞ?」
ケイスから言われて、慌てて崇人はうどんを口に掻っ込んでいく。
それを見てリモーナは笑うのだった。
◇◇◇
「試験内容が変わった? ……ふむ、私が学校に通っていた時もたしか進級試験は木を伐採するやつだったぞ」
帰宅して、マーズに今日あったことを報告する。一先ず、マーズが学校にいた時から進級試験は変わっていなかったらしい、ということを確認した崇人であった。
対してマーズはそれを聞いて首を傾げる。
「しっかしなんで急に試験内容を変更したんだ? 前の方がきっちりとできるというのに……」
「やっぱり、急すぎるのか?」
「ああ。今まで試験をそういうふうにしていたのは、そんな簡単に落とさないようにする目的がある。落としすぎても行けないし受からせすぎてもいけない。じゃあ、どうすればいいか……ってときにちょうどいいのがあれだったんだ。あれならそれなりにスタミナを使うってんでいいというわけだよ。スタミナがない人間は一エクスの木を伐採することは不可能に近い。だから、いい塩梅で落とすことができる」
「それがその試験、ってわけか……。で、今回の試験、どう思う?」
「どう思うも何も、私もそれしか聞いていないわけだから対策を立てようがない。恐らくコースを作成ているのはメリアだから私なら聞けることは可能だろうが……」
「少しでいいから、聞いてきたほうがいいんじゃないか? いくらなんでもこれは不条理すぎるぞ」
「試験ってのは授業でやった内容しか出ないのが常ってもんだろ?」
「いやいやいやいや! 授業でアスレティックなんて高度なことやってないから!」
崇人のツッコミを聞いて、マーズは溜息を吐いた。
「まあ……お前がそんなツッコミができるほどまで回復したのはいいことだ。しょうがないから、明日聞いてきてやろう。どうせそろそろシミュレートマシンに乗ろうかと思っていた頃合だ」
「マーズっていつもシミュレートマシンに乗っているイメージがあるけどな」
「失敬な。私だって週二回は休む」
「週休二日制ってか」
「ちなみに休みの日はそれなりにうずうずしている」
「聞きたくなかったよ、そんな情報!」
「まあいい」
マーズはニヒルな笑みを浮かべる。
「そんなことより話の続きは食事をしながらにしようじゃないか。今日はカレーだぞ」
「カレーか。そいつは楽しみだ」
そう言ってふたりは食事をするためのテーブルへと向かった。
食事をしながら崇人は報告を再開した。
「そういえば今日は転校生が来てな、それがとても可愛い娘だったよ」
「ふうん? どれくらい?」
「なんだかな……エスティに似ている気がするんだよ」
「エスティに?」
「ああ。カレーが毎日好きだというし、エスティと話口調が似ている点があるし、横顔がそっくりだし」
「……だが、お前も知っているだろう。エスティは私たちの目の前でリリーファーに踏み潰されて……死んだんだぞ」
その言葉に、崇人はゆっくりと頷いた。
その通りだった。エスティは目の前で死んだのだ。だから、彼女であるはずがなかった。
けれど、仕草や好みのことを考えると――彼はエスティとリモーナを重ね合わせてしまっていたのだ。
「……とりあえず、辛気臭い話は食事の時間にするもんじゃない。明日私はメリアに会って試験のことについて聞いてみることにするよ」
「ありがとうな、わざわざこんなこと頼んじゃって」
「私の好奇心というものもあるから、特に問題ないわ。タカトはきちんと学業に専念してちょうだい。いつ戦争とかが起きて出撃命令が出るか解らないのだから」
そう言って、彼らの食事は続いていった。
◇◇◇
次の日。
マーズはメリアに会いにシミュレートセンターへとやってきた。
「……どうやら、忙しそうだな。メリア」
メリアの部屋ではたくさんのワークステーションが作動していた。そしてそのどれもを操作して並行的に作業を行っていた。
メリアはマーズが近づいてくる気配を察してそちらに振り返る。メリアの目の下には大きなクマができていた。
「やあ、マーズ。随分と久しぶりだね。戦争終了後の慰安パーティ以来かな?」
「……そんなことより少し休んだらどう? すごい疲れが見えるわよ。もっと身体を大切にしたら」
「そんなこと言うけどねー、いそがしいんだよ」
カタカタ、とキーボードを打つ音が部屋に響いている。こう話している間にもメリアは正確に命令を打ち込んでいる。
