第46話
その頃、崇人とエスティは学校をあとにして、サイクロンが目の前に見えるベンチへとやってきた。もう夜になっていて、空を見上げると星が輝いていた。
「……ねえ、タカト」
エスティは訊ねる。
「どうしたの、エスティ?」
「私さ……いろいろなことを僅かの時間で見てきたなあ、って思ったんだ」
「いろいろなこと?」
「そう」
頷いて、エスティは話を続ける。
「入学式であなたと会って、その後のリリーファー起動訓練で『シリーズ』を倒して……そして大会が始まったでしょう? ああ、違うっけ。その前にショッピングモールにも一緒に行ったよね。結局あの時はテロみたいなことが起きちゃったせいで色々と興ざめしちゃったけれど……それでも私楽しかったよ」
エスティの言葉に、うんうんと崇人は相槌を入れるだけだった。
エスティの話は続く。
「そして大会が始まって……あのときも大変だったなあ。『赤い翼』、だっけ? そういう人たちが会場を占拠しちゃったせいで結局大会の結果も有耶無耶になっちゃって……」
「恨んでいる?」
「恨んでいる、というか……何かさ。今まで自分が『行きたい!』と思っていた大会に行けたとき、そして実際にそれを目の当たりにしたとき、私こう思っちゃったんだ。自分が夢見ていた『大会』は、ただのごっこに過ぎなかったんだって」
「ごっこ?」
「そう、ごっこ」
エスティの言葉はとても軽い調子で話しているようにも思えたが、内容はそうには思えなかった。とても重たい、重たいものだった。
「そして騎士団が結成されて、色んな人と交流することになったなあ。マーズさんはかっこよくて綺麗だし、それでいて頭がいい。コルネリアは鼻につくのが少し厄介だけれど、それ以外はとても頼りになりそうだし、ヴィエンスもああいう性格なだけで根はいい人だもんね。こう羅列してみると、みんな個性的でいい人……ここにいれていいな、って思ったよ」
「じゃあ、『大会』が自分の思ったものよりも酷くても、よかった?」
「結果としては、ね」
崇人の言葉に付け足すように、エスティは言った。
「楽しかった、本当に楽しかったんだよ……」
「おいおい、それじゃあまるで今から死んじまうみたいな言い方だぞ?」
そう崇人が訊ねるとエスティは悪戯っぽく微笑んだ。
「馬鹿だなー、あくまでもたとえだよ。死ぬわけないじゃあない。大丈夫sだよ、私は死なない。だから安心して」
そう言っていたが、エスティの心の中は恐怖でいっぱいだった。無理もない、今まで一介の学生に過ぎなかった彼女が、唐突に戦場に送られることとなったのだから。恐怖で支配されていないコルネリアやヴィエンスのほうが変わっているとも言えるだろう。
ただ、彼女の心は恐怖でいっぱいだったが、恐怖で支配されてはいなかった。
それだけが、数少ない彼女の長所ともいえるだろう。
「死なないなんて、絶対に言えないだろ。いつかはきっと、死ぬ。そしてそれはどうやって死ぬかは解らない。……大丈夫だ、俺が守ってやる」
そう言って、崇人はエスティの肩を抱き寄せた。
それは無意識な行動だったのか、意識した行動だったのかは解らない。
だけれど、彼女の心が落ち着いたのだけは間違いない。
「……ありがとう、タカト。そんなことこんな場所で行ってくれるのあなただけだから」
そう言われて、崇人は思わず顔を赤らめた。
――なんてことをしているんだ、俺は。
現実世界ではまったくしていない(そもそもするような機会がない)ことをするというのは、ここまで恥ずかしいものなのか――崇人はそう考えていた。しかし彼は顔が真っ赤になっているというのはまったく気付いていない。
「こんなことを平気で出来るやつってほんと精神鍛えられているよな……感心しちまう」
そんな呟きは、幸いにもエスティに届くことはなかった。
崇人とエスティは暫くそのベンチに腰掛けていた。
しかしその間、特に会話をすることもなく、ただ座っているだけだった。
学校に囮として潜入したマーズたちを待っていた、ただそれだけだった。
「マーズたち、遅いな……」
崇人が呟くと、エスティも頷いた。
「大丈夫かしら。囮になって、私たちが……とは言っていたけれど」
そう。
エスティはマーズが彼女に言ったことを思い出していた。
それは、マーズたちが囮となって、エスティと崇人が第五世代に関する情報を集めるというものだった。
結果、彼女たちは第五世代の情報を集めることに成功したわけだ。
しかし、マーズたちはどうなったのか、現時点では解らない。
それが彼女たちにとって唯一の不安要素であった。
「……あ、あれ」
崇人は遠くにあるものを見つけ、指差す。
エスティもそれを聞いて、そちらを見た。
そこに居たのはマーズたちの姿だった。
「タカト、エスティ! やはりここに居たか……!」
マーズは崇人とエスティの姿を確認したところで、漸く一息ついた。
崇人はマーズ、コルネリアとメンバーのひとりひとりを確認して言って、そこで漸く気が付いた。
「アーデルハイトが……ひどく疲れているみたいだが、何かあったのか?」
