第76話
ペイパス王国独立、及びラグストリアル・リグレーの死去のビッグニュースは同時に世界を駆け巡った。特に後者はヴァリエイブルの王城に住む人間がどうにかして戒厳令を敷こうと試みたが、ラフターらによって情報がリークされ、彼らの頑張りも虚しく全世界にその情報が知れ渡ることとなったのだ。
そして、潜水艦アフロディーテ内部。ヴァルベリーとマーズの二人も、その情報を聞いて思わず耳を疑った。
「国王陛下が……暗殺された、だと」
ヴァルベリーはそう言って目を瞑った。
「暗殺には……ペイパスの人間が関わっているの?」
対してマーズは、セレナに質問を投げかけた。
セレナはその質問を聞いて、首を傾げる。
「どうなんでしょうね……私も通信でしか聞いていませんから。強いて言うならば、犯人は既に特定出来ていて、逮捕しています。直に処罰されることでしょう」
それを聞いたマーズは心なしか少し安心してしまった。もし仮に未だ捕まっていないとするならば、犯人は国民を襲う可能性だって充分にある。それが無くなったというだけでもそれを聞いた甲斐があるというものだ。
セレナの話は未だ続く。
「犯人の意図、目的。そのどれもが不明ですが、これから調査していけば解ることです。……ですが、一つ問題も」
「何だ?」
「何でも聞いた話では精神に異常を来している……とのことです。その犯人を問い詰めた話によれば、『謎の人間が姿を現してきた』だの『大臣が首を斬った』など言っていますよ。……まぁ、大臣が行方不明になっているのでそれがほんとうかどうかも怪しい話ですが」
「まさか、大臣まで手にかけた可能性は……」
「大いに考えられると思います。凶器から大臣と陛下の血液がべっとりとついていることを科学調査研究所が確認しましたから」
「即ちその犯人が紛うことなき黒……ということになるのか」
それを聞いて、セレナは小さく頷いた。
マーズはため息をついて、目を瞑った。
今は戦争だ。敵が多いだろうラグストリアルはいつ狙われるかも解らなかったが、まさかこんなにも呆気なく死んでいくとなると、マーズも動揺してしまうのは確かであった。
「……それ、イグアス王子には伝えたの? というか早急に王位継承者に王位を継承してもらう必要があるんじゃなくて」
「一応イグアス王子にその位を継いでもらうことになっている。だけど、そう簡単には戻ることは出来ない。戦力を割くことが出来ないからね。だからこの戦争がひと段落つくまでは、妹のレティア姫に政権を担ってもらう予定とのことよ」
「その決定は誰が?」
「『三賢人』」
それを聞いて、マーズは納得する。三賢人のいったことならば、それに従うほうがいいだろう――そう思ったからだ。
三賢人とはヴァリエイブルに属する団体のことである。三人しかいないわけではなく、有識者二十名によって構成される団体だ。意見を述べたり、たまに謀反を起こし王位を下ろす『王位下ろし』をする張本人でもあり、その影響力は計り知れない。
とはいえ普段は国王、大臣、レインディアといった地位の高い権力者に指示をするだけの存在であるが、彼らに権力を任せきれない或いは任せることができなくなったときは三賢人自らが意見を述べ、政権を運営していくのである。
「……三賢人、ね。あまり好きではないのよね、彼らは。いけすかない、というかなんというか……一般人にも政治を運営させろとごねているのを建前に、自分たちも政権運営したいからって活動している連中が、本格的に政権運営に乗り出す足がかりを作ってしまったってわけになるわね」
「仕方ないことです。三賢人以外に政治の運営が出来る人間がいないのですから。今や副大臣も新たなレインディア候補も三賢人が決めていますからね。もう三賢人がなくてはこの国の運営が出来ないくらいに、共依存しているんですよ」
共依存。
その単語が一番合っているほどに、ヴァリエイブルの国政と『三賢人』は癒着していた。腐敗しきっていた。
