第74話
話は少しだけ巻き戻る。そして場所もまったく別の場所だ。
ペイパス中央監理局と呼ばれているその場所は、ヴァリエイブルでいうところの国王の権力の一部を幾つもの部署で区切った、そんなものである。
しかしヴァリエイブルがペイパスを併合してから国事行為等のスリム化を図り、中央監理局を廃止した。代わりに何らかの新しい施設になるという計画も立ってはいるものの、結果として未だそれは出来ていない。
即ち現時点でここは只の廃墟と化していたのだった。
そんな中央監理局の内部にて、カスパール騎士団とイサドラは会議を行っていた。議題は専ら、王家専用機をどのようにして奪還するか――ということである。
ペイパス王国の所持する王家専用機『ロイヤルウェーバー』はヴァリエイブルに接収されてはいるものの、未だペイパスの軍事基地の一つに措かれている。
そしてその場所が、王城の傍にある場所であったということは一部の人間しか知らなかったことだった。
「かといって|王家専用機≪ロイヤルウェーバー≫を動かすことが出来るのは姫様だけなのもまた事実」
ラフターはそう言って、小さくため息をついた。
「それはその通りだが……とはいえどうする? 姫様をそこまで運ぶとしたって見つからない保証等ないぞ」
「それはハローがいる」
ラフターはハローの頭を撫でた。
想像していなかった答えにリザは目を丸くした。
「ハローが? どうして?」
「ハローは魔法を使えることは、知っているだろう? それを惜し気もなく使っていく。もはや彼の存在を隠す必要すら無くなったからな」
「隠す必要がない? そもそも魔法も使える起動従士がそう少ないわけないだろう」
「そういうわけではない。ハローはそんな、『魔法も使える起動従士』などといったカテゴライズには少々小さすぎるのだよ」
ラフターはそう言うが、他のメンバーはいったい彼が何を言っているのか解らなかった。
「……ハローには、それ以上の何かがある。そう言いたいのかしら」
「詮索してもらっちゃ困る。いいことだ、少なくとも私たちにとっては……な」
それだけを言って、ラフターはコートを羽織った。
「私は一度部屋に戻る。君たち騎士団は若干雲隠れしようとも問題ないが、大臣の私はそういうわけにいかないからな。報告書なども書いておかねばなるまい」
「……相変わらずきちんとしていますね、ラフターさんは」
ラフターの言葉にイサドラは小さく笑みを浮かべた。
リザはそのイサドラの顔を見て、小さく頷く。
「それでは、向かうとしよう。対象は王家専用機『ロイヤルウェーバー』、そして目的はその対象の奪還だ。……いいか、決して一人たりとも死んではならない。だが、私たちが守るべきものはただ一つ……姫様の命だ。たとえ私たちが全員死のうとも、姫様だけは守らねばならない。それが私たちの使命なのだからな」
その言葉にカスパール騎士団一同が大きく頷く。
そして彼らは、作戦を開始するために、中央監理局を後にした。
向かうは、王城の地下に眠る王家専用機『ロイヤルウェーバー』だ。
カスパール騎士団は中央監理局を飛び出して、夜の街を駆けていた。
ペイパス王国が正式にヴァリエイブルの配下となって、まだそう時間も経っていないが、しかし町の変わり様は明らかだった。
ペイパス統治時代と現在では街の喧騒がまったく異なるのだ。前者では人と人が触れ合う町で深夜まで喧騒が鳴り響いていたのだが、今は夜になれば早々に店を閉める人ばかりで、十時にもなればもう人通りも疎らである。
「それもこれもすべてヴァリエイブルが強引にペイパスを編入したからだ」
走りながら、リザは呟く。
「確かにそうだ。ヴァリエイブルが編入したせいで政治も社会もシステムが凡てあちら側になった。もともとこっちとヴァリエイブルでは国家予算も天と地の差があるし、それから経済システムなんて一番違う。向こうは主要産業なんてたくさんあるし、リリーファー開発を独占的にもっている。それに比べてこっちは漁業と農業の二本立てだ。お世辞にもヴァリエイブルと同じ水準で続けていけば、ペイパスの国民が野垂れ死にする」
「確かにそのとおりね」
カスパール騎士団団員のひとり、マルーは言った。
マルー・トローゼはカスパール騎士団で参謀を勤めている。とても頭のいい女性である。そしてリザの親友でもある彼女は、リザとともに活動することが多く、さらにリザからの信頼が厚い。