「その件については話せば長くなる。結論だけ言おう。アーデルハイトは心労が祟り、もうこれ以上この戦争に参戦するのは無理だ。このままカーネルの外へ出すつもりでいる。問題ないだろう、騎士団長?」
それを聞いて――理解したかどうかは別だが――崇人は大きく首を縦に振った。
「一先ず、タカトとエスティ、あなたたちが無事で居るということは、第五世代の情報は入手した……そういうことでいいのよね?」
マーズの言葉に、崇人は小さく頷く。
第五世代の情報はマーズたちにとって必要不可欠な情報だ。
何もこの情報が戦争のみに役立つのではない。新しいリリーファーを開発する時にも、この資料は大いに役立つのである。
リリーファーを開発する上で、敵の情報を手に入れることについて、然程難しいことでもない。しかし、その難易度というのはやはり手に入れる情報により決まるというのもまた自明である。
例えば手に入れたものが実際のリリーファーの一部分であったとするなら、それにより解析が進められ、より良いリリーファーを造ることが可能となる。
対して手に入れた情報が口伝として残っている曖昧なものだったり、書類や書物から得たものだとすれば、もしその情報からリリーファーを造ったとき、その戦力は前者とは比べ物にならない程に低い値を弾き出す。
だからこそ、研究者や開発側としてはリリーファーの一部分或いは全体を求めている。それにより対策が変わるのは明らかである。そして研究者たるもの研究に生涯を捧げるのは当たり前である――とされ、現にリリーファーの研究開発においては年齢層が幅広いものとなっている。
「……第五世代、それを一言で言うならば……今までのリリーファーとは段違い、ということだろうな……」
そう崇人は言って、第五世代の説明を始めた。
説明には約二十分程の時間を要した。崇人自身が未だに第五世代とリリーファーのことを理解できていないということと、マーズたちが理解できるに等しい水準にまで説明が満たしていなかったことにより、何度も説明を繰り返したためである。そのため、説明が終了した頃には崇人はもう第五世代の説明はすらすらと言えるほどにまでなっていた。
「リリーファー兵団……魔法剣士団……か」
崇人の説明を漸く理解したマーズはその単語をつぶやいた。
魔法騎士団。
彼女たちの目の前に現れたあの鏡写しのような少女たち。
あれは凡て魔法騎士団というリリーファーを操縦するためだけに生まれた人間だった――ともなれば、あの少女たちの説明はつく。
つまりカーネルのリリーファー起動従士訓練学校では、一般人から起動従士になりたい子供を募っているわけではなく、『魔法騎士団』というつくりあげた組織を完璧なるものにするために造られたものだということだ。
そこまで考えて、マーズは歯ぎしりした。
カーネルの連中は、人間の生命をあまりにも軽いものと認識していたからだ。もし失敗すればまた投げ捨てればいい。そうとしか認識していないのだろう。
「人の命を……何だと思っている……!!」
マーズはそう言って拳を強く握った。
マーズは強く怒りを覚えていた。しかし、なぜ彼女がそれほどまでに強い怒りを覚えているのか、崇人には解らなかった。
「ともかく、これからどうするかを……今ここで考えなくてはならないだろう? アーデルハイトは、マーズが今言ったとおりここで脱退してもらうとして……それからはどうするんだ?」
「アーデルハイト抜きの作戦を考える必要がある。それは間違いないわね」
マーズは自分自身の言葉に頷く。
「アーデルハイト抜き……と言っても、実際はハリー騎士団だけの作戦だから、特に問題もないだろうな」
「タカト、そうも言っていられるかしら? 他国とはいえ軍籍に居る人間が抜けた。それは非常に手痛いことよ」
「でもこっちには世界を股にかけるテロ集団が居る」
そう言って崇人はエルフィーとマグラスの方を指差す。差されたふたりは特に謙遜することもなく、マーズの方を見ていた。
対してマーズは彼女たちを一瞥しただけだった。
「……まあ、確かに彼女たちはテロ集団としては世界一でしょうね。けれど、これは軍の行動。戦争なのよ。彼女たちに大きな役目を任せるわけにもいかない。別に彼女たちを信じていないわけではないけれどね」
「信用してくれなくても、いい。ボスの意向は解らないが……私たちとしては、ただ任務を遂行するだけ」
それに対して答えたのはエルフィーだった。
マグラスはそれを聞いて宥めようとしたが、
「ふうん……随分と挑戦的な口調じゃあない」
しかしその前にマーズが反応してしまった。
「そんな陳腐な煽りに乗ってくるなんて、『女神』という名にも偽りがあるんじゃあないの?」
「そうですねえ……でもそれがどうかしたというのかしら? あなたは私の『女神』という名前を貶めて、どうかしたいの?」
「女神という名前を貶めても名にも変わらないけれど……私たちのことを傷つけられたのが少し、ねえ」
「まあ、メンバーの貶め合いはここまでにしようじゃあないか」
