第35話
エレベータに乗り込んで、数秒もすれば目的の階へと到着した。扉が開くと、そこには巨大な空間が広がっていた。
リリーファーが格納されていて、既にスタンバイが完了しているようだった。インフィニティにアレス、イエローニュンパイ、アクアブルーニュンパイ、グリーングリーンニュンパイが既に鎮座していた。
「もう出撃は完璧よ」
その光景に目を奪われていた崇人に近づいてきたのはルミナスだった。
ルミナスはリリーファーの方を指差すと、小さく微笑んだ。
「まあ、今回の作戦に必要はないと思うけれど。あくまでも調査……ってのが前提で、うまくいけば話し合いで解決。誰も血を流さないのが一番なのだけれど……まあ、そうもいかないでしょうし」
「いやいや、早速それをいうのもどうかと思うぞ。可能性は最後まで信じてやれよ」
「騎士団長サマがそういうのならば構わないけれど……そんな甘い考えのままでいると痛い目見ると思うわよ?」
「肝に銘じておく」
そう言って崇人は胸で十字架を切る。別に崇人はそういうのに興味はないのだが、そういうのはついついやってしまうものだ。
「そういえば……後ろにいるむさい集団はなによ?」
むさいと言われ、少ししょぼくれてしまう新たなる夜明けの面々。
それを見て、崇人は慌てて答える。
「新しいメンバーだ。誰もリリーファーを扱えることが出来るらしいんだが……何かないかな」
「そう急に言われても何も……」
ルミナスは一瞬考えるが、すぐに何かを思い出したらしく、ポンと手を叩いた。
「そうだ、あったよあった。リリーファーはリリーファーでも、『二人で操縦できるリリーファー』だよ!」
まあ機能性の問題で直ぐに廃止されてしまったんだがね、とルミナスは続ける。
「機能性ってどういうことだ?」
「ほら。二人組で操縦するってことはそれなりに二人の意志が協調されていないといけないわけで。そうなれば例えば双子とかそういうのじゃないと難しいのよ。操縦が」
「なるほど。……双子といってもそう都合のいいのが」
いるわけがない、と崇人が言おうとした、ちょうどその時だった。『新たなる夜明け』の面々からちょうど二本の腕が見えた。
それを見て、崇人はニヤリと微笑んだ。
「案外、居るもんだな」
崇人が呼び出してから、その二人が崇人の目の前に来るまではそう時間はかからなかった。
それは子供だった。そしてこれを双子と言わずになんというか――コピーしたような感じだった。七三を少しボサボサにしたような髪型に、茶髪に、黒いウェットスーツ(尤も、これは新たなる夜明け全員が着用している標準装備であるが)、知らない人間を前にして恥ずかしいのか目をそらす仕草など、殆どが一緒だった。
「……あまりにも似すぎて見分けが付きませんよね……」
「そうだ。見分けがつかない」
ヴァルトは崇人の言葉を聞いて、シニカルに微笑む。
「だからこそ使える人材というわけだ。……ちなみに二人の名前は、」
「エルフィーです」
右手を挙げて、左の子が言う。
「マグラスです。エルフィーとの違いはエルフィーはリボンを付けていますが、僕は付けていません。さらに言うなら僕は男で、彼女は女です」
右の子――マグラスが右手を挙げて言う。
そう言われてみれば、エルフィーはマグラスに比べれば若干痩せている(よく見ないと、もっと言うなら二人が並んで立って見比べないと解らないくらいの誤差だ)し、顔の形もマグラスの方が若干硬ばっている。そして、エルフィーの髪を見ると申し訳無さ程度に淡いピンクのリボンを付けていた。それが違いになるのだろうが、それを知っていないと解らないくらい些細な違いだった。
「……それじゃ、この二人をそのリリーファーの起動従士とするのはどうだろう?」
「いやいやいやいや、それってどうなのよ。いくらリリーファーに乗れるといっても自称じゃない。しかも二人乗りよ? 無理に決まっているじゃないの」
「無理というから無理なんだよ。何でもかんでも先ずは挑戦だ。そうでなきゃ始まんない。ところでルミナス、この名前は?」
「アシュヴィン。とてもかっこいい名前だろう? このリリーファーの壁に刻まれていたよ」
そう言ってルミナスは彼女の後ろにある躯体を指差す。
そこには群青色の躯体があった。足には『Asuvin』と刻まれていた。
よく見ればそれは普通のリリーファーと比べれば異常といえるものだった。
腕が四本あった。人間の仕組みとは異なる、異形。
崇人はそれを見て直ぐに浮かんだのは、阿修羅だ。