「私だって休みを入れたいんだけどね? シミュレートマシンのシステム更新だとか、新しいリリーファーのシステム開発だとかが入ってきててんてこ舞いでね? そしたらそのタイミングで新世代のリリーファーに入れるオペレーティングシステムを開発してくれとか試験で使うアスレティックコースの開発だとかが同時に入ってきたもので、私にいろんな仕事が回ってきたわけだよ」
「あんた、昨日の睡眠時間は?」
「一週間合わせて二十時間寝たか寝ないかくらい」
つまり平均三時間弱。
慢性的な寝不足状態だ。
それを聞いてマーズは溜息を吐いた。
「忙しそうだったら、シミュレートマシンに乗るのは難しいかしらね」
そう言ってマーズは踵を返した。
「いや」
カタカタと鳴っていたキーボードの打鍵音が止まった。
「出来ないことはないよ」
くるり、と椅子を回転させてメリアは立ち上がる。若干ふらふらしていたが、マーズの目の前に立つと少しだけかっこつけているのかしゃきっと背伸びした。
メリアの微笑みに、マーズは意味が解らなかった。
「でもあなた、忙しいのでしょう? シミュレートを行うにはあなたの権限が必要だし、あなたが忙しいなら無理にする必要もないのだけれど」
「大丈夫よ。その代わり……新しいシミュレートマシンのテスターをしてもらえないかしら」
そう言ってメリアは愉悦な笑みを浮かべる。それを聞いてメリアの思考の真意を理解した。
ああ、そういうことだったのか。メリアは新しいシミュレートマシンのテスターを探していたのだ。確かにさっきそんなことを言っていたような気もする。
「でも、問題ないの? 正規の起動従士をそんなことさせて……危険性とか?」
そんなことを訊ねたマーズではあったが、心では乗りたい一心が強まっていた。それをどうにか抑えようとしていたが、メリアにはそれがお見通しだった様子で、
「そんなこと言っているけど、乗りたい感じがするのは気のせいかしら? うずうずしているように見えるわよ?」
あう。
マーズはそう言うと、メリアはくつくつと笑っていた。
「ほんとにマーズはワーカーホリックよね。リリーファーに関することだったらすぐ食いつく。あなたも私のことが言えないんじゃない?」
「それはお互い様、でしょう?」
マーズはそう言うと、メリアはそりゃそうだとだけ言った。
◇◇◇
そのシミュレートマシンは赤色だった。血のように真っ赤だった。シミュレートマシンのコックピットは彼女が今まで使っていたそれと同じタイプだった。
「動かし方とかそういうのは変わりないみたいね」
マーズはコックピットに備え付けられている通信装置から、ワークステーションで何か作業を行っているメリアに言った。
メリアは視線を動かすことなく、
『ええ。ただレスポンスを若干早くしたり行動を簡易化したり……あとは敵の方かな。それは実際にシミュレートを開始してもらえれば解る話になるけれど。それじゃ、大丈夫かな?』
「ええ。問題ないわ」
それを聞いて、メリアはスイッチを入れた。
刹那、マーズの視界に広がっていた白い世界は作り替えられた。そして一瞬の間も与えることなく、世界は変わっていた。
そこに広がっていたのは草原だった。山も、森も、何もない――それは即ち隠れる場所がないことを意味している――場所だった。
「ふうん……草原エリアね。確かにこれはあんまりない経験かも……!」
マーズはその時、背後に気配を覚えた。
リリーファーコントローラを強く握って、踵を返す。
そこには、黒いリリーファーが立っていた。そしてそれが敵のリリーファーであることを認識するのに、そう時間はかからなかった。
「まさか開幕から不意打ちをかけてくるとはね……。メリア、AIのレベルを上げた?」
『ええ。様々なパターンに対処するためにね。結構苦労したんだから、このパターンを形成するのは』
だが、そんな悠長に話をしている場合ではない。その話をしている間でも、リリーファーは待ってくれることなんてせず、マーズの乗るリリーファーに攻撃を与え続けていた。
もちろんこれはただのシミュレーションだから死ぬことなんてない。だが、それでも負けるわけにはいかない。ここで手を抜いて、本番でも失敗してしまえばそれこそ終了だ。現実にはゲームめいた残機設定なんて存在しないのだから。
マーズは攻撃を与えるチャンスを待っていた。相手の攻撃が切れる一瞬のタイミング、それを待っていたのだ。
そして、それはやってきた。
ほんの僅か、相手の挙動が遅れたのだ。
そしてその一瞬の隙を、マーズが見逃すことはなかった。
その隙をついて、リリーファーは敵のリリーファーの右手を掠め取った。そして、マーズの乗るリリーファーはそのリリーファーの右手を掴んだまま振り回した。