マーズとエルフィーの会話――というより口喧嘩が発展するその時だった。
二人の間に崇人が割り入って、そう言ったのだ。
「……まあ、騎士団長が言うのであれば」
「そうね、タカトが言うのなら……和解しましょう」
意外にもあっさりふたりは和解したので、崇人はほっと一息ついた。
崇人はゆっくりと立ち上がり、ほかのメンバーが全員見えるところで立ち止まった。
「それじゃあ、作戦会議と行こう。奴らはもうとっくにこちらの侵入に気がついているはずだ。そうだろう、マーズ?」
「あ、ああ。そうだ。奴らはもうこちらを待ち構えていた。だからこそ、こちらも注意が必要だ」
「だろう? ということは、急いで実行すべきじゃあないのか?」
何をだ――と、崇人の言葉の真意を聴く者はいなかった。
もはや時期尚早であると言う人間もいなかった。
「だから、」
崇人は、告げる。
「そろそろ活動をしてもいいんじゃあないか。俺たちは起動従士だぜ? リリーファーを使わずに戦争をして、どうするというんだ」
その発言は、今までリリーファーを毛嫌いしていた崇人からしてみれば、あまりにも予想外と言える発言でもあった。素っ頓狂とも言ってもいいだろう。兎角その発言は、特にマーズを、驚かせるものとなっていた。
「……どうした?」
暫く黙りこくってしまったハリー騎士団の面々を見て、崇人は呟く。
息を吸って、話を続ける。
「いいか、このままじゃあ、戦局は確実に向こうに流れると思う。となれば、どうする? このまま見す見す戦場をいいように振り回されていいのか? 俺はいいとは思わないね。自らで動き、自らの手で勝ち取る! これこそが、俺たちの、リリーファーを操る起動従士としての使命であると思うのだけれどね」
「……タカトの言うとおりよ」
それに最初に賛同したのは、マーズだった。
マーズは崇人の言葉に頷き、そして崇人の隣に立った。
「騎士団長の命令通り! これから我々はリリーファーに乗り込むため、一度このカーネルから脱出する! その後、基地にてリリーファーに乗り込み、再度カーネルへと潜入を試みる、以上!」
その言葉を聞いて、ほかのハリー騎士団のメンバーは大きく頷いた。
◇◇◇
「動き始めているようだね」
白い部屋、バンダースナッチはハンプティ・ダンプティの言葉を聞いてそちらを向いた。
「裏切り者のロビン・クックに帽子屋、チェシャ猫……それぞれがそれぞれの思いを持って人間と接触を図っている。そしてそれらは成功し……彼らは人間と接触を果たしている。非常にいいことだ。非常に優良なことだ」
「あなたは――計画を知っているというの?」
バンダースナッチの言葉にハンプティ・ダンプティ(今もなお少女の姿である)は肩を竦める。
「いったと思うよ。僕は知っていると、ね」
ハンプティ・ダンプティはそう言って、薄らと笑みを零した。
ハリー騎士団のカーネル脱出作戦が幕を開けた。
作戦はいたってシンプルであった。都市部の外れにあるコルトの家へ向かい、彼と接触する。ただ、それだけだった。
「コルト、といったか。あの男がそこまで信頼出来る男なのか?」
ヴァルトが訊ねると、マーズは小さく頷いた。
「ええ、少なくとも彼ならば信頼出来る。だって彼は元々リリーファーシミュレーションセンターで働いていて、はじめてパイロット・オプションを起動従士から引き出した人間。金も欲も無い、だがそれゆえに裏切ることもない。そういう人間だから」
マーズがそう言うが、ヴァルトはどうも気になっていた。
はじめてコルトと出会った時に見た、眼光。
科学者にしてはあまりにも鋭いそれは――彼に一抹の不安を植え付けるには難くないものであった。
だからこそ、ヴァルトはマーズに確認を兼ねてそう質問したのだ。
そしてそれは、同じ『新たなる夜明け』に所属するマグラスとエルフィーも感じ取っていた。
彼らは人の心を、様々な場所から読み取ることが出来る。
例えば、眼光から。
例えば、仕草から。
例えば、行動から。
人というのは、本人が気がつかないうちに本性を曝け出しているものである。そして、それは例外など存在しない。
しかしあの男――コルトはそれが見られなかった。仕草も行動も完璧だった。まるで何かを隠しているような――そんな雰囲気もみてとれた。
行動も思想も仕草も変わり者。ただし、それはその裏にある何かを隠しているように見えるほど、わざとらしいものだとヴァルトは思っていた。
「……まあいい。一先ずそこまで向かうんだな?」
「そういうことになる」
マーズの言葉に、ヴァルトはため息をつき、
「……解った。今はそちら側に従うのが道理というもの。そちらの言うことを聞こうではないか」
「なによそれ。まるでコルトがスパイのような言い草ね」
「そうだといったら?」
ヴァルトは冗談めいた言葉で返した。
マーズはそれを聞いて、もうそれ以上会話を続けることはなかった。
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