だが、彼女たちはそれに逆らうこともできないし、それをやめる意見をいう事すら出来ない。それをしてしまうことで彼女は保護から解かれてしまうからだ。
保護がない彼女たちに待ち受けているのは――批判だ。
リリーファーにかかる費用は年間膨れ上がっている。そして、戦争による批判も年々高まっている。
今はリリーファーの需要があるのと、彼女たちが国政に無関係であるからWin-Winの関係でいるのだが、これが仮に崩壊してしまったとしたら、起動従士を守る大きな後ろ盾が無くなってしまうことに等しい。
それでも、実際には起動従士がいなければリリーファーは動かないし、リリーファーが動かなかったら抗戦することも出来ないので、国としては起動従士には若干の我儘を許可しているというのが最近の現状である。
「……しかし、問題はイグアス王子をずっと我々の手で守らねばならない、ということだな。作戦と並行して考えねばなるまいし、さらには王子を守る役目も必要だ。……まったく、どうして戦場まで訪れたのか。使い物にならないではないか」
ヴァルベリーは不敬ともとれる発言をしたが、今そこでそれを突っ込む人間は誰もいなかった。
それにマーズも発言こそしなかったが、それについては同様の感想を持っていた。
三賢人に政権を掌握させてしまうきっかけになってしまうであろう今回の決断は、彼女としても排除すべき事態であった。
だが、今そんなことをしては国そのものが滅びかねない。ただでさえラグストリアルの訃報は世界中に既に駆け巡っているのだから。
「まあ、仕方ないことだ。私たちがそれを守らないわけにもいかない。私たちは国民を守る義務があって、それをするためには一番の方法なのだから」
マーズは自らに確認するように言った。
◇◇◇
レインディアは、王城の地下深くにある牢屋でひとり佇んでいた。
彼女は泣いていた。
自らの発言を信じてくれない人たちへの哀しみ。
国王を守ることのできなかった自分への怒り。
そのどれもが、彼女の心を押しつぶしていた。
いや、押し潰されそうになっていた。
「……どうして、私が……」
彼女は涙を流していた。
「どうして私は……守れなかったの……」
国王、ラグストリアル・リグレーを守ることができなかったのは、目の前でラフターと対面していた彼女にとって最大の失態だった。
彼女はもう、凡てを諦めたかった。
国王に仕えている彼女として、目の前で国王が殺されていった状態を見てしまって、精神的に狂ってしまった――というより、精神的に限界を迎えていた。
「陛下……私は本当に、申し訳ない人間です。陛下を守ることが仕事であったのに、私は陛下を守ることができなかった。……最低で、最悪な人間です」
「まったくよ、ほんとそのとおり」
声が聞こえて、レインディアは振り返る。
そこに立っていたのはレティアだった。
「レティア……様」
「今は国王陛下よ。まあ、お兄様が戻ってくるまでのあいだ、だけれどね」
「ああ……」
レインディアはそれを思いだし、跪く。
「いいわ、そのままで。どうせあなたは牢屋から出られないのだから、話だけ聞く形になるのだろうし」
「ありがとうございます」
レティアから言われ、楽な姿勢をとる。
「……さて、あなたはお父様を殺してしまった罪に問われていることをご存じですよね? まあ、知っていると思います。だって、あなたが殺したのだから」
レティアは感情を押し殺して、そう言った。
だが、彼女は感情を完全に押し殺せてはいなかった。言葉の隙間隙間に怒りが垣間見える。それは殺した人間が目の前に立っているから、というよりも信じていた人間が父親を殺したという哀しみもあるのだろう。
レインディアはそれを感じていた。そして、それを感じているからこそ、彼女は自分が犯人ではないことを言えなかった。
きっとここで犯人ではないと言っても、証拠がないというのと彼女の怒りがあらわになって即座に処刑されるかもしれない。そんな可能性を彼女は考えていた。