阿修羅は古代ペルシアの聖典『アヴェスター』に出る最高神アフラマズダであると言われている、カミサマのことだ。実際には三面六臂であるのだが、彼はそこまで詳しいことは理解していない。
ともかく、彼はそれを見て、
「まるで阿修羅だ……」
気がつかないうちに彼の口からそれが出てしまっていたが、それは誰にも聞こえることはなかった。
「しかし……これはどう操縦すりゃいいわけなんだ? 流石に難しいだろう。二人で操縦にもなれば」
「そいつは操縦席を見てもらえれば解るんだけれど。あまりにも滑稽で難解なものよ」
ルミナスはそう言って、崇人と双子を呼んだ。
それに従って、三人はルミナスについていくこととした。
◇◇◇
マグラス、エルフィー、崇人の順で彼らはコックピットに入った。
コックピットはインフィニティやペスパに比べるととてもコンパクトなものだった。
そして特徴的なのは、目の前にある大きなキーボードにウィンドウ。パソコンがコックピットに設置されていた。
「パソコンが……どうしてここにあるんだ?」
「恐らくは複雑な命令をリリーファーに向けるとき、結局その分の選択肢を与えたりリリーファーコントローラーを用いたりするんだろうけれど、それじゃ体感的な命令が与えられないらしいんだよ。そして、これならば体感的な命令が与えられる。無限の組み合わせが可能となるわけだ」
ルミナスはそう言って、画面を指差す。
「出した命令はこちらに出力される。そして、そのまま出るわけだ。なお、ここにあるボタンを押さないと『入力完了』にはならないし、出力もされないから気をつけてね」
「二人で同時に命令を送るのか?」
崇人の問に、ルミナスは首を振る。
「そういうわけではないね。例えば、こちらは『ファーストコックピット』と呼ばれていて、もう一つあるのが『セカンドコックピット』なんだけれど、ファーストから半分命令を送って、セカンドでもう半分送ることで命令が成立したり、その逆もあるし、ファーストとセカンドが命令を送るのが何回か繰り返されるのもある。理由としては、簡単。命令が複雑になると、その分打ち込むコマンドの量も増える。一人で打つにはあまりにも多いほどに、ね。だからこそ、これを適用したんじゃないかな。しかし……もしかしたらもうラトロはこの改良版を出している可能性もあるね。なぜなら、こんなふうに気が通った二人を教育していくのはそう簡単なことじゃないから」
「なるほど」
ルミナスの言葉に、崇人は小さく頷く。
そして、視線は自然と輝いた視線をコックピットに送る二人へと向けられる。
「やってみるか?」
それは、あくまでも優しい口調で。
それは、あくまでも期待半分で。
二人は、そんな崇人の思惑を知ってか知らずか大きく頷いた。
ファーストコックピットにエルフィー、セカンドコックピットにマグラスが座り、ついに『アシュヴィン』の駆動が開始される。起動従士はいても、息の合った起動従士が二人とは今まで居なかったために、これが初めての駆動となる。一応、何が起きてもいいように救護班や整備リーダーがそばにいた。
ファーストコックピット内部、エルフィー。
『エルフィー、大丈夫?』
「ええ、大丈夫よ」
マグラスの声が聞こえて、彼女は大きく頷く。
『それじゃ、そっちでコードを入力して』
「りょーかいっと」
短く返答して、エルフィーはルミナスから言われたとおりにキーボードに打ち込んでいく。打ち込んだあとは、直ぐにエンターキーをおした。
するとキーボードが淡い緑に光り、画面に『SECOND KEYBOARD INPUT NOW』との表示が出る。この表示のあいだはセカンドコックピットにてコードが入力されていることを意味している。
淡い光が消えたのは、それから直ぐのことだった。直ぐに二人は入力完了ボタンを押す。
すると、アシュヴィンがゆっくりと駆動した。初めての駆動は、何事もなく成功したのである――。
とはいえ、まだまだ課題もたくさんあった。
アシュヴィンの効率の悪さである。
アシュヴィンは二人が揃って完了ボタンを押さないとコードが出力されない。非常に手間のかかるリリーファーであったのだ。
だからとはいえ、これを使わない手はない。
すぐさま、ハリー騎士団はこれの改良に取り掛かった。
とはいえ、そんなことが簡単にできるのかといえばそうでもない。
なぜなら、これ自体が現時点でカーネル以外に出回っていない、割と最新型のリリーファーだからだ。
だから先ずは、アシュヴィンは抜きとして、起動従士だけでカーネルに偵察へ向かうこととした。
「そうだけれど、どうやってカーネルに潜入するんだ? 入るにも門は封鎖されている……実質鎖国状態にあるんだろ?」