「……ペイパスはこのままだと終わってしまう。ヴァリエイブルの水準で世界が一つになったら、いつか世界は滅んでしまう。ペイパスだって、きっとそうよ」
イサドラは俯いた表情で、そう言った。そういうのは彼女にとっても口惜しいはずだった。
しかし仕方ないことだった。どうしようもないことだった。
科学技術というのは、どうしても金のある場所で生まれる。
即ち、お金のあるヴァリエイブルで科学技術が発達しやすく、ほかの国はそれを購入するほかないのだ。
結果として、今この世界はヴァリエイブルを中心にお金が回っている。
そして、ほかの国は残りの少ないお金を分け合いながら生きているのだ。このままではヴァリエイブルとほかの国の格差が広まる一方であった。
「……この戦争でどう世界が変わるのか解らない。だが、できることは今のうちに、暴れさせてもらうぞヴァリエイブル。ペイパスを併合したことについて後悔させてやる」
リザはそう言って、徽章を道に投げ捨てた。
それを見て、カスパール騎士団の面々も一斉に徽章を捨てる。
彼女たちは、もうヴァリエイブルに属する人間ではない。
ペイパスを独立させるために、ペイパスに属していた彼らは、ヴァリエイブルに潜入していた彼らは、漸く動き出す。
『元』カスパール騎士団の面々はリリーファー総合開発センター跡地へとやってきた。
リリーファーの開発は、何もヴァリエイブルだけが昔から行っていたわけではない。ペイパスも法王庁も、ほかの国だって行っていることである。ただ、資金が豊富なヴァリエイブルがいいものを作り出しているために、結果としてそれを輸入し改良するだけとなっている。
そんなリリーファー総合開発センターは、中央監理局からそう遠くない位置にあった。住宅街から少し離れた場所にあり街灯も疎らである。
「……ここはいつ来ても不気味だ。もしかして医療ミスかなんかで没落した病院を改良して出来た建物なのではないか?」
リザが呟くと、ハローは笑って頷く。
街灯も疎らであるこの近辺に建つのは、コンクリートで真四角に造られた建物である。街灯の光で不気味に浮かび上がっているそれは恐怖すら感じさせるほどだ。
「……ほんと、どうしてこんなところに造ったんだか」
「この研究所から発せられている電磁波が幼児に悪影響を与えるとかなんとか言う団体が居ましたから、その影響でしょう。当初は王城により近い場所につくる予定だったのですから」
「そういう団体というのは言うだけ言って後始末は何もしないから腹が立ってしょうがないな。自分たちの言い分を通せばそれが必ず通ると思っているからタチが悪い」
リザとハローはそう会話を交わしていた。
総合開発センターの周りには、数は少ないものの兵士が巡回していた。
「やはり普通の場所よりかは警備が薄いな……。もう粗方運び出した、ってところか?」
「ロイヤルウェーバーはきちんとあるのでしょうか……?」
「大丈夫ですよ、姫様。王家専用機は王家の者でしか動かすことが出来ない代物です。素質がある人間はどれも動かせるような通常のリリーファーとは違います。ですから、そう慌てる心配もないでしょう。それに、リリーファーを運ぶほど巨大な運搬車は未だペイパスには来ていないはずですから」
「そうだといいのだけれど……」
イサドラはそう言って、小さく頭を下げた。
「……さて、とりあえずどうやってそこに入るか、だが」
「また私が」
「ハロー、そうも言いたいんだが、監視カメラがあっては話にならん。兵士を眠らせることができても監視カメラも同時に止まらなくては意味がない。……かといってその逆をやろうにも監視カメラの場所が解らなければ話にならない」
「いや、問題ありませんよ。こうやって」
そう言ってハローは天に右手を掲げた。
その直後だった。
パチン! パチン!と連続してはじけた音が宵闇に鳴り響いた。
「なんだ!」
兵士たちはそう叫んで、その爆ぜた音が聞こえた方へと駆け出していった。
「はい。これで問題ありません。さっさと中に入っちまいましょう」
ハローは朗らかな笑みを浮かべた。
「ハロー……あれはいったい?」
「簡単な電撃魔法の応用ですよ。電磁波を放って、それが反発して戻ってくるまでの時間で材質と場所を把握します。それから算出したカメラの数は全部で二つ。ですから遠隔操作でピンポイントにカメラを破壊した……ってわけです。残念ながら、中の方までは手が回りませんでしたが」
「……なるほど、上出来だ。急いで中に入るぞ」