マーズの乗るリリーファーを軸として、そのリリーファーは遠心力がかかっていく。
そして、あるタイミングでそれを離した。敵のリリーファーは吹き飛ばされて、少し離れた場所へ落下した。
「……まあ、ざっとこんなもんよね」
そう言ったのと同時に、空間が再び白の空間に戻された。
『さすがね、初めてなのにあっという間に終わらせちゃって』
メリアは未だにワークステーションに何かを打ち込んでいるようで、視線はこちらに向けることはなかった。
「そんな難易度も上がっていなかったしね。どちらかといえばこの前のやつよりも難易度は下がっているんじゃないの? ……そう、まるで学生に使わせるために開発しているみたいに」
『……勘が鋭いね。ほんと、きみは』
「それが私の取り柄なもんでね」
そう言うと、メリアは微笑む。
『まあ、なんだ。少し私も休憩したかったところだ。マーズ、あなたもなんだか積もる話があるみたいだし……。少し話でもしないか、私の部屋で。コーヒーを入れて待っているよ』
そりゃいい、とマーズは言ってシミュレートマシンを後にした。
メリアの部屋でマーズとメリアはコーヒーを飲みながらティーブレイクに興じた。
「飲んでいるのはコーヒーなのにティーブレイクなのよね……。なんでなんだか」
「そんなこと突っ込んじゃダメよ。えーと、ティーブレイクっての由来がお茶から来ているから実際にはブレイクタイム、かしら?」
「いや、疑問形で聞かれても……」
それはさておき。
「さっきのシミュレートマシン。ありゃ難易度が極端に落ちているけれど……いったいどういう意味?」
「さっきマーズが言ったとおりのことだよ」
メリアはコーヒーを一口飲んだあとに、テーブルに置かれているキャラメルが入ったクッキーを手にとって一口。
メリアは口を撫でながら言った。
「マーズが言ったのは、学生に対応したもの……そう、まさにそのとおり。実は、ヴァリエイブルにある四つの起動従士訓練学校に配置する予定になっている。その第一段階として、先ずは中央に試験的に配置を行う」
中央……崇人やヴィエンスが通っている学校のことだ。そこは最初に出来た起動従士訓練学校だから便宜上そう呼ばれるのだ。
「中央に配置するためにそれがある……か。しかし急だな。前からやっていたのか?」
「いや、これを作るよう命令が出されたのはあの戦争が終わったタイミングだ。だから、一月前になる」
「一ヶ月でここまで形にしたのか。すごいな」
マーズは改めてメリアの凄さに驚愕する。
対してメリアはコーヒーを一口。
「そんなにすごいことではないよ。すでに形ができている旧型をベースにグレードアップして、難しさを下げたんだから。まあ、このタイミングでマーズが来たのはラッキーだったかな。最悪呼びつけようかと思っていたくらいだからね」
「呼び出されるのは勘弁願いたかったね」
そう冗談を言うマーズ。
「……まあ、それはさておき私からも一つ話題を持ってきたわ。話題というよりは質問になるんだけど」
「うん、どうかしたの?」
「……中央の進級試験が変わった、って聞いたんだけど本当?」
それを聞いてメリアは目を丸くする。
「……マーズ、それをあんたどこで聞いたの?」
「タカトから」
「あいつか……。というかあいつもどこから聞いたんだよ」
「タカトはアリシエンス先生から聞いたって言ってたわね。戦争とかで頑張っているお詫びだってさ」
「先生、ねえ……。守秘義務をきちんとして欲しいと思うわ」
「ということは、本当なのね。アスレティックコースだというのは」
その言葉にメリアはゆっくりと頷いた。彼女としても隠しておきたかったのだろうが、こう面と向かって言われてしまうと仕方なかった。
「そもそも、どうしてアスレティックコースなんてものを考えようとしたのよ」
「そんなこと私に言われても解ると思うか?」
そう言われてマーズは頷く。確かに彼女はこう言った。命令が来た、と。ならば命令についての理由を聞くこともないし訊ねることもないだろう。
メリアはワークステーションを再開させ、画面をマーズに見せる。
そこに映っていたのはスケジュールだった。恐らくそれは彼女のスケジュールだろうが、カレンダーにはびっしりと予定が書かれていた。
「今日が六日だ。そして試験は二十日だから……ちょうど二週間になる。年度が変わる、このてんてこ舞いになりがちなタイミングでこういう案件が出てデスマーチ化している私を見て、まだその理由を聞こうと思う?」
「……そうね。確かにそれも酷な話ね」