崇人が訊ねると、マーズは棚の上に置かれていた紙を取った。
「そんなこと、考えていないわけがないでしょう。ちゃんと抜け穴くらい考えているよ」
マーズが取った紙は地図のようだった。
地図はサウスカーネル・ステーション近辺のもので、よく見ると北方に赤いバッテンがついていた。
「ここには地下道がある。古くは地下鉄を走らせてたんだけれど……今は使われていない。そして封鎖もされていないそうよ。場所はカーネル内部に走っている地下鉄のどっかにつながっているらしいし……これを使う手はないってわけ」
それって罠じゃないのだろうか――崇人はそんなことを考えたが、既にマーズがそう決めていたのならば彼女を信じる他ないと考え、崇人は頷き、ハリー騎士団と新たなる夜明けはそこを通ってカーネルへ潜入することとした。
サウスカーネル・ステーション北方にある基地――正式名称は南カーネル基地だ――から歩いて数分もしないうちに地下トンネルがある山へと到着した。サウスカーネル・ステーションから歩いた大通りは、古くは鉄道が走っていたらしく、廃線となった今はその土地を有効活用して道路としたらしい。
ベルグリシ山と名付けられているその山は、決して高い山ではない。しかし、鉱脈が埋まっているためか方位磁針がうまく機能せず、結果として迷子となる人間が続出する、場所だ。
ベルグリシ山、ビヴロストトンネル。
その入口は高い塀に覆われているが、よく見ると上部はまだ穴が開いていた。完全に封鎖まではしていないようである。
「とりあえずあそこから入るか……」
トンネルの入口前に立ち尽くすハリー騎士団は、崇人の呟きを聞いてまた落胆する。
「騎士団長がそんな気楽でどうするんですか。もう少々やる気ってもんを持ってくれよ」
マーズが崇人に言う。
「まあ、追々そういうのも身につくだろうよ。それに今はそれを言う時間でもないだろ?」
「……うーん、それもそうね」
マーズは納得したようだ。果たして納得したのか? と崇人はまだ納得していなかったが、これはこれで割り切らなくてはならない。
さて――崇人が何とかこの壁を抜ける作戦を考えようとしたその時だった。エルフィーが手を挙げた。
「どうした、エルフィー?」
エルフィーは咳払いを一つして塀を触る。
エルフィーはぺたぺたと塀を触って、時偶「うん、この素材だったら……」とか呟いていた。
一分ほど調べていると、エルフィーは元に戻り、崇人の前に立つ。
「これならば、爆発魔法を使えばいいと思います。私は、小規模の爆発魔法を使うことを進言致します」
「小規模でも爆発魔法を使っては山肌が崩れ、いや、もしかしたら山の内部にトンネルを通って爆音が伝わりカーネル側に知れ渡ることは考えられないか? あくまでも隠密に侵入せねばならないんだぞ」
「大丈夫です」
エルフィーが胸を張って言ったが、どうしてここまで自信満々なのか崇人には解らなかった。
崇人は他に考えられないかと頭をフル回転させるが――それよりも早く、エルフィーが塀に何かを描き始めた。
「何を――!」
崇人が注意しようと声を張り上げたが、もう遅かった。
地響きが鳴った。
山を崩し、大地を唸らせる地響きだ。
数瞬も経たないうちに塀が破壊され、トンネルが姿を現した。
「おいおい、いくらなんでもこれはバレるんじゃないか……?」
崇人が頭を抱える素振りを見せ、マーズはグーサインをして何とか落ち着かせたが、それでも彼らの中にある一抹の不安が消えることはなかった。
トンネルは暗く、広々としていた。閉鎖されてからは何も手をつけていないためか、まだ地面には線路が残っている。
「暗いな」
そう言ってヴァルトは続いて、小さく何かをつぶやいた。
すると手に持っていた枯れ枝の先端に炎が点いた。どうやら火炎魔法を放ったようだった。
火炎魔法は種類がある。その分類は範囲とその威力によって分けられている。今ヴァルトが放ったのはその中でも一番小さい部類である『ファイア』だろう。それは詠唱のみで発動出来るリスクの少ない魔法の一つである。
詠唱が完了し、続々と持っている枯れ枝に炎が点けられる。ものの数分もしないうちに崇人、マーズ、ヴァルトの三名が光源となって、ハリー騎士団と新たなる夜明けを照らした。
「俺が|殿≪しんがり≫を勤めよう。騎士団長殿は安心して進んでくれ」
そう言ってヴァルトは後方に退いていく。その言葉に素直に従って、崇人はトンネルの暗闇を一歩一歩と歩き、照らしていく。
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