「答えるつもりはない、そういうことですか……。まあいい。私がここに来たのは、あなたの顔を直接見たかったからです。そしてあなたに聞きたかった。どうして、父を、お父様を殺してしまったのかということを」
「私は――」
――殺していない。
思わずその言葉が喉から出かかったところで、彼女はそれを止めた。感情が高ぶって、それを言おうとしてしまったのだ。
しかし、
「あなたは殺していない……私はまだ、その可能性を信じています」
レティアが言ったのは、レインディアが考えていることとはまた別のことであった。
「あなたはお父様にずっと忠誠を尽くしていた。だから、そんなあなたが、そう簡単にお父様を殺すはずがない。私はそう考えています。……まあ、周りの人からは『それはただのエゴだ』なんて言われてしまうんですがね。たしかにエゴです。独りよがりな考え方かもしれません。でも、その考えをしてはいけないんでしょうか? 証拠もない、証言もない。これは即ち、あなたが犯人である可能性もそうでない可能性も内包している……そう思えて仕方がないのですよ」
レティアの言っていることはレインディアの知っている真実とあまり変わり無いことであった。
しかしながら、彼女が言っているのはあくまでも仮説だ。証拠も証言もない薄っぺらい理論だ。
その仮説は周りから見ればあまりにも馬鹿げていて、滑稽だ。そしてその仮説を信じるのはとても馬鹿らしいことだった。
もしその仮説を発言したのがレティアではなかったのなら、その発言を口にした人間は早々に処罰されていただろう。国王暗殺を実行した人間の肩を持つことになるのだから、当然のことと言えるだろう。
この発言はレティアであるから、許される発言なのかもしれない。
「……あなたは本当にお父様を」
「それ以上はおやめください、レティア様……いや、国王陛下。これ以上事をほじくり返して何になりましょうか」
レインディアはそう言って、レティアにそのことは言わせないようにした。何処で聞かれているかも解らないのに、犯人と思われる人間の味方でいるなどと国王自らが言えば大問題に発展するだろう。
もっというなら信用問題に発展していく。その位を欲しいがためにその位に就いていた人間を暗殺するなどよくあるケースだ。即ち犯人を擁護するということは何らかの疑義がかけられてしまうことだって、十二分に有り得る話だ。
「……ここには誰も来ていないわ。それに、何を今更恐れる必要があるのですか。私は、お兄様が戻って来るまでの臨時とはいえ、国王になりました。国王とは一番位の高い存在です。敵だってもちろん多いでしょう。でもそんなことは解りきった話ですよ」
レティアはもう、かつてレインディアと話していた頃の彼女ではなかった。
彼女は彼女なりの生き方を考えていた。そして、彼女はそう遠くないうちに国王になり民の先頭にたつことになると考えていた。
だから彼女は様々なビジョンを考え付いていた。
その中の一つが、今だ。実質そのプランを考えたのは僅か数時間前になるが、それでも彼女は気になった。
――レインディアがラグストリアルを殺さねばならなかった理由、を。
「ねえ、話してはくれないのですか。あなたはほんとうに……ほんとうにお父様を殺したんですか?」
「それ以上話しても無駄だと思いますよ、国王陛下」
声が聞こえた。ため息を一つついて、レティアは振り返る。
そこに居たのは一人の男だった。しかし身長はとても小さく、レティアの腰ほどしかない。金髪で、眼鏡をかけていた。眼鏡の奥に見える瞳が恭しい笑みを浮かべていた。
レインディアはその男の名前を知っていた。
リベール・キャスボン。
ヴァリエイブルに昔からある政治運営代行並びに政治運営に関するサポート団体『三賢人』のトップを務める男だ。
リベールはニヒルな笑みを浮かべて、レティアの隣に立った。
「いけませんよ、陛下。このような悪しき魂を持った人間と話をしていれば、あなたにもその汚れが移るかもしれません」