リザの言葉に騎士団の面々は静かに頷いた。
総合開発センター内部。
その内部は兵士もカメラもなく、とても静かだった。また人もそれほど出入りしていないのか、とても冷たかった。
「……恐ろしいくらいに静かだな。まるで罠――いや、そんなことは今、考えないでおこう」
そうリザは独りごちる。それほどにこの場所は静寂が支配していたのだ。
静寂が支配した空間を、破壊しないように音を立てずに彼女たちは走っていた。
目的地――王家専用機の眠る倉庫まで、あと少しであった。
そんなタイミングだった。
「……おい、そこ! 何をしている!」
……見つかってしまった。敵(まだ敵はリザたちのことを『味方』であると認識しているようだが)には、今ここでは見つかりたくなかった。
それは兵士だった。人数は一名。やろうと思えば攻撃して殺すこともできなくはないが、一先ず彼女たちは様子を見た。
「……と、よく見れば騎士団の方々ではありませんか。どうしてこちらに?」
「王家専用機、ロイヤルウェーバーの清掃及び操作確認について、国王陛下から頼まれたものでな。今、旧ペイパス王国のイサドラ王女とともに任務を遂行している」
「さようでしたか」
「このことは内密に頼むぞ。機密事項であるからな」
「解りました。それではお気を付けて」
そう言って、兵士はその場から去っていった。
兵士が見えなくなってから、リザはぽつりと呟いた。
「ざまあないわね」
「まったくです」
リザの言葉にマルーは続けた。
「とはいえ、これで解決しましたね。仮に兵士が通ってもこの方法で乗り越えられる、ということが判明しましたから」
「いや、さっきのは頭が悪い兵士だからうまくいった。頭がいい兵士が通ってしまったら、あっという間にバレるやもしれん」
「そうでしょうか?」
「そうだ。さっきの言い訳も苦しいぞ。どうしてロイヤルウェーバーの操作確認をする必要がある? 普通ならば敵国の王家専用機を接収したら解体してしまってもおかしくないというのに」
「そう言われてみれば……そうですね」
そう。
リザの言った言い訳は苦し紛れなもので、とても論理的であるとは言えなかった。
にもかかわらずそれを信じたのは彼女が騎士団のリーダーであることや深夜で頭がうまく回らなかったなどといった要因が考えられる。
「……まあ、そんなことはどうだっていい。残りどれくらいだ?」
「あとそう遠くないでしょう。この階段を降りれば……」
リザたちはそう言われたとおりに、階段を降りていった。
階段は思ったほど長くなく、直ぐに階下までたどり着くことが出来た。
そして、
「……これだ……」
そこにあったのは――一機のリリーファーだった。
黒をベースとした機体に水色のラインが所々を走っている。機体のベースはスタンダードなものであるが、特徴的なのは頭部につけられた二つの角と、首を覆うようにつけられた大きな襟だ。リリーファーの首には大量の配管が通っているために、そこを攻撃されてはいけない傾向にある。そのため各々のリリーファーは首の装甲を分厚くしている。
しかしながら、敢えてそれを巨大な襟で処理したのがペイパス王国の王家専用機『ロイヤルウェーバー』であった。
「姫様、早く搭乗してください。直に発射します」
「け、けど私リリーファーに乗ったことなんて数回しか……」
「ご心配なく。メイルもついていきますので」
気が付けばリザのとなりにはメイルが付き添っていた。
「メイルが?」
「ええ。彼女はリリーファーの起動従士でもあります。何かあれば彼女に申し付ければ、きっと教えてくれると思います」
「ご心配なく、姫様」
リザの言葉に続けてメイルは言った。
「メイルはいつも、姫様とともにおります」
その言葉を聞いて、イサドラは大きくしっかりと頷いた。
イサドラとメイルが王家専用機『ロイヤルウェーバー』に乗ったことを確認して、リザたちは格納庫を後にした。
「これからどうする?」
「どうするもなにもメイルには方法は凡て伝えてある。その通りに実行すればいいだけの話だ。あとは中央監理局まで戻って、そこには既に我々のリリーファーも到着しているはずだからな」
「なるほど。そしてそこで我々は……」
マルーの言葉に、リザはニヤリと笑った。
「――ああ、これから世界を大きく揺るがすであろう、ある『宣言』を世界に向けて発表する」
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