今の彼女は窶れている。そんな彼女を質問攻めにするのも、マーズの良心が痛むというものである。
マーズはコーヒーを一口飲み、皿に乗っているクッキーを一枚手に取った。
「それじゃ、あなたにアスレティックコースの質問をするのはやめておいた方がいいのかもね……」
「タカトに質問してこい、なんて言われたの?」
「いいえ、私の個人的な理由よ」
それってタカトに質問してこいと言われたと同義じゃないの? なんてことをメリアは思ったが言わないでおいた。今の彼女がカリカリしているのは言わずとも解るからだ。
メリアは溜息を吐いた。
「……質問は出来ることなら答えたくないのよね。クライアントの守秘義務に反するから。けれど……これは特例よ? 私とあなたの仲だから、話してあげるんだから」
「ありがとう、メリア」
そう言って彼女は頭を下げる。
それを見ることなくメリアはワークステーションにキーボードを介してコマンドを撃ち込んでいく。その打鍵音の素早さといったら、彼女が今まで聞いたことのないくらい素早いものだった。
そして、しばらくしてワークステーションにある立体図が浮かび上がった。
「これは……?」
「これがさっきあなたの言った、アスレティックコースの立体図。まあ、これはあくまでも設計上の段階であって、完成品とは言えないけれど、大まかなポイントはこれで決定だしコース自体を変更することはないわ」
メリアの言葉を聴きながら、彼女はコースを眺めていく。
スタートは草原から始める。極一般的なスタートと言えるだろう。逆にこれが雪原だとか山脈の真ん中とかだったら開発者を恨むレベルだ。
スタートからしばらくは草原の中を走っていく。非常に平坦な道のりだからスタミナを削ることもない。楽なコースとも言えるだろう。
最初の関門――とマーズが心の中で考えたのはその先にある洞窟だ。別に洞窟にリリーファーが入ることが出来ないだとかそういうわけではない。ただし、リリーファーが複数機入るにはその場所は狭すぎる。せいぜい二機が限界だろう。即ち、最初の二機に入らなくては一位でゴールするのは不可能に近い。
洞窟は細くて長い。高低差こそないものの水脈があるのか洞窟の中に流れている川を越える必要がある。その川の幅はそこそこ広いのでここでもタイムロスしやすいといえる。
最初の関門である洞窟を抜けると山脈エリアに入る。――これを見て彼女は即座に第二の関門であることを理解した。
山脈とはいったものの山はひとつしかない。しかし標高はそれなりに高いのか山頂近辺には雪が積もっている。ということは雪崩の可能性もあるし、雪に足を取られて滑ってしまう可能性もあるということだ。
山脈を抜けると広がるのは市街地だった。
「……ちょっと待って。どうしてアスレティックに市街地が? 何か意味でもあるの?」
「さすがにここまでは言えないかな。けれど市街地を破壊するとかそういうことは……まあ、たぶんないと思うけど」
曖昧な返答をされてマーズは腑に落ちなかったが、コースのチェックを再開する。
市街地を抜けるとそこには海が広がっていた。
「……ねえ、メリア」
「ノーコメントで」
そう言われては仕方がない。
再び、コースチェックに戻るマーズ。
海を超えると小さな島があった。そしてその島には巨大な穴があった。深い深い穴だ。その穴を抜けると――そこには迷宮が広がっていた。
「ああ、ちょこっと補足ね。その迷宮の壁はめったにリリーファーの装備じゃ破壊できないようになっているから」
「余計なことしてくれるわね……」
そんなことを呟きながらも、マーズはコースチェックに勤しむ。
島の地下に広がる迷宮は島の大きさの数倍もの大きさを有しており、クリアするのはそう簡単ではないだろう――マーズはそう悟りながら、迷宮の出口を探した。
そして、その迷宮の出口には小さく『ゴール』の文字が書かれていた。
コースチェックを終了して、マーズは溜息を吐く。
「どうでした、コースチェックの感想は?」
「ひたすらに面倒臭いコースだということだけは理解できたわ。とりあえずこれをやっても精神とスタミナを摩耗することだけは、ね」
「それが目的、らしいわよ? 国王陛下が言うには、様々なことを経験させることで、起動従士の力を育てる、だって。戦争のときに自分の力を過信して出撃したときとは大違いね……っと、これはオフレコで」
そうね、とマーズは頷いて一口分残っていたコーヒーをきれいに飲み干した。
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