「国王陛下を侮辱するつもりか!」
「おやおや……。先代の国王陛下を暗殺するという、それこそ最大かつ最悪の侮辱をしたあなたがよくそれを言えますね」
リベールはそう言って、牢屋の扉に近付く。牢屋を眺めると、レインディアがリベールを睨み付けていた。
「おお、怖い怖い。やはり人を簡単に殺すことの出来る人間は、何処か頭のネジが抜けているのかもしれませんね」
そう自己完結して、リベールは一歩下がる。
「そうそう、レインディア。あなたが|一向≪ひたすら≫に言っていた、ラフター・エンデバイロンのことですが」
リベールは眼鏡をくいっと上げて、
「――死んだそうですよ」
静かにそう言った。
「……へ?」
「信じられないのは私たちだって一緒だ。なぜ彼が死んでしまったのかは、いまだ調査を続けているからなんとも言えんがね」
「どうして死んでしまった……。いや、偽装の可能性も考えられる。ラフター・エンデバイロンを一回『殺した』ことにしておいて……」
「ですので、」
レインディアの言葉を強引に打ち切って、リベールは手を掲げた。
「ここで処刑を実施してしまおうかと」
刹那、リベールの手から、轟轟と燃え盛る炎がその牢屋へと吹き出した。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
悲鳴が地下に鳴り響いた。レティアはそれが煩くて、聞きたくなくて、耳を塞いだ。
だが、リベールは強引にそれを引っペがそうとする。
「現実から目を背けてはいけません。現実を見つめるのです」
「あなた……レインディアには明確な証拠なんてなかったはずよ! あくまでもお父様の死体と隣り合って気絶していた、ってだけで……!!」
「それが、立派な証拠ですよ。ほかにそれっぽい人間も出てこないし、それに今は戦時中だ。だれが殺そうたって疑問には思わない」
「あなた……!」
「じゃあ、何だって言うんです。このまま元国王陛下を殺害した罪に問われている人間を、そのまま牢屋に放り込んでおけとおっしゃるのですか。そしたら、国民は国王陛下を、我々『三賢人』を、国全体を批判することになりましょう。場合によってはデモ行為に走る輩が出てくるかもしれませんね」
「……!」
残念なことに、リベールの言っていることは真実であったし、理論づけて説明する形としては最高の説明であった。
だが、彼女は納得いかない。まだレインディアは何かを語ろうとしていたからだ。
もしかしたら――リベールはそれを隠したかったのか?
レティアはそれを訊ねようとしたが――既のところでやめた。
(ここで訊いたら私も消されかねないわね……。『元国王陛下を暗殺した死刑囚が脱走して、国王陛下を暗殺』……そんなプロットが出来上がっているのかもしれない)
ともかく、結論からいって。
今その話題を持ち出すのは、あまりにも早計だということである。
「……どうなされましたかな、女王陛下」
「いや、なんでもないわ。さっさと登りましょう。この場所はじめじめしていて、あまり好きじゃないから」
レティアは考えていることが悟られないように、なるべく無表情でそう答えた。
対して、階段を登ろうとしていたリベールは微笑み、
「そうでございましょう。牢獄が好きな人間など、そうおりませんよ」
そして階段を再び登っていった。
それを見て、暫くして彼女も階段を登っていった。
◇◇◇
「三賢人? レインディア? ……済まない、もう少し噛み砕いて話してくれないか?」
マーズはセレナとヴァルベリーのいた部屋から離れ、ハリー騎士団の会議室にいた。とはいえ今メンバーは皆休息中であり、会議室にいるのはマーズと崇人だけだった。
とりあえず今までにあったことと、セレナから聞かされた事実を凡て話したが、崇人は急に情報が詰め込まれすぎたので混乱しているようだった。
「……そうだったな、申し訳ない。私だってその情報を聞いて落ち着かないのだ。納得しきれていない部分もあれば、理解しがたい点もある。しかし……ここではそれを言っても、まったく意味がない」
「とはいえ、そのレインディア……ってのが殺害した、ってことになっていて、さらに大臣も殺したのではないか……か。怖いね、まったく」
「彼女はよくやってくれる人だったんだが……人は見かけによらない、のだろうか」
実際、そのイメージは彼女とはかけ離れているものではあるのだが、『死人に口なし』という言葉があるとおり、レインディアがそれに反論することなど出来ないのであった。
「……そういえば、これからどうするつもりなんだ? 作戦とか、なんも聞いていないし。このままその……『ヘヴンズ・ゲート』、だっけ? そこへ侵攻するという考えでいいのか」
「今の所はね」
マーズの言葉に、疑問を抱きつつも崇人は頷く。
「今の所……ってどういうことだ? まさか幾つかパターンがあって、どちらに向かうか決めかねているとかそういう感じなのか……?」
「そうよ。一応『本当にすべきこと』は前者になんだけど、場合によっては若干のプラン変更を余儀なくされることがあるかもしれないけれど」
「つまり……つまりだな。一先ずヘヴンズ・ゲートに向かうのが第一目標だよな。それは最悪の事態が起こらない限り変わることもない、と」
崇人の言葉にマーズは頷く。
「その通り。そして私たちはそのパターンに備えなくてはならない。このまま何事も無ければ、予定通り明日にヘヴンズ・ゲートへの侵攻を開始する予定よ」
「ヘヴンズ・ゲート、ね……。何度聞いても解らないんだが、それっていったい何なんだ?」
「ヘヴンズ・ゲートについての情報は法王庁が統制しているから、殆ど解らないのよ。かといって国内に居る教徒に聞いても、口外出来ない契約でもしているのかしらないけれど、誰も話そうとしないわ」
「……つまり、その場所についての情報は一切無い……ってことか?」
「そういう事になるわね」
マーズはそう言って、何処か遠くを見つめた。そこには壁しか無かったわけだが、それでも彼女は遠くを見つめていた。
崇人はその間に今まで集めた情報を、脳内でまとめ上げることにした。崇人が戦線を離脱している間に起きた出来事はあまりにも多い。それを理解するためにも、そういう時間が必要だった。
先ず、徽章が盗まれる事件とその顛末について。途中でエルフィーとマグラスの二人が捕まってしまったが、その後『ハートの女王』消滅後に姿を現した。
ここで崇人が感じた疑問は次の二つだ。
先ず、どうして『ハートの女王』はわざわざ姿を現してまで徽章を盗んでいたのかということ。
そして、もう一つある。
どうしてエルフィーとマグラスは傷一つなく助かったのだろうか、ということだ。
これについての解答を訊ねる前に、先ずは崇人自身で考えてみる。一つ目はどちらかといえば簡単なことだろう。これについてはマーズも言っていたし、マーズの情報端末からその事件に関する報告書を見せてもらっていた。
ハートの女王は『シリーズ』と呼ばれるカテゴリに所属するのだという。『シリーズ』というのが団体なのか特徴なのかまたそれ以外なのかは解っていない。あくまでも『シリーズ』というのはそういうカテゴリだということしか解っていないだけだ。
かつても『シリーズ』は世界に干渉してきたという。その解釈からすれば、シリーズという存在はこの世界に居ない存在のようにも思える。
『シリーズ』は今でも世界に干渉を続けている。崇人が初めて《インフィニティ》以外のリリーファーに乗った時に邂逅した『ハートの女王』のように人間に攻撃的手段を用いて接触するのもいれば、人間に擬態して気付かれないうちに人間に接触するのもいる(あくまでも後者に至っては推論、或いは崇人がカーネルで出会った『帽子屋』のような存在のことを指す)。
だから、それから崇人は一つの結論を導き出すことが出来た。
――『シリーズ』は人間を知ろうとしているのではないだろうか?
その結論は少し突拍子にも思えるが、『シリーズ』の今までの行動からすればそういう結論が容易に導き出せる。
では、二つ目はどうだろうか。二つ目はエルフィーとマグラスのことについてだ。
彼らは元々『赤い翼』から分かれた組織である『新たなる夜明け』の一員であった。現在でも組織とは関わりを持っているが、組織の方から手を引き始めている……マーズはそう語っていた。
理由については語ってくれなかった、とマーズは言っていたが、崇人には何と無くそれが理解出来た。
『新たなる夜明け』はテロ集団ではないにしろ日陰者に近い。即ち外に出て大々的に立ち回ることは出来ない。
それでもエルフィーとマグラスは組織に居続けた。今ここを離れればその日の食事もままらない程の極貧生活になってしまう。彼女たちにとって、それだけは避けたかった。
一方、『新たなる夜明け』のリーダーは彼女たちの処遇をどうするか決めかねていた。組織が守ると決めた地――ティパモールには拘らず、組織を解体しようと考えていた。
カーネルでの戦いが終わった直後、『新たなる夜明け』をヴァリエイブルの隠密部隊として引き取る旨がやって来た時は、あまりにも突拍子過ぎた事実にあわてふためいてしまった。
さらにエルフィーとマグラスを『補欠』の形ではあるがハリー騎士団に入団させる旨連絡が来た時は迷うことなくそれに了承した。もう彼女たち二人に、ティパモールの持つ深い闇を背負い込まなくてもいいように。
エルフィーとマグラスはそれを聞いて、思わず自分の耳を疑った。聞こえていいものが全く聞こえなくて、聞こえなくてもいいものが聞こえる――そんなあべこべな耳になってしまったのかなどと考えてしまう程であった。
だが、それは紛れもない真実だった。机上の空論などではなく、れっきとしたものだった。
そうして彼女たちは騎士団に入り、その実力を発揮していった――。
徽章を盗んだ人間は、はじめ『赤い翼』の残党ではないかと考えられていた。噂されていたということもあったが、犯行現場での証言も『赤い翼』と思しき証言が相次いだためだ。
そして彼女たちも元を質せば『赤い翼』に所属している人間だ。だから彼女たちが疑われるのも、仕方ないことだが、頷ける話だ。
しかし、実際には徽章を盗んだのは『シリーズ』であると判明した。だから、彼女たちはどうにかこうにか堪え忍んだのだろう。それでも、無傷で戻って来れた理由については、説明がつかないのだが。
「……タカト」
と、そこまで考えていたところで崇人はマーズの声を聞いて、呼び戻された。
「ん? どうかしたか」
「ぼんやりとしていたから。また何かあったんじゃ……って思ったのよ」
崇人はずっと眠っていて、未だ身体が鈍っていると思うのも当然のことだろう。
だが、崇人は思った以上に頭がすっきりしていた。様々な考えを巡らせることが出来た。
「いや、大丈夫だ。問題ない。……ともかく、一先ず休ませてくれないか。久しぶりにインフィニティに乗ったからか、疲れてしまったもんで」
「え、ええ。いいわよ。場所はわかる?」
「隣りが寝る部屋なんだろ、それだけは知ってる」
そう言って、崇人はドアノブをひねり、ドアを開けて、そこへ入っていった。
崇人が居なくなって、マーズは漸くため息を一つついた。
「タカトは優しすぎる」
一言目に、崇人にとってあまりにも厳しすぎる評価を下した。
優しすぎるからこそ、甘い。
マーズ・リッペンバーは崇人のことをこう評価していた。
「インフィニティにのってあんなことになったから、少し位は変わったかと思ったけれど……。どうやら、そういうこともなかったようね。まあ、あんなことがあってからここまで復活できただけでもすごいのかもしれないけれど」
そう言ってマーズはスマートフォンを操作する。
ある人間に連絡を取るためだ。
そして、その電話はすぐに繋がった。
「もしもし、メリア? マーズだけれど」
『……うい、マーズか。どうかしたの?』
メリアは寝起きだったのか、少しだけ声が低い。
「なに、あんた寝起き?」
『時間を考えろ。今何時だと思っているんだ。朝の七時だぞ』
「もういい時間よ。さっさと起きて。あることを頼みたいのよ」
『……あること?』
「インフィニティの人工知能プログラムのコード、あなたなら既に読み解いたのでしょう? それの結果を教えて欲しいのよ」
『……あなた、どうしてそれを知っているのよ』
「メリアの今までの行動から推測しただけに過ぎないわ。で、どうなの? あるの? ないの?」
『あるわ、どうする? メールで送ったほうがいいかしら』
「そうね、それがいいわ」
『なら、直ぐに送る。少し待っていてくれ』
そう言って、メリアは電話を切った。
データは数分ともしないうちに送られてきた。
「いや、なんというかさすがだな……」
マーズは独りごちり、内容を確認する。
そのデータにはこう書かれていた。
『インフィニティの人工知能プログラム「フロネシス」の解析結果及びその疑問点